Long Stories

□蓮華の儚さよ
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 江戸・方舟編



「――…これで文句はないだろう。任務に戻るぞ」

『時間が惜しいから私がイノセンスで運んでやろうか?』

「遠慮する。またあのターザンみたいなやり方で森の中を進む気か?」

『ユウは文句言わない。』

「俺は神田じゃない」



 あ、あの。
 ゴズの声に「あ?」と2人で振り返る。
 まだ何かあるのか。イライラした様子で言ったスーマンにリナリーが一歩前に出た。



「まだ開拓村に取り残された人達が居るのよ。彼等も此処まで連れて来てあげないと、」

「…さっきも言っただろう。それは本部の命令か、と。」



 命令以外の事は進んでやらない主義だ。
 冷酷に言い放ったスーマンにジェシカが涙を浮かべて駆け寄った。
 村にはまだお母さんが残ってるの。
 ジェシカに目を向ける。



「だからお願い、お母さんを助けて!」

「……。俺の任務はソカロ元帥の護衛だ。」

「スーマンさん!」

『…スーマン、助けてやりなよ。後悔するよ』



 お前まで何を…。
 …お母さんが本当に困った時にこれを使えって言ってた。
 ジェシカの声にスーマンが再び目を向ける。
 小さな彼女の手に握られているのは1枚の金貨。
 じっと見つめているスーマンを見た黒凪は彼の背中を叩く。



『ほれ。』

「…良いだろう。」

「!」

「余計な任務はするつもりはないが、金を払うと言うならそれも仕事の内だ」



 少女の手から金貨を受け取り背を向ける。
 そんなスーマンにゴズが眉を寄せて「何て人だ、」と呟いた。
 やがて村の人々と話をしたリナリーはジェシカを共に連れて行く事にしたのかゴズの背中に彼女を乗せる。
 その様子を横目に見ていたスーマンは「もう良いだろう。日が暮れる前に向かうぞ」と一言言って歩き出した。



「あ、ちょっとスーマン!」

『…時間が無いなら』

「お前のイノセンスは二度と御免だ。」

『なんでさ。任務先で女に抱えられたのがそんなに嫌だったの』



 何も言わないスーマンに目を逸らして隣を歩き続ける。
 そんな2人の背中をジェシカを背負ったまま眉を寄せて見るゴズ。
 その様子を見たリナリーが彼に近付いた。



「あの2人、仲が良いでしょう?」

「え、あ…はい」

「スーマンもちょっと神田に似てる感じがするから接しやすいんだって。…2人は決して悪い人じゃないのよ」

「でもこんな小さな子からお金まで取るなんて…」



 それでも動いてくれたのが2人の優しさよ。本当に冷酷な人は動いてくれないわ。
 リナリーの言葉に納得出来ないと言う様に眉を寄せる。
 やがて開拓村へ辿り着いた一行はジェシカの家へ向かった。
 中に入ってジェシカを見せると彼女の母親は涙を流してジェシカを抱きしめる。



「どうして戻って来たの…っ」

「お母さんを助ける為だよ!この人達が狼から助けてくれたの…!」

「それじゃあ皆は無事に…?」



 涙ながらに微かに笑みを見せた母親にジェシカの目にも涙が浮かんだ。
 沢山の人が狼に、
 そんなジェシカの言葉に母親が思わず動きを止める。
 その様子に眉を寄せたゴズが一歩前に出て言った。



「大丈夫です!僕等が責任を持ってこの村に残った人々を町まで送り届けます!…既に襲われた方々は、その、…残念でしたが」

「…っ、はい、…ありがとうございます…っ」

「…。で、では今すぐにでも、」

「駄目だ」



 スーマンの言葉に全員が振り返る。
 窓の外を見ていたスーマンは日が落ちた様子に目を細めるとカーテンを閉めた。
 狼は夜行性だ。昼間よりも出現確率が高い。
 日が昇ってから町に向かった方が良いだろう。



「朝までの見張りは交代で行う。出発は明日だ」

『泊まる場所は?』

「それでしたら此処をお使いください。」



 母親の言葉に目を向けたスーマンが「ありがとうございます」と無表情に礼を述べる。
 そうしてジェシカの家に泊まる事になった一行は家の側で夜が明けるのを待った。
 最初の見張りであるスーマンが家の前に立ち徐に懐中時計を開く。
 その様子を見ていたリナリーが彼に近付いた。



「何を見ているの?」

「…交代の時間までまだ時間があるぞ」



 屋根の上に座っていた黒凪が2人の会話に顔を覗かせた。
 教団に連れて来られてもう5年になるんだね。
 ゆっくりとスーマンの隣に移動したリナリーが彼の隣で壁に凭れ掛かる。



「まだ教団を恨んでる?」

「…。俺をこんな戦争に縛り付けた存在を恨むなと言う方が難しいだろ」

「うん、確かにそうね。…私も最初はイノセンスの適合者だと気付かれた時、突然教団に連れて行かれて…地獄の日々だった。」



 でも兄さんが来てくれてからあそこは私のホームになったの。
 そしてホームに居る仲間は皆私の家族。
 リナリーの言葉にスーマンが目を伏せる。



「…家族、か。」

『…!』



 村の周りに放っていたイノセンスからの信号に顔を上げる黒凪。
 彼女は立ち上がると両手の包帯を一気に森へ伸ばす。
 その様子にリナリーとスーマンが顔を上げた。



「黒凪!どうかしたの!?」

『狼が来た。…この量ば赤゙じゃ無理だな…』

「だったら俺がやる。」

「ちょ、ジェシカ!」



 スーマンの右腕が対アクマ武器に変形した時、家の中からジェシカがゴズと共に飛び出してきた。
 そんなジェシカに目を向けたスーマンは「何かに捕まれ!」と指示を出し一気に風を巻き起こす。
 家の周りに立っていた狼達が一斉に吹き飛ばされ黒凪の手元に包帯が戻ってきた。



