隙ありっ

□隙ありっ
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  緋色の真相


 そうして次の日。
 リビングのドアが開き、入ってきた秀一に続いてジョディさんとキャメル捜査官が顔を覗かせる。



「お邪魔します…って、あ、あんたは…!」

「ジョディさん、下がって!」



 そして彼らは一足先に工藤邸のリビングで紅茶を飲んでいたレイ君と諸伏君に顔色を一変させた。
 一方の公安の2人も警戒を完全には解かないままFBIの2人を一瞥して手元の紅茶をあおいだ。



「やはりFBIの連中も交えるつもりだったか。」

「何…同じことを説明するのだから、一斉にしてしまった方が楽だと思ってな。」



 これから協力していくのだから、顔を合わせておこうと言うことで呼んだ彼らだが、昨日と今日で友好的に歩み寄れるわけもなく。
 ジョディさんが不安げに秀一を見上げた。



「でも、彼ら本当に信用できるの? シュウ…」

「こちらのセリフです。我々の策にまんまと嵌るようなFBI捜査官など…信用するに値するのか。」

「あのねえ…!」

「彼らに関しては、彼女が保証してくれるさ。…なあ? 黒凪。」



 ジョディさんとキャメル捜査官のために入れた紅茶をおぼんに乗せてリビングへ向かえば、私を見た2人が顔色を一変させた。



「黒凪さん⁉」

「み、宮野さん…貴方もずっと赤井さんと行動を共に…⁉」

『ええ…。キールの件では最後までご一緒できなくてごめんなさいね…。』



 組織に戻ったキールが秀一の暗殺を命令されるなら…きっと、私の暗殺も誰かが請け負うことになるだろうし。
 それを考えるとリスクが高くて、FBIを見限って逃げたことにしておくことが最善だったから。
 そう話しながら紅茶をテーブルに置いて2人をソファに誘導する。



『どうぞ、座って下さい。』

「は、はい…」

「でも…彼らとお茶を一緒にするのは…」



 と、まだ警戒心を解き切れていないジョディさんとキャメル捜査官。
 そんな彼らを見て自分の紅茶を持って諸伏君の隣に座る私。
 対して秀一はキャメルの隣に座った。



『彼らのことは私が保証するわ。』

「でも、貴方たちは組織で出会ったんでしょう? たとえ日本警察に所属していたからと言って信用するのは…」

『組織で出会ったわけではないですよ? 私たちは警察学校の同期なので…』



 えええ⁉ とジョディさん、キャメル捜査官…そしてコナン君が声をあげる。
 あ、コナン君も知らなかったのね、そういえば…。



『ここにいる誰よりも長い付き合いだから、ご心配なく。』

「そ、そう…」

「す、すごい偶然なんだね…」

『ええ。本当に。』



 いや…偶然じゃないよ。
 そう諸伏君が言う。



「俺もゼロも、宮野さんが何か犯罪組織に巻き込まれているって気付いたから公安に入ったんだ。そうしたら組織に潜入することになって。」

『あら、そうだったの? …ごめんなさいね、危険な目に合わせて…』

「ううん、俺たちが決めたことだから。な? ゼロ。」

「ん、あぁ…」



 諸伏君の言葉に小さく頷いて紅茶を飲み…カップを皿に戻して、レイ君が静かに秀一を睨んだ。



「で? 俺たちをここに呼び寄せた理由はなんだ? 赤井。まさか世間話をするためではないだろう。」

「ん、ああ。そうだったな…。黒凪。」

『うん? あ、ええ。』



 秀一が私を呼んで、一緒に洗面所へと向かう。
 ぱたり、とリビングの扉が閉められ…しんと静まり返った部屋の中で、FBI…そして公安の面々とともに取り残されたコナンは空気を和ませようと口を開いた。



