Long Stories

□蓮華の儚さよ
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 江戸・方舟編



【気を付けるっちょ、あのデカいアクマは頭を狙わないと倒れないんだっちょ!】

「…成程、集合体じゃからな…」

「でもあんな高い場所、どうやっ…て……」



 ドガンッと目にも止まらぬ勢いで何かが巨大なアクマの顔面を貫いた。
 5体ほど蠢いていた巨大なアクマの内1体が倒れる。
 突然の事態に屋根の上からその様子を見ていたリナリー達クロス部隊は目を見開いた。



「…え、今のは…」

「何であるか、先程の攻撃は」

「んー…?」

「(なんさ、今の…)」



 その衝撃はリナリー達と離れて戦っていたティキやラビの元にも伝わっていた。
 上空をふよふよと飛んでいた千年公も地面に突き刺さる様に落ちて来た何かを見定めようと目を光らせている。
 土煙が風に揺られて去った時、気だるげに首に手を当てて1人の少女が姿を見せた。



『(…まさかの決戦の地ピンポイント)』

「ほう…黒凪・カルマではありませんカ♥」

「え、インドからもう来たの?」



 あの…黒凪さんって…?
 困惑した様子で隣のリナリーに問いかけたチャオジー。
 彼にエクソシストの1人よ、とリナリーが嬉しげに答えた。
 途中で加わったクロウリーも知らないエクソシストの登場に驚いていた様だが、ミランダの反応だけは違う。



「黒凪ちゃんって…あの時の?」

「そうよミランダ。応援に駆け付けてくれたの」

『(えー…、皆何処だ…?)』



 わー!と頭上から声が聞こえてくる。
 ん?と顔を上げると攻撃されて吹き飛んできた様子のラビが此方に向かっていた。
 腕を出して包帯を集めラビを受け止めると目の前にティキが現れる。



「よ、黒凪・カルマ。」

『…その名前嫌いなんだよ。呼ぶな』

「イテテ…ありがとな、黒凪」



 うめき声の様な声が地響きの様に聞こえだす。
 すると瞬く間に巨大なアクマからの攻撃が江戸の町に降り注いだ。
 その様子を見て周りを見渡すと攻撃から逃げる様に移動するリナリー達を発見する。



『…とりあえずリナの所行こうか』

「え゙、ちょ、…俺あのターザンは…」

『なんで皆ターザンって言うんだろ』

「どう考えったってその運び方さぁああ!」



 建物に包帯を巻き付けてぐんぐん進んで行く。
 その様子を見て小さく笑いティキも建物を擦り抜けて姿を消した。
 リナリー達が避難した建物にラビと共に滑り込むと黒凪が一瞬で包帯を建物に巻き付ける。



『とりあえず防御壁作るよ』



 巻き付けられた包帯が一瞬で色を無くし消え去った。
 その様子を遠目で見ていたティキは「あ。」と微かに目を見開く。
 透明ノ双璧(ヴァント)、そう呟いた途端にアクマの攻撃が建物に及んだ。
 思わず目を固く閉じた面々だったが、酷く静かな室内に目を開く。



『大丈夫。この能力はティエドール元帥のお墨付きだから。』


「…ふーん、スーマンの時のはあれか…」

「見覚えがあるんですカ♥」

「ええまあ。…俺のでビクともしなかったんでアクマの攻撃じゃ無理っすよ、多分」



 ふう、と周りを見渡した黒凪の視界に体のほとんどを包帯やガーゼで覆われたリナリーが入り込む。
 眉を下げた黒凪はチラリとブックマンに目を向けた。



『あのデカいアクマにはリナリーのイノセンスが有効だと思うけど、駄目?』

「駄目じゃな。ハートの可能性がある者を戦闘に出すわけにはいかん」

『んー…。でも私、此処を護ってたら戦えないんだけど』



 どうする?黒凪の問いかけに「はいっ」とチョメ助が手を上げた。
 オイラがアクマのとこまで運んでやるっちょ!それで1体ぐらいは破壊出来るっちょ!多分!
 そう言ったチョメ助の目は既にアクマに限りなく近くなっている事を示す様に黒く染まっている。



「チョメ助…」

「早くするっちょ、オイラももう…時間、ないから」

「…分かった。んじゃあ俺とクロちゃんでとりあえず1体破壊してくるさ。じじい、援護頼む」

「分かっとるわい。」



 ラビ、クロウリー、ブックマン。
 心配げに掛けられたリナリーの声に各々が笑顔を見せた。
 いくっちょー!そんな掛け声と共にアクマに向かって行くラビ達。
 彼等を見送る様にリナリー達も屋根の上に立っていた。



