隙ありっ

□隙ありっ
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  異次元の狙撃手


 狙撃事件から数時間が経過した。
 そのころには黒凪が志保をアガサ博士の家に送り届け、工藤鄭でジョディ、キャメル、そしてジェイムズのFBI捜査官、それから公安警察所属の降谷君と諸伏君、また事件を目撃していた関係もあり、ボウヤ…コナン君が集結していた。



「まさかこれほどまでにすぐまたここで落ち合うことになるとはな。」

『ふふふ、なんだか秘密基地みたいでいいわねここ。これからも皆で集まる?』



 そんな風に軽口を叩きながら黒凪とともに紅茶や珈琲を持って応接間へ向かえば、以前来葉峠とこの工藤鄭で公安と真っ向から勝負をした日の翌日の様に、どこか張りつめた空気が漂っていた。
 それでもまだジェイムズがいるだけ幾分か空気がマシか。



「ははは、冗談はよしてくださいよ、宮野さん…。」

『あら、まだ公安の彼らが信用できない?』



 困ったように黒凪に返したキャメルを静かに睨む降谷君。
 確かにまだ降谷君はキャメルを許せていないらしいな。



「そりゃあ、ねえ…。」



キャメルを睨む降谷君を見て居心地が悪そうに言ったジョディ。



「まあ仕方のないことだろう。我々もまだあの夜以来、公安の彼らとロクにコミュニケーションも取れていない…。今回の事件はある種、いい機会じゃないかな?」


 
 そして冷静に今回の事件と、そしてその容疑者からアメリカと日本が共闘する状況になった今を、いい機会、と評したジェイムズ。



「全員が揃ったんだ。そろそろ話を始めないか。」

「そうだな。早速始めよう。改めてよろしく…バーボンこと、降谷君。そしてスコッチこと、諸伏君。」

「…ええ。」

「はい、お願いします。…じゃあまずは僕の方から本日起こった狙撃事件について説明しますが…。」



 諸伏君がポケットから写真を取り出し、全員が囲む机の上に置いた。



「被害者、藤波 宏明 (ふじなみ ひろあき)。40歳、職業は不動産会社の社長。これまでの間に彼のことを軽く調べましたが…外国人相手に不良物件を売っていたらしく、その関係で恨みを持つ人間も多いそうです。」

「ふむ、確かに外国人相手に事件当時もそれらしい営業をかけていたな。なあ? ボウヤ。」

「え、あ…うん。築30年の物件を五つ星だとかって言ってたね…。」

「ちなみに、今回君と一緒に狙撃手を追って大立ち回りを繰り広げた世良真純さんはなんと?」



 真純のフルネームをさも当たり前のように言った諸伏君に少しだけ驚いたような顔をするボウヤ。
 しかしすぐにその表情を元に戻したし、かつてミステリートレインにて公安の彼らが真純と出会っていたことを思い出したのだろう。
 一度我々と関係があると確認した人物を彼らが調べないとは思えないしな…。
 ま、それ以外にも彼らは過去に真純とは会っているし。



「ああ、世良真純さんって…あの子女性だったのね。貴方と一緒にバイクに乗って犯人を追っていた彼女でしょ? クールキッド。」

「うん!」

「なんだかどこかで見たような気がするんですよね…誰だったかなあ。」



 ちら、そんなキャメルの言葉に俺を見たのはボウヤだけ。
 FBI以外の面々にとっては真純が俺の妹だということは周知の事実だが、スパイを生業としていた面々だ…お互いの情報を漏らすような事は気を抜いていたとしてもしない。



「(俺も母さんに世良が赤井さんの妹だってミステリートレインに乗る前に教えてもらうまでは気付けなかったもんな…顔はわりと似てるのに。)」

「コナン君?」

「えっ? あ…せ、世良のねーちゃんだよね! えっと…友達の親戚の人が被害者の藤浪さんと結婚予定だった関係で、身辺調査をしていた折の狙撃事件だったらしいよ。ただ、犯人には全く心当たりががないみたい…。」