「そ、それにしても僕嬉しいな〜! 安室さんと諸伏さんがいい人たちだった事が分かって!」



 しかしそんな俺の言葉に賛同してくれないのがキャメル捜査官。
 確かに隙をつかれてうっかり情報を漏らした過去があるし、今度こそはと言う気概なのだろうが…。



「ふん…どうだか。あのミステリートレインの爆発もお前たちの仕業だそうじゃないか。」

「あれは様々な誤算が重なって起こったことですよ…。我々が企てたことじゃない。」



 それでも至極冷静に、表情すら変えずに対応する安室さん。
 それを見てジョディさんもキャメル捜査官に加勢する事にしたらしい。



「昨晩だって、あたしたちに襲いかかってきたわけだし。」

「何も本気で傷つけようと思ったわけではありませんよ。ただ…相手がアメリカ合衆国が誇る連邦捜査官だったもので、念には念をと思った次第です。」



 そう返した諸伏さん。
 バチバチと火花さえ見えるような気がする。



「(は、はやく帰ってきてくれ〜、赤井さん、黒凪さん…!)」



 なんて苦笑いを零していると、リビングの扉が開いた。
 そして現れた2人にジョディさんとキャメル捜査官が立ち上がり、安室さんは舌を打って、諸伏さんは困ったように眉を下げた。



「チッ、やはり沖矢昴は貴様の変装だったか…。」

「昨晩にわざわざ別人にその恰好をさせてゼロの相手をさせていたところを見ても、大方俺たちと協力関係を結ぶつもりが無ければ正体を明かさないままでいくつもりだったってところかな。」



 安室さんと諸伏さんの言葉に肩をすくめる黒凪さんと赤井さん。



「ほ、本当にシュウと黒凪さんなの…?」

「こうしてみると、本当に別人みたいですね…。」

「でも声は元のままだろう? だがこのチョーカー型変声機を使えば…、こうして、声色が変わる。」



 こうして、という言葉から沖矢昴の声に変わり、ジョディさんとキャメル捜査官が肩を跳ねさせる。
 本当、博士が作った機械とは言え…どういう仕組みなんだか。



『この通り、阿笠博士が発明してくれた変声機と、変装術を教えてくれたここの家主の工藤有希子さん、そして秀一の死体取り換えトリックを考えてくれたコナン君のおかげでこれまで潜伏出来ていたというわけです。』

「な、なるほど…」

「今となっては、あのベルツリー急行で君も死んだことになっているから容易に変装を解くこともできないだろうしね…宮野さん。」



 諸伏さんが困ったように言い、「ええ」と同じようにして黒凪さんも小さく頷いた。
 そしてその様子を見ていた安室さんが静かに口を開く。



「大方、今日我々を呼んだのはこのことを話すつもりだったようだが…こちらからも2つ話がある。」

『2つ?』

「ああ。…まず1つ目は、シェリーについてだ。」



 黒凪さんが微かに目を見開いた。
 しかしそれを見てすぐに諸伏さんがフォローするように言う。



「無理強いはしない。君の妹さんを危険には晒したくないし…こちらに話すべきではないと思うなら、」

『…そうねえ…生きてはいるわよ? でも居場所は言えない。』

「…そっか。了解。良かったよ、彼女も無事にあの列車から逃げられたようで…。」



 諸伏さんの言葉に眉を下げて黒凪さんが「ありがとう」と静かに言った。
 そして話の区切りがついたと判断したのだろう、安室さんが再び口を開く。



「2つ目は…ラムについて。」



 次に目を見開いたのはFBIの面々だった。
 もちろん、俺自身も心臓が大きく跳ねた。
 それは初めて聞く組織のコードネームだったから。



「ラム? それってまさか…新しい幹部?」

「ああ…俺のところにもつい昨晩キールから連絡が来ていたよ。RUMの3文字だけのメールがな…。」



 ちらりと黒凪さんへと目を向ける。
 黒凪さんは手を口元に持っていき、何か考え込んでいるようだった。



「近々、ラムがこの米花町にやってくると連絡が入っている。目的は毛利小五郎の調査だと。」

「おっちゃんの…⁉」

「ただ、その理由がわからない。我々が毛利探偵に近付いたのはシェリーに関係している疑いがあったから。だが、今となっては彼女は亡くなったことになっているし…。」



 また組織の人間がおっちゃんを狙ってやってくる…⁉
 くそ、あの時俺の発信機がジンにバレさえしなければこんなことにはならなかったのに…!



