Long Stories

□世界は君を救えるか
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  烏森への一歩


「(裏会実行部隊…って事は夜行!? そこって確か…)」

「…はっ、嘘付くなよこの妖野郎! 邪気をぷんぷんさせやがって!」

「……よく考えろ。妖は昼間に派手に行動は出来ない。その上俺の側にはお前と同じ結界師が立ってるだろ。」



 少年と女生徒の目が黒凪に向いた。
 確かに間黒凪と名乗った少女は志々尾限と名乗る彼の頭を今しがた一度結界で殴っている。
 だが、まだ半信半疑の良守の手元にため息を吐いて限が己の携帯を投げる。
 咄嗟にそれを受け取った良守はその画面を見て通話中だと察すると、徐に耳元にそれを持っていく。



≪…あ、もしもし? 限?≫

「な、兄貴!?」

≪あれ? 良守か?≫

「は、おまっ…何なんだよあの2人は!?」

≪言ったろ? 俺のトコから派遣したんだよ。≫



 聞いてねーよ!
 そう言ってブツ、と通話を切った良守は限に携帯を投げ返す。
 受け取った限は良守の「どうして夜行が出てくる」と言う言葉に携帯から顔を上げると黒凪を見下した。



『うん? ああ、説明?』



 頷いた限に黒凪が良守と時音に笑顔を向ける。



『正統継承者の君たちのことだから薄々気付いているだろうけれど、どうやらこの烏森を狙っている組織がいるそうで。』

「…組織ですって? それはつまり人間が、ということ?」

『いい質問だけど…それは違う。前例がないことだけど、妖が組織を組んでいるらしくてね。』



 そこまで言うとすでにどうして我々が派遣されたのか理解できたことだろう。
 悔しそうな表情を浮かべているが、良守も時音も顔を見合わせ小さく頷いた。
 己自身、力不足だということは認めたくないのだろう。
 しかしこちらも事実を述べているし、やはりただの子供ではない。
 2人とも正守君の意図を甘んじて受け入れることにしたようだった。
 しかしそんな2人に気持ちよくこの状況を受け入れさせない人物が、一人。



「正当継承者がその様だからな、頭領も仕方なくこの措置を取ったんだろう。」

「っ!…確かに俺は今力不足だろうがな! いつの日かあいつは超える!」



 良守がいらだちを隠せず限の首元を掴んだ。
 その行動にも表情を変えない限に眉を寄せた良守。
 良守は更に言葉をぶつけようと口を開くが、真上からぶつけられた緑の結界に言葉が途切れる。
 その結界は限の後頭部にも直撃しており、同時に座りこむ形になった良守と限。
 限は一瞬黒凪を見上げたが、その結界がすぐに良守の背後に立っている女生徒が作り上げたものだと理解し、そちらに目を向ける。



「真昼間っから暴れてんじゃないわよ! いい加減にしなさい!」

「っ〜! 時音! お前男の勝負に…」

「結。」

「いった!?」



 次は横から結界をぶつけられ、転がっていく良守。
 それを見た限は「おおお…」と珍しく多少引いている様子。
 そして時音が黒凪と限を睨む様に見下すと、限がすぐに立ち上がり黒凪の前に腕を出す。
 反射的に私を護るような体勢を取った限に黒凪が少しだけ目を見開き、小さく笑みを浮かべた。



「君も夜行の人間なら時と場所は弁えなさい!」

「…………」

『そうだね。…だから悪い部分は真似をしないようにと言ったのに。』

「…。」



 時音の言葉に無表情に返す限だが、黒凪の言っている意味を理解したのかそちらには少しバツの悪そうな顔をした。



「それにあなたも止めに来るのが遅いわ! 昼間に突然邪気を感じたこっちの身にもなってもらわないと!」

『…うん、それは申し訳なく思っているよ。』



 素直に謝った黒凪に少したじろぐ時音。
 その制服から良守と同じ中学生だと理解している時音だがその飄々とした態度に黒凪への接し方を模索しているようだった。
 そんな中でも限は何も言わず、徐に立ち上がると屋上の扉に向かって歩き出す。
 途中で限と時音の肩がぶつかり限が目を見開いて振り返る。
 その怯えた様子を見た時音は微かに目を見開き黒凪は目を細めた。



『限、昼からの予定は覚えてるね?』

「…あぁ」



 生返事だけ残して去っていった限を見送り、黒凪が改めて地面に座り込んだままの良守に手を伸ばす。
 その手を素直に取って立ち上がった良守を見た黒凪は「またあとで、ゆっくり。」と言うと結界を使って空中を移動しそのままどこかに姿を消した。
 一方の良守と時音も目を合わせると、とりあえず授業に戻るため、そのまま屋上を後にする。























 場所は変わって雪村家。
 学校を早退した限と黒凪は制服のまま雪村時音の祖母、時子を訪ねていた。
 黒凪から手渡された手紙を黙読していた彼女は徐に手紙を閉じ、顔を上げる。



「…解りました。あなた様が補佐に回られるという事実、真摯に受け止めます。」

『いや…そんな風には思わずに。何も君たちを信用していないわけではないからね…』

「いえ、確かに組織的な妖の相手は当代では荷が重いでしょうから。」



 眉を下げた黒凪を一瞥した時子は「泊まる場所はございますか?」と申し出る。
 しかし黒凪はその言葉にすぐに「お気になさらず」と返し、限と共に雪村家を後にした。
 扉を閉めてから数歩、隣の墨村家へ向かう際中に限が徐に口を開く。



「…相当な術者だな」

『うん。あれは歴代の中でも上位に入るだろうね。』



 そんな軽口を一言二言交わし、すぐ隣に位置する墨村の屋敷へ。
 チャイムを押せば、こちらには正守の話が通っていたのだろう
 眼鏡を掛けた男性がすぐに笑顔で2人を迎え入れた。



「正守から話は聞いてるよ、どうぞどうぞ。」

『ありがとうございます。』

「ありがとうございます…」

「ごめんね、今から探して来るから。」



 ぱたぱたと忙しそうに現在の墨村家当主、墨村繁守を探しに行った修史と名乗った男性。
 暫し沈黙が降り立ち、ふと限が思い出したように口を開いた。



「なんで頭領は俺を派遣したんだと思う?」

『うん?』

「俺より、翡葉さんの方が適任なのに…」



 この任務にも、お前にも。
 先ほど出された緑茶の水面を見つめてそう言った限に黒凪が目を向ける。



『正守君には正守君なりの考えがあるんだろうねえ。それを見つけるのも今回の任務の一つだったりして。』

「……」



 いまいち納得のできていない様子の限を横目に緑茶を