Long Stories

□蓮華の儚さよ
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 江戸・方舟編



 …遅い。遅すぎる。
 目の前のノアを六幻で往なしつつチラリと目を向ける。
 イノセンスを駆使し力尽きて倒れるにしても、万一先程の一撃に耐え切れず死んだとしても。
 "俺達なら大丈夫な筈なのに"。



「起きないね、彼女。」

「っ!」



 ノアの重い一撃を受け止めその負荷に眉を寄せる。
 ラビは体の大きなノアと交戦中、リナリーは妙な結晶の中。
 巨大なアクマとはティエドール元帥が戦って、…黒凪は地面に倒れたまま。



「もしかして力尽きちゃった?…死んだ?」

「るせぇ」

「おおっと、」



 目の前を過った刃先を見てニヤリと笑った。
 そんなティキに神田の眉間に皺が寄っていく。
 苛立った様子の神田にまた笑いタイミングを見計らい振り降ろされた刀を掴み取った。
 動かない六幻に舌を打った神田にティキがもう片方の手を振り上げる。
 ――…起きろ、
 黒凪の片手がピクリと動いた。
 …起きろ!!



『…イノセンス』

「!」

「(…起きたか…!)」



 黒凪の声にティキがチラリと目を向ける。
 神田は手首を捻じり動いた六幻にティキが前のめりになった。
 赤い刃が迫る。その速度に目を見開いたティキはすぐさま踏み込み神田から距離を取る。
 先程までティキが居た場所に勢いよく赤い刃が突き刺さった。



「リナリー!!」

「『!』」

「…よそ見は禁物。」



 ラビの声に振り返ると結晶に包まれたリナリーの側に伯爵が見えた。
 しかしその様子を見る事が出来たのも一瞬で、すぐさま迫って来たティキに応戦する。
 神田が攻撃を受け止め黒凪の刃が向かった。
 刃は4つ程ある為次々に向かってくる刃にティキが少し眉を寄せる。



「(やっぱ2人同時はキツいか)」

『…』

「(げっ!)」



 目の前に迫った黒凪がティキの間合い寸前でしゃがみ込み神田の斬撃が彼女の真上を通ってティキに向かって行く。
 予想していなかった攻撃を数秒遅れて受け止めると真下から赤い刃がティキに向かった。
 その様子を見て冷や汗が頬を伝いニヤリと笑う。



「(コイツ等2人だから戦い辛いのか…!)」

『死ね。』

「ティキぽん♥」

「!」



 一瞬でティキが姿を消した。
 その様子に目を見開いた黒凪は勢いのまま振り上げられた刃をぴたりと止める。
 鋭くとがった刃は神田の目の前ギリギリで停止し、顔を上げた黒凪は怪我の無い神田の様子に息を吐いた。
 周りを見渡した神田は舌を打つと六幻を仕舞い疲れた様に座り込んだ黒凪に目を向ける。



「…おい」

『ん?』

「お前、そんなに回復が遅い方だったか?」

『…気が焦ってた所為でそう思ったんでしょ。』



 そんなに私の事待ってたの?
 ニタニタ笑って言うと神田が眉を寄せて目を逸らした。
 しかし憎まれ口を返してこないのだ、強ち間違ってはいないのかもしれない。
 …起きろって言われた様な気もしたし。



『他は皆無事?死ぬ気で護った後に今ので死なれてたら泣くわぁ』

「……無事みたいだな。嫌な奴が1人増えてるが」

『嫌な奴?…あぁ、アレンか。』

「!」



 アレンか。そう言ってから振り返った黒凪に少しだけ眉を寄せた。
 あちらも2人に気付いた様で座り込んでいる黒凪に集まる形で皆が集まってくる。
 アレンが膝に両手をついて屈み黒凪の顔を覗き込んだ。



「大丈夫ですか?…見た所怪我はなさそうですけど…」

『大丈夫。今は疲れて座ってるだけ。』

「黒凪は相変わらずマイペースな子だねえ。」

『…あ。師匠』



 ういーす、と手を上げた黒凪にアレンがぎょっとする。
 彼女がこれほどまでにフレンドリーに挨拶をするだなんて…!
 という事は彼女も言った通りこの人が神田と黒凪の師匠…。と側で足を止めたティエドールに目を向ける。
 彼は周りを見渡し疲れた様子の面々を見ると「移動しようか、」と後頭部を掻いた。



