隙ありっ

□隙ありっ
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  緋色の交錯


 チャイムが鳴り、秀一と共に玄関へ。
 扉を開くとそこにはコナン君と彼の父親…工藤優作氏が立っていた。



「お待ちしていました、工藤さん。わざわざロスからご足労頂きありがとうございます。」

「いやいや、息子の近況も聞きたかったものでね。…初めまして、赤井君に…宮野さん。」

『初めまして。今回はよろしくお願いします。』



 バーボンとスコッチの猛攻に焦ったコナン君…工藤新一君が頼ったのは、自身のご両親だった。
 キャメルが誤って彼らに楠田陸道の拳銃自殺を伝えてしまってから2日という短いスパンでの彼の行動の速さはやはり目を見張るものがある。
 そして息子のためにと10時間以上もするフライトをすぐにとって来てくれる、優作さんの優しさにも。



「ジェイムズさんから連絡は…?」



 コナン君がソファに腰かけながら問いかけてきた。



「君の予想通り、ジョディとキャメルは俺の事件についてこの2日間徹底的に調べ上げていたらしい。明日の夜には来葉峠に行く予定まで立てている…。それに、そんな2人を監視する様子のスコッチも目撃したそうだ。」

「やっぱり…これまでの2人の行動を見ても、しっかりと裏づけをつけたうえでもどこまでも慎重だったから…赤井さんだけに集中せず、念のためにジョディ先生とキャメル捜査官の確保に向かうとは思ってたんだ。」

『じゃあやっぱり工藤さんにご足労頂いたことだし…私たちは2手に分かれる必要がありそうね。』



 秀一と私の視線が交わる。
 本当、こうして危険な目に遭っている時…私たちはどうしても別々に行動する運命にあるらしい。
 キールの時も、ベルツリー急行の時も、アイリッシュの時も…そして今回も。



「どっちに行く?」

『貴方がジョディさんたちの方で良いと思うわよ。万が一にも来葉峠で追い回されたら私じゃどうしようもないもの。』

「了解…」

「ならば、宮野さんは私と一緒に行動することになるね。よろしく。」



 にっこりと笑った工藤優作さんに会釈を返す。
 そうしてそれから2日目の昼間に秀一はジョディさんの車へ、私は普段と同じように神崎遥の変装を身に着けて…沖矢昴の姿になった工藤優作さんと工藤鄭に留まった。
 久々の我が家にのんびりと過ごしている工藤さんと一緒に時を待つこと――数時間。
 チャイムが鳴った。



「…来たね。私が出るよ。」

『はい。』



 そうして工藤さんは尋ねてきたバーボン…レイ君を工藤邸に招き入れた。
 私と目が合い、レイ君が眉を下げて微笑む。



「すみません、神崎さん。貴方の”恋人”である沖矢さんに…少し無理を言って入れてもらいました。」

「大丈夫ですよ。安室さん…貴方とは一度キャンプ場で会っていますからね。遥はあの時はいなかったけど。でも遥とは顔見知りだそうですし、追い返すほどではありません。」



 あらかじめ秀一から聞いていたことを自然に述べる工藤さん。
 その演技力も流石と言わざる得ない。



「では早速僕がここに来た経緯からお伝えしましょうかね。」

「ええ、ぜひ。遥もこっちにおいで。」

『…うん。』



 素直に工藤さんの隣に座った私を見てレイ君が困ったようにため息を吐く。



「そんな白々しい演技はいい加減にやめたらどうだ? …赤井秀一。」

「なんのことでしょう?」

「…キールや、お前の死体すり替えトリックを考えた彼のこともあるからな…こちらがどれだけ掴んでいるか見ているつもりだろうが…」

『(…流石。核心をついてる。)』



 彼の青い瞳がまっすぐに工藤さんを射抜く。



「こちらも、今日…すべてを決着させるつもりで来た。」



 恐らくこの部屋に設置された監視カメラを通してこちらの会話を来葉峠で聞いているであろう秀一、そして別室にいるコナン君の顔を思い浮かべる。
 正直、ここまで核心に迫られているのであれば…彼が公安だと知る私と秀一としては、工藤さんを巻き込んでまで沖矢昴の正体を隠す必要はないと考えていた。
 だけど…逆にここまで秀一と私に執着するレイ君と諸伏君の目的を知るまでは、確かにコナン君の意見通り正体を隠すべきだとも思う。



「まずはお前が自分から正体を明かす気になるように…トリックの謎解きから始めようか。」

「ほう、トリック…」

「…来葉峠で右手を残してほとんど全焼した死体…その右手の指紋と、コナン君の携帯に残っていた指紋を照合し、それは最後にコナン君の携帯を触っていた赤井秀一のものだと結論付けられた。」

