Long Stories
□蓮華の儚さよ
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巻き戻しの街
『へー…。』
「…へーじゃないわよ…」
黒凪が握る紙に描かれた奇妙な絵。
…アレン曰く似顔絵。
その絵を見た黒凪はぽいとその紙を放り投げた。
別れて捜索する事1時間。
集合場所に決めていた喫茶店の中でリナリーが徐に口を開いた。
「それで?本当に破壊したアクマはその女の人に゙イノセンズって言ったのね?」
「はい。…リナリーと黒凪の方は何か収穫ありましたか?」
「私は一度街を出てみようとしたんだけれど、やっぱり中に戻っちゃたの。それにこの街の時間は確かに止まってる」
『…私は別に何も。』
そうですか…と呟いたアレンがピタッと動きを止めた。
…あれ?と呟くアレン。
目を細めた黒凪は右手から包帯をゆるゆると伸ばし始めた。
「…あー!あの人!あの人です!!」
「き、」
きゃああ、と悲鳴を上げかけた女性の口に黒い包帯が一瞬で巻きついた。
そしてすぐさま体を拘束した包帯にアレンが目を見開く。
捕まえた。そう呟いた黒凪にリナリーが困った様に息を吐いた。
「ちょっと黒凪、手荒にやり過ぎよ」
『アレンの前から逃げたんでしょ?絶対逃げるじゃん』
「んー!んー!」
体を拘束され芋虫の様に動く女性に慌ててアレンとリナリーが駆け寄った。
黒凪は知らぬ顔をして珈琲を飲んでいる。
どうにか口元の包帯を解いたリナリーは「落ち着いて、ね?」と女性に笑みを見せた。
「ほら黒凪、包帯を解いて」
『ん。』
「!…お、驚いたわ…」
「どうぞこちらへ。…お話、聞かせてくれますよね?」
笑顔で言ったアレンに頷いた女性が黒凪とリナリーの向かい側、アレンの隣に座った。
ミランダ・ロットーと名乗った女性は随分とやつれた様子で話し始める。
彼女ははっきりとこの街に異常がある事を覚えている様子で、助けてと懇願する彼女は随分と参っているようだった。
「とりあえず原因を探りましょう。…1番最初にこの街の異常を感じた時、何か変わった事はありませんでしたか?」
「気付いたら同じ日を繰り返していたから…私には何も、」
キュイイイ、とアレンの左目が変化した。
その目を見た黒凪は微かに目を見開く。
わ、生で見ちゃった。すごい。
声に出さずそう呟いた黒凪は何も言わず右腕を持ち上げ喫茶店に居る他の客全員に包帯を伸ばした。
驚いた様に目を見開いた店主とは打って変わりカウンターに座っていた男4人は別段驚いた様子も無く包帯を避ける。
『…あの4人?』
「そうです。」
目を細めた黒凪はぐっと両手に巻かれた包帯を握りしめた。
イノセンス発動。
その声にチラリとアレンの目が彼女に向かう。
包帯が一瞬で赤く染まり黒凪の周りを刃の様な形状になって蠢いた。
『゙赤ノ女王(クイーン・オブ・ハート)゙』
「…クイーン・オブ・ハート…?」
『気を付けな、』
【あ?】
ぼーっとしてると首が落ちる。
黒凪の瞳がアクマに向いた瞬間。
音も無く2つに割れたアクマが店の床に崩れ落ちた。
「え、…え!?」
『クイーン・オブ・ハートは速攻に特化してんの。…速いでしょ』
ハートの女王はすぐに首を狩れって煩いからねぇ。
薄く笑った黒凪は包帯が巻かれた右手をアレンの顔の前でゆっくりと開いた。
先程の攻撃を見ていたアレンは思わず身構える。
『…別に取って食ったりしないよ。』
「え゙。」
しゅる、とアレンの身体に巻き付く包帯。
色はいつの間にか見慣れた黒になっている。
さっさとリナリーの所に行こうか。
また笑った黒凪に反してアレンの顔は引き攣った。
「じゃあミランダ、私はアレン君と黒凪の所に…」
『リナリー』
「へ?…ええ!?黒凪!?アレン君も!」
ミランダの部屋の窓の外に着地した黒凪の背後には項垂れたアレンが居る。
リナリーが窓を開くと最初にアレンがぽいと放り込まれた。
