Long Stories

□蓮華の儚さよ
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 江戸・方舟編



「ええ!?神田君と一緒に行きたくない!?」



 ガターン!と椅子から勢いよく立ち上がって言ったコムイに「そう言う意味じゃない。」と黒凪がすぐさま否定した。
 しかし再び椅子に座ったコムイは彼女をまじまじと見つめ、そして神田に目を移す。
 神田は何も言わずたた立っているだけ。



「…喧嘩したの?」

『「してない。」』



 重なった2人の声に余計に意味が理解出来ないと言う様にコムイの眉間に皺が刻まれた。
 ならどうして自分の師であるティエドール元帥じゃなくてソカロ元帥の元に行きたいだなんて、
 困惑した様なコムイの声に面倒臭そうに後頭部を掻いた。



『…何となく…』

「何となく!?何となくで神田君と一緒に行かないの!?」

『ユウは関係ないでしょ。とにかく私はソカロ部隊。』

「…、ちゃんと理由を言ってくれないと分からないよ。黒凪ちゃん」



 打って変わって真剣な顔をして言ったコムイ。
 彼女の提案が決して冗談ではないと悟った為だろう。
 ため息を吐いた黒凪は目を逸らし徐に口を開いた。



『…ソカロ元帥の方がカッコいいから。』

「……。…黒凪ちゃん…」

『本当だって。そりゃあユウとは離れたくないけど、』



 …。私にだって色々あるんだよ。
 目を逸らしたまま言った黒凪にコムイがため息を吐いた。
 分かった。それじゃあ君はソカロ元帥を護衛する班に入って。
 どうにか納得してくれたコムイに頭を下げる。



『ありがとう。』

「うん。…とは言ってもソカロ部隊はもう既にインド近くまで進んでいる。急いで追い付かないと間に合わないよ」

『了解。じゃあ今から行くね』



 頭を上げた黒凪はコムイに背を向けて部屋から出て行く。
 その背中を見送ったコムイは神田を見ると眉を下げた。
 やはり機嫌は決して宜しくない。



「…。本当に珍しいね。神田君と一緒の任務を態々断るなんて。」

「フン。知るかよ、アイツの考えなんて。」

「そんな事言っちゃって〜…、…え、ホントに知らないの?」

「知らん。」



 ええ!?神田君にもホントの理由話してないの!?
 また椅子を盛大にひっくり返して言ったコムイに神田の額に青筋が浮かんだ。
 ねえホントに知らない?これっぽっちも?全くもって?
 知らねえっつってんだろ!と執拗な言葉にキレた神田。
 そんな彼に事実だと理解したコムイは一気に顔を青ざめさせた。



「…ホント何考えてるんだろ…連れ戻した方がイイカナ…」

「ほっとけ。…アイツは無謀な事はしねえタチだ。」



 死にはしねぇよ。
 眉を寄せて言った神田にコムイが徐に眉を下げる。
 椅子を元に戻して座ったコムイが静かに言った。



「…心配かい?」

「るせえ。」

「…あの子は一体、」



 何の為に動いているんだろうね。
 天井を見上げて言ったコムイに神田はまた「知るか」と返して背を向けた。
 話はそれだけか。神田の言葉に「うん。」とコムイが返す。
 その返答を聞いた神田は無言のままに部屋を出て行った。
 それを見送ったコムイは手元の珈琲を一口飲み、指を交差させる。



「(…どうかエクソシスト諸君に神のご加護があらん事を。)」



































 本部を出てから1週間。
 黒凪はインドに程近い国境に差し掛かっていた。



≪ガガ、…黒凪≫

『あぁスーマン。そろそろ国境だよ。』

≪…教団から向かってるとなると国境の前に森があるだろう≫

『うん。今からその森に入る所だけど』



 なら丁度良い。恐らくお前が居る町に同じく合流する予定のファインダーが居る筈だ。
 スーマンの言葉に足を止めた黒凪は「名前は?」と周りを見渡しながら問いかける。
 「ゴズと言う。」そんなスーマンの言葉に「男?どんな?」と続けて特徴を訊くとどうやら頼りなさそうな男だそうだ。
 そんなスーマンの言葉に微かに眉を寄せた時、背後から驚いた様な声が聞こえてくる。
 振り返るとリナリーがファインダーと共に背後に立っていた。



『リナリー』

「良かった、会えた…。兄さんからソカロ部隊に合流する話は聞いてるわ。彼も同じく合流する予定なの」

『…あぁ、って事は彼がゴズ?』

「は、はい!」



 屈強な体つきとは裏腹に自信が無さ気な顔をしている。
 成程、確かに頼りなさそうだ。
 黙って納得しているとゴーレムから「会えたのか?」とスーマンの声がする。
 会えたよ、と答えた黒凪は迎えに来た方が良いかと言う彼の問いに来てくれと頼んで通信を切った。



『それじゃあ一緒に国境に向かおうか。リナリーはこれからどうするの』

「私は今からスペインに向かうの。」

『スペイン?…あ、そっか。リナリーってクロス部隊だったね』

「え?…そうだけどどうして…」



 何となく。
 緩く笑って言った黒凪は森に向かって歩き出した。
 しかしその腕をガッとゴズが掴んで彼女の足を止める。



「ま、待ってください!森には人食い狼が出るって…っ」

『人食い狼?…それが?』

「こここ怖いじゃないですか!ちょっと心の準備が、」

『…。リナリー、一緒に来て。』



 え?とリナリーが目を見開いた。
 こんな奴と一緒なのは無理。
 はっきり言った黒凪にゴズが「えええ…」と眉を下げる。
 でも私、早くアレン君達と合流しないと…。
 困った様に言ったリナリーに黒凪が右上を見上げた。



