隙ありっ

□隙ありっ
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  隙のある日常 with 羽田秀吉
  - 漆黒の追跡者後日談@ -


 アイリッシュの身の安全は保証する。
 公安警察以外にその存在は明るみになっていないし…松本管理官の件もうまく説明しておいた。
 そんなレイ君からのメールに返信をして、目指しているコンビニへと目を向ける。



『(さて、今日の昼食は何にするかな…) …!』



 高校の短い昼食時間の間を少しでも無駄にしないためにと買うものをある程度想像していた矢先、突然ポケットの中の携帯が振動を始めた。
 携帯を取り出して画面を確認すれば、”非通知”の2文字。



『(レイ君か、諸伏君か…)』



 路地に入って携帯を耳に押し当てた。



『もしもし?』

≪…黒凪?≫

『ええ。私。今は外だから変声機は切れないの…ごめんなさいね。』

≪いや…こちらこそ急に連絡をして悪い。≫



 レイ君の声に目を細め、路地の壁に背を預けて腕を組む。



『彼は大丈夫?』

≪アイリッシュなら心配はいらない…。情報も近いうちに共有する。≫



 アイリッシュを引き入れたのは予想以上に大きい収穫だったようだ…。
 北米にいる複数の幹部のコードネームと特徴を入手した。このうちの数名でもいい…我々が捕まえて情報を芋づる式に入手していけば、いつかは組織の中枢に入り込めるはず。



『そう、それはよかった。』

≪…FBIには情報を共有する気はないのか? それとも、表立ってそうはしていないだけで…まだ繋がっているのか?≫

『…さあ、ね…。』



 そう回答を濁すことは予想出来ていたのだろう、レイ君が小さく笑ったのが分かった。



≪ま、いいさ。…じゃあ、気をつけて。≫



 何に、とは言わない。
 それはきっと私たちがいつ危険な目に遭うか分からないから。



『…うん。ありがとう。』



 通話を切り、携帯をポケットに仕舞って路地を出る。
 …まではよかったのだが。



「…ねぇ、1人?」

『…はい?』

「俺等男2人でむさ苦しいからさ、一緒にお茶でもしない?」

『……あー…』



 ナンパ? ナンパなの? とぐるぐる考える。
 こんな白昼堂々と…? うーん。
 多少内心げんなりしてそれからさてどうやって切り抜けようかと頭を切り替える。
 正直教師の職に就いているのだからあまり問題は起こしたくない。




















 ありがとうございましたー。
 と抑揚のない言葉を背に受けてコンビニを後にする。
 右手に引っ掛けた小さな袋に入った幾分かの食料を手に、左手をポケットに突っ込んで顔を上げた時…ナンパらしき男性に絡まれている女性が視界に入った。



『すみません、急いでいるので…』

「いやいや、ちょっとくらい大丈夫でしょ?」

「行こうよ、ね!」


「あのー…」



 女性がこちらを見た。
 視線が交わって、その目が丸く見開かれたのを見て…ああ、この人僕を知っているのかも。なんて思う。
 プロ棋士になって長いし、よくあることだ。



「その人、離してあげてくれませんか?」

「なんだよお前?」

「関係ねーだろ?」

「いいえ? 関係ならあります。」



 メガネをくいと持ち上げて…女性に目を向ける。



「その人、僕の妹なので。」

「…はあ?」

「全然顔似てねー…」

『よ、よかったぁお兄ちゃん見つかって!』



 中々の反射神経。
 早速こちらが提示した設定に乗るとは。



「ごめんごめん。さ、行こうか。」

『うん! …ってことで、どうも〜!』



 と、2人で男たちから離れて行く。
 しばらくはごちゃごちゃと話していた男たちだったが、必死に兄妹トーク? を繰り広げていたらいつの間にかいなくなっていた。
 そうしてコンビニに入ったところで…ばばっと距離を取る。



『あの、ありがとうございました!』

「いえ、災難でしたね。」



 頭を下げた女性に笑顔を向けて、さて改めて家に帰るか…と踵を返そうとしたところで。



「…チュウ吉?」

「…え?」



 振り返って見えた顔に一気に心が躍った。



「由美たん⁉︎ 偶然だね、どうしたのこんなところ…」

「アンタこそ誰よその人?」



 じと、とした視線に「へ?」と一瞬反応が遅れた。
 そして由美たんの視線を追えば…先程助けた女性がいて。



「あ、いやっ…色々あって、」

「何よ色々って。」

「その、彼女がナンパに遭って…」

『そ、そうなんです! この方に助けて頂いて…本当にそれだけで、』



 そう言って両手を振る女性を見ていて、思わず「あ。」と声が洩れた。
 先程撒いたナンパ男が彼女を見て、その肩を掴んだのだ。



「んだよアンタ、こんなとこ――にっ⁉︎」



 女性が目にも止まらぬ速度でナンパ男の手を捻り上げたのだ。



『(…はっ)』

「いって⁉︎ ちょ、痛い⁉︎」

『わー⁉︎ ごめんなさい、大丈夫ですか⁉︎』



 そして我にかえって距離を取る女性に、僕の言い分を信じてくれたのか…由美たんが涙目になっているナンパ男に近づいて警察手帳を見せた。



「警察よ。過度なナンパはやめなさい。」

「け、警察⁉︎ す…すみませんでした!」



 そして蜘蛛の子を散らすように逃げていった男に「さすがは由美たん…!」と感心していると、女性が目頭を押さえて何やら唸っていた。



『(あーもう、久々にジンと対峙したから気が立ってるのかなあ…。一般人の手を思い切り捻りあげちゃうなんて…。)』

「…それにしても、貴方何か武術でもやってたの?」

『ぅえっ⁉ いいえそんなっ、たまたまです!』

「…。ふぅん…。」



 それじゃあ私はこれでっ!
 なんて挙動不審な様子で逃げるようにコンビニを後にした女性を見送って由美たんに目を向ける。



「ご、誤解は解けたかな…?」

「解けたけど…。」



 じいっと女性の背中を見つめる由美たん。



「…知り合いだった?」

「ううん、でも…さっき手を捻りあげた瞬間の空気っていうか、雰囲気をどこかで…。」



 空気、雰囲気、か…。
 特に気にはならなかったけど…?



 羽田秀吉


 (まだイギリスにいた時、)
 (学校の友人たちが親戚と集まってパーティを開催すると聞いたとき…)
 (ふと、自分の親戚はどこにいるのだろう? と子供ながらに疑問を持った。)
 (会ってみたいような、この年にまでなればどうでもいいような…。)
 (そんな微妙な感情を、今でも持っている。)


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