「少し情報を整理したい。リーの目が覚めるのも待たないとね」



 彼の言葉に従い辛うじて残っていた橋の下に火を炊き円になって座る。
 黒凪は膝の上にリナリーの頭を乗せて座っていた。
 その様子を見つつ「それじゃあ話を整理するよ」とティエドールが口を開く。



「まず、君達クロス部隊の目的はマリアンの捜索とアクマの生成工場の破壊。」

「はい」

「対して僕達の目的は適合者の探索。…あー、黒凪の目的は…」

『ユウに会いに来ただけ。』



 ドヤ顔で言った黒凪に「んじゃあ別にいっか。」とティエドールが目を逸らした。
 一応言っておくと、今現在残っているエクソシストは本部に居るヘブラスカにソカロとクラウド。そしてマリアン。
 あとは此処に居る10人だけになってしまった。
 彼の言葉に皆息を飲んだ。



「…僕はね、使徒として生き残る事も大切だと考える。だからクロス部隊の君達はすぐにでも戦線を離脱すべきだと思うんだよ」

「……ん、」

『あ。リナリー起きた。』

「本当ですか!?」



 どたた、とリナリーの元へ近付くアレンとラビ。
 心配げに声を掛ける彼等を横目に黒凪が徐に神田に目を向け手を伸ばす。
 その手に気付いた神田は静かに立ち上がり彼女の元へ近付いた。
 どうした、と伸ばされたままの手に片手を持って行く神田。
 黒凪の手が神田の手を掴んだ。



『離さないでね。私、ユウも居ないとやだから。』

「?…何が、」



 そんな会話を交わした途端に黒凪の真下に穴が出現しリナリーと黒凪が沈んでいく。
 咄嗟にぎゅっと手を握った神田もその後に続きアレンとラビも後を追った。
 いかん、狙いはリーだ!
 そんな切羽詰まったティエドールの声が遠ざかっていく。
 その声に眉を寄せているとふっと重力が掛かった様に一気に落下した。



『(ティーテレス、)』



 周りの建物に蜘蛛の巣の様に包帯を張り巡らせ黒凪とリナリー、神田は他の包帯で地面に着地する。
 アレン、ラビ、クロウリー、チャオジーは先程作った包帯の上へ。
 山の様に積み重なった彼等を包帯で1人ずつ地面に降ろし改めて周りを見渡した。



「…何処だ此処は…」

「え、方舟の中だ…」

「あぁ?なんでんなトコに居んだよ」

「知りませんよ」



 睨み合った2人に少し眉を寄せ神田の手を引いた。
 黒凪に手を引かれて動いた神田にアレンが黒凪を見る。
 離さないでね、と言っていた彼女の言葉が頭に過った。



『なんか変なのがティーテレスに引っかかってんだけどさ』

「へ?」

「…なんかかぼちゃみたいな奴がいるさ」

『起きるかな』



 包帯でぎゅーっと締め付けているとはっと目を開きレロの目が黒凪を捉えた。
 キャー!しまったレロ!必要ない奴いっぱい連れて来ちゃったレロ!!
 騒ぎ始めたレロにアレンと神田のイノセンスが向かった。



「るせえ。さっさと出せ」

「出口は何処ですか」

「ででで出口は無いレロ!お前等は此処で死ぬんだレロー!」

「「あ゙?」」



 ご苦労様です、レロ♥
 響いた声にはっと目を見開いた。
 するとレロの口元からずるりと伯爵が現れ傘を開いて空に浮かぶ。



「この方舟は漸く役目を終え、今から崩壊していくのデス♥君達はこの方舟と共に死んでもらいましょうかネェ…♥」

「伯爵…!」

「それでは皆さん、残り少ない人生を楽しんデー♥」



 嫌味たっぷりに放たれた言葉を最後に伯爵が姿を消した。
 レロは自身を連れて行ってくれなかった伯爵に「伯爵タマー!」と空に向かって叫んでいる。
 そんなレロをむんずと掴み「本当に出口はねぇのか」と神田が睨み付けた。
 神田に一瞬固まったレロはふるふると首を横に振る。



