Long Stories

□蓮華の儚さよ
21ページ/30ページ



 本部襲撃編



「りなりぃー…、ぐすっ、りな、うえっ…りなりぃい゙ー」

「もー…泣き過ぎよ兄さん…」

「だって、だってリナリーの美髪…世界一のぉおお」

「いい加減邪魔ですわ室長。…あ、こら黒凪・カルマ。またイノセンスが発動してますよ」



 いやー…煩いあの男をどう締め上げようかと考えててね。
 じりじりと近付いてくるイノセンスに「ひっ」とコムイが跳び上がる。
 するとそのすぐ側に有る扉が開き大きな花束を持ったティエドールが入って来た。
 ティエドールは素直に布団の上に居る黒凪を見ると微笑ましいものを見る様な目でにっこりと笑った。



「やあ、黒凪ちゃん」

『…ユウはー?』

「ユーくんはまだ病室だよ。僕はその代わりにならないかい?」

『…(ならないって言ったら泣くかな…)』



 ん、と両手を伸ばした黒凪を「やっぱり黒凪ちゃんは素直だねえええ」と思い切り抱きしめるティエドール。
 抱きしめられた黒凪は「違う!花束!」と暴れた。
 そんな中で開かれた扉に全員の目が向く。
 そこに立っていたのは神田で婦長の目がギラリと光った。



「こら!今すぐ病室に…」

『ユウ!』

「わー!ティエドール元帥が飛んで来たー!」



 ぽいっとティエドールをコムイの真上に放り投げ黒凪がベッドを一蹴り。
 それだけで離れた扉の前に立っている神田に抱き着く事が出来るのだから彼女の身体能力は大したものだ。
 己の真上を跳び越えて行った黒凪に目をひん剥いていたミランダは神田と黒凪を見るリナリーに眉を下げる。
 彼女は2人の様子にただただ嬉しそうに笑顔を見せていた。



『やった、ユウに会えた!』

「……」



 リナリーが微かに目を見開く。
 神田が黒凪の様子を見て安心した様に微笑んだ為だ。
 しかしそんな2人に水を差す存在が1人。
 2人の間に手を差し入れぐっと引き離した婦長に2対の目が振り返る。



「すぐさま病室に戻りなさい神田ユウ!ほら、ティエドール元帥と室長も面会は終了!」

「ええ!?そんな、リナリィー!」

「チッ、離せクソババア!」

「面会終了なら仕方ないね、大人しく帰ろうかユーくん」

「その呼び方止めろっつってんだろこの」



 バタンッと閉じられた扉に病室がシーンと静まり返る。
 やがてリナリーを筆頭にくすくすと笑い声が響いた。
 黒凪も後頭部を掻くとすたすたとベッドに戻り発動してあったイノセンスを解除する。
 ベッドの上で胡坐を掻いた彼女は窓から空を見上げ、外出許可が下りる事を只管待った。




























 それは病室からの外出を許可され食堂で昼食を食べていた時の事。
 ヴァチカンの監査官達が本部に訪れ各支部長やコムイなどを交えて会議をしていた事は知っていた。
 その会議が終わった頃だろう、あの男が姿を見せたのは。



「初めまして。本日から君を監視する任に着きました、ハワード・リンク監査官であります」



 わー、本当に2つほくろが付いてるや。
 黒凪にとっての最初の感想はこれであったが、皆は勿論別で。
 "監視"という言葉に眉を寄せ共に食事をしていたラビやリナリーが席を立った。



「監視!?監視ってどういう事!?」

「そのままの意味でございます。詳細はどうぞ室長に伺ってください」

「っ…!」



 走って行ったリナリーを皆が見送り眉を寄せてリンクを睨む。
 そんな中でリンクの目がチラリと黒凪に向けられた。



「黒凪・カルマですね。ルベリエ長官がお待ちです、現在は室長室におられますので今すぐ向かってください」

『…えー…今すぐ?』

「はい。」



 リンクの眼光をじっと見つめると食べかけのうどんを放置し気だるげに室長室へ向かった。
 室長室に入ると先程飛び出して行ったリナリーがソファに座るルベリエを見て震えている。
 対するルベリエは気にした様子も無く笑顔でリナリーに語り掛けていた。



