Long Stories

□蓮華の儚さよ
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 江戸・方舟編



「まーた変な部屋に来た…、ノアの趣味さ?これ」

「!…黙れ。居るぞ」



 神田の声に天井など部屋の中を見ていた皆が前方を見る。
 見覚えのあるノアだ。大柄で、伯爵によって江戸が消滅した後での戦闘時はラビと戦っていた。
 そのノアを見て固まる面々を前に神田が静かに足を踏み出す。



「先に行ってろ。アイツとは俺がやる」

「え、」

「ちょ、ちょっと待って!神田を置いて行くなんて…!」

「勘違いするな、お前等の為じゃねえ」



 あのノアは元々ウチの元帥にちょっかい出してきてた奴なんだよ。
 そう言うと神田は刀に手を掛けイノセンスを発動する。
 その様子を見てスキンがニヤリと笑った。
 それと同時だろうか、部屋全体が大きな揺れに見舞われ皆が顔を上げる。



「くそ、此処もじきに消滅するっぽいさ…!」

「っ、僕も!僕も残ってノアを…っ」

「ふざけるな」



 六幻の刃先がアレンの鼻先に向けられた。
 先に進まないのなら斬る。そんな目付きで睨まれアレン達が竦み上がる。
 途端にアレン達に黒凪のイノセンスが巻きつきアレンの手から鍵を抜き取った。
 そして近場の扉に鍵を差し込みアレンに手渡すと彼等をぽいっと扉の外に放り投げる。



「ちょ、黒凪はどうするんですか!?」

『……』

「え、それ質問する?みたいな顔してるさ」

「あの顔はどう見ても残る気であるな…」



 ぐ、と拳を握りリナリーが声を張り上げる。
 絶対にすぐ追いかけて来てね!
 涙ぐんで言うリナリーに親指を立て戦闘を開始した神田とスキンに目を向けた。
 アレン達はそんな神田と黒凪を後ろ髪を引かれる思いで見ると背を向け、道を進んで行く。



「ぐおぉおお…!!」

「!(姿が変化した)」



 黒凪は容姿が金色に変化したスキンを横目に近場の背の高い岩の上に腰掛けた。
 六幻を二幻刀に変えた神田がそんな黒凪に目を向ける。



「別にあいつ等について行っても良いんだぜ。」

『あは、何馬鹿な事言ってんの。』

「雷!!」

「!」



 スキンの強大な一撃に目を向け避けながら距離を縮めていく。
 その背中を見て小さく笑った。
 目を閉じる。「…どういうことなの?」と、訊き慣れた声が頭に響いた。



《どうして帰ってこないの》

《あの人は何処なの》

『(あー、煩い煩い。)』



 こつこつと頭を叩く。
 それでも声は止まらない。
 「約束したのよ」…止まない声に諦めた様に肩を竦めて神田を見る。
 彼は早くも勝負を付けるつもりらしく、禁忌"三幻式"を発動していた。



《ずっと一緒に居てくれるって言ったもの》

「神の怒りに触れた人間は黒炭になって死ぬ!!それが"怒り"を司る己の相手をすると言う事だ!!」

「…はっ、言ってろ。」



 俺は生きる。
 神田の声に頭で響いていた声がピタリと止んだ。
 膝を抱えて、眉を下げて笑う。
 あぁ。好きだなぁ。…そう思う。
 途端に首が苦しくなった。



『(分かってる、言わないよ)』



 ガクンと座っている岩が大きく揺れる。
 スキンも神田ももうボロボロだ。
 そんな中で始まった部屋の崩壊に神田が露骨に眉を顰めたのが見えた。
 ギリ、と首を絞める"あの人"の手の感覚が強まる。
 …いや、本当は手なんて無いんだと思う。これは私の妄想なのかもしれない。…でも。



『(ユウは今も昔も、)』

「そろそろ死んだか…?」

「…ぐ、」

『(あんたのだもんねえ)』



 首を掴まれぐったりとしていた神田が顔を上げる。
 彼のイノセンスがスキンの胸を貫き、首を掴まれていた神田が倒れるスキンと共に倒れていく。
 仰向けに倒れた神田が徐に天井に向かって手を伸ばした。
 薄く微笑んだまま立ち上がり、その手を掴むために岩から降りる。



『ユウ』

「……、」



 虚ろな神田の目が黒凪を映した。
 伸ばされたままの神田の手に指を絡める。
 徐々に呪符がボロボロになった彼を治しているのだろう。
 でもまだ意識は朦朧としている様だ。
 首を絞めていた痛みは、もう無い。



『――…蓮華の花を見に行こう』

「…」

『ユウ』



 手を引いて抱きしめる。
 神田がやっと目を見開き黒凪を見た。
 あぁ、好きだなぁ。
 でもそんな言葉を伝える事は出来なくて。
 …こんなに好きになるだなんて思ってなかったんだ。私がアルマに成り代わったと気付いた時は。



「…黒凪?」

『……、』



 神田が黒凪の後ろで立ち上がったスキンに目を見開いた。
 好きだよユウ。…この言葉は決して声にならない。
 最期の力を振り絞る様に放たれた攻撃を黒凪のイノセンスが受け止めた。
 スキンに見向きもせず一層強く抱きしめてくる黒凪に神田が目を向ける。



「おい、」



 神田の声に小さく笑って体を離し立ち上がったスキンに目を向ける。
 赤く染まったイノセンスの刃が一瞬でスキンの首を刎ねた。
 飛んだ首の口が微かに動く。



「ノアは…死なない…」

『…でも、貴方は死ぬんだよ』



 スキンの身体も、頭も砂の様になって消えていく。
 振り返って扉を見ると崩れ去っていく寸前で、地面に膝を着いたままの神田を見ていると間に合いそうもない。
 完全に崩れた扉を見た神田は黒凪に目を向けた。



「…良かったのかよ」

『ん?』

「……お前なら、逃げられただろ」

『…ユウと会えなくなるぐらいなら死んだ方がマシ。』



 眉を下げた神田がドサッと地面に腰を下ろした。
 はー…と深いため息を吐く神田の前に黒凪がしゃがみ込む。
 ニコニコと微笑む黒凪に神田が小さく笑った。



「お前も物好きな奴だな。…俺と心中するかよ、普通」

『…何言ってんの。今度こそ心中させてくれても良いじゃん』

「あ?」

『…ふふ』



 何でもない。
 笑って言った黒凪に怪訝に眉を寄せる。
 側に瓦礫が落ち、2人に影が差した。
 落ちて来た瓦礫が同時に2人を飲み込み部屋が完全に崩壊する。
 外に居るミランダが耳を塞ぐようにして顔を伏せた。



「2人…、2人同時に時間が消えた…っ」




 声が出ない


 (愛の言葉だけは)
 (決して伝えられない。)


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