隙ありっ

□隙ありっ
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  隙のある日常 with 黒羽快斗


≪…助けてくんね?≫



 電話を取った途端に耳に飛び込んできたその言葉に、もしもしという言葉が喉でつっかえた。
 そして数秒間だけなんと返そうかと悩んで、



『誰を?』



 と、まず主語を求めた。



≪俺を。≫

『貴方を? …私に助けを求めるほどの由々しき事態なのかしら? “怪盗キッドさん”。』



 短い言葉から私にこのような電話をかけているのはきっと彼の本望ではないのだろうと察して冗談混じりに返す。
 それでもこうして連絡を寄こしてきているのだから、結構危機的状況なのかもしれない。



「ハイ…先生の言う通りでございます…」



 ほうら、こうして素直に認めた。
 確かに電話口から「キッドォー!」なんておなじみの声が聞こえてきている。



『…”昴”。』

「?」



 キッチンで水を飲んでいた秀一が振り返る。
 そして電話を片手にコートに手をかけた私を見て口パクで「キッドか?」と問いかけてきた。
 レイ君たちにも正体を伝えている今…私が電話を取る相手で秀一の正体を隠すのはキッドぐらいだと察してのことだろう。



『また生徒がとある問題に巻き込まれているみたいでね…』

「…了解。気を付けてな。」

『ええ、すぐ戻るわ。』

≪わりーけど一緒に逃げてもらうから結構時間かかるかもしれねーよ、先生。≫



 そんな黒羽君の言葉に扉を開こうとしていた手を止めて、秀一に目を向ける。



『出来るだけすぐ戻るわね。』

「ああ、了解。」



 そうして車に乗り込み、携帯を肩で挟んで車のエンジンをつける。



『何処まで行けば良いの?』

「杯戸シティビルの駐車場…、は警察が包囲してっから、」

『近くの道路に止めて良いかしら。そこまでは来られる?』

「うん、多分大丈夫…。場所後で教えて」



 そうして車を走らせ、杯戸シティビルの近場で車を止めてメールで黒羽君に居場所を伝え、ハンドルにもたれかかる。
 空を見上げた。キラキラと光る星なんてほとんど見えなくて、視界に入るのはキッドを探すライトの柱たち。
 ライトは私が見ている間だけでもぐるぐるとせわしなく動いているし、サイレンの音もずうっと聞こえている。
 警察がやってくるギリギリの距離で待っているが、もう少し近付いた方がいいだろうか…と目を伏せたころ、窓ガラスをコンコン、と叩く音が。
 振り返ると窓の向こう側でこちらにピースを向けた黒羽君がいた。



『…お疲れ様。』

「わりぃ先生、マジでありがと助かった!」



 助手席に乗り込んだ黒羽君が目深にかぶった帽子を少しだけ持ち上げてこちらに笑顔を見せる。
 そんな黒羽君に小さく笑みを浮かべてエンジンをかけた。



『怪我はないの?』

「うん、どーにかね。」

『そう、よかった。』



 ハンドルを切り、黒羽君の家へと車を走らせる。
 黒いジャケットを脱ぎながら黒羽君が外の景色を見て口を開いた。



「俺の家の場所分かる?」

『ええ。これでも貴方の副担任ですからね。』

「そりゃそうだ。…今日はタイミング悪く相方が不調でさー…」



 ジャケットを足の上にのせて帽子を取り、髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜぐーっと体を伸ばす黒羽君。
 道路に溝があったのだろう、ガタン、と車が揺れる。
 その拍子で開きかけたグローブボックスを持ち前の反射神経で閉じると、黒羽君がじいいいっとグローブボックスを見つ始める。



「…ね、ココ開けたら怒る?」

『見ない方が貴方のためとだけ言っておきましょうか。』

「こえー…、」



 素直にグローブボックスから目を逸らした黒羽君。
 やっぱりこの子は賢い。踏み込んではいけないラインをよくわかっている…。



「…なあ、大丈夫か? 先生。」

『…また主語が抜けてるわよ。』

「色々だよ。色々。」

『…ええ、大丈夫。』



 話を濁した私に気付いたのだろう。
 黒羽君が追撃を始めた。



「あの金髪の男、大丈夫?」

『ええ。』

「…あれか? なんか取引した? 協力することになったとか?」

『…まあ、そんなところ。』



 沈黙が落ちる。
 ごめんね黒羽君。貴方が気にしてくれているのは十分わかっているし…感謝もしているわ。
 でもこればかりは…。



「…俺の父親さ、死んだんだ。」

『…』



 ちらりと黒羽君に目を向ける。
 彼は窓の外を見ているようで、こちらからその表情は伺えない。



「結構な有名人だったしさ、こう…裏の人間的な奴らに殺されたんだと思うんだよな。」



 ああ、秀一が言っていた話ね…。
 なんて、口には出さず。ただ静かに黒羽君の言葉に耳を傾ける。
 この事実を自分から他人に話すのは、彼にとって簡単なことではないと分かっているから。



「そりゃあ先生だってさ、その…こんな状況だし」



 こんな状況、とは私が変装している状態だろう。



「人の死とか…色々経験してると思うけどさ。」

『…』

「…俺もう沢山なんだよ。知り合いが死ぬのは。」



 だからさ…。そう言って振り返った黒羽君を見て、ブレーキを踏む。
 彼の家に着いたためだ。
 あ、なんて間抜けな声を出して自身の家を見上げる黒羽君を見て、口を開いた。



『貴方はいつも私が危険なことに巻き込まれることを心配してくれているけれど…』



 黒羽君がこちらに目を向ける。



『私は何も死のうと思って動いているわけではないのよ。』

「!」

『私はいつだって勝つつもりでやってるの。だから心配なんてしてもらわなくて結構。』

「…でも、」



 それにね、と遮るように言えば黒羽君が言葉を止める。



『貴方はまだ子供。本業は勉強と楽しむこと。…先生との約束よ、今しかない時間を大切にして。』

「…、」

『私が今でも喉から手が出るほどにほしい、もう戻ってこない時間を貴方は過ごしているの。…楽しんで。お願い。』

「…わ、かったけど…」



 けど、という彼の言葉に「ん?」と笑顔を見せれば、黒羽君はもごもごという。



「もし親父みたいに先生が死んじまったらさ、俺一生後悔するんだよ。…一生だぜ、冗談抜きで…。」

『…死なないわ。大丈夫。今の私には沢山の仲間がいるの。』

「…俺はただ見守るしかねーの?」

『うん。そうね。』

「…バッサリ言いすぎだろ…」



 次はふてくされて言った黒羽君に眉を下げる。
 感謝すべきなのかもしれないけれどね…こんなふうに心配してくれる子がいるだけでも。
 そんな風に考えて、自分が黒羽君ぐらいの年齢の時は何をしていたっけ、なんて気持ちを馳せる。



『(ああそうだ、警察学校に居たんだ…。)』



 思い出すなあ。…楽しかった。



「わかったけど…ぜってー何かあったら言ってくれよな。せんせー。」



 多分言わねえと思うけど。
 そんな風に言って眉を下げた黒羽君ににっこりと笑みを向けて一言。



『うん、絶対ないと思うけれどね。』



 そんな私の容赦ない言葉にむすっと眉を深く深く寄せたこの子は、ああやっぱり、私たちの事情に巻き込むべきではない…。
 そう心から思った。



 俺だって頼れるイイ男だろ!


 (おかえりなさいませ、ぼっちゃま)
 (…ジィちゃん、俺ってそんなに頼りねえ⁉)
 (ええっ!? ど、どうしたのですか急にっ⁉)

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