「当分本部に留まる事になってね。君のイノセンスについての検査もさせてもらいますので――」

『お呼びですか、ルベリエ長官。』



 リナリーの肩を抱いて言った黒凪にルベリエの言葉が止まった。
 黒凪の目がルベリエの側に置かれた皿に向く。
 其方に近付く様にしてルベリエの視界からリナリーを隠した。



『あ、それが噂のケーキですか?新作?旧作?』

「勿論新作だとも。よければどうぞ。」

『ワーイウレシイナー』



 イノセンスでリナリーを出口に誘導し部屋から押し出す。
 すると外に居たリーバーが気を利かせてリナリーを連れ帰った。
 そんなリナリーを見送ったコムイはケーキを頬張る黒凪を見て口を開く。



「ルベリエ長官、黒凪ちゃんに一体何のご用件で…?」

「あぁ、そうそう。室長である貴方にも訊いて頂きたいお願いでしてね」

「お願い…?」

「ええ。黒凪・カルマを少しの間私に預けて頂きたい。」



 ガタッとコムイが立ち上がる。
 黒凪は「来たか」と目を細めた。
 一体何をなさるおつもりですか。
 目付きを鋭くして言ったコムイにルベリエがにっこりと笑う。



「何、ただの検査ですよ。」

「検査…?」

「部下から報告を受けています。彼女の再生能力は既にかなり衰えてきている」



 今ではもう一つの被検体である神田ユウの血液が無ければ通常の速度で再生が出来ない程の状態であると。
 そうですね?向けられた目を静かに見返し目を逸らした。
 否定しない黒凪に驚いた様なコムイの目が向けられる。



「…黒凪ちゃん、今、君の胸の呪符は…」

『…まだ辛うじて生きてる』

「っ、("辛うじて"だなんて…っ)」

「その解決策を模索する為の検査です。多少時間は掛かるかもしれませんが、必ず此方に戻れるようにしますので。」



 にこにこと笑って言ったルベリエにコムイの怪訝な目が向けられる。
 すると化学班の1人が報告書を抱えて室長室に入った為一旦会話が途切れてしまった。
 そのタイミングを見て立ち上がったルベリエは黒凪に目配せをして部屋を出て行く。
 少しの間黙って立っていた黒凪もその後をついて行く様に出口に向かった。



「黒凪ちゃん!」

『…』

「…ついて行くつもりかい…?」

『……分からない。』



 でもついて行くか行かないかは私が決める。
 そんな言葉にコムイが歯を食いしばる。
 それ以上は何も言わずに出て行った黒凪は少し離れた位置で立っているルベリエを見上げた。
 彼は側の扉を示すと中に入り2人で向かい合って座る。
 気配で分かる、外には彼の部下が誰も入って来られぬ様にと見張っていた。



「…君には極秘の任務を任せたい。」

『……』

「現在化学班が調査を開始しているアクマの生成工場の卵を知っているね?」



 小さく頷いた。
 結構、と笑ったルベリエは指を組み鋭い目を黒凪に向ける。
 実は今、新しい計画を考えていてね…。



「君と神田ユウ…人造使徒計画で生み出されたセカンドエクソシスト。それに続くサードエクソシストの誕生計画だ」

『…また安易な名前を』

そこかね。

『良いから続けて。』



 ゴホン、と咳払いをして再び話し始める。
 …とは言っても彼が要求してくる事は大体理解している。
 どうせ私に、



「君にその計画の手助けを頼みたい」

『(そら来た)』

「あぁちなみに、この計画の手助けはセカンドエクソシストにしか務まらない事だ。…つまり君か神田ユウしかないのだよ」

『…何故最初に私に声を掛けたんです?』



 その理由は君も分かっている筈だがね。
 ルベリエの言葉に目を細めた。
 君が既に壊れかけている為、そして。
 罪を犯した為だ。
 雲に太陽が隠れたのだろう、部屋が少し暗くなる。



「君は教団の研究員46名を惨殺している。本当はその危うさから処分されていても可笑しくない程の事だ。」

『……』

「だが研究所のあったアジア支部から逃げた君達をすぐに処分しなかったのはセカンドエクソシストの有能性があったからこそ。」



 しかし今の君は既にいつ倒れてもおかしくない。…ならば。
 最後の最後まで有効活用していきたいじゃないか。
 人として見ていない様な彼の言動に、特に激情は起こらなかった。