「なるほど…。ありがとう。」



 では、次に我々が掴んでいる情報をお伝えしよう。
 そう口を開いたジェイムズに頷き、キャメルが複数の写真を机に並べた。



「まず我々が容疑者と睨んでいる男がこちらのティモシー・ハンターです。元海兵軍特殊部隊、ネイビーシールズの隊員です。
 彼はかつて中東での戦争の功績からシルバースターを受賞したことで英雄と持て囃されていました。しかし武器を持たない民間人を射殺したと告発され、交戦規定違反からそのシルバースターを剥奪されています。」

「その後証拠不十分としてハンターは戦場に復帰しましたが、敵の銃弾を受けて重傷を負い、除隊。その後彼はマスコミから “疑惑の英雄” と追求を受けることとなったそうです。
 その後彼の妻はストレスから薬の過剰摂取で死亡、妹もとある日本男性からの婚約破棄を受けて自殺…そしてハンター自身も日本にやってきた際に今回の被害者である藤浪さんに不良物件を売りつけられて破産しています。」



 キャメルとジョディが交互に説明していく中、ちらりと黒凪へと目を向ける。
 彼女はハンターのそのあまりの境遇に哀れみを隠せずにいるらしく、口元を片手で覆っていた。



「それからこちらが、ハンターが今後標的とするであろう人物たちです。」



 コナン君がソファから身を乗り出して写真を凝視する。
 その横で降谷君や諸伏君も同じようにして写真に集中した。



「まずハンターの妹を自殺に追い込んだ、彼女の元婚約者である 森山 仁 (もりやま ひとし) 、34歳。現在消息不明…。

 次にジャック・ウォルツ、45歳。元陸軍特殊部隊大尉。現在はサンディエゴで軍装備品の製造会社を経営中。現在妻と娘と共に京都に滞在中。

 そしてビル・マーフィー、35歳。現在はジャック・ウォルツの秘書ですが、元陸軍3等軍曹。現在は栃木県日光市のホテルに滞在中。

 ウォルツ、マーフィー共にハンターの交戦規定違反の告発、証言をしています。」


「…この3名については了解した。京都府警、栃木県警共に協力を仰ごう。それからこちらからももう1つ…現場に残されたサイコロと空薬莢について。」



 降谷君が1枚の写真を机の上に置いた。



「サイコロが1つ…目は4。そして犯行に使われた7.62mm弾と口径が同じものが1つ犯行現場にこれ見よがしに残されていた。きっと何かのメッセージだろう。」

「標的も複数人いることだし、全員が殺害されてしまう前に何らかの法則を見つけ出したいところ…。現在消息不明の森山さんの捜索、ともにサイコロと空薬莢の意味の解析は公安が担当します。ハンターの捜索はFBIにお任せしても?」



 そう言った諸伏君に頷き、ジョディが新しく3枚の写真を机に置き、全員へとアイコンタクトを送る。



「一応共有しておくわね。FBIはハンターが連絡を取る可能性が高い人物3名をすでに割り出しており、明日から調査に向かうわ。

 マーク・スペンサー、65歳。横須賀基地の元司令官で、退任後は元米軍兵の良き相談相手となっているそうよ。

 次に、スコット・グリーン、43歳。元ネイビー・シールズの海軍兵曹長。現在は東京・町田でバイク店を経営。シールズの狙撃スクールではハンターの教官を務めていた。

 そして…ケビン・ヨシノ。32歳。」



 ガシャン、と音が響き全員が振り返ると、その先にいたのは黒凪で。



『…ああ、ごめんなさい。ぼうっとしていて。』

「いい、俺が片付ける。」



 咄嗟に割れたコップを掴もうとした黒凪の手を掴み、代わりに破片へと手を伸ばす。



「紅茶だろ、火傷は?」

『ううん、大丈夫。ありがとう。』



 この時赤井秀一の隣で座っていた江戸川コナンはこの部屋の空気が変わったことに気付いて顔をあげ、見えたそれぞれの表情に眉を下げた。
 黒凪さんのためにと動く赤井さんを悲し気に見つめるジョディさん、そしてきっと自身も黒凪さんを手助けしたかったであろう、どこか落ち着かない様子の安室さん…。
 


