隙ありっ

□隙ありっ
64ページ/131ページ



  ギスギスしたお茶会


「これは…すごい打撲ですね…。本当に事件性はないんですか?」

『はい、久々に趣味のボクシングに行ったら思った以上にボロボロになってしまって。』



 東都タワーでのアイリッシュとの一件から数日。
 あの夜でのアイリッシュとのボクシング…兼殴り合いのせいで腕やら腹やら頬が内出血を起こしていた。
 学校の仕事もあるからアザなどは化粧で隠していたけど…どうしても脇腹の痛みが取れず病院へ来たのだった。



「あ、レントゲンの結果来たね。…あちゃあ。」

『(え、何その反応?)』

「これを見る限り…助骨が剥離骨折しちゃってるね。」

『え゛』



 ちょ、もう…アイリッシューー!!
 なんて叫びたい気持ちを抑えて眉間を押さえながら痛み止めの点滴を受けるために病院内の待合席の側で一息つく。
 そんな時だ、人でごった返す院内を走る子ども達のうちの1人が私の脇腹にぶつかったのは。

















 蘭の母さんである妃英理さんが中垂炎の治療のため手術を受けたということで、おっちゃんと蘭と杯戸中央病院を訪れていた。
 そんな中、病院を訪れていた安室さん、そしてスコッチと遭遇した。
 水無玲奈を匿った際に使ったこの病院で彼らが探していたのはやはり、あの時組織が送り込んできた楠田陸道で。
 それを受けてどうしたものかと焦っていた、その時。



「ごっ、ごめんなさい!」

「お姉さん大丈夫⁉︎」



 そんな子供達の焦ったような声に振り返って…また俺はこの病院で会うはずのない人を見つけた。
 青い顔をして腹部を押さえて床にうずくまるあの人は…



「は、遥さん⁉︎」



 蘭の声に息を呑んで誰よりも早くそちらに向かったのは安室さんだった。
 そんな安室さんに弾かれるように彼の後を追ったのはスコッチ。



「大丈夫か⁉」

「みやっ…か、神崎さんどうして病院に…⁉」



 普段とは違ったその安室さんに口調にびくっと隣の蘭が肩を跳ねさせたのが分かった。
 一方の黒凪さんもその安室さんやスコッチの声に顔をあげ、一瞬だけ驚いたような顔をする。



『あれ、安室さんに諸伏さん? どーしたんですかこんなとこで…?』



 そう少し大きな声で神崎遥として言った黒凪さん。
 その様子を見てはっとしたのだろう、安室さんとスコッチがすぐにその表情を素のものから切り替えた。



「す、すみません…知人を探していたら神崎さんを見つけたもので、驚いて…」

「僕も透の付き添いで…。それより神崎さん、顔真っ青ですけど大丈夫ですか?」

『う、うん。実はその…肋骨を剥離骨折して…』

「「剥離骨折⁉」」

『でも心配しないでね “安室さん”、”諸伏さん” ! 全然大丈夫だから本当に…!』



 再び声を荒げた2人を必死に宥めようとしている黒凪さん。
 それでも骨折と聞いて焦る2人…特に安室さんを見て「どうして、」と頭の中でだけで呟く。



「(もしも本当にアンタ達2人が組織の人間なら…どうしてそこまで、黒凪さんを気にかける?)」



 本当は、水無怜奈の様にスパイなんじゃないのか…?
 ただ組織に潜入しているだけなんじゃないのか?



「3、2、1……ゼロー!」



 肩を跳ねさせて声の方向へと顔を向けた安室さんとスコッチ。
 そこにいたのはエレベータの扉の前で子供を抱え、子供と一緒にエレベータが来るのを数えて待っていた母親。
 その様を見ていて…俺の心臓が跳ねた。



「(ゼロ?) …ど、どうかしたの? 安室さんに諸伏さん…」

「え…」

「!」

「あの人たちが気になるの…?」



 今度はこちらを見た安室さんとスコッチにカマをかけるつもりでそう、問いかけた。
 言いよどむ2人を前に、ちらりと黒凪さんに目を向ければ…黒凪さんは依然として青い顔をしたままで俺を見ながら小さく笑みを浮かべる。



「…僕の、あだ名がゼロだからさ。」

「! 透…」

「なんでゼロ? 名前のどこにもゼロなんて入ってないでしょ?」

「僕の名前…透は透けているっていう漢字だろ? つまり空っぽ…ゼロ、ってことだよ。」



 うまく言いくるめられた感はあるが…筋は通っている。だけど…。
 さっき一瞬スコッチが見せた焦ったような顔は本物だった。



「――ほ、本当に大丈夫ですか⁉ 遥さん…!」

「脂汗がすげーぞ…⁉」



 蘭とおっちゃんの声にはっと黒凪さんに意識を戻す。
 確かに黒凪さんの顔を見ている限り尋常じゃない。



『す、すみませんあの、さっきぶつけた場所…思ってた以上にやばいところだったのかも…痛みが引かないです…』



 半泣きになっていう遥さんにスコッチが看護師さんにわけを話す中…安室さんは黒凪さんを見てどこか泣きそうな顔をしていた。
 その表情と、先ほどのあだ名のくだりを見て…俺の中に確信めいたものが生まれていた。



