Long Stories

□蓮華の儚さよ
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 北米支部・アルマ=カルマ編



 愛していると、言いたくなる時がある。
 響いた声にアレンが目を見開いた。
 ずっと側に居て欲しいと手を伸ばしたくなる時も、ある。



「(――これは神田の記憶じゃない)」



 笑っているお前が好きだと。…そう、言いたくなる時だって。
 神田のその言葉に外で記憶を引き出しているワイズリーが笑みを浮かべる。
 そうだ、そのまま自身の思いを吐露するのだ神田ユウ。
 そうすれば黒凪・カルマは余計に混乱し、そして壊れる。



「でも決まってそんな時にあの人の背中がちらついて」

「っ、…もう、止めてください」

「過去の俺の姿もちらついて。」

「止めろって言ってるだろ…!!」



 外でのうのうと、恐らく笑みさえ浮かべて聞いているであろう千年伯爵達に向けてアレンがそう叫ぶ。
 これは神田が誰にも触れられたくなかった記憶なんだ。
 黒凪が思い出したくなかった記憶なんだ。
 この神田の想いは、



「――だから俺は」

「これは他人が勝手に覗いていいもんじゃない!!」

「結局この想いをあいつに伝えられないまま――…」

「神田もいつまでそうやって馬鹿みたいに操られてんだ…!!」



 ぐぐ、とアレンの本体が気を失ったままで動き出した。
 そして徐に振り上げられた拳にワイズリーが目を見開いた途端に、迷いなく振り下される。
 神田の額に直撃した拳は難なく彼を殴り飛ばし、その衝撃でワイズリーの術が解けワイズリーも痛みに悶える様に倒れ込んだ。



「わー…、イノセンスで額を容赦なくぶん殴ったねぇアレン…」

「元々僕等は容赦する様な仲でもないんで…!」

「ぐおー!痛い!額が割れるううー!!」

「あちゃあ、ワイズリーもアレンの一撃で悶えてるや…」



 でもちょーっとだけ遅かったかなぁ?
 そんなロードの言葉に「え」と目を見開いたアレンは背後で動き出した配管に振り返る。
 うねうねと生きている様に動く配管は倒れていたトクサを捕まえてぐんっと黒凪から離していく。
 アレンの足元も崩れ、彼がどうにか体勢を立て直し顔を上げるとジョニーやバクも配管に挟まれ身動きが取れないで居た。



「っ、伯爵…!」

「イヤァ〜、セカンドエクソシスト計画は本当に恐ろしい計画でしたネェ♡この悲劇の物語を君に見せたくて彼等を生かしていたのですよ、アレン・ウォーカァー♡」

「アレン・ウォーカー!!」



 トクサの声にアレンがはっと振り返る。
 母胎を…黒凪・カルマを止めろぉおお!!
 そんなトクサの必死の叫びに黒凪に目を向けたアレンは「まずいぞ…!」と顔色を変えたバクに目を向ける。



「黒凪・カルマの憎悪が体内のダークマターのエネルギーに変換されている…!」

「アレン!!黒凪がAKUMAになっちゃうよ!」



 お願い止めて――、そんなジョニーの言葉と同時に黒凪から一気に光が溢れ出した。
 暴発する様に起きた衝撃にアレンの視界が真っ白になる。
 周辺が衝撃で破壊しつくされた中でゆっくりと立ち上がった黒凪に千年伯爵が笑みを深めた。
 しかしその姿に笑みを一瞬だけ引き攣らせ「オヤ…?」と小首を傾げる。



「てっきり完全にAKUMAになるものだと思っていましたヨ♡黒凪・カルマ♡」

『…何言ってんのさ』



 半分AKUMAなんだから、どうせ人間には戻れやしないよ。
 そう言って悲しげに笑みを浮かべた黒凪の正面に神田が足を止める。
 ゆっくりと黒凪が神田に目を向けた。
 彼の身体の半分をAKUMAウイルスが侵食している。



『…おはよう、ユウ』

「……あぁ。随分と長く寝てたな」



 そんな、中身のない言葉が当たり前の様に交わされる。
 神田はぐっと六幻を握って徐に口を開いた。
 なんでAKUMAになりやがった。
 真っ直ぐに此方を見て放たれた言葉に黒凪が「そうねえ、」と目を伏せる。



『…なんでだろうねえ』

「……なんで本当の事を言わなかった」

『…やっぱさっきの見てたか』



 …お前があの人だったんだな。
 眉を下げて言った神田に困った様に笑うと「なんで言わなかった」とまた同じ質問が飛んでくる。
 んー…、と白くなった己の髪を黒凪ががしがしと掻いた。



