Long Stories

□蓮華の儚さよ
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 北米支部・アルマ=カルマ編



『あ゙ー…、くそ。なんで肉まで千切ってんの私…』



 現れた黒凪に「あ」とアレンが声を漏らす。
 今まで殆どが神田が主体の映像だったのに黒凪のものに変わった。
 実験室の中に血塗れで立っていた黒凪は普段の実験でイノセンスが置かれていた場所を覗き込む。
 そして一度その場に尻を着くと「あ゙ー…」とまた項垂れる。



『やっぱ余計な事せず賢くいようかな、そうすれば私は確実に助かる』

黒凪ー!

『でもなぁ』

まさか肉を千切ってまで逃げ出すとは…!



 でもあの子、良い子だもんなあ。
 黒凪の言葉にアレンが微かに目を見張る。
 いじいじしちゃってさぁ、弱っちくて口も悪いけど。
 …でも。きっと。



『人を助けようとする子は、良い子だ。』

「黒凪!こんな所に――…」

『エドガー先生、』

「こっちに、」



 ごめんね。私良い子には出来ないよ。
 そう言って穴に落ちて行く。下はイノセンスと、彼等の死体の安置室だ。
 黒凪が着地し、多く並べられた死体を見上げる。
 最初アレンはそれが何なのか分からなかった。だが黒凪の表情を見てそれが良いものでない事は何となく察しがついて。



「"炎羽"!」

『(おっと、悩み過ぎたか)』



 黒凪の身体を炎が包み、アレンが彼女の名を叫ぶ。
 当の本人はいつの間にか痛みに慣れてしまっていた自分に襲い掛かる途方もない痛み、熱さの中で必死に腕を持ち上げた。
 まだ動くか人形め。そんな鴉の言葉に上に居るエドガーの声が無線から掛けられる。



≪止めろ、その子は使徒だ!≫

「否。イノセンスを使って我々に抵抗しようとしている」

「此処で止めておくべきだ」

≪止めろ!黒凪は…!≫



 また鴉の炎羽が向かう。
 しかしそれより早く黒凪の手がイノセンスに届いた。
 …イノセンス。黒凪が掠れた声でそう呟く。
 動け、動け。…私は此処で、



「イノセンスが動く、」

「面白くなってきたぁ♪」



 あんたを使って、やらなきゃならない事がある。
 黒凪が目を細めた途端にイノセンスが解放され赤い刃が一瞬で横一門に駆け抜けた。
 ぼと、と鴉の切断された上半身が落下しゴーレムも真っ二つに裂かれて落下する。 
 他のイノセンスを包んでいた包帯の様なものが同時に切り裂かれ、その中身が露わになった。



『…なんだ、随分と物騒なイノセンスだなぁ』

「…あれぇ?当の黒凪よりアレンの方が驚いてるねぇ」

「……なんだ、あれは…」

「あれはセカンドエクソシストの本体だよぉ」



 聖戦の為に教団は非適合者へのイノセンス適合実験の末に適合者の人造化に目を付けた。
 これは戦闘不能になった適合者の脳を別の器に移植する事でイノセンスの適合権が移行するかの実験だったんだ。
 黒凪が己の意志に従って近付いてくる刃から滴る血を手で掬い上げる。



『…ねえ、良いよね。あんたの力を使っても。』



 あんたの大事な人を護る。…なんで私が護るのかって?
 1人でそんな事を言い始めた黒凪にあまりの衝撃であまり頭が回らぬままに目を向けた。
 私も気に入ったからだよ。あの人を。
 だから護る。私はあの人の為に生きる。



『だから、――殺す。』



 此処に居る全員を。
 そう呟いて目を開いた黒凪の目は何処までも冷たく冷え切っていた。
 ――見たいなぁ。そんな穏やかな声に黒凪が徐に頭を片手で抑えた。



《いつか2人で、――おじいさんとおばあさんになっちゃっても。》

『っ、ごめん、今は止めてホントに…。頭痛くて殺し損ねたらどーすんのよ…』

「この声って神田の…?」

「面白いでしょお?黒凪って神田ユウが愛したあの女の人の脳を生み込まれた人造使徒なんだよぉ」



 ロードの言葉にアレンが目を見張り眉を寄せる。
 どういう経緯かあの子は全部分かってたみたいなんだよねぇ。自分の正体も、神田ユウの正体も。
 それでもその事を言えずにずっと我慢して大好きな神田ユウの為に頑張って来たのぉ。
 その言葉に「なんで、」とアレンが呟いた。



「えー?そんなのも分かんないのぉアレン」

「え、」

「好きだからに決まってるじゃん。女の子ってそんなもんだよぉ?」

「…好きなのに、本当の事も言えず」



 好きだって事も言えずに。そして、
 集まって来た研究員達に黒凪の目が向いた。
 彼女の目は狂気染みてなどいない。明確な意思を持って今から殺そうとしている。
 …神田の為に…?アレンがそう呟いた。



「止めてくれ黒凪!なんでこんな事を!」

『ごめんねエドガー先生。私皆の事嫌いじゃなかったよ』

「じゃあなんで…!!」

『だって』



 どっちかがやらなきゃ。そう決まってるんだもん。
 無表情に言った言葉にエドガーとトゥイが眉を寄せる。
 ユウか私が殺さないとこの先に何が起こるか分からないんだよ。
 で、多分私がやる方がこの先の展開が読みやすい。



「何を、言って」

『私ユウと一緒にいたいの。…ごめんね』



 赤い血が舞う。苦しまない様に2人同時に殺した。
 エドガーとトゥイを、同時に。
 落ちた亡骸を眺めてうぷ、と口を覆って嘔吐する。
 そして一緒に流れた涙にアレンが眉を寄せた。



