隙ありっ

□隙ありっ
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  隙のある日常 with 黒羽快斗
  - 漆黒の追跡者後日談A -


「やっぱり気にならない!? 快斗!」

「だから俺は別にどうでも良いって……」

「青子は気になるのー!」



 ぷく、と頬を膨らませる青子に困った様に眉を寄せるしかできない俺。
 すると反応の薄い俺に業を煮やしたのか、青子がずずいっとこちらに顔を近づけてきた。



「いーこーうーよー!」

「っだー! 分かったよ行けばいいんだろ行けば…!」



 でも正直あの軍人メガネには会わねえ方がオメーの為なんだからな⁉ 俺は止めたかんな⁉



「やったー! きっとものすごいイケメンよ! 金髪碧眼の王子様よー!」

「(これも全部先生のせいだ…)」



 と、今朝の英語の授業を思い返す。



《今日は英語の格言、ことわざを学んでいきましょう。英語でなんていうのかな? と疑問に思う格言やことわざは皆さんありますかー?》

《はいはーい! なんかこう…愛に関する格言とか知りたいでーす!》

《アメリカの愛とかなんかドロドロしてそう笑》

《わかるー!》



 なんて、始まりはクラスにいる能天気野郎の発言。
 しらっとした顔をしている青子だが、この手の話題が好きなのは分かっている。
 じいっと彼女を観察すれば、口元が抑えきれず緩み始めていた。



《じゃあこれはどうかしら? Love dies only when growth stops. 意味分かる人ー?》

《発音良すぎだって先生ー!》

《ラブ ダイ オンリー ウェン グロース ストップ ?》


《ねえ快斗、どういう意味?》

《なんで俺に聞くんだよ…。》



 にこにことこちらを見る先生。
 くそう、先生俺が意味分かってるの気づいてやがるな…?



《意味は…愛が死ぬのは、愛の成長が止まる、その瞬間である。》



 どういうこと? と生徒たちが顔を見合わせる。
 青子もまあわかってない。この顔は。



《ま、皆それぞれ思う所はあるよね。》



 今朝のことだからだろうけど…今でも、その時の先生の顔が鮮明に浮かぶ。
 教卓に両手をつき、俺たち生徒をまっすぐに見据えた先生のあの表情は…本物だった。



《――いいですか、皆さん。》



 教室がしん、と静まり返る。
 普段は天真爛漫に振る舞っている先生の雰囲気が180度変わったのを、きっと生徒たちの全員が肌で感じていた。



《本当の自分を…正面から愛してくれている人を見つけてください。そして皆さんはその人を一生懸命愛してください。――皆さんにとって大切な人が一秒でも早く、現れることを願っています。》



 先生の言葉を一言一句たがえずに思い返して…現実に意識を戻し、青子へと目を向けた。



「つってもどうやって突き止めるんだよ、先生の恋人なんて…」

「先生を尾行するの!」

「はぁ? ったく、そこまですることか?」

「お願い! 会ってみたいの!」



 お前は1回レストランであの軍人メガネに会ってるんだぞ青子ー…。
 気づいてなかったけど…。
 なんて内心で毒づきながらため息を吐く。



「わかったよ…。」

「やったー! じゃあ明日の放課後ね! 忘れたら駄目だよー!」



 そうして家に入っていった青子を見送り、がくりと肩を落とす。
 そして次の日俺は、何も知らず意気揚々と尾行の準備をして集合場所にやってきた青子に再び項垂れるのだった。
























「…今の所、彼氏っぽい人とは会ってないね…」

「……今日は会わねぇんじゃねーの」

「もう、まだ分かんないでしょ!」



 ため息を吐いた俺の頭を叩き、ぐいと電柱の陰に引き込んでくる青子。
 青子の姿と言えば…それで変装のつもりなのか、サングラスに1つに束ねた髪。
 かくいう俺も青子に無理やりサングラスをつけられてるわけだが。



