隙ありっ

□隙ありっ
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  緋色の真相


 ――どういうことだ⁉
 なぜライが…赤井秀一が “こっち” にいる⁉



≪――諸伏さん! ど、どうすれば…!≫

「一旦距離を取れ、奴が乗っている以上…迂闊に手を出せばこちらがやられかねない!」

≪了解…!≫



 何が起こっている…⁉
 あのFBI捜査官たちを尾行する以前に、工藤鄭にいる沖矢昴と神崎遥の姿を目視した…。
 ゼロだって、今まさに沖矢昴…赤井秀一と会っているはずだろ…⁉



「(まさか、俺たちが不測の事態に備えてジョディ・スターリングとアンドレ・キャメルを確保することを読まれていた…?)」



 そのために赤井秀一がこの場に…?
 いやまて、じゃああの沖矢昴は一体誰だ…?
 まさか、沖矢昴が赤井秀一だというゼロの読みが外れていた…?





























「シュ、シュウ! あんた今までどこに…!」

「赤井さん…! なんでこんなところにいるんですかぁ…⁉」


「話は後だ…。今はこのふざけたカーチェイスを終わらせることに専念すべきだろう。」



 シュウの低い声が鼓膜を刺激する。
 車の屋根を開いたことで聞こえる風の音なんて気にならないぐらいに、その懐かしい声が鮮明に聞こえた。



「俺の死に疑問を持っていたお前たち2人なら必ずここ、来葉峠にやって来る…そして、その行動を読んでいた奴らが俺を引き釣り出すための餌としてお前たち2人の確保に乗り出すことは…ボウヤにとっては容易に想像できたらしい。」

「ボウヤって…コナン君⁉」

「ああ。あのボウヤには驚かされるばかりだ。」



 そんな風に言いながら拳銃の弾を確認し…こちらの車を追う数台の車を見据えるシュウ。



「キャメル。次の右カーブを抜けたら200メートルのストレートだ。」

「りょ、了解…! 次の右カーブを抜けたら、5秒間ハンドルと速度を固定します…!」



 後部座席に右足をかけ、運転席の後部座席に背中を沈めて拳銃を構えるシュウに私の息が止まる。
 こんな状況で…本当に次の5秒間だけで、数台ある車をしとめるつもりなの…⁉



「ストレート、入りました!」

「了解…」

「1、…2…!」




 キャメルのカウントを聞きながら、私は息もできずに…ただただ標準を静かに定めるシュウに釘付けになっていた。
 そして4、とキャメルがカウントした途端にその引き金を引き、正面から2台目の車のタイヤを打ち抜き、2台目以降の車を走行不能にさせた。
 …って、



「ちょ、1台目の車が残って…!」

「問題ない、あれはスコッチが乗っている車だろうからな…。奴の性格上、部下に正面は走らせない。」

「す、スコッチが乗ってる車だけ残したってこと⁉ 何のために…!」

「奴と話すためだ。」



 何を話すっていうのよ⁉
 そんな風に怒鳴る私を一瞥してシュウは、



「キャメル、100メートル先で車を止めろ。」

「了解…!」

「ちょ、本気…⁉」



 車を止めて数秒、先ほどの狙撃を免れた車が傍で停まり…中からアジア人が1人姿を見せた。



「久しぶりだな…スコッチ。」

「…どういうつもりだ、ライ…。俺の車をわざと狙撃しなかったな?」

「お前と話をするためだ。ここまでは随分と…公安からの一方的なものばかりだったからな。こちらからもいくつか話したいことがある。バーボンと連絡を取れるか?」

「こ、公安⁉」



 私の声に目を見開き、携帯に手を伸ばしたスコッチ。
 そして携帯を操作する彼を横目に…シュウが静かに口を開いた。



「念のために言っておくが…黒凪は君らのことは何も漏らしてはいない。」



 スコッチの手が止まる。
 黒凪さん? どうして今、黒凪さんの名前が出てくるの?