『…。あと4体、か』

「っ、私が戦えれば…!」



 周りを見渡して後頭部を掻いていた黒凪は思い出した様に目を見開くとミランダに目を向けた。
 ミランダ、あんた確か防御壁みたいなの作れたんじゃない?
 黒凪の言葉に「え?」とミランダが驚いたように顔を上げる。



『時間を止めたら壁とか出来るんじゃなかったっけ』

「…で、出来るわ」



 でもどうしてそれを、
 そんな声を聞き流し「それやって、今すぐ」と黒凪が透明になった包帯に目を向ける。
 あまり長く出来ないのも知ってる。…その間にアクマをある程度破壊してくるから。
 ぐっとミランダが眉を寄せた。



「刻盤(タイムレコード)、発動!」

『ティラ・ラルク発動』

「時間停止(タイムアウト)!」



 ミランダのイノセンスで囲まれた途端、黒凪の真上に灰色の包帯で形作られた大砲が姿を見せた。
 黒凪の頬を汗が伝う。
 その様子にリナリーが目を見開き眉を寄せた。



『ホントはこれ、1日1回限定なんだよね。』

「黒凪…っ」



 チョメ助と共に向かって行ったラビ達がアクマに飛び掛かる。
 逆にチョメ助はボロボロになりながら落下して行った。
 それを見てそのチョメ助に銃口を向ける。



『あの改造アクマごと向こう側のアクマを破壊する』

「チョメ助ごと!?」

『…あの改造アクマ、このままじゃ自爆も同然だ』



 そんな結末は悲し過ぎる。
 無表情で言った黒凪にリナリーが彼女の肩を支えた。
 皆耳を塞いで踏ん張って。
 ボソッと言った黒凪にミランダ達が従うとチョメ助が自爆してしまう寸前に砲撃が放たれる。



【…あれは…】

『…っ、』

「黒凪ちゃん!」

【イノセンスの砲撃…オイラの魂、ちゃんと解放してくれるのかっちょ…?】



 チョメ助の側をうろついていたティムキャンピーが逃げていく。
 途端にチョメ助をイノセンスの攻撃が直撃し、その勢いで向こう側に居たアクマの顔面に直撃した。
 その様子を見届けて黒凪がふらりと倒れ込む。
 大砲を形成していたイノセンスが黒凪の元へ戻り、それを最後に力尽きる様にイノセンスが発動を解除した。



「!(黒凪のイノセンスが解除されるとこ、初めて見た…)」

『うっわ、外で解除した事無いのに…』



 酷く体調が悪そうな顔で眉を寄せて言った。
 本当、なんでこんなに頑張ってるんだろう。
 ぼーっとした頭にまたぐるぐると様々な考えが浮かび始める。
 戦争に勝ったって何も良い事なんて無い。
 リナリー達を護ったって、自分はしんどいだけ。
 態々無理して江戸に来たのにユウは居ないし。
 ぽた、と汗が滴る。



『、あーあ。』

「黒凪、酷い熱…っ」

『…ユウが居れば頑張れるのに』



 力のない、少し震えた声で言った。
 ユウがいないから…やる気も元気も、…何にも湧いてこないや。
 私は今も昔も、
 ミランダのイノセンスが解除される。
 ――…何、体力の限界?



『ユウの為だけに、生きて来たんだから』

「あー、黒凪・カルマも限界だな。目の焦点合ってないし」

「っ…!」

「エクソシスト様!」



 ゆっくりと顔を上げればリナリーがティキに捕まっている。
 それをどうにか助けようとチャオジー達がティキに立ち向かっていた。
 視界がぼやける。力が入らない。



「泣けるねぇ、エクソシストの為に生身の人間が俺に立ち向かってくるなんてさ。」

「エクソシスト様を離せ!」

「ティーズ。」



 ティキの背中に巨大な蝶が現れ大きく口が開く。
 最もティキの側に居たチャオジーに近付いて行った。
 チャオジー!とリナリーが悲痛に叫んだ時、黒凪は感じた微かな気配に目を見開く。



「うおっ!?」



 ドォンッとティキの足元から鋭い斬撃が彼を襲った。
 上空に逃げたティキは着地と同時に斬り掛かって来た神田に咄嗟に対応する。
 神田の六幻を受け止めティキがニヤリと笑った。



「なんだ?新手のエクソシストか。」

「……」

「か、神田…っ」

「神田?…あー…、どっかで聞いた名前だな。」



 …あ、黒凪・カルマと一緒の奴か。
 小さく笑って言ったティキに神田が力尽くで刀を押し進める。
 その様子に「そうだそうだ、黒凪・カルマと一緒で"出来る限り"殺すなって言われてた奴だ。」そう言って目を細めるとリナリーの首を絞め意識を落とすと一気に距離を取った。



