Long Stories
□蓮華の儚さよ
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土翁と空夜のアリア
『…あ、ユウ?』
≪なんだよ、朝から≫
『怪我したって聞いてさ。治った?』
≪あぁ。とっくの昔にな≫
それは何よりと笑った黒凪。
ま、実際に彼が怪我をしたのは1週間も前の事らしいしそりゃあそうだろう。
私と彼だけは他とは違って治る速度も体の頑丈さも何もかも違うのだから。
肩と顎で器用に受話器を耳に押し当て、手のひらを見下ろす。
手のひらには薄く光る十字架がぼうっと浮かび上がった。
「黒凪、居るか?」
『んあ?』
≪なんだ、任務か≫
『らしいね。……何?リーバー』
受話器を持ったまま扉を開き目の前のリーバーを見上げる。
任務だと微笑む彼を見た黒凪は小さく頷き、聞こえた?と電話越しの彼に問いかけた。
あぁ。と短く答えた神田にじゃあねと声を掛けて通話を切る。
受話器を部屋に戻すと忙しい為かリーバーは既に居なくなっていた。
徐に足を踏み出すと他のエクソシストは水路だからな!と声を掛けられる。
『(さては私の事を忘れてたな?)』
他のエクソシストが既に水路に居ると言う事はそう言う事だ。
説明する事を忘れられていたか、その任務の難易度から私を追加したか。
ため息を吐いた黒凪は団服であるコートを靡かせ水路に向かった。
よっこいせと階段を一気に飛び降りれば小舟に乗ったアレンとリナリーを発見する。
「!…貴方だったんですか…」
『?』
「ふふ、女の子のエクソシストが来るって話してたの」
『…悪かったね、私で』
しゃべった、と微かに目を見開いたアレン。
アレンは黒凪の言葉にそんな事無いです!と慌てた様に返すと小舟に乗り込んだ彼女を見上げる。
黒い癖毛に少し目付きが悪いとも取れる目元。
そして両手と首元に巻かれている黒い包帯。
恐らく両足にも巻かれているだろう。アレンの目には黒い包帯が何処か異様に見えた。
『…気になる?包帯』
「え、あ…」
『イノセンスだよ、私の』
「装備型、なんですね」
呟く様に言ったアレンの言葉に頷く黒凪。
彼女は徐にアレンに手を向けると手のひらに巻かれていた包帯が緩々と動き出した。
包帯はアレンの頬にぺしっと当たるとすぐに黒凪の手に戻っていく。
『私はユウ…、…神田とは違うから』
「!」
『君の事を見捨てたりしない。ちゃんと護る』
「……ありがとうございます」
にこ、と少し笑った黒凪に安心した様に頬を緩めるアレン。
その様子を見ていたリナリーも優しく微笑み膝を抱えた。
アレンは神田の性格を上手くフォローしているであろう彼女の存在がとても温かく感じられた。
何故だかは分からないけれど。彼を上手く教団に溶け込ませているのは彼女なのだろうと、そう、思ったのだ。
《俺は、あの人を見つけるまでは死ねねぇんだよ――――!》
「!」
『………』
何故だろう、今この間の任務での神田の言葉を思い出したのは。
…何故だろう、彼女が……。
あの人って…、と思わず呟く様に出た言葉。
黒凪はピクリと反応すると静かにアレンを見た。
「あの人って、…誰だか知ってますか?」
『あの人?……神田がそう言ったの?』
「…はい、」
『……そう。…私は知らない』
ふいとアレンから目を逸らしてそう言った黒凪。
アレンは彼女の様子に少しの違和感を感じたが何も言わずに黙った。
なんだか今の一言で彼女と自分に亀裂が入った様に思えた。
余計な事を言うんじゃなかったと。…アレンは静かに後悔した。
『リナリー』
「何?」
『今から行く町ってどういう町だっけ』
「もう、ちゃんと資料見てよ黒凪」
巻き戻しの町。
イノセンスの影響で時間と空間が遮断された町だよ。
そんな彼女の言葉にふうんと呟いた黒凪はぐっと右手を握りしめた。
――巻き戻しの街。原作でも見た事がある物語だ。
あの子が来る。神に選ばれた人間である、彼女が
(此処が入り口ね。)
(入りましょうか、って黒凪さん!?)
(早く入ろうよ。…黒凪で良いよアレン)
(あ、ちょっと!)
(黒凪も神田と似た所有るから…。)
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