隙ありっ

□隙ありっ
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  漆黒の追跡者


 アイリッシュがタワーの外に位置する非常階段へ出る。
 そして自身の目の前にやってきたヘリコプターに目を細め、自信を直撃するライトを見て腕で目元に影を作った。
 その様を確認しながら携帯を取り出せば、隣にいるコナン君がこちらを見た。



「黒凪さん?」

『…下に警察が集まっているみたい…』

「ああ…赤井さんから?」

『ううん、』



 メールに目を通し、徐に返信を書く。
 送り主はレイ君からだった。



「 " 東都タワーに警察官が集まっているらしいが、組織関連か? ヘリコプターの目撃情報も入っているが… " 」

『(丁度良かった。公安からの要請で、タワーの下にいる警察官を退避させることはできる? アイリッシュをこちらに引き込んだ。組織の情報を得るためにも彼を逃がす必要がある。)』



 そうメールを送り、ジンからの着信を取ったアイリッシュへと目を向ける。



「――俺だ。」

≪メモリーカードは回収したか?≫

「あぁ」

≪見せろ。≫

「…ふん。見せろ、か。」



 あまりにコナン君が予想した通りの文言だったためだろう…アイリッシュが小さく笑った。
 そんなアイリッシュに恐らく怪訝な顔をしているであろうジン。
 横から見ていれば分かる…アイリッシュを狙う、ライフルの銃口が。



「あいにくだが…それは難しいな。欲しけりゃそのヘリから降りて奪いに来い…」

≪何?≫



 アイリッシュがはじかれたように走り出し、上へ上へと向かっていく。
 それを追うようにして上昇していくヘリコプター。
 コナン君と私もアイリッシュの後を追うために走り出す。
 アイリッシュがジンとの通話を繋げている携帯を放り投げ、それが階段を伝って落ちてきた。



『…』



 携帯を掴み、耳元に押し当てる。



≪フン、裏切ったか…。まあいい、奴が持っているであろうメモリーカードごと蜂の巣にすりゃあいいだけだ…。≫

≪ついにこの時が来た…アンタを殺す時がね、アイリッシュ!≫

≪屋上まで向かいやす。≫



 ジン、キャンティ、ウォッカ。
 通話を切ってポケットに携帯を放り込み、コナン君に目を向ける。



『恐らく指示役がジン、運転手がウォッカ…狙撃手がキャンティ。』

「分かった…、っ!」



 ものすごい銃声にコナン君の肩が跳ねる。
 一足先に屋上に上ったアイリッシュを奴らが撃っているのだろう。
 こちらも屋上付近に到着し、状況を確認する。



『…いくつか腕に掠ってるけど、致命傷はまだ受けていないみたい。』

「よし、じゃあ作戦通りに…」



 こちらを見たアイリッシュが動きを止め、ヘリコプターも一旦動きを止める。
 それを確認したコナン君がキック力増強シューズの電源を入れ、アイリッシュから受け取っていた手りゅう弾のピンを外した。
 そしてそれを軽く放り上げ、蹴り上げる。



「(赤井さん…!)」



 手りゅう弾が爆発し、火花が散りヘリコプターが大きく照らされる。
 その光にヘリコプターが大きく揺れた時――…恐らく遠くで機会を狙っていた秀一がライフルの引き金を引いた。
 ヘリコプターは操縦士が1人。秀一なら…そう、ウォッカを狙う。

























 ――ガラスが割れる音が響いた。



「ぐあぁっ⁉」

「⁉」

「ちょ、ウォッカ⁉」

「やられた…!」



 操縦席に乗っているウォッカが声を上げ、振り返れば右の手の甲とハンドル部分に撃たれたような跡があった。
 まさか…動くヘリコプターの操縦士を狙ったのか?
 ハンドルが壊れたことで制御不能になったのか、ヘリコプターが大きく揺れた。



「ぁ、兄貴…っ、制御が、効きやせん…!」

「チッ…やむおえん、引き揚げろ…」

「りょ、了解…っ」

「でもアイリッシュは…!」



 東都タワーから離れる中、もう一度だけそちらに目を向ける。
 アイリッシュを注視していたはずだ…奴が手りゅう弾を放ったはずはない。
 それに、ウォッカを打ち抜いた狙撃も…奴であるはずがない。
 誰だ…、何者なんだ…?


















 そうしてすぐに東都タワーから逃げるように離れていったヘリコプターを見送り、アイリッシュが耐えきれないように笑い始めた。



「本当にやりやがったな…工藤新一。」

「っ、喜ぶのはまだ早い…下にはきっと警察が、」

『…いや、』



 黒凪さんの声に振り返ると、彼女は携帯を閉じてこちらに目を向けた。



『下に警察はいないわ。今のうちに出ましょう。』

「え…」



 下を覗き込めば、確かに警察の姿はない。
 どうして…黒凪さんがやったのか?



