隙ありっ
□隙ありっ
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異次元の狙撃手
この時ケビン・ヨシノはあまりの激痛に麻痺し始めた自身の感覚と、アドレナリンが大量に出た影響で自分自身が妙に冷静なことに驚いていた。
狙撃されたのは初めてではない。これほどの怪我を負ったことも、初めてではない。どちらも戦争で経験済みだった。
1つ違うのは、俺を助けてくれたティモシー・ハンター…ティムはもうこの世にはいないという事実だけ。
「(馬鹿な…ティムが言っていた、FBIのシルバーブレットが現れたってのか…⁉)」
ティム以上の狙撃技術を持つ、FBIの狙撃手。
任務中に消息不明となり、その命を落としたはずだと聞いていたのに…。
身を低くしてバッグへと近づき、その中身に手を伸ばす。
「(まだ諦めるわけにはいかない…ティムと約束したんだ、必ずやり遂げると…!)」
大丈夫だ。ここまでやってこれたじゃないか。
今まで危ない場面はたくさんあった。それでもここまで来れたんだ…大丈夫だ…!
持ってきていた爆弾のスイッチ、暗視ゴーグル、サブマシンガンを確認して、顔に飛び散った自身の血をぬぐう。
「(よし…やるぞ…!)」
そうしてバッグを持って階段を下りて、展望台への扉に手をかけ、動きを止める。
…嫌な予感がする。…誰かいる…?
扉をゆっくりと開き、サブマシンガンを構えて出る。
気配はない、が…。嫌な予感が拭えずにいた。そうだ、FBIのシルバーブレットが俺を撃ったんだぞ、俺の場所はばれている。ここに捜査官を配備させないはずがない。
爆弾のスイッチへと手を伸ばし、そのスイッチを押した。途端にタワー全体が揺れ、電気系統が一気に落ちる。
「「『!』」」
完全に暗闇と化した展望台の柱の裏に隠れていた降谷零は、別の柱の裏に立っていた諸伏景光、宮野黒凪の元へと飛び込んだ。
その気配に驚き振り返った2人へ「俺だ、」と声をかけ、手探りで2人の居場所を確認する。
「随分と周到な奴だ…電気系統を落とし暗闇に乗じたということは、十中八九暗視ゴーグルを持っているだろう。」
「こうなればライの狙撃も期待はできないな…。」
『私たちでやるしかないってことね。』
「ああ。ただ、暗視ゴーグルが旧型か否かで対応は変わってくる…。!」
降谷零は着信を知らせた携帯に目を落とし、表示された名前が江戸川コナンだと確認すると、通話を繋げて携帯を耳に押し当てた。
≪安室さん⁉ 僕今外からタワーを見ているんだけど…相手は暗視ゴーグルを持ってる! 気を付けて!≫
「それは心強い…ついでにそのゴーグルが旧型のもの確認はできるかい?」
≪えっと…! 旧型だ! 光で目がくらむはず…!≫
「了解。相手は1人…我々で制圧できるよう尽力するが、君は明かりを灯す方法を考えておいてくれ。あの男にもう一度チャンスをやれば十分なはずだからね…。」
あの男。それが指す人物が浅草スカイコートからライフルでベルツリータワーを狙っている赤井秀一だと気付いた江戸川コナンは頷き、降谷零との通話を切った。
「相手が装着しているゴーグルは旧型だ。まず俺がおとりとなり、相手に銃を撃たせる。それで場所を確認したのち、携帯のライトで奴の目をくらませるんだ。」
「分かった。無茶はするなよ、ゼロ。」
「ああ。」
息をひそめ…降谷零がカウントを始める。
1、2…3。
「警察だ! おとなしく投降しろ!」
「やっと出てきやがったな…!」
暗視ゴーグルで現れた男を確認し、サブマシンガンを向け、光から目を護るようにカバーをして引き金を引く。
「(…外したか。マシンガンを撃つ際に標的を直視できないからな…)」
舌を撃ち、一歩踏み出したところでまばゆい光が目に飛び込んできた。
これは…携帯のライト! くそ、さっきの銃撃で居場所が露見したか…!
「くっ、目が…! っ⁉」
腕を掴まれ、床に叩きつけられ身体がひっくり返る。
くそ、複数人居やがった…!