『あの人が生きてるかもしれないって言う希望であんたは生きてたわけでしょ?…私だって死んでるなんて言いたくないしさ』

「…また俺の為だとかくだらねえ理由でか」

『当たり前じゃん。私はずっとあんたの為だけに行動して来てんだから。』

「…なんでそこまで俺の為に動く」



 ちらりと青白い色になった彼女の瞳が神田に向けられる。
 あんたホントに分かんないの?
 逆に問い掛けられた彼女の質問に「あぁ」と神田が迷いなく返答する。
 黒凪は呆れた様に息を吐いた。



『ほんとあんたって他人に対して疎いよね』

「あ゙?」

『あんたを理由にしないと怖いからだよ』



 黒凪の言葉に神田が目を見開いた。
 …私ね、もう生きる理由なんてないんだよ。
 私は死んだの。…死んでた筈なの。
 …でもなんか知らないけど生き返ってさ、なんか生き返った先が酷い状況でさ。
 死にたいと思ったけど、怖くて死ねなかった。そのままずるずる生きてたら、あんたが現れた。



『私はあんたを理由に生きてるだけだよ。あんたが居ないと今までこの世界でやって来た事が全部無駄な様な気がしてくる。』



 今までやって来た事が全部間違いだった様な気だってしてくる。
 だからあんたを必死に護って、あんたの為に笑って、走って、戦って。
 そしたら、



『(…あんたを、好きになって)』

「…?」



 黙った黒凪に神田が小首を傾げる。
 暫し言葉を止めた黒凪がゆっくりと神田を見上げた。
 ――あんたの記憶を見て、理解したの。私。



『私、あんたに依存しなきゃ生きられないからあんたの事好きになったんだ』

「!」

『あんたが好きなのか、生きる為に必要だから好きなのか。…もう分かんない』



 あんたの事大好きだけど、あんたの気持ちを聞いて怖くなった。
 …あれ、私の事なんでしょ?
 そう言われて神田はすぐに「あぁ」と彼女の言葉を肯定した。
 ワイズリーによって引きずり出された俺自身の気持ち。言葉。
 今まで過去の俺にせき止められていた、俺自身の。



『私の中でもあんたと同じ事が起きててさ。昔の私が私自身の気持ちを言わせてくれなかった』

「……。」

『でもまさかあんたの方も同じだとは思ってなかったなぁ。まさかとは思ったりしたけど、まさかねぇ…』

「…それの何が怖い」



 分かんない?…私は今まであんたの為に生きて来たんだよ。
 あんたがあの人に会いたいって言うから、今までその言葉を信じて動いて来たの。
 あの人の事を墓まで持っていくつもりで私はこの実験に参加した。
 あんたに私の事がばれるなんて思ってなかった。だってそんな予定はなかったんだもん。



「…予定?」

『でもなんなのさ、さっきの』



 今更私が好きだとか、ずっと側に居て欲しいとか。
 ぽたた、と涙が地面に落ちていく。
 もう私半分AKUMAになっちゃったじゃないの。
 震える彼女の声に神田が目を伏せた。



『必死にダークマターに抵抗したけど駄目だった』



 涙が黒凪の両目から溢れ出す。
 …彼女の涙を見たのは、二度目だった。
 今まで彼女は俺の為だと言って、ずっと俺が安全な様に俺の前を歩いていた。
 時折激励する様に厳しい言葉を吐きながら、ずっと俺の背中を押してくれていた。



『(神様はやっぱり酷い)』

「……、黒凪」

『…うん。分かってる』



 こうなれば、私達が出来る事はたった1つだけ。
 原作通り。恐らく神様の筋書き通り。
 神田がイノセンスを構え、黒凪が神田を睨む。



『…戦おう、ユウ。本気で』

『あぁ。…俺はお前になら殺されても良い」

『私も同じ。あんたに破壊されるなら死んでも良いよ』



 …言っとくけど、あんた私に喧嘩で勝てた事無いよね。
 あ?ふざけんな。あれは勝たせてやってただけだ。
 そんな風に笑って言葉を交わしてから走り出す。
 トクサによって護られていたジョニー達の安否を確認したアレンが、ぶつかり合った2人にばっと目を向けた。




 勝てない。


 (結局神様の筋書き通りか)
 (ごめんねユウ)
 (私もあんたも惨敗だわ、これは。)


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