「お前、まだ警察に席があるのか? 今回集まっていた警部たちは皆お前はもう辞めたと噂していたが。」

『え? あぁ…辞めてるわよ。でも、警察官時代の知り合いがいるから。』

「…なるほどな。」



 そうして下へと降りて、床に倒れて気絶している警部たちを確認すると黒凪さんが懐かしそうに目を細めてしゃがみ込み、彼らの顔を覗き込んだ。



『…血が滲んでる人もいるじゃない。やりすぎよ…アイリッシュ。』

「一応これでも警察だろ? 抜かりの無いようにな。」



 倒れている1人1人を起こし、壁へと立てかけていく黒凪さんにアイリッシュが呆れたように息を吐き、後頭部を掻いた。



「で? これから俺をどうするつもりなんだ? 工藤新一。まさか俺を個人的に尋問するわけでもないだろう。」

「…メモリーカードは?」

「ほれ。」



 差し出されたメモリーカードを受け取り、それをじっと見つめる。
 これを確認すれば…近づけるのか? 奴らに…。



「アイリッシュ…お前、ボスには会ったことはあるのか?」

「その口ぶりだと、幹部でもボスに会えるのは一握りだと知ってるらしいな。黒凪から聞いたのか?」

「…まあ、な。」

「俺はまあ組織にいた年数は長かったが…残念ながら、Noだ。」



 俺がお前に教えてやれる情報といえば、幹部の名前ぐらいじゃねえか?
 そんな風に言って肩をすくめたアイリッシュに…正直、落胆した。
 そして改めてこうも思う。やはり組織の中枢に入り込むには…ジンを捕まえる必要があるらしい。と。



「ただし俺の情報を聞くには、それなりの報酬がないとな。」

「…。分かってるよ。お前を警察に突き出すようなことはしねえ。ただ…」

「俺をどこに預けるかで悩んでるらしいな。ただ、江戸川コナンとしてこれまでの行動も調べさせてもらっていたところ…FBIが最も濃厚か?」



 そうアイリッシュが言ったところで警部たちを移動させ終わった黒凪さんがこちらにやってきた。



『いや…FBIはないわ。貴方知らないの? 私が彼らから手を引いたこと。』

「ん、あぁ。らしいな…まんまとキールを奪還された上、ライも無くした奴らを信用する理由は確かにない。」

「…公安?」



 俺の言葉に黒凪さんがこちらを見下ろして、小さく頷いた。



『ええ。実のところ、今回下に集まっていた警察官たちを退避させたのは公安警察。…私の警察時代の同期に2人、公安に所属している人がいてね。彼らの協力を仰いだの。…ごめんなさいねコナン君、でもここから逃げるにはこうする他になかった…そうでしょう?』



 黒凪さんのいう通りだ。
 ジンたちをどうにかすることに夢中で、結局下に集まっていた警察関係者に関しては後手に回る予定だったし…。
 警察を退避させた代わりにアイリッシュの情報を公安が要求してもおかしくはない。



「…ちゃんと、情報は共有してくれるんだよね? 黒凪さん。」

『ええ、もちろん。』



 かつ、と足音が響き…暗がりからメガネをかけた男性がこちらに姿を見せた。



「…初めまして。私警視庁公安部所属…風見と申します。上司の銘を受け、そちらのアイリッシュの身柄を確保しにまいりました。」



 警察手帳をこちらに見せてそう言った男性…風見を見て黒凪さんを見れば、黒凪さんはまっすぐに風見を見て口を開いた。



『伝えてある条件についてはなんと?』

「…。了承しています。アイリッシュが素直に情報提供に応じれば…彼を殺人罪などで起訴することはない。もちろん組織の件が終わるまでは監視下に置かせてもらいますがね。」

『…、』



 黒凪さんがアイリッシュを見上げると、アイリッシュが小さく笑って黒凪さんの頭に手を乗せ…ぐしゃぐしゃと髪をかきまぜた。



「お前もえらくなったもんだな。俺に恩を売るとは。」

『…別に、恩を売ったつもりはないわ。…むしろ、返したの。』

「あ?」

『貴方には…昔色々と助けてもらったから…』



 アイリッシュが少しだけ目を見開いて、嬉しそうにほほ笑んだのが分かった。
 そして風見と共に東都タワーを後にしたアイリッシュを見送って、黒凪さんが俺とともに赤井さんの元へと戻る最中…ぽつりと話し始めた。



『アイリッシュはね…私の兄替わりだったの。』

「え?」

『ピスコに頼まれたからそうしていただけかもしれない…でも、私にご飯をお腹いっぱい食べさせてくれたり、任務で同行した時は数えきれないほどに足手まといだった私を助けてくれた。』



 ジンとアイリッシュにしか会わないような日もたくさんあった。
 志保がいてくれたから頑張れたのもあるけど…ボクシングを教えてくれたのがアイリッシュじゃなければ、今の私はいない…。



『――なんて、バカみたい?』

「!」

『人を平気で殺すような組織のメンバーの1人が兄替わりなんて…本当、笑えるわよね…。』



 黒凪さんに合わせて空を見上げれば、雲が晴れて天の川が良く見えた。
 傍に赤い車が止まり、ドアミラーを下げて昴さん…赤井さんがこちらに目を向ける。



「無事か?」

『…うん。』



 ここで赤井さんが来たから、結局黒凪さんの問いに答えることはできなかったけど…。
 俺は正直、思う。組織の中で生きざる得なかった黒凪さんにとって…確かにアイリッシュは、大切な人だったのだろうと。
 その人物がたとえ、沢山の人に恨まれていようとも…黒凪さんにとっては。



 Irish


 (俺にとってこの黒凪というガキは)
 (親父に頼まれたから面倒を見ているだけ…)
 (そのはずだったのに、いつからだろうか。)
 (必死になって俺にくらいついてくるこのガキが、)
 (大した量も食えず、涙目になりながら俺が課した量のメシを食うガキが)

 (いつからかかわいくて仕方なくなったのは…)

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