続いて黒凪が中に入るとリナリーの団服から1本の短い包帯が現れる。
『場所が分かる様に忍ばせといたの。…気付かなかった?』
「え、えぇ…」
「キャー!!化け物、化け物は大丈夫なの!?」
目をひん剥いて駆け寄ってきたミランダ。
黒凪はすぐさま立ち上がったアレンの背後に隠れた。
ミランダの手はアレンの肩へ。
がっと肩を掴まれたアレンは「落ち着いて…」と眉を下げた。
「さ、ささささっきの化け物は一体…」
「あれはイノセンスを狙うアクマ。…貴方は恐らくこの街の時間を止めているイノセンスに何らかの関わりがある」
「イノ、センス…?」
「はい。イノセンスは神の結晶と呼ばれる不思議な物質で、不可解な現象を引き起こすんです。」
じゃあ、そのイノセンスの所為でこの街は…。
そう言ったミランダにアレンとリナリーが頷いた。
部屋の中を見ていた黒凪の目が部屋に置かれた大きな時計で止まる。
『…時間を操ってるって事はさ』
「あ、あの…?」
『この時計じゃない?』
「キャー!何もしないでえええ!」
時計に手を伸ばした黒凪を突き飛ばしたミランダ。
倒れ掛かった黒凪を彼女のイノセンスである包帯が支えた。
じと、と黒凪の目がミランダに向けられる。
ミランダは時計に張り付く様にして立った。
「こ、この時計は大事なものなの…!」
「大切な…」
「もの…」
それじゃないのか…。
そんな視線がリナリーとアレンからも向けられ一層時計を抱きしめる。
すると真夜中の11時59分を指していた針がゆっくりと12時に向かった。
カチッと音が鳴りゴーンと音が響く。
『…あ。1日終わった』
「え!?」
「もうそんな時間…」
時計からミランダに目を向けると彼女は無表情でベッドに向かい布団の下に潜り込んだ。
明らかに可笑しいその様子に困惑していると時計の針が逆向きに回り始める。
するとミランダの部屋の外から次々と時間が時計に流れ込んでいく。
その勢いに呑まれかけたリナリーの手をアレンが咄嗟に掴み黒凪は家具に包帯を巻き付けその様子を見ていた。
「今日の時間を吸ってる…!」
「やっぱりこの時計がイノセンスなの…?」
全ての時間を吸い込み時計の針は7時を示した。
またゴーンと音が響き外が明るくなる。
太陽が昇った空に目を見開いたアレンは窓に駆け寄り外の景色を覗き込んだ。
チュンチュンと鳥の鳴き声が聞こえベッドに潜り込んでいたミランダが起き上がる。
「あら…?私ったらいつの間に…キャー!!」
「ミランダ!?」
「貴方何やってるのおおお!!」
『動かそうと思って。』
黒凪のイノセンスがミランダの時計をグルグル巻きにしている。
その状態に目をひん剥いたミランダが黒凪に掴み掛った。
今すぐ解いて!お願い!!
必死の形相でそう言ってきたミランダに眉を寄せるとアレンが黒凪の肩を掴む。
「解いてあげてください。…移動させた所で解決するわけでもないでしょうし」
『…。成せば成る。』
「成りません。」
渋々包帯を離しミランダのベッドに座った。
ガヤガヤと外に出る人々をミランダの部屋の窓から見下す。
ど、どうぞ…。
そんな震えた声で差し出された珈琲はミランダの手によってカタカタと震えていた。
『…。』
「ひっ!」
「黒凪。驚かさないの。」
ミランダが差し出した珈琲をイノセンスで受け取った黒凪は窓から外に出た。
そしてそのまま屋根に上る彼女にアレンの目がリナリーに向く。
リナリーは呆れた様に肩を竦めた。
「黒凪は基本的に神田と一緒の時以外はあんな感じで。」
「基本的にああなんですか…」
「ええ。…結構気まぐれで動くのよね」
「困った人ですね、神田と同じで」
呆れた様に言ったアレンにリナリーが困った様に笑う。
一方黒凪は屋根の上で珈琲を片手に町を見回していた。
キン、と頭を過った鈍い痛みに少し眉を寄せ振り返る。
『…1体消された』
そう呟いた黒凪は珈琲を飲むとカップを屋根に置いて走り出した。
包帯を器用に伸ばして建物に巻き付け移動していく。