『…解りました。その計画に協力します』

「それは良かった。」



 結局はこうなるか。…そう思った。
 運命に負けたくはないと言っていても、やはり何も変わらない。
 ユウは変わらずあの人を探し続けていて、私もアルマと変わらず彼に本当の事を告げられていない。
 でもきっとユウは私を犠牲にする。あの人を探す為に。



『(その予想が現実になる瞬間を見るぐらいなら)』



 素直にルベリエの計画に私が賛同した方が何倍も楽だった。
 大丈夫、私は絶対にユウを傷付けない。
 首が締まる。声が出ない。
 ああもう、この人も融通が利かないな。



『(折角女になったんだ、別に良いじゃないか)』



 生まれ変わった者同士で約束を守れば良いだろう。原作の様に男に生まれ変わったわけじゃない。
 首が締まる。嫌だ、嫌だと頭の中で声が響いた。
 …この人は私を自分だと受け入れてくれていない。
 ユウはそこまで昔の自分に囚われていないのに、どうして私は此処まで囚われているのか。



『(そんなに大好きだったの、)』

《あの人の元へ連れて行って》

『(私に取られたくない程)』

《私を置いていかないで》



 だって貴方は私じゃないじゃない。
 目を見開いた。
 …初めて聞いた、記憶の中のものではない声。
 思わず笑みが零れる。
 そうか、そりゃあそうだ。



「黒凪・カルマ。聞こえているかね」

『(私は元々アルマじゃないんだから)』



 あんたが嫌がるのも無理ないか。
 ぽた、と机に落ちた涙にルベリエが微かに目を見開いた。
 私じゃ駄目だった。アルマにはなれなかった。
 ユウや皆は知らなくても魂だけは分かっていた。
 …私が異分子である事を。



≪敵襲!!≫

『「!」』

≪第五研究室にアクマ出現!入り口が敵により封鎖中、中に入る為には方舟3番ゲートを通る以外に道は無い!≫



 ノイズ・マリ、ミランダ・ロットー、黒凪・カルマ、元帥は全員至急3番ゲートへ。
 第五研究室…生成工場の卵か。
 呟いたルベリエの前で立ち上がった黒凪は涙を拭いイノセンスを全身に巻き付ける。
 そんな黒凪にルベリエの声が掛けられた。



「大事な卵だ、最優先で護ってくれ」

『…そうするかどうかは私が決める』

「……。」



 部屋を出て行く。
 まだ無線ゴーレムからの連絡は途切れていない。
 現在エクソシスト2名が交戦中。
 その言葉から名の呼ばれていないアレンとブックマンだと想定出来た。
 他に呼ばれていないエクソシストは全員イノセンスが壊れ使い物にならない者達だろう。



「これが方舟かァ?」

「早く入れば良いだろうが」

「行くぞ」

『っと、』



 元帥達の背中を見つけて側に着地するとティエドールが振り返った。
 全身に巻かれている包帯が徐々に藍色になり、黒凪の顔も両目を残して覆っていく。
 そうして両目が黒から赤に変色した。



『紺色ノ断頭台(ベーゼ)』

「行けるかい」

『ん。』



 小さく頷いて方舟に乗り込む。
 一足先に第五研究室に入り込んだミランダがマリに抱えられイノセンスを解放する。
 既に生成工場の卵は敵の方舟によって飲み込まれた後だったが、ミランダの時間吸収(リバース)によって本部に戻ってきた。
 その卵に乗り移り各々イノセンスを構える。
 卵の天辺に乗っていたアレンは現れた元帥達と黒凪に目を見開いた。



「方舟、中々良い仕事してくれるじゃねェか」

「やれやれ、大量だな…」

「大掃除と行きましょうや」

「……」



 元帥達に混じって現れた黒凪がコキ、と肩を鳴らす。
 紺色の包帯に覆われた黒凪にアレンが目を向けていると赤い瞳が振り返る。
 目が合った黒凪は微笑む様に目を細めた。




 本部襲撃


 (また初めて見る色だ…。一体何色あるんだろう…)
 (ふむ、黒凪があの色で戦ってくれるなら僕は防御壁を作るだけで良いかな)
 (あ?そんなに信用出来んのか?)
 (どこぞの不良よりはね)


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