Long Stories

□蓮華の儚さよ
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 北米支部・アルマ=カルマ編



「丸刈りになるのはそっちですよバ神田ァ!!」

「ってめ…このエセ紳士野郎が!」

「師匠がエセなもので、ね!」

「ぐっ」



 かれこれ1時間はあのように組手と言う名の喧嘩または殴り合いをしている、と今しがた車椅子に乗ってやってきたジョニーにラビが言った。
 なーんか2人共機嫌が悪いんさ。扱い辛いったらありゃしない。
 そう言って「ははは」と呆れた様に笑うラビは神田を見て眉を下げる。



「ユウがイラついてる理由はまあ…」

「あー…、黒凪か…。今集中治療室だもんね…」

「その集中治療室に入って1週間さよ?長くね?」

「襲撃直後は元気そうだったのにね…」



 ジョニーの言葉に「うんうん」と頷くブックマンやラビ、マリ。
 彼等エクソシストや化学班にも集中治療室に連れて行かれた黒凪の事は何1つ耳に入って来ていない。
 彼女はどうなってしまったのか、彼女は今何をしているのか。…彼女の容体はそれほど悪いものなのか。何も。



『――貴方も無茶な事を部下に頼むもんですね』

「これは戦争なのですよ。私の部下も無茶だなんだと言っていられる場合ではないと分かっているのでしょう。」

『…戦争の指揮をする貴方はご立派なんですねえ』



 そんな嫌味に何も返さずルベリエは1週間ほど前から黒凪の身体を調べている数人の科学者の元へ向かった。
 彼等はルベリエの部下達なのだろう、随分と恐縮した様子で獲れたデータの事やらを話している。
 "計画に耐えうるだけの体力はまだ残っている様です" "しかし実験を行えば本人はもう…"
 物騒な会話が聞こえてくる。…やだなあ。モルモットの気分だ。



『ルベリエ長官。私はこれからどういった扱いになるんです?』

「…君は死亡した事となる。この間の襲撃の影響でね。」

『襲撃の後の元気そうな姿を見られていますよ』



 このまま姿を眩ませば確実に貴方に殺された様になってしまいますが。
 無表情でそう言った黒凪にピクッとルベリエの眉が歪む。
 …なーんて嘘でえ。顔を伏せて小さく笑ったままで言った黒凪が顔を上げた。



『最後にもう1回だけユウの顔見たいなって』

「ユウ…?…あぁ、セカンドエクソシストのYUか」

『そうそう。でもまあ無理でしょうし?…言ってみただけです』

「何故無理だと思うのかね?」



 え?そりゃあ…。
 黒凪の眠たげな目がルベリエを捉えた。
 あんた達が私を眠らそうとしてるからでしょうよ。
 そう気だるげな声で言ってガクッと頭が重みに負けて倒れ、ゆらゆらと頭が揺れる。



「…薬をどれだけ投与した?」

「かなりの量です。実験でもかなり多めに投与しないと効果が出ない可能性がありますね」

「全くセカンドは使えなくなると余計な手間がかかって仕方がない。…それでは黒凪・カルマを北米支部へ」

「はい」



 ルベリエが扉に向かって歩いて行く。
 完全に意識を失いぐったりとしている黒凪をチラリと横目で見て、彼は部屋を出て行った。
 ガタン、と重い扉が閉まった音がする。
 リナリーのイノセンスについての説明をコムイ達から受けていた神田がぴくりと眉を寄せ振り返った。



「呼び方が無いと困るし、僕等の方でリナリーのイノセンスは"結晶型"と……、…神田君?」

「………。」

「神田君?おーい。」

「ちょっと。聞いてんですかこのバ…」



 アレンの言葉に見向きもせず神田が室長室を出て行く。
 その行動にぽかーんとすると「ちょっと!」そう言ってアレンが神田の後を追った。
 神田は前方を睨む様にして焦った様に歩いて行く。



「何処に向かってるんですか神田!」

「(何処だ)」

「神田!!」

「るせぇ黙ってろ!!」



 神田の気迫に目を見開き、ぐるっと方向を変えた神田の後に続く。
 こんなに焦るなんて一体何が…、そう考えながらついて行っていると神田がぴたりと足を止め壁を無表情に睨み付けた。
 その様子をぽかーんと見ていると神田の鋭い視線がアレンに向く。



「おいモヤシ。この方向に方舟は」

「え、あ…ありますけど…」

「道は」

「左に行ってすぐ曲がれば」



 言い終わらぬうちに歩き出す。
 なんですかあの態度…!ギリッと歯を食いしばって彼の後をついて行った。
 やがて方舟のある場所に辿り着いた神田は今まさに方舟へと運び込まれんとしている担架を見て足を踏み出した。