「指紋が一致したのであれば、間違いはないのでは?」



 工藤さんの言葉に「ええ。」と肩をすくめて見せるレイ君。



「その指紋が、本当に赤井秀一のものならね…」

「…指紋は別の誰かのものだと?」

「ええ。FBIに組織のメンバーだと見抜かれ…カーチェイスの末に拳銃自殺を選んだ、楠田陸道のね。」



 耳に装着しているイヤホンから微かにコナン君が息を飲んだ音が聞こえた。
 もしもの時のため、コナン君と会話ができるようにしてある。
 まあ、ここまで見抜かれていれば…流石のコナン君でもごまかすことは難しいだろうけど。



「それを結論付ける証拠が、まず残された指紋が右手のものだったこと。赤井秀一は左利き…そして拳銃自殺で右側頭部に弾痕をつけた楠田陸道は右利き。それに赤井秀一が携帯を触ったにも関わらず指紋が出なかったのは…透明な何かで指先をコーティングしていたのでしょう。」



 その時一緒にいたFBI捜査官から…赤井秀一がその時手に持っていた缶コーヒーを床に落としたという証言も取れています。
 コーティングの影響で手を滑らせたんでしょうね。



「…ふむ、なるほど…。ただ、その赤井という男…その場からどうやって立ち去ったんです?」

「キール…赤井を撃ったふりをした女の車で移動したんでしょう。彼女の首に小型カメラを搭載したチョーカーがありましたが…上手く監視役の目をかいくぐってね。」

「監視役がいたんですか…、ただ、たとえカメラの映像で確認していたとは言え流石に撃たれたふりはバレるのでは?」

「赤井はいつもニット帽をかぶっていた。その下に血のりでも仕組んで…空砲に合わせて血を噴出させる仕掛けでも作ったんでしょう。実際…僕の知り合いも血のりを使ってその監視役の目を欺こうとしていた事もありました。」



 うまくは行かなかったようですがね。
 そんな風にこちらを見て言うレイ君。
 悪かったわね、上手くいかなくて…。



「まあ、その知り合いである彼女もこの一件に噛んでいますし…監視役の男が頭を狙うように指示してくることなど、容易に想像できたはず。」



 なんて言ったって、恐らくその彼女がこの世で最もその監視役を理解している人物の1人なのだから。 



「まあ、それを込みにしても…事が起こる以前にすべてを見透かしていた彼には賞賛の言葉しか出ませんよ。…流石は、貴方も頼るわけだ…。」

『…』

「そうだろう? 黒凪。…慎重な君なら…協力者が赤井秀一だけなら、きっと今頃アメリカにでも逃げていたはずだ。それでもこの日本…しかも東京に留まり続ける理由は、その協力者が東京に留まらざる得ないから。」



 江戸川コナン君という、協力者がね…。
 レイ君がソファに背を預け、両手を組んだ。



「話は逸れましたが…赤井秀一が死を偽装してまでこの東京に留まろうとするということは、黒凪と一緒に行動を共にしているということ。お前も気づいていたんだろう? こちらが黒凪の正体を掴んでいる時点で…こうなるであろうことは。」

「…僕をその赤井秀一さんだと考える理由…根拠は分かりました。ただ、僕にはどうしても分からないことがある…。」

「なんです?」

「なぜ貴方がその赤井秀一にそこまでこだわるのか…。」



 レイ君が目を細める。



「確かに貴方が言うように、ここにいる遥は事情があり…宮野黒凪という本名を隠して日々を過ごしています。そして彼女から…貴方は黒凪を保護したいと申し出ていたことも聞いている。」

「…」

「彼女のことを思うのであれば、このまま僕と彼女を放っておいてくれませんかね…。ただ僕たちはひっそりと過ごしているだけだ…。」



 レイ君の目に苛立ちが映った。



「特に、彼女は赤井秀一という亡き恋人を乗り越え…やっとしがない大学院生である僕と平凡な日々を取り戻したばかりなのだから。」

「まだそんなふざけたことを言うつもりか、貴様は…!」

『ちょ、』

「お前が頑なに見せないその首元に変声機を装着し、声色を変えていることなどとっくに…!」



 レイ君の手が伸び、工藤さんのタートルネックへ。
 そしてそれを勢いよく引き下ろし…レイ君が固まった。



「(…変声機が、ない⁉)」



 レイ君の携帯が鳴る。
 その通話をすぐさま取り、携帯を耳に押し当てたレイ君は…さらに顔色を一変させた。



≪ゼロ…! 赤井秀一が “こっち” にいる! そっちは大丈夫なのか⁉≫

「な、赤井秀一が…そっちにいるだと⁉」

≪それに、俺たちの正体も…!≫

「…さて。僕が貴方が考えるように赤井秀一ではないことは分かったはず…今度はこちらの番です。」



 聞かせてもらいましょうか…何故貴方が赤井秀一にこだわるのか。
 その目的を…。


 
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