「――はっ!」

「あ?」

「あれ見て!」

「…男、だな」

「ほ、ホントに金髪…!」



 キラッキラに目を輝かせる青子の隣で先生が会話を交わす…まさに金髪の男を凝視する。
 でもあの雰囲気は…とてもデートではないだろ…。
 黒い帽子に黒い服を着た男と一言二言交わした先生が男と一緒に歩いて行く。



「いこうっ」

「ちょ、」



 いや、やばいやばい。
 あの男…ぜってーやばい奴だって!
 あんな顔を隠すような格好をしてる奴とデートするわけねーだろ⁉︎



「わっ、」

「な、青子!」



 どささっと倒れかかった青子を受け止めて自身も地面へ。
 そして顔を上げると…先生を護るように腕を伸ばした例の金髪の男がこちらを睨んでいた。
 そこで息を呑む。待てこの男――ベルツリー急行の時の…⁉︎



「せ、先生っ――!」

「…”先生”?」

『…あれ? 黒羽君に中森さんじゃない!』



 男の背中からひょこっと顔を出して笑顔を見せた先生。
 あ、れ? 大丈夫そうだな…?



『安室さん、この子たち私の教え子なんです。中森さんと黒羽君。』

「…ああ、教え子さんでしたか…。」



 安室、と呼ばれた男が笑顔を見せ、腰を屈めてこちらに手を伸ばした。



「ごめんね。突然のことで驚いてしまって…。どうぞ。」



 差し出された手を掴んで立ち上がった青子。
 俺はもちろん、その手を掴むつもりはなく…自力で立ち上がった。



『こんなところでどうしたの? 2人とも。』

「そっ、それは…」



 思い切り目を泳がせる青子。
 俺も正直、ここまで何をしていたのか分かりやすい見た目をしている以上何と言っていいか…。



「野暮なことは聞くものじゃないですよ、神崎さん。きっとデートとかじゃないですか? ねえ?」

「で、でででデート⁉ ち、ちがっ…」

『違うの?』

「ち、えっと…うーん…そ、そうです!」



 最終的に尾行を気づかれたくない一心でそう言った青子。
 お前はテンパってっから気付いてねーだろうけど…色々とバレバレだぞ。



「…そういう先生は何してたんだよ?」

『うんー?』



 そいつ、やばい奴だろ。
 そんな意味を込めて先生を見れば…先生はまたにっこりと笑って言った。



『野暮なことは聞くものじゃないわよ、黒羽君?』

「(…なるほど、踏み込むなってか…)」

「やっぱりデート…むぐっ」

「じゃ、じゃー俺たちはこれでっ!」



 ちょ、快斗…⁉
 なんて俺が押さえつけてる口で必死に言う青子をじりじりと引きずって逃げる。
 これ以上あの金髪男…安室って男に俺たちの存在を認識されたくなかった。


























「…かわいらしい子たちだな。」

『ふふ、そうでしょう? …まるで小学校で出会った私たちみたい。』



 隣に立つレイ君が小さく笑い、車のドアを開けた。
 このまま私を工藤邸まで送ってくれるらしい。



「確かにあの頃は…何かとトラブルを持ってきていた俺を黒凪がフォローしていてくれたっけ。」

『そうね。…懐かしいわね…。』



 レイ君が助手席の扉を閉めて、それから運転席へ。
 シートベルトを締めながら…今更どうにもならないことを、呟いてみる。



『あのまま…普通の学生みたいに中学校に行って、高校に行って…そうしていれば、きっと今の私とは180度違ったものになっていたでしょうね。』

「…。」



 レイ君は何も言わない。
 それがもう、どうやっても叶うことはないから。



「…今からでも、平凡はきっと取り戻せる。」

『…』

「奴らを捕らえて…自由になろう。」



 その言葉に思わず笑みがこぼれた。
 ありがとうね、レイ君。本当に…ありがとう。
 そして私は車を降りる寸前にレイ君からアイリッシュの事情聴取のデータを受け取り…工藤邸の扉を開いた。



 黒羽快斗


 (きっと俺の知らないところで様々なことが起こっているのだろう。)
 (そしてきっと先生は…俺にそれを教えてはくれない。)
 (たまに不安になる。)
 (先生が父のように突然俺の目の前から消えてしまうのではないかと。)

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