「杯戸中央病院であのボウヤにバーボンのあだ名がゼロだと漏らしたのは失敗だったな。組織にいた頃から黒凪と何やら密会していたことは知っていたし…それを聞いてピンと来たよ。」

≪…もしもし⁉≫

「ゼロ…! 赤井秀一が “こっち” にいる! そっちは大丈夫なのか⁉」

≪な、赤井秀一が…そっちにいるだと⁉≫



 一言二言話してスコッチが携帯を片手にシュウを見る。
 声を潜めて話しているから何を話しているのかははっきりは分からなかったけど…シュウがスコッチを見て車のドアに手をかけ、車から下りた。



「ちょ、シュウ⁉」

「少し待っていてくれ。ジョディ、キャメル。」

「大丈夫なんですか⁉」

「ああ。」



 なんでもないことのように言ってスコッチと少し離れた位置で話をするシュウ。
 その様子を見ながら、私とキャメルは何が起こっているのか全く理解できず、ただただお互いの顔を見合わせた。






























≪…まあいい、赤井秀一が現れたなら…結果オーライだ。≫

「あ、ああ…。じゃあ、」



 そんな風に会話を交わすスコッチとバーボンを見て、徐に車を降りた。
 そんな俺を見てスコッチがジョディたちが乗る車から離れ、俺もそれに続く。
 そして俺たち3人だけで携帯を見下ろしたところで最初に口を開いたのはスコッチだった。



「ゼロ、今会話を聞いているのは俺たちと赤井秀一だけだ。」

≪…了解≫



 スピーカーにしているスコッチの携帯からバーボンの声が聞こえた。



≪まず赤井秀一…いつから俺たちの正体を…≫

「ボウヤが君のあだ名がゼロだと言っていてな…。おかげで、降谷零君という名前も調べるのにそう時間はかからなかったよ。」

≪!≫

「もちろん君もな…諸伏景光君。」



 沈黙を落としたバーボンとは違って、スコッチはため息を吐いてくしゃ、と前髪を掴んだ。



「そこまで捕まれてるんじゃ、どっちがどっちを追い込んだか分かったものじゃないな…。」

「いや…こちらは常に後手だったよ。君たちの敗因といえば…ボウヤを脅かしすぎたことだな。おかげで彼も本気で君らの正体を探らざるえなくなった。」

「彼…江戸川コナン君か。流石、宮野さんが頼るぐらいだよ。」

「…で? いい加減に話してくれるんだろ? 何故俺をここまで探していたのか…。」



 峠に吹く冷たい風に揺られながら…俺は場違いにも組織にいた頃のことを考えていた。
 思えば、バーボンとスコッチとはよく任務を共にしたものだ。
 今となっては立場は違うが…こうして会話を交わすとあの頃のようにするするとコミュニケーションが取れるのだから不思議なものだ。



≪…正直、1番の目的はお前が生きていることを確認することだった。≫

「ほう?」

≪それは俺が…俺たちが、黒凪の協力者が誰なのか…いや、≫



 誰が彼女に協力してくれているのか、それを確認したかったから。
 協力してくれているのか…? そう呟くボウヤの声がイヤホンから聞こえる。
 バーボンのことだ、ボウヤにも聞こえるように工藤鄭の監視カメラの傍で話しているのだろう。



≪まずは彼女が安全なのかだけ、確認したかった。…そして2つ目の理由はお前と話す為だ…赤井秀一。≫

「俺と?」

≪ああ。癪ではあるが…お前と協力関係を結ぶために。≫



 協力関係、か。
 それは予想していなかった。
 なぜならミステリートレインでの黒凪との会話を聞いていても…彼らはどちらかというと、公安を主体として黒凪を守っていきたいようだったから。



≪…意外だと思うか?≫

「…ああ。黒凪によると、お前たちはどちらかというと公安主体で動きたいようだったからな。」

≪元々そのつもりだった。お前は彼女を守るどころかむしろ危険に晒してばかりだったからな。≫



 鋭い指摘に若干胸が痛んだのは事実だ。
 確かに、俺の失態が原因で黒凪はジンに殺されかけた。
 キールの時もそうだ。確かに俺は今まで完璧に彼女を守り切れているかと問われれば…そうではないだろう。