『っ、あぁもう、』



 ユウは何処。
 そう呟いて歩き始める。
 その姿はアレンがよく知る彼女の姿で。
 よく知る、神田の為にと行動する彼女で。
 …よく知る、
 アレンの目から涙がぽつりと落ちる。



「…そっか」

「?」

「そういう、ことか」



 そう呟いて目を伏せた。
 ユウに会いに来ただけ。そんな風に笑顔で言っていた。
 ユウが居ないと嫌だと、そうも言っていた。
 彼女にとってこの日からそうだったんだ。



「…黒凪は、」

「…」

「神田以外はどうだって良いんだ」



 そう思っていないと、壊れてしまうんだ。
 そう呟いたアレンの言葉にロードの目がふらふらと歩いて行く黒凪に向けられる。
 そうかなぁ。…もう壊れてると思うんだけどなぁ。
 そんな言葉はロードの口からは放たれなかった。





























 道の先々で研究員達を殺しながら安置室へ向かう。
 血塗れになりながら辿り着いた安置室の中から眩い光が洩れた。
 共に神田の苦しそうな声も聞こえてくる。



『ユウ、』

「どうして会いたい気持ちが捨てられねぇんだよ!!」

『……。』



 響き渡る神田の絶叫に黒凪が息を飲み、足を止める。
 そう。…そうか。会いたいか。
 黒凪がそう呟いて目を伏せる。
 やがて光が消え、ドォンッと大きな音が響いた。



『…ユウ』

「!」



 イノセンスで扉を開いて名前を呼べば、彼の最高にイラついた顔が此方に向いた。
 しかしすぐにぽかんとした顔をすると「黒凪」と嬉しそうに笑う。
 その顔を見て目を見開いた黒凪も徐に笑顔を見せると血塗れの刃を後ろに寄せて彼に抱き着いた。



『…無事だった?』

「…まあ、なんとか」

『…良かった』



 少しぎこちない会話だった。
 神田の目が何処に向いているのかなど分かってる。
 黒凪の背中から外に姿を見せている巨大な刃、そして真っ赤な血液。
 死臭の匂い。血の匂い。過去に嗅ぎ慣れた香りが鼻を劈く。



『…研究所の人達全員を殺した』

「!」

『此処から逃げよう。外に出て、…あんたの言う知らない女性を探しに行こう』

「…え」



 本当はね、全部分かってた。
 私が本当は死んでた事も、あんたが死んでた事も。
 何も知らない人間がその言葉だけを聞けば何も分からないだろう。
 しかし神田と黒凪だけは、その意味の分からぬ言葉の意味が理解出来る。
 私達は死んでいた。それに私も気付いていた。…ただそれだけで。



「…そ、うか」

『うん。…私は全然前の記憶が無いんだけど、一緒に探しながら思い出せたらなって』



 だから一緒に行こう。
 黒凪の言葉に神田が己に抱き着いている彼女の背中にイノセンスを持っていない片手で手を回した。
 …うん。そう返された神田の言葉に黒凪が笑って身体を離す。



『それじゃあ行こ――…』



 ピ、と機械音が聞こえる。
 すぐさま黒凪のイノセンスがその音の根源に向かった。
 しかしそこにあるのは頭に傷を負って倒れている男が1人。
 …あれ、マリ?そんな黒凪の言葉がアレンとロードの真上から降ってくる。



「(え、マリを知ってる…?)」

「このおっさん…」

『え、あ、知ってる?』

「あぁ。…お前に落とされた後に助けられた…」



 こいつも俺達と同じ実験に使われんのかな。
 そう悲しげに呟いて神田がマリの額の傷に手を伸ばす。
 その拍子に神田の血液が傷口に滴り落ち、じゅわ、と煙が上がった。



「うわっ!?」

『え、何あんたの血って発火すんの』

「んなわけ…」

「う、」



 え?と2人の声が重なりその目の前でマリが起き上がる。
 ええええ!?と声を上げた2人の声に微かに眉を寄せてマリが目を向けた。



「…ええっと、1人はこの前に会った少年だな…。もう1人は…?」

「あ、あぁ…こいつは俺と同じ…なんて言うか…」

『友達なの。…偶然倒れてたあんたを見つけて、2人で覗き込んでた』

「そう、だったのか。」



 黒凪が目を伏せ、暫し考える様に沈黙すると徐にマリに手を伸ばした。
 此処の外に出るんだ。私達。
 その言葉にマリが顔を上げる。



『一緒に出よう。マリ』

「…あぁ、そうだな。…あれ、君達に名前…」

『資料で見た。ほら、行こう』



 そう言ってマリを抱えた黒凪が神田と共に施設の外に出て行く。
 血塗れだった黒凪のイノセンスはいつの間にか背中から腹の方に移動していて、まるでマリを抱える事に支障を来さぬ様にと移動した様に見えた。
 2人で晴れた空を見上げていると神田が徐に涙を流す。そして徐に掠れた声で言った。



「…俺は、この空を知ってる」

『うん』

「…やっぱり知ってたんだな。ちくしょう…」

『…ほら、行くよユウ』



 足を止めたら負けだ。
 その言葉を残して歩き出した黒凪の背中は小さい。
 ――俺と同じ様に。




 負けて堪るか


 (この世界の勝ち負けの定義なんて知らないけど)
 (私は負けないって決めた。)
 (だからユウも負けさせない。)
 (ユウは私が護る)


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