「っ、どうすれば…!」

「徐々に周りの建物が崩れていっているである!」

「出口ならあるよ?」

「だからその出口を探し…て…」



 声にばっと振り返ると鍵を持つ青年が笑っている。
 ティキだと気付いたアレンはすぐさま距離を取った。
 ホントは出口なんて無いんだけどさぁ、ウチのロードだけは方舟なしに空間移動が出来んの。
 ぺらぺらと話しだしたティキに眉を寄せる。



「俺達はロードの扉、君達は命。これを懸けてゲームしようぜ。」

「ちょ、何言ってるレロ!?伯爵タマはそんなこと…」

「扉は方舟の一番高い所に置いとく。君達はこの鍵を使って扉に辿り着けば勝ち。」



 簡単だろ?
 鍵がぽいと投げられ神田が掴み取った。
 但し、この方舟が崩れてなくなる"まで"の間に辿り着く事がルール。
 おっけー?首を傾げて言ったティキは何も言わないアレン達にニヤリと笑って落下してきた瓦礫に呑まれて行った。



「瓦礫の下敷きになったである!」

「死んだか…!?」

「死ぬわけないって。」



 姿は見えないが声が響く。
 眉を寄せて周りを見渡したアレンが口を開いた。



「どうしてそんな必要のないゲームを!?」

「…エクソシスト狩りが止められなくてさぁ」



 だから良いだろ?付き合ってくれよ。
 その声を最後に沈黙が降り立った。
 するとその沈黙を断ち切る様に足元が崩れ黒凪がリナリーを片手に抱えてイノセンスを遠くの建物に伸ばす。
 そんな黒凪の腰にラビが抱き着きその足を神田が掴んだ。



『(重っ)』

「わわ、待ってください!」

「チャオジー、私に捕まるである!」



 アレンが神田の足を掴みクロウリーの腕をもう片方の手で掴む。
 その様子を見た黒凪はぐっとイノセンスを引き寄せ彼等が建物に当たらぬ様にと配慮した。
 ラビの腕が黒凪の腰からずる、と少し下がる。
 それを見た黒凪は舌を打ちラビを睨んだ。



『あんたねえ、掴ませてやってんだからちゃんと持てや』

「う、うっす」



 やがて崩壊の弱い場所に移動して皆でティキから受け取った鍵を覗き込む。
 周りの様子から伯爵の言う通り崩壊を免れる事は無理だろう。
 …となれば最後の希望と言うには癪だがこの鍵を使うしか道は無い。



「誰が使います?」

「…鍵を受け取ったユウとか?」

「あ゙?」

『じゃんけん。』



 拳を持ち上げ黒凪がもう一度「じゃんけん」と言った。
 有無を言わせぬ様子に皆でじゃんけんをする。
 負けたのはアレン。彼は渋々鍵を受け取ると近くの扉に近付いた。



「うう…」

「早くやるさー」

「頑張って、アレン君!」

「は、はい!」



 意を決して鍵を差し込みぐっと回す。
 すると瞬く間に扉がカラフルな可愛い扉に変化し皆で顔を見合わせた。
 アレンがすっと片手を出し口を開く。



「絶対脱出しましょうね」

「…そうさね」

「うん。」

「私も頑張るである!」

「お、俺も出来る限り邪魔にならない様にするッス!」



 アレンの手の甲に皆が手を重ねていく。
 遅れて黒凪のイノセンスが一番上に重なった。
 そして皆の目が離れた位置に居る神田に向く。
 ちなみに黒凪も彼のすぐ側に居る為イノセンスでの参加となった。



「やらねェ」

「…ですよね。」

「さっさと行くぞ。」



 彼等を素通りして扉を足で開いた神田。
 黒凪のイノセンスがぺし、と一番上にあるチャオジーの手の甲を軽く叩き彼女の元へ戻っていく。
 顔を見合わせたアレン達は小さく頷くと神田達に続いて中に入って行った。




 ノアの方舟


 (さーて)
 (これからどう行動しようかね)


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