『ありがと。森の方に居る狼に包帯噛まれてたのよ』

【あーあァ。好き勝手やられちゃったねェ】

【許せないなァ…】



 現れた2体のアクマに目を向けた瞬間、外に出ていたジェシカをその内の1体が捕らえた。
 それを見たスーマンが目を見開き「その子を返せ!」と手を伸ばす。
 しかしもう1体に右腕を噛まれ痛みに腕を引っ込めた。



【フハハハ!俺の牙には毒がある、お前はもうすぐ死ぬんだよォ!】

「ぁ、…おじちゃん、お星さまが…」

「大丈夫だ。俺のイノセンスは寄生型、」



 体に浮かんでいたペンタクルが消えていく。
 アクマの毒は効かない。
 静かに言ったスーマンが突風で1体を一気に吹き飛ばした。
 その様子に目を見開いたジェシカを捕まえているアクマ。
 そのアクマにリナリーが攻撃を仕掛け離されたジェシカをゴズが受け止める。



【クソ、】

『あんたもちょっと遠くに行って。』



 包帯が巻かれた拳で一気に殴りもう1体も吹き飛ばす。
 家から離れたアクマに3人で向かって行った。
 繰り出されるアクマの弾丸を黒凪が包帯を操り弾いて行く。



『全部叩き落とす、どっちでも良いから破壊して。』

「お前が防戦に回るなんて珍しいじゃないか…!」

『おっさんに花持たせてやるんだよ。』



 黒凪の言葉に小さく笑ってスーマンが右の拳をアクマに向ける。
 突風が吹き荒れアクマが上空に浮かび上がった。
 2体の内の1体をリナリーが蹴りで破壊する。
 そしてすぐさまスーマンが巨大な竜巻を巻き起こしもう1体も破壊した。



『お見事。イノセンスがボロボロになった意味もあるってもんだよ』

「本当だ…、ありがとね。黒凪」

『良いよ。結構護るの大変だったけどスーマンを諦めたらどうにかなったし』

「俺には当たっても良いと?」



 だって寄生型でしょ。
 痛いものは痛いんだぞ。
 はいはい。ちゃんと急所に当たらない様にはしてましたよ。
 また始まった2人の口論にリナリーが笑っているとジェシカが駆け寄り2人に抱き着いた。



「ありがと!おじさん、お姉さん!」

『え、ちょっと待って。何か嫌な絵面だ』

「ふふふ、仲の良い親子みたいだよ」

『止めてよ。私はユウとが良い』



 俺だってお前とは願い下げだ。
 スーマンの言葉にその通り、と頷く黒凪。
 何処か可笑しな2人のやり取りに遠目に見ていたゴズも笑った。























「本当にありがとうございました、町まで無事に辿りつけたのも皆さんのおかげです」

「ありがとう!これでお母さんと一緒に暮らせる!」



 にこにこと笑うジェシカに近付いたスーマンがしゃがんだ。
 怖がらせてすまなかった。
 そんなスーマンの言葉に首を横に振るジェシカ。
 その様子を見たスーマンは笑みを浮かべると「これはそのお詫びと言ってはなんだが、」そう言って差し出された金貨にジェシカがはっと顔を上げる。



「受け取ってくれるか?」

「…うん、」



 ぽんとジェシカの頭に手を乗せ「ありがとう」と笑った。
 そんなスーマンと共に外に出た黒凪とゴズはリナリーに目を向ける。
 此処まで付いて来てくれてありがとうございました。そう言ったゴズにリナリーが笑みを見せた。



「良いのよ。皆無事でよかったわ」

「これから君は何処へ?」

「私はスペインへ。皆はソカロ元帥の元へ向かうのよね?」

「あぁ。…お互い、無事にこの任務を終えられたらいいな」



 ええ。気を付けて、怪我の無いようにね。
 笑顔で言ったリナリーに「はい!」と涙ぐみながら言ったゴズ。
 そんなゴズに眉を下げたスーマンも「達者で。」とリナリーに笑みを向けて言った。
 そしてひらひらと手を振る黒凪を見たリナリーも笑顔で手を振ると3人の前から去っていく。



『さて、やっとソカロ部隊と合流できる。』

「…そう言えばソカロ部隊は俺以外のエクソシストとは初対面なんじゃないのか?」

『そうだよ。だから殆ど話さないと思う。』

「何故そんな部隊に自分から志願したんだ…」



 色々あんの。
 目を逸らして言った黒凪にスーマンがため息を吐く。
 お前はそんなだから変人扱いされるんだ。
 そんな言葉に「はぁ?」と黒凪がすぐさま食って掛かる。



『あんたも初対面は全然話さなかったでしょ。私があんたみたいな奴の扱い方を心得てるから仲良くなれたんでしょーが。』

「仲が良いつもりでいるのか?すまないがそれは勘違いだ。」

「ま、まあまあ…」

『初めて教団に来た時はずーっとどんよりしてたくせに。』



 それとこれとは話が別だろう。
 お二人とも落ち着いて…。
 2人の間にどうにか入ろうとするゴズだったが彼等の口論は止まらない。
 やがてこれが彼等のコミュニケーションなんだと自分に言い聞かせて諦めるまで、あと何分かかる事か。




 スーマン・ダーク


 (ちょ、2人共体力あり過ぎじゃないですか!?)
 (…君は筋肉質なくせに体力が無いんだな)
 (ほってく?)
 (ええー!?)


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