「宮野さん、銃を…!」
俺を抑えている男の声に反応したもう1人が俺の左手を掴み、サブマシンガンを奪おうとしてきた。
すぐに引き金を引けば、そいつ…女か? が飛び退いだ。
『っ、(やばい、足にちょっと受けた…っ)』
「ゼロ!」
「ああ…!」
チッ、さっき俺の前に出てきたおとり役もいたんだったな…!
また引き金を引き、蹲る女に銃口を向ければ金髪の男がそいつを抱えて銃撃をかわした。
「っ、の…野郎…!」
「くっ…」
俺の身体を拘束することで手一杯なこの男。俺だって随分と鍛えているのに、1人で抑え込むとは中々の手練れだ。
だが俺にはまだ手がある。右手に握っていた爆弾をまたもう1つ起動させた。
タワー全体が大きく揺れ、その反動で男のバランスが崩れる。それを見て左腕を拘束から抜き、銃を男の眉間に向けた。
「死ね…!」
「っ…!」
「ヒロ!」
また金髪の男が飛び込んできて、次は俺を抑えていた男を連れて俺の銃撃をかわした。
だがおかげで拘束が解けたぜ…。瞬時に起き上がり、携帯を撃って明かりを消せば、また展望台が暗闇に包まれる。
そして先ほど負傷した足をかばうようにして動く女を捕まえた。
『っ!』
「動くな! 女は拘束した!」
見事にビタッと動きを止めた男2人。
2人を警戒しつつも周辺を見渡し、こいつら意外に潜伏している奴らがいないことを確認する。
「お前たち3人だけらしいな。」
拘束している女に向かってそう問いかけるも、女は黙って俺の腕を振りほどこうとしているばかり。
この女を人質に、最後の標的、ウォルツの元へ向かう。電気系統は破壊したが、エレベータは非常電源を使用して動くようになることは確認済みだ…。
じりじりとエレベータの方向へと女をひきずっていく。
そしてスイッチのあたりにつき、ボタンを押した。それと同時に、
「ぐあっ!?」
女が俺の腕に噛みつき、腕を振りほどいてサブマシンガンに掴みかかった。
「この、っアマ!」
『っ!』
先ほど噛みつかれた右腕を振り下ろし、頭や顔を殴りつける。
この連続殺害を始めた時から俺は決めてるんだ、何を犠牲にしたって、必ずティムの敵を取るってな…!!
髪を掴み、地面に女を叩きつける。そしてそのまま持ち上げたところで、ぐんっと一気に重みが手から抜けた。
なんだこの感覚? 思考が追い付かず一瞬だけ固まった瞬間にエレベータが開き、薄いライトがこちらを照らした。そして見えたのは、かつらのようなものを持つ俺の右手と、そして、
『 I didn’t wish you luck for this, bustard…! (こんなことのためにアンタを助けたわけじゃないのよ、このろくでなし…!) 』
「…え?」
声はまだ別人のまま。だけど俺はこの顔を、この女を知ってる。
俺が殴ったせいで乱れた髪に、その上ものすごい形相でこちらを睨んでいる。こんな表情を見たことはないが、
あの時…そうだ、6年ほど前か? その頃の彼女と、俺の会話が頭をよぎる。
《 I hope you’ll have a great life. (どうか、幸せに。) 》
《…Good luck. (幸運を祈る。) 》
確かにあの頃はこんなことになるとは思わなかった。
この女も、こんな事のために俺の幸せを願ったはずもない。
女が立ち上がり、呆然とする俺のタンクトップを掴み、エレベータから引き離すように放り投げた。
少しよろめいて膝を着くと、途端に外に花火のようなものが上がり、一気に視界が明るくなる。
先ほど携帯のライトで受けた以上の衝撃が両目に走った。目を開けていられず、どうにか両目を光から護るように蹲った。
途端に左手に握っていたサブマシンガンが狙撃され、マシンガンが手から離れる。
「(くっ、武器を奪われ――)」
「確保…! ヒロ、手錠!」
途端に女を人質にしていて動けずにいた男2人が俺に覆いかぶさり、両腕を後ろに拘束された。
手錠だろう、金属が俺の両手首にかけられた感覚に、やっと諦めて動きを止めれば、俺を拘束した金髪の男ではない男のほうが女のもとへと走っていくのが掠れた視界の中で見える。
「宮野さん、平気⁉」
『大丈夫だけど、人質にされてすっごく不愉快…』
「ちょ、ちょっと待ってすごい腫れてる…!」
かなり不機嫌な表情をしたまま足を引きずりつつこちらに近付いてきた女が、俺の頭の前で足を止めた。
『…本当、こんなことをさせるために貴方を逃がしたわけじゃないのに。』
「!」
『それとも、あのまま組織に暗殺されるように仕向けておけばよかった? 貴方のような密輸犯なんて…。』
「…アンタには、感謝してるよ。おかげでティムの敵を討てた…」
「お前…!」
金髪の男が俺の腕を締め上げ、痛みに言葉がつっかえる。
あまりの痛みに顔をゆがめて金髪の男を見上げれば、男も先程の女と同じくものすごい形相でこちらを睨んでいた。
「気にするな黒凪、お前のせいじゃない。」
『…。』
「…話はまた署で。」
黒凪って言う名前だったのか。何故顔を変えてた?
そんなことを問いかけようか、なんて思った途端に意識が途切れた。
ぐったりと床に沈んだケビン・ヨシノを見た宮野黒凪がため息を吐き、その場に座り込む。
『ありがとう、諸伏君。』
「いや…」
ヨシノがまた何かを言おうとした気配を察した諸伏君が彼を眠らせなかったら、きっと私が殴って眠らせていた。
その意味でお礼を言えば、諸伏君はレイ君と同じくなんとも言えない顔をして私の隣にしゃがみ込む。
「大丈夫? 本当に顔のあざ、ひどくなってきてる。」
『いいわ、これぐらい…。この男を逃がした所為で沢山の人の命を結果的に奪った代償とでも思っておくわ。…随分と軽い代償だけどね。』
「黒凪、」
諸伏君からレイ君へと目を向ければ、彼はまあ、泣きそうな顔でこちらを見ていた。
「…ごめん、」
『貴方が謝る必要なんて全然ないわよ、レイ君。とにかく私は行かなきゃ…変装も取れちゃったし。』
ヨシノの手から落ちたかつらやらを回収し、持ってきていたマスクと上着のフードで顔を隠しエレベータのボタンを押す。と、扉が開き乗っていたジョディさんとキャメル捜査官と目があった。
「えっ、黒凪さん⁉」
「変装が…!」
『照明がやられたから少してこずったんです…。でもほら、ちゃんと確保できました。』
ジョディさんとキャメル捜査官の視線を受けて諸伏君がにこやかに片手をあげた。
その様子を確認して早速ジェイムズさんに連絡を入れるジョディさんと、ヨシノの傍へ駆け寄るキャメル捜査官。
それを横目にエレベータに乗り込んで扉を閉める。一目につかないうちに早くこの場を離れなければ…。
下に降りてから裏口を出ると、丁度到着した赤いスバル360が目に入った。
「随分としてやられたらしいな。」
沖矢昴の姿で、声でそう言った秀一に眉を下げ、何も言わずその胸に飛び込んだ。
私の勢いに少し押されて揺れた秀一だったけれど、ちゃんと受け止めて背中に手を回してくれる。
『…最初の一撃で脳幹を撃てなかったのは、私のせい?』
「…さてな。出来る限り心は殺して撃ったつもりだったが…どこかで迷いがあったのかもしれないな…。」
すまなかった。そう殴られた方の頬に軽く手の甲を当てながら秀一が言う。
その言葉に首を横に振って胸元に顔を埋める。
「…あの男が体勢を低くしてさえいなければ確実に殺していたところだ。」
『ん?』
「想像できるか? 自分のミスで殴られる恋人を見ているしかなかった俺の気持ちが。」
秀一の言葉に顔を上げれば、ふ、と薄く笑った秀一の顔が見えた。
ちらりと車の中を見ると、コナン君が若干青い顔をして秀一を見上げている。
「あの野郎の顔は一生忘れられる気がせんな。はっはっは。」
『(あらま、笑いがこみ上げるほどに怒ってるの? この人…)』
「(こ、こえー…)」
Rye
(降谷君。あの男の拘置所は決まったのか?)
(…。お前、あの男を殺すつもりか? 殺気立ちすぎだ。)
(いや? そんなつもりはないんだがな。)
(あ、ライ。宮野さんの痣は大丈夫か?)
(おかげさまで頬が真っ青だ。あの野郎も同じ目に合わせてやりたいぐらいだ。ははは。)
(うん、これは駄目だゼロ。ヨシノとは会わせられないな。)
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