Long Stories

□蓮華の儚さよ
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 江戸・方舟編



 完全にティキの気配が消えた事を確認してゆっくりと黒凪がスーマンの目の前でしゃがみ込む。
 破壊された右腕は肘辺りまでを残して無くなっていた。
 スーマンはただぼーっとその腕の先を見ているだけで。



『…スーマン』

「!」

『これであんたは娘の所に帰れるんだよ』



 スーマンの目が大きく見開かれる。
 娘の病気の治療費の為に教団に来たんだろう?
 ゆっくりと彼の顔が上げられた。
 黒凪は微笑んでいる。



『右腕が無くたって会えるだけマシだ。…もう教団の事は忘れて娘の所に帰りな』

「っ、」

『あんたを縛るイノセンスは破壊された。これで自由なんだよ、スーマン』



 ぼろぼろと涙が瞳から零れだす。
 その表情を見て眉を下げた。
 イノセンスを完全に破壊されなければ適合者の自由は帰ってこない。
 ハートかどうかの可能性は怖かったがこれで良かった。
 正直言って私は、世界の命運より目の前の人間の方が大切だから。



『(こんな悲しい末路を辿るぐらいなら、世界なんて滅びた方が良い)』

≪…黒凪、そっちは大丈夫か!?カザーナやチャーカーのゴーレムが破壊された!≫



 返答してくれ、無事なのか。
 切羽詰まった様子のリーバーに「無事だよ」と返すとあからさまに安心した様に息を吐く音が聞こえた。
 しかし「ただ、」と言葉を続けると覚悟を決めた様に向こうの音が静まる。



『そのカザーナとチャーカーは死亡。スーマンは無事だけどイノセンスを破壊された。』

≪っ!≫

『…ごめん、スーマン本体は護れたけどイノセンスは駄目だった。』

≪そう、か。≫



 今からスーマンを教団に帰らせる。
 私は引き続きソカロ元帥を追うよ。
 そんな黒凪の言葉に「お前は無事なのか?」と声が掛けられる。



『勿論無事。とりあえず私は今からソカロ元帥が居るインドまで…』

≪ああそれなんだが、元帥が自分の足で教団に帰って来ててな。≫

『…はい?』

≪ソカロ元帥は無事だ。元帥が持っていたイノセンスもな≫



 あー…あの人凄く強いもんね。
 眉を下げて言った黒凪は「じゃあ私はどうすれば良い?」と問いかける。
 すると予想通り「江戸へ行ってくれ」と指示が入った。



『了解。…でも江戸なんてどうやって行けば』

≪何言ってんだ、あれ使えば速いだろ?≫

『…えー…』

≪リナリーみたいにやってやれ!≫



 え、リナリーのパクリだって言われたあの能力使うの?
 そんなコムイの声が通話に入り込んだ。
 軽く掛けられた声だったがガヤガヤと煩いし、忙しいのだろう。



『…解ったよ。とりあえずどうにかして江戸には向かうから。…スーマンをよろしく』

≪あぁ。…気を付けてな≫

『ん。』



 プツッと通話を切って座り込んでいるスーマンの前に再びしゃがみ込んだ。
 スーマン、帰れる?
 そんな彼女の言葉にゆっくりと頷いた彼は立ち上がった黒凪の手首を掴み取る。
 振り返った黒凪に頭を下げた。



「ありがとう。…ずっと家族に、会いたかったんだ」

『…良いよ。大事な人の所に帰ってあげな』



 するりと手を引き抜いて歩き出す。
 …その背中をスーマンは見送るしかなかった。





























 3日程経っただろうか。
 電車を乗り継いでやっと中国まで来た黒凪は目の前に広がる海にげんなりとした。
 全く、3日でインドから韓国までの距離を移動出来たのだから良い時代になったとは思うが…。
 海を渡って島国へ移動するのが最も面倒で時間が掛かる。



『(やっぱり此処はあのリナリーのパクリと詠われだあれ゙で行くしかないかな…)』



 面倒だなぁ、でも船で行くとまた長いしなぁ。
 それにそろそろ江戸でも戦いが始まってる頃だろうしなぁ。
 …それに、
 ぐるぐると様々な考えが頭を巡る。



『ユウにも、…会いたいし』

「ようねーちゃんどうしたんだ?」

「海見てぼーっとするなら酒飲もうぜ!」



 ぽんっと頭に神田が浮かんだ。
 そうなると会いたくてしょうがなくなる。
 なあなあ、と酒瓶を片手に男が黒凪の肩に手を回した。
 無表情に海を見ていた黒凪はその腕からするりと抜けると海と陸とを隔てる柵の上に登る。



「お、おいおい死ぬ気か!?」

「止めとけってねーちゃんこれから沢山楽しい事が…」

『イノセンス発動』

「「へ?」」



 包帯が灰色に染まっていく。
 そしてその包帯は首や手を離れ足に集結して行った。
 足にがっちりと巻き付くと次は体へと移動していき、黒凪を包んで1つの核ミサイルの様な形態になる。
 この移動方法はリナリーを見て編み出した方法だ。
 生憎このイノセンスでは彼女の様に移動すると風圧で首がもげる。



『(ちょっとダサいし疲れるから嫌いだけど)』

「え、…これヤバくないか…」

「ミサイルみたいだもんな」



 前は見えないが目的地さえはっきりしていれば必ず着く使用になっている為後は発射するだけ。
 おじさん達、何処かに掴まってなよ。
 そんな黒凪の声と同時にミサイルが一気に発射した。
 その後、中国の海辺で爆発が起きたとニュースになりその損害賠償が教団に向かったのは…また別の話。




 いざ江戸へ。


 (…あ。そう言えば江戸だとは設定したけど)
 (江戸の何処なんだろう。)


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