「…。続けます。ケビン・ヨシノは元海兵隊2等軍曹で、現在は東京・福生で米軍払い下げ品のミリタリーショップを経営中。…この3名を当たって何か情報を得ることが出来れば、すぐに共有するわ。」

「了解…」



 ジョディさんの言葉に安室さんがそう返し、写真が並べられた机へと目を落とし…ケビン・ヨシノという、どこか自身と、そしてきっと黒凪さんと同じ境遇を持つであろう、日系アメリカ人である彼の写真を見た。



『…。』

「…黒凪? お前、大丈夫か?」



 そして、どこか考え込んでいる様子の黒凪さんと、その様子を見て戸惑っている様子の赤井さん。
 俺は黒凪さんの視線の先に並べられた写真のうち…先ほどジョディさんが並べたばかりの3枚へと目を向ける。
 マーク・スペンサー、スコット・グリーン、そしてケビン・ヨシノ。黒凪さん、この3人を知ってるのか…? となるとそれは、まさか組織の…。



「…コナン君、この後の予定は?」

「あ…僕は博士のうちで自由研究を…」

「じゃあ送ってあげるよ。行こう。」

「う、うん。」



 笑顔でそう言って立ち上がった安室さんと諸伏さんに続いて立ち上がると、赤井さんも黒凪さんから視線を外して立ち上がり、FBIの面々へと目を向けた。
 その視線を受け、ジェイムズさんも徐に立ち上がる。



「ならば我々も一度本部に戻ろう。」

「はい。」

「了解です。」

「赤井君と宮野さんも、良ければ一緒に来てくれるかな。」



 ジェイムズさんの言葉に黒凪さんが顔をあげ、赤井さんも片眉を上げた。



「渡しておきたいものがあるんだ。」

「…分かりました。」

『…はい。』



 渡しておきたいもの…か。
 後ろ髪をひかれる思いで安室さんの車の助手席に乗り込めば、運転席には諸伏さんが乗り、後部座席に安室さんが乗った。
 珍しく今日は安室さんは運転手ではないらしい。



「コナン君、随分と今日は無茶をしたらしいね。組織がらみだと踏んで無理をしすぎたのかな。」



 そう話しかけてきたのは諸伏さん。



「う、うん。日本で狙撃事件何てそうそう起きるものじゃないし…。でも今回は違ったみたいだね。」

「いや…そうとも言えないよ。」

「え?」



 車を発進させ、前方を見ながら諸伏さんが続ける。



「確かに組織内部で今回、東京での暗殺などの計画はなかったからこの事件は組織の仕業ではない。けど…犯人の武器の入手ルートが少し引っかかる。」

「!」

「あれほどまでの精度の狙撃を実現させるには、狙撃手の腕…そして武器そのものの質も重要だ。それほどの武器を調達できる場所はこの日本国内ではかなり少ないはず。しかもこの東京で個人が証拠を残さずライフルを手に入れるなんて…基本的に不可能だ。」



 となれば、組織も御用達の武器商人が関わっている確率が高い。



「…2人は武器の調達は組織内でしたことはないの?」

「そうだね、僕らはまだ。…正直、誰がしているのかも…」

「いや。」



 安室さんの声に諸伏さんの目がバックミラーに向いた。
 今頃ミラー越しに安室さんと視線が交わっているだろう。俺も身を乗り出して安室さんへと目を向けると、安室さんが目を伏せ、言った。



「…かつては黒凪が一端を担っていたと、聞いている。丁度彼女が東京にいたころ。つまり…」

「…警察官だったころ、か。」

「…ああ。」



 独自のルートで銃を調達していたそうだが、その質の良さや優れた機密性から重宝されていたらしい。



「いやー、参ったな。宮野さん本当になんでもできるから…怖いよ。もはや。」

「はは。同感。」



 そう言い合って、しん、と静まり返る車内。
 確かに黒凪さんに関しては徐々にその過去の一端を垣間見ていっているが…本当にあの人は、どこまで。
 そう思わずにいられない。



「…!」



 携帯が着信を知らせ、諸伏さんと安室さんの目がこちらに向いた。



「…あ、世良のねーちゃんからだ…」

「電話? 車を降りるかい?」

「ううん、きっと事件のことだから。…もしもし?」


 
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