≪それでもここまで来て…彼女なりに最も安全な場所を選んで留まっていることに気付けた。こうなっては、俺はその居場所を守ることしかできない…。≫

「…なるほど。」

≪貴様らも日本にいるんだ。我々の協力はそれほど悪いものでもないだろう。≫

「ああ。むしろ心強い。…とはいえ、こういったことは俺1人で決められるものでもない。」



 ああ。とバーボンが答える。
 スコッチも目を伏せ、ちらりと少し離れた位置で待機している公安の部下たちに目を向けた。



「この話は一度持ち帰らせてもらう。明日には連絡を取るから、少し待っていてくれ。」

≪…いいだろう。≫

「じゃあ、俺は後片付けして戻るよ。ゼロ。」

≪ああ。気を付けてな、ヒロ。≫



 通話を終え、スコッチがこちらに紙きれを見せた。



「俺の電話番号だ。ここにかけてきてくれ。」

「ああ。了解。…悪かったな、おたくらの車をお釈迦にして。」

「いや、こっちから仕掛けたことだ。問題ないさ。」

「そう言ってくれるとありがたい。だがささやかな土産として…これを。」



 先ほど発砲した拳銃を差し出すと、それを受け取ってスコッチがかすかに目を丸くさせた。



「これは?」

「楠田陸道の拳銃だ。入手経路を探れば何かしら情報が入るかもしれんだろう?」

「…なるほどな。どうも。」

「ああ。」



 そうして車に戻れば、大丈夫だったの⁉ と、懐かしく傍で聞くジョディの声に笑みがこぼれる。
 とはいえ、これからこの2人に工藤鄭で今までの経緯をすべて説明すると思うと面倒が勝つのだが。




























「――貴方が言っていた、赤井秀一さんとは話せましたか?」




 耳に押し当てていた携帯を下ろし、沈黙を下ろしたレイ君にそう声をかける工藤さん。
 その声にはっとしたらしいレイ君はこちらを、工藤さんを見て…困ったように眉を下げる。



「…はい。何もかも僕の勘違いだったようです。無粋な態度をとってしまい、申し訳ありませんでした。」



 レイ君が工藤さんに向かって頭を下げ、工藤さんが「いえいえ、」と立ち上がる。



「失礼かと思いましたが、少し会話を聞いていました。…黒凪のためにと起こした行動かと思います。」



 レイ君がちらりとこちらに目を向ける。
 私はどんな反応をすればいいかわからなくて、眉を下げてレイ君を見返すことしかできない。



「…ええ。どうも僕は彼女のことになると熱くなるようで…本当にすみませんでした。」

「気になさらないでください。…では、お忙しいようですしそろそろ出られますか?」

「そうですね。そうします。」



 レイ君が工藤さんとともに玄関に向かっていく。
 閉じられたリビングの扉を見送って、私は静かに1人目を伏せた。
 結局、これからレイ君たちとはどんな関係になっていくのかしら。
 秀一はレイ君と話をして…彼と連携していくつもりなのかな。
 きっとジョディさんとキャメル捜査官を連れて帰ってくるだろうし、それに関する会議になるだろうけど。



「――ただいま。」



 そうして数十分後に工藤鄭に戻ってきた秀一は、私の予想に反して1人で。
 すでに変装を解いた工藤さんとコナン君も秀一の帰宅を見て2階から1階に降りてきた。



「赤井さん、大丈夫だった?」

「ああ。ボウヤこそ。」

「こっちはうまくやれたと思うよ…。でも、どうしよう? 安室さんの提案…。っていうか、」

「公安の提案、だな。」



 全員でリビングに集まり、ソファに腰かける。
 しばし沈黙が落ち、最初に口を開いたのは秀一だった。



「…俺は悪くない提案だと思うが。」

『それは、私も同感。でもこちらの事情に巻き込むことは…正直今でもしたくはない。』

「お前の言い分も分かるが…組織に潜入している時点で彼らもある種同じ穴の貉だ。」



 あの2人ならうまくやるさ。
 秀一の言葉に目を伏せる。
 そうよ、秀一の言う通りなのは分かっている。でも…。
 警察学校で出会ったレイ君と諸伏君を思い浮かべる。



『…分かった。それで良い? コナン君。』

「うん。安室さんも諸伏さんも味方になってくれたらすごく心強いと思う。」

『…そうね。』



 そうしてすぐに秀一が携帯を開き、ポケットに押し込んでいたらしい小さな紙きれを片手に携帯を操作する。



『それは?』

「スコッチの電話番号だそうだ。明日ここで関係者全員で話そうと思ってな。それでいいだろ、ボウヤ?」

「うん。」



 
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