隙ありっ

□隙ありっ
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  異次元の狙撃手


『…コナン君、』

「! あ…遥さん。それに昴さん、」



 東都浅草病院に入り、すぐに真純ちゃんの病室へと向かえば、扉の前にコナン君がぽつりと立っていた。
 秀一がコナン君に目線を合わせて小さく微笑む。



「大丈夫だったかい? コナン君。」

「うん…。…ごめんなさい。」



 そのコナン君の言葉に眉を下げる。
 今の謝罪はきっと秀一に向けたものだろう。
 彼の妹をおめおめ傷つけてしまったことに対する、謝罪…。



「大丈夫さ。手術は?」

「もう終わったみたい。幸い後遺症も残らないって。」

「そうか。よかった。」

『これお祝いのお花なの。中に入っていいかしら?』

「うん、」



 秀一が立ち上がり病室の扉を開くと、中で真純ちゃんを見ていた蘭ちゃんと園子ちゃんが振り返った。



「あ…昴さん! それに遥さんも!」

『真純ちゃんが怪我をしたって聞いて、丁度近くにいたから寄ったの。どう? 様子は…』



 花束をベッドの傍にある机に置いてそう問いかければ、「落ち着いています…」と蘭ちゃんが眉を下げて答えてくれた。
 確かに真純ちゃんを見ると穏やかな顔で眠れているようだし、よかった。
 と、携帯が着信を知らせたため携帯を取り出して病室の外に出る。



『もしもし?』

≪、そうか、今は病院にいるんだったな…黒凪。≫



 神崎遥の声で電話に出たためだろう、少し声を詰まらせてレイ君がそう切り出し、ごほん、と咳払いをして本題へと入った。



≪実はケビン・ヨシノとスコット・グリーン、そしてジャック・ウォルツが今日中には戻ると妻子に伝えて行方を眩ませた。ここまでの狙撃事件を見てもハンターの代わりにヨシノとグリーンの両名、またはどちらかが狙撃を遂行していたことは明白。となれば次の標的も十中八九ウォルツだ。公安は今この3名の行方を追っている。≫

『…了解。サイコロと空薬莢の意味は?』

≪それに関してはまだ。赤井は?≫

『さあ…目星はついているかもしれないけれど。』



 こういうのはアイツの方が得意だからな。何かあれば連絡を頼む。
 そう言ったレイ君にまた「了解。」と返して通話を切る。
 脳裏にはケビン・ヨシノの顔が浮かんでいた。



《…実はな、今回で最後にしてもらうつもりなんだ。》



 そう歯切れ悪く切り出した彼の表情と、声を思い返す。
 あれからもう5年…いや、6年ほど経つかしら。



《…どうして? 随分と急ね。》



 武器の調達を任されて独自のルートで見つけた商売相手だった。
 アメリカの元海兵隊で、アメリカから裏ルートを通じて武器を輸入している男。
 もちろん武器を買い付けに来る際に彼に関しては随分と入念に調べた。
 ケビン・ヨシノ(吉野)、当時26歳。日系の母と黒人系の父を持つ彼を複数あった選択肢の中から選んだのは自分と同じく少しでもその身体に日本の血が流れていたからだったように思う。



《このビジネス以上に集中したいことが出来た。今回の銃をすべて破格の値段で売ってもいい。できるか?》



 武器商人というビジネス以上に集中したいこと、か。
 武器の売買がなければ全く関係を持ってこなかった彼が集中したがっていたことになんて微塵も興味は湧かなかった。
 だからその日限りで関係を終わらせて、それ以上彼に関わることもなかった。
 …まさかそれが、こんな連続狙撃事件だったなんてね。



「――遥。そろそろ行こうか。」

『…昴。もういいの?』

「ああ。…容疑者候補の2名ともにウォルツも姿を消したらしいな。」

『ええ。ジェイムズさんから聞いたの?』

「ああ、諸伏君がジェイムズに連絡を取っていたらしい。」



 病院を出て車に乗り込めば、もう外は日が落ちかけていた。



『ねえ、次の狙撃ポイントは分かった?』

「ああ。大体はな…ボウヤに連絡できるか?」

『ええ。』



 コナン君に電話をかけて3コール目…コナン君が電話を取った。



≪もしもし?≫

『コナン君、今どこ?』

≪まだ病院だけど…≫

『そう…秀一が話があるって。スピーカーにするわね。』



 まさか赤井さん、サイコロと空薬莢の意味…分かったの?
 そんなコナン君の声がスピーカーにしたことで車に響く。
 秀一がベルツリータワーの方向へと車を発進させた。



「確証はないがな…もし時間があるなら、ボウヤが確認に行ってくれないか?」

≪それはいいけど…って、次の狙撃場所も分かってるの⁉≫

「正確には犯人がウォルツをおびき寄せるであろう場所、だがな。犯人に関しては、俺と黒凪で対応するつもりだ。」

≪…それで、サイコロと空薬莢の意味は?≫



 もし手元に携帯があるなら地図を2Dから3Dにすれば分かりやすいだろう。
 サイコロと空薬莢が残された狙撃地点が1か所から見えるポイントが存在するはずだ。
 しばしの沈黙が落ち、「本当だ…!」とコナン君が驚いたように声を上げた。