『…間に合うよ。大丈夫。』

「大丈夫って、」

『ほら行くよ。スーマンと会うまでで良いから。ね。』

「ちょ、黒凪ー…」



 リナリーの手を掴んで強引に森へ向かう。
 森に入ると彼女も諦めたのか黒凪に大人しくついて行った。
 森に入って数分程経った頃、狼の遠吠えが響き渡る。
 ビクッと目を見開いたゴズは恐怖のあまりに一気に顔を青褪めさせた。
 ふーん。本当にいるんだ、狼…。そう呟かれた黒凪の言葉に「やっぱり無理ですよぉお!」と走り出しゴズが2人からどんどん離れて行く。



『あ。逃げた。』

「ゴズ!」



 走って追いかけるリナリー。
 はー…とため息を吐いた黒凪もその後を追った。
 するとガチャ、と金属音が鳴りはっと足を止めるゴズ。
 その背中を見たリナリーは彼の前方に居る複数の男が猟銃を向けている様を見て荷物を放り出しゴズの前へ移動した。



「待って、撃たないで。」

「何だお前達は!此処で一体何をしている!?」

『旅の者だ。怪しい者じゃない』



 リナリーの荷物を持って現れた黒凪の言葉に猟銃を降ろした男達。
 彼等にリナリーが「貴方達は?」とすぐさま問いかけると彼等は森の奥にある開拓村の住人達だと言う。
 それを聞いたゴズが目を見開き「あの狼に襲われた!?」と驚いた様に言うと男達が目を見開いた。



「町で聞きました、狼に襲われた村があるって…。町まで降りてきたんですね…」

「全員が逃げて来られたわけじゃない。しかも此処に来るまでに大半が狼の餌食になっている。」

「ええ!?」

「村に残して来た者達も無事かどうか…、」



 町にはまだ人が残ってるの!?
 驚いた様に問うたリナリーに逃げてきた人々が顔を歪めた。
 恐らく動けない病の者や高齢者は連れて来る事が出来なかったのだろう。
 そんな様子の彼等に何と声を掛けようかと迷っている内、1人の女性が焦った様に周りを見渡した。



「ジェシカ?…ジェシカが居ないわ!」

「何だって!?あの子はまだ小さい子供だ、ちゃんと見ていろとあれ程…!」

「きゃあああ!」



 森に響いた叫び声に一斉に顔を上げる。
 微かに舌を打った黒凪が包帯を木に括り付け一気に遥か上空まで飛び上がった。
 その瞬間に周りを見渡すとそう離れていない場所で少女が狼に囲まれている様子を目にする。
 眉を寄せた黒凪は地面に着地すると其方に向かって走り出した。



「黒凪!そっちに女の子が居るの!?」

『あぁ。…手遅れかもしれないけど。』

「ジェシカ!」



 村の人々も黒凪の後を追い少女の元へ辿り着く。
 しかし途端に狼が飛び掛かり眉を寄せた。
 しまった、間に合わない。
 そう思った瞬間に突風が吹き狼が上空に飛び上がる。
 その風が吹いた方向に目を向けると団服を着た1人の男が姿を見せた。



『…スーマン』

「何だ、思ったより森の中を進んでいなかったんだな」

『まあ色々あってね。ソカロ部隊は?』

「森を抜けた先で待機してる。…時間が惜しい、さっさと行くぞ。」



 歩き出したスーマンに黒凪がついて行く。
 そんな彼等を困った様に見てリナリーを見下したゴズ。
 ゴズに眉を下げたリナリーが「待って、」と2人を引き止めた。
 同時に振り返るスーマンと黒凪にリナリーがチラリとジェシカを抱きしめている人々に目を向ける。



「あの人達を私達と一緒に町まで護衛してほしいの。」

『…え、まだ面倒見るの?』

「当たり前じゃない。私達が居ないとまた狼に襲われちゃうわ。」

「それは本部からの任務か?」



 違うけど。あっけらかんと言ったリナリーに「ならば護衛する必要はない筈だ」とスーマンが眉を寄せて言った。
 そんなスーマンと黒凪の態度にゴズが「待ってください!」と食って掛かる。
 あれだけの人達を見捨てる気ですか!
 そう言ったゴズに向けていた目を2人が同時に逆方向に向けた。



『…スーマン』

「あぁ。」

「!…ゴズ、下がって」

「え、」



 ドスン、ドスン。
 そんな足音が響き村の人々も顔を上げる。
 木々の向こう側から巨大な狼の様な風貌をしたアクマが歩いて来ていた。
 スーマンの右腕が対アクマ武器に変形し黒凪の包帯も赤く染まる。



『私がやる。』

「!」



 赤い包帯に気が付いたスーマンはアクマに目を向けると一瞬で黒凪から距離を取った。
 襲い掛かって来たアクマに赤い刃が向かう。
 クイーン・オブ・ハート。
 黒凪の小さな声と同時に一瞬でアクマの首が宙に舞った。
 その様子にゴズが息を飲む。



『こういう速そうな奴は一瞬でやるのがコツだってユウが言ってた。』

「フン、また神田か」

「…え、神田って、」

「あ、此処に来る前まで神田と一緒だったんだっけ。」



 神田と仲が良いのよ、凄く。
 微笑んで言ったリナリーに「へー…」と信じられない物を見るかの様に黒凪を見た。
 そんなゴズを見ていた黒凪は怯える人々を見てスーマンを見上げる。
 スーマンは狼に襲われかけていた少女、ジェシカを見ると小さく舌を打った。



 
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