「本当にごめんなさい…!」



 黒凪さんの横腹にぶつかってしまったらしい子供も、もはや涙でその顔がぐちゃぐちゃになっていた。
 その母親もその傍でおろおろとしているばかり。



『だ、大丈夫よ。お姉さんの友達も沢山来てくれたし…急いでいたんでしょ? お母さんと一緒にお帰り。』

「で、でも…」

『お急ぎでしたら行ってください、本当に大丈夫ですから…』



 そう母親に言った黒凪さんに、本当にこの2人は急いでいたらしく「ごめんなさい!」と何度も言いながら去っていく。
 それでも何度も黒凪さんを振り返る子供に黒凪さんが精一杯の笑顔を浮かべて言った。



『バイバイ。』



 安室さんの瞳がぐらりと揺れた。
 この時、安室さんが何を考えていたのかなんて知る由もない。
 でも、その表情はとても悲しげで。



「( “…バイバイだね、レイ君。――ごめんねレイ君、お別れだね…。” )」


「…あのー、何か事件ですか…ってあれっ⁉ 毛利さん⁉」

「ん? た、高木⁉」

「毛利さんがいるってことは…やっぱり何か事件ですか⁉」



 いやいや、違う違う! 知り合いを見かけて…。
 そんなおっちゃんの言葉に視線を床の方に下げて、やっと蹲る黒凪さんに気付いたらしい高木刑事。



「あ、なるほど…確かに顔色がすぐれないみたいですね…」

「お前こそ何でここに?」

「あ、僕は依然担当した事件で怪我をしまして、その経過観察に…」


「神崎さん、処置室へどうぞ。」

『うう、すみません…』



 そうして看護師さんたちに囲まれて処置室へと移動する黒凪さんの後を何も言わずについて回った安室さんとスコッチ。
 もちろん俺たちも放っておく気分にはなれず、同行した。高木刑事も偶然今日は非番だそうで、ついてきていた。そして…。



「――あちゃー…、ヒビが入ってます。」

『ひび…』

「これは痛い。鎮痛剤を打ちましょう。」



 そうしてすぐに点滴を投与された黒凪さん。
 それから10分もすれば、随分と黒凪さんの顔色がましになっていた。



「よかった、遥さん…大丈夫ですか?」

『うん、蘭ちゃん達もごめんねー…。何か他の用事で来てたんじゃないの?』

「あ、そうなんです…私の母親が中垂炎で入院して…。」

「やっぱり人間誰しも怪我や病はつきものですよね。同じ日にこんなに知り合いに出会うとは…ハハハ。」



 なんて乾いた笑みを浮かべる高木刑事。



「ま、なんたってかの有名なアナウンサーも利用するぐらいですしね!」



 肩が跳ねた。
 高木刑事、なんでその話題を出す⁉



「ええ? アナウンサーなんて有名人もここに来るんですか?」

「この病院は東京でも大きい病院だから日々色々なことが起こってるみたいですよ。以前なんて爆弾騒ぎもあったらしいですし…」

「た、高木刑事…」

「へえ…じゃあ刑事さん、楠田陸道って名前は知りませんか?」



 スコッチの核心を突いた質問にこちらの声がかき消されてしまう。
 やばい、高木刑事、頼むから余計なことは…



「…ああ! そういえばさっき言った爆弾事件の数日前にこのあたりで破損車両が見つかって…確かその車の持ち主が楠田陸道って名前でしたよ。この病院の患者さんだったそうですけど急に姿を消したとかで。」

「え…その楠田陸道、今でも行方が分からないんですか? 僕と透の友達なんです。」

「いやー…謎が多い事件だったもので…でも、残念ながら亡くなってるんじゃないかと結論付けられてますよ。」



 その破損車両の車内に大量の血液が飛び散っていて、1ミリに満たない血痕もあって…。
 スコッチと安室さんが顔を見合わせた。
 まずい…!



『け、刑事さん。』

「はい?」

『良ければもう帰っていただいて大丈夫ですよ…明日もきっとお仕事で忙しいんじゃないですか?』

「え、ああ…確かにそろそろ家に帰った方がよさそうだ…。」



 じゃあ僕はこれで。
 そう言って処置室を出て行った高木刑事。
 黒凪さんが上手く話を切ってくれたけど…恐らくもう、手遅れだろうな…。
 そう神妙な顔をして考え込む安室さんとスコッチを見て考える。
 何か手を打たなければ…。

































「――本当に送らなくて大丈夫なんですか? 神崎さん…。」

『はい! 彼氏が迎えに来てくれるので…あ、来た! 昴ー!』

「よし、じゃあ俺たちも帰るか。」

「そうだね。じゃあ安室さん、諸伏さん。また…」



 よたよたと赤い車の方へと向かっていく黒凪を見送り、そして手を振って車に乗っていった毛利さん、蘭さんそしてコナン君も見送った。
 そして俺とヒロだけが駐車場に残り…顔を見合わせる。



「さっきの刑事の話…」

「ああ。1ミリに満たない血痕…それは恐らく拳銃によるもの。」

「…。ゼロはもう、ある程度目星がついてるらしいな。」

「ヒロこそ。」



 不敵に微笑むヒロに同じようにして返して…俺たちも車に乗り、ハンドルを握る。
 待っていろ赤井…。必ずお前を引きずり出してやる。



 降谷零


 (バイバイだね…レイ君。)
 (声が、今でも頭から離れない。)
 (あの日彼女たちを引き留められていれば…何か変わったのだろうか。)


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