「組織にいた頃、数回コードネームを聞いたぐらいだったが…組織のナンバー2らしいな?」



 赤井さんの言葉に肩が跳ねる。
 しかも、ナンバー2なんて大物が相手になるのか…。
 視界に入った諸伏さんを見ると、赤井さんの言葉に頷いたのが見えた。



「ああ。基本的にコードネームを与えられた幹部たちの中に明確な序列は存在しない…だが、ラムだけは別格だ。ボスの側近だと言われてるし、特定の幹部を側近として自由に動かせる立場にある。」

「…安室さんと諸伏さんはそのラムに会ったの?」

「いや、実は僕らもラムと直接会うのは初めてでね…。」

「じゃあ、黒凪さんは…?」



 俺の言葉に全員の視線が黒凪さんに集中する。
 それを受けて黒凪さんは静かに言った。



『17年前に、本当に1度だけ。でもその頃私は背丈が小さくて、ラムの周辺にいた部下たちの陰でほとんど顔は…。』

「17年前?」

『ええ。アメリカでね…。標的の資産家が子供好きで、ボディガードたちを一掃するために送られたの。』



 そう過去を思い返すように言う黒凪さんに安室さんと諸伏さんが顔を見合わせる。



「…顔は分からなくとも、性別は分かる?」

『ええ、男性よ。声を聴いていた限り、そこまで若くはなかったはずだし…今頃は60代から70代。あとは…』

「片目をどちらか失って義眼だっていう噂が有名だな。」



 安室さんが静かに言った。
 その言葉に黒凪さんが頷いたこともあって、組織では有名なものらしい。



「…あ。あと、」



 安室さんと黒凪さんに続いて思い出したように声を上げて、諸伏さんが赤井さんに目を向ける。



「ライ、君がしくじったあの日…」

「ああ、ジンとの任務の日か?」

「うん。君の正体に気付いたのがラムだって話だよ。あの任務の日それらしい人物は見なかったか?」


「…あっ⁉」



 予想外にも、反応を示したのは赤井さんではなくキャメル捜査官だった。



「も、もしかしてあの日自分が話しかけたあの老人が…⁉」

「あの老人?」



 聞き返した安室さんに補足するようにジョディさんが口を開く。



「シュウが私たちFBI捜査官を、ジンとの任務先に呼び寄せて待機させていた時…キャメルが現場の傍にやってきた浮浪者らしき老人に気を使って声をかけたのよ。ここは危ないから、離れなさいってね。」

「…なるほど。そのミスが積もり積もって…」

「ゼロ、」



 不機嫌に顔を歪ませた安室さんに声をかける諸伏さん。
 しかし安室さんは拳を握り、それを机に叩きつけた。



「そのたった1つのミスで黒凪は殺されかけたんだぞ。分かってるのか?」

「そ、それは…」

『…昔の話よ、レイ君。現に今私は生きているんだし…』

「だから俺はFBIが気に食わないんだ。あの日から、ずっと。」



 俺とヒロなら、もう少し上手くやった…。
 そう呟いた安室さんに全員がしんと静まり返る。
 その沈黙を破ったのは、



『…でも、これからはきっともう…同じようなことは起こらないわ。』



 だって今度はここにいる全員で協力して、奴らに立ち向かうんだもの。そうでしょう?
 微笑んで言った黒凪さんに、心なしかキャメル捜査官の目がうるんだ。
 目を伏せていた安室さんも顔を上げて、それを見て諸伏さんがほっとしたような顔をして…。
 そして、黒凪さんを見つめていた赤井さんも、彼女と同じように微笑む。



「…とにかく、協力関係を結んだんだ。これからは出来る限りこちらの情報をFBIにも共有する。くれぐれもミスはするなよ…FBI。」

「ああ。恩に着るよ、降谷君。そして諸伏君。」

「…こちらこそ。ライが味方なら心強いよ。」



 諸伏さんがそう言って安室さんと共に席を立ち、2人を見送るために黒凪さんも立ち上がる。
 そうして玄関に向かっていった3人を見送り、赤井さんが改めてジョディさんとキャメル捜査官に目を向ける。
 2人はやっとそこで赤井さんが生きていることに実感を得たのか…どこかむず痒そうに笑った。



 Scotch.


 (とある日、宮野さんが俺とゼロに言った。)
 (良ければ積極的にライと任務に行ってやってはくれないか、と。)
 (貴方たちならきっとどんなに難しい任務でも、死なずに熟せられるはずだからと。)
 (思えば彼女は…ライと出会ってから、彼の心配ばかりしていた。)

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