「となると、メッセージは1つ…」

≪うん、すべてを点で結ぶと5角形。それぞれをさらに線でつなげば見えてくるのは…≫

「≪星形…≫」



 ハンターさんが剥奪された、シルバースター。
 そう言ったコナン君に小さく笑みを浮かべ「話が早くて助かるよ」そう秀一が応えると、電話越しでコナン君が病室を飛び出し、スケボーに飛び乗ったのが分かった。



≪ウォルツさんが現れるであろうポイント周辺に向かってみる…! 赤井さんと黒凪さんは⁉≫

「俺は犯人が狙撃地点に選ぶであろうベルツリータワーを狙いやすい場所に向かう。黒凪はベルツリーへ乗り込む手筈だ。」

≪分かった、それぞれ気を付けて…!≫



 通話が切れ、ベルツリータワーの少し手前で車を止めた秀一に手を振り、車を降りようとしたところで秀一の携帯が着信を知らせた。



「…降谷君か?」

≪ああ。黒凪の携帯につながらなかったからな…≫

「先ほどまでコナン君と連絡を取っていたからだろう。要件は?」

≪グリーンが大阪で確保された。生前のハンターに本日の夜まで身を隠すように頼まれていたらしい。≫



 ふむ。ということは…。そう言って秀一の緑色の瞳が私に向いた。



「犯人は…」

≪ああ。ケビン・ヨシノだろう。≫

「なるほど。…今君らはどこに?」

≪ベルツリータワーに向かっている。≫



 流石だな。君らもサイコロの意味に気付いていたか…。
 そう感心したように言う秀一と電話の向こうにいるレイ君に聞こえるように携帯に近付いて口を開く。



『私は今からベルツリータワーに入るわ。後で来て。』

≪、危険じゃないか…?≫

『大丈夫。どうにかできるわ。』

「黒凪。」



 車を降りてから秀一の声に振り返る。
 秀一は通話を終え、携帯をポケットにねじ込みながら言う。



「撃って構わないな? ヨシノを。」

『ええ。ここまで人を殺したんだから仕方がないわ…』

「…お前とヨシノの関係を聞いても?」

『…組織にいたころの商売相手。それだけよ。…同じアジア人として親近感がなかったといえば嘘になるけどね…』



 秀一と私の視線が交わる中で、秀一はしばし黙り込んでから徐に腕を広げた。
 それを見て私も彼の元へと戻り、彼からのハグを受け止める。



「すまない。毎回苦しい選択をさせているな…。」

『…苦しく何てないわ。本当よ。…志保と貴方より優先させるものなんて、私にはないんだから…。』

「…気をつけろよ。」

『ええ。』



 秀一から身体を離してベルツリータワーへと走っていく。
 その中で、今一度ケビン・ヨシノのことを思い返していた。
 とはいってもほとんど思い出なんてない。
 初めて出会った時、契約を取り付けた時…あとは、月に数回、武器の買い付けに言った時ぐらい。
 ヨシノだって私のことなど覚えていないだろう。



「申し訳ございません、当タワーは本日営業しておりませんでして…」

『(ああもう、裏から侵入してもいいけれどエレベータが無ければ最上階までどれだけ時間がかかるか…)』

「――公安です。追っている被疑者がタワーに侵入している可能性があります。通らせてください。」

『!』



 レイ君、諸伏君…。
 顔を上げれば笑顔を向けてくれた2人に同じようにしてタワーの中へ。
 そしてエレベータに乗って最上階へ上がる中で、銃のリボルバーを確認しながら諸伏君が口を開いた。



「ケビン・ヨシノは君お抱えの武器商人だったんじゃない? 宮野さん。」

『!』



 驚いて顔を上げれば、「ビンゴ?」と諸伏君が小さく微笑む。



「ごめん、確信はなかったけど…ヨシノは公安が調べても出てこないぐらいの高度な入手ルートを使って今回のライフルを調達しているみたいだったし、そうかなって。」

『…駄目ね。組織を抜けてから、人に色々と見抜かれやすくなってる…。』

「いいことだよ。徐々に正常に戻ってるってことでしょ。」

「黒凪、拳銃は?」



 レイ君が私に拳銃を見せる。
 それを見て受け取ると同時にエレベータが止まり、最上階に到着した。



「気をつけろ。非常階段を使って外にでるぞ。」

「了解。」

『…、』



 黒光りした拳銃の部品に神崎遥の変装をした自分の顔が映る。
 神崎遥として武器を握るなんて中々ないから、少し変な気分だった。
 携帯がメッセージの受信を知らせる。…秀一から。



『外にいるケビンはすでに狙撃済みだそうよ。でも仕留めそこなったみたい。降りてくるわ。』



 私の言葉にほんの一瞬だけレイ君と諸伏君が驚いたような顔をした。
 私自身も秀一がミスをしたなんて信じられなかったし、きっと2人も同じような気持ちだったのだろう。
 けどまあ仕方がないし、彼らもすぐに切り替えたらしく非常階段から少し離れたもの影に隠れた。



「…ならばここで迎え撃つ。エレベータはこの階からしかないからな…」

「確保が難しければライが狙撃できるように西の窓側におびき寄せる。それでいいな? ゼロ、宮野さん。」

「ああ。」

『ええ。』



 そうして私たちは息を潜めた。


 
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