「おい。それなんだ」

「!」

「(セカンドエクソシストの…!?)」

「なんだっつってんだよ!」



 明らかに激怒している神田にアレンがおろおろしていると「何の騒ぎかね?」と嫌な声が聞こえた。
 振り返った神田とアレンは現れたルベリエに眉を寄せ、途端にアレンも方舟に運び込まれようとしているものが気になり始める。
 ルベリエが関与しているのならあまり見逃したくはない。布をかぶっていて中身が何であるか分からないし、彼が関与すると途端に怪しく思えてくる。



「おやおやエクソシストのアレン・ウォーカーと神田ユウではないですか。」

「…」

「…ルベリエ長官。あの担架に乗せられたものはなんですか?」

「重症者ですよ。アクマに破壊された本部では対処しきれないものなので他の支部に移す所です。」



 誰ですか。間髪入れずにそう問いかけたアレンにルベリエがにっこりと笑う。
 ぎりっと歯を食いしばった神田がばれないように運び込まれようとしている担架に目を向けた。
 ビクッと固まった研究員達に神田がずかずかと近付いて行くとその行く手を阻む様にリンクがすっと割り込んでくる。



「これ以上の干渉は許されません。」

「リンク!?」

「チッ、退け!」

「何をしているのです。早く運び込みなさい。」



 ルベリエの命令に「は、はい!」と返答を返して研究員達が担架を運び込んでいく。
 アレンも眉を寄せてその担架に向かって行こうとするがすぐさまリンクが腕を伸ばして行く手を阻んだ。
 眉を寄せてイノセンスに手を掛けた神田だったが「神田君!」とコムイの声が掛かりぴたりと動きを止める。



「あぁコムイ室長。困っていたのですよ、神田ユウとアレン・ウォーカーが突然現れて邪魔をしてきたものでね。」

「!…ルベリエ長官…」

「おいユウ、何してんさこんなトコで!」

「神田、落ち着け!」



 ラビとマリが神田を羽交い絞めにする様子をアレンが眉を寄せて眺める。
 アレンは何故神田があそこまで必死に担架へ近付こうとするのか分からなかった。
 だが彼の様子から余程のものが担架に乗っているのだと推測できるし、放っておくことは心苦しい。
 眉を寄せて足を踏み出そうとしたアレンの前にすぐさまリンクが移動する。



「退いてくださいリンク!あの担架に乗っている人は誰ですか!」

「君が知る必要はない!」



 担架が方舟の中へと消えて行く。
 その様を見て動きを止めた神田にルベリエが呆れた様に息を吐く。
 全く何を思ったのか分かりませんが、あれは彼女の為でもあるのですよ。
 彼女。その言葉に神田がばっと振り返る。



「あれは死亡した黒凪・カルマの遺体です。」



 ルベリエの言葉に皆が目を大きく見開き息を飲む。
 …は…?と声を絞り出せたのは神田だけだった。
 君の前なら彼女もその予兆を見せていたのでは?
 畳み掛ける様に神田へ掛けられた言葉にアレンやラビが神田に目を向ける。



「とは言っても遺体の処理の為に送ったのではありません。彼女を助ける方法が無いかと北米支部へ送ったのですよ。」

「!」

「君と彼女に少なからず関わっている支部長の元へね。」

「…レニーの所か」



 眉を寄せて言った神田に「その通り」とルベリエがにっこりと笑った。
 さあ、彼女を運び出した理由が分かったのなら早く此処から立ち退きなさい。
 そう言って背を向けたルベリエに「お待ちください!」と声を掛けたのはコムイ。
 ルベリエが目を向けた先にいるコムイの顔色は悪い。



「…何故黒凪・カルマについて報告を下さらなかったのですか。」

「報告を流す時間が無かったのですよ。彼女が亡くなったのは先程なのでね。」

「それにしては随分とお早い決断の様に思えるのですが」

「ええそうです。貴方では彼女を無駄にしていたでしょう。」



 無駄!?彼女を物の様に言うのは…!
 そう声を荒げたコムイに「おっとこれは失礼。しかし貴方の手では彼女は救えませんよ」そう笑顔で言ったルベリエにコムイがぐっと歯を食いしばる。
 どうせ貴方なら彼女の死を受け入れ大層な火葬でもしたのでは?
 ルベリエの言葉にコムイの言葉がぐっと飲み込まれた。



「彼女は貴重な戦力なのですよ。死なせるわけにはいかない。」

「っ、ルベリエ長官…!!」

「神田ユウにとってもその方が良いのでは?…また会える可能性があるのであれば、我々に喜んで彼女を差し出すでしょう。」

「……」



 ユウに会いたい。そう言った黒凪の言葉を引用してルベリエが言う。
 彼の予想通り、神田はルべリエの言葉を肯定する様に何も言わなかった。
 もう方舟に向かって行く意志はないアレンをちらりと見てリンクがルベリエの後に続いて行く。
 ラビとマリの腕を振り解いた神田が何も言わず方舟に目を向けた。
 方舟を見上げる神田の表情は何とも言えないもので、皆何も言えず目を逸らす。


 
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