「そこに君の大事なカノジョ、倒れてるよ?」

「あ?」

「助けなくて大丈夫?」



 チラリと背後を見た神田は再びティキに目を向けると走り出す。
 ティキは壁を擦り抜けてリナリーを置いて行く。
 そして一瞬で神田のすぐ目の前に移動し大量のティーズを差し向けた。
 一歩下がった神田が徐に口を開く。



「黒凪」



 ん?とティキが片眉を上げるとティーズがパラパラと落下していく。
 そして神田がティキに向かって刀を振り上げると回避しようとしたティキに背後から手が伸びる。
 気付いたティキがすぐさま回避してその手の主を見ると「げっ」と眉を寄せた。



「また紫のキモい女かよ…!」

「ティキぽん、こっちへ戻ってきてくだサイ♥」

「へ?なんでっすか千年公…わ、こっちくんな!」



 千年公の片手に黒い球体が出現した。
 それを見たティキは一瞬で姿を消す。
 倒れているリナリーを持ち上げた神田はティキの気配が無い事を確認すると倒れている黒凪の元へ向かった。
 黒凪は依然として屋根の上でぐったりと倒れている。
 しかし彼女の手に巻き付いた包帯の色は紫色で、神田がその包帯に目を向けると普段の黒に戻っていった。



『…ノアは…?』

「消えた。」

『…そ』



 ぐでーっとしている黒凪の側にしゃがみ込んだ神田。
 その背後にラビが着地した。
 よ、ユウ!元気にしてるさー?
 うるせえ黙れ。ファーストネームを口にするな。
 つらつらとそう返し神田が徐に手首を六幻で傷付ける。



「飲んどけ。お前が回復するまでの時間が惜しい」

『…』



 滴る血が頬に落ちる。
 …この血は嫌いだ。
 頬に着いた血を手で拭って口に運び、神田の腕の傷口の血も舐め取った。
 え゙、と固まるラビをチラリと見てぺし、と神田の腕を叩く。
 腕の傷は既に塞がっていた。



『ありがと。…ラビ、リナリー連れってこっち来て。』

「へっ?」

『良いから。あ、ユウも此処に居とくの。』

「あ?」



 おずおずと近付いてきたラビ達を見て徐に包帯を四方八方に伸ばしていく。
 そうしてブックマンやクロウリー、ミランダにマリ。そしてチャオジー達を引き寄せる。
 当然、突然連れてこられたクロウリー達は黒凪を見て怪訝に眉を寄せた。



「貴様、突然何をする!」

「どうしたのじゃ黒凪・カルマ」

「黒凪…?」

『…ヴァント発動』



 ばんと?そう聞き返したラビは周りに蠢き出した包帯に目を向ける。
 包帯がきゅっと集まり全員を護る様に球体の形になった。
 その包帯が透明の色に変わると皆一様に目を見開く。



「何か攻撃が来るのか!?」

『ちょっと黙ってて。』



 巨大な黒い球体がゆっくりと街を破壊しながら迫ってくる。
 徐々に地面も揺れ、黒凪が微かに眉を寄せた。
 その様子にリナリーが大きく目を見開く。



「駄目よ!あの攻撃を1人で受けようって言うの!?」

『仕方ないでしょ、皆防御力なんて皆無の単細胞なんだからさ』

「単細胞…」

「確かに黒凪のイノセンスの多様性は凄いけど…」



 危険だわ、リナリーが目に涙を浮かべて言った途端に球体がイノセンスに接触する。
 物凄い負荷に黒凪が目を見開いた。
 黒凪!嫌、嫌よ…!
 彼女の口元から血が溢れ出してくる。
 体の節々もミシミシと音を立てていた。



「いかん、文字通り全ての負荷を請け負っておる!耐えきれるか…っ」

「黒凪…!」

『…はっ、教団も良いもの生み出したもんだよ』



 こんな攻撃を耐え凌げるの私とユウぐらいだ。
 ボソッと言った黒凪の目からも血が溢れ出す。
 その様子にリナリーの目に涙が浮かび溢れ出した。



「駄目よ!今すぐ発動を止めて!」

『…っ、げほ、』

「死んじゃう…!!」



 悲痛に掛けられた声にはっと目を見開いた。
 しまった、リナリー…!
 黒凪…!!そう叫ぶ彼女は気付いていない。
 黒い靴が独りでに動き始めて居る事に。




 貴方の為に生きていた


 (大丈夫だと声を掛けようと口を開いても声は出なくて。)
 (どうにかしようと体を動かそうにも動かない。)

 (――…意識が、途切れた。)


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