Long Stories

□蓮華の儚さよ
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 ただひたすらに、君を待つ。



『……は、』

「!え、ちょ…」

「きゃあぁ!?」

「っ、救急車!!救急車だ!!」



 それは突然だった。
 それはもう、急に隕石が降ってくるぐらいに。
 まさか今日死ぬだなんて誰も思わない。
 まして健全な高校生がこんなに突然、…車に轢かれてなんて。



『(…やばい、めっちゃ痛い…っ)』

「い、生きてるか…?」

「初めて見ちゃった、本当に轢れてる所…」

『は、…っ』



 「生きてるぞ…」とまるでゾンビを見るような目で見られている。
 微かに目が開いた。周りを見渡してみる。
 たくさんの足が見えてまるで風呂の中に入ってるように周りが温かい。
 そして体のあちこちがミシミシと痛んでいる。
 本当に痛い、涙も出て来た。
 人々は自分に触れる事を怖がっている様だ。



『(冷たいなぁ…、そりゃあキモイだろうけど)』

「大丈夫ですか!?」

「道を開けてください!…担架に乗せますよ、少し動かしますからね」

「出血多量です!輸血の準備を!」



 必死な顔をした男性達に体を持ち上げられ、担架に乗せられた。
 少し揺れただけで本当に痛い。
 元々意識も限界だったんだろう、担架に乗せられた途端に意識が沈んだ。
 徐々に閉じていく瞼に周りの人が声を荒げ同じ言葉を何度も繰り返し始めた。
 「聞こえますか」その言葉に一瞬瞼を持ち上げるが、すとんと瞼が落ちた。



 ――――聞こえなくなったよ。ねぇ。






























 ばっと目を覚ませば水中だった。
 水で視界が揺らいで微かに天井が見えるような気がした。
 一瞬ホルマリン漬けにでもされたのかと思ったが体が動いた。
 手を伸ばせば簡単に己の手の平が外に出る。
 その時少し目を見開いた。



『…こぽ、(手の平、小さくなった…)』

「!………!…です!………成………た!!」

『…(聞こえないよ)』



 ぐっと手の平が持ち上げられざば、と水から出る。
 長い長い髪が水に絡んで頭が重たい。
 すぐに襲った寒気に体を震わせると自分の手を掴んでいた男の白衣が体にかぶせられる。
 私はただぼーっと見ていた。
 忙しなく動く人々と、地面に張り付いた己の髪と………



「大丈夫かい!?君の名前は黒凪、黒凪だよ」

『(何その名前。私の名前は…………)』



 なんだっけ、と呟いた。
 その言葉に首を傾げる男性。
 するとタオルが彼に渡され髪をタオルに包まれた。
 ごしごしと耳に響く音の中微かに聞こえた声に顔を上げた。
 しかし視線を動かしても口を動かしている人は見当たらない。
 それでも聞こえる話し声に聴力が良くなったのかなと眉を寄せた。



「…やったぞ、セカンドエクソシストの誕生だ」

『……エクソシスト』

「早速イノセンスの適合を…、」

「いや、少しの間は様子を見よう。…記憶が戻れば大変だ」



 エクソシスト。…イノセンス、記憶。
 ぱち、と瞬きをすると一瞬瞼の裏側に蓮華の花が見えた。
 ああ、なんだ此処って。
 「D.Gray-manの世界だ」そう自分で呟き、目を大きく見開いた。
 そしてばっと目を見開いたまま傍らの男性を見上げる。
 ぎゅっとタオルを持つと走り出し側に在る池の様な場所を走って回る。
 やがて探していた顔を水の中に見つけその1つで足を止めた。



「どうしたんだい?」

『…これ、なに?』

「それは君と同じ。その内君みたいに出てこれるかもしれない。…ユウと言うんだ」



 その言葉に黒凪は膝を着き、地面に手を着いた。
 タオルが落ちる事も髪が地面に付く事も気にならなかった。
 黒凪はただ水の中に沈む彼を見つめ。
 目を固く閉じ涙を零した。



『(ああ、神様。どうして)』

「黒凪、行くよ。風邪をひいてしまう」

『わたし、なまえ』

「ん?名前は黒凪。黒凪・カルマだ』



 アルマ=カルマだ。
 見開いた瞳から大粒の涙が地面に落ちる。
 ああ神様。何て仕打ちだ。
 こんな運命悲しすぎる。
 なぜ貴方は、…悲しい未来を持つ彼さえも置換えてしまったのか。
 私なんかが彼の代わりを務められる筈が無い。



『…っ』

「行くよ、黒凪」



 手を引かれ立ち上がる。
 彼女はまだ目を覚まさない彼を見て唇を噛み締めた。
 そして前を向くとキッと目付きを鋭くさせる。
 ……負けて堪るか。




 ああ、神様


 (そうして数か月)
 (何の余地も無く目覚めた彼に私はこう告げる)

 (初めまして。…貴方の名前は)
 (ユウ、だってさ)
 (私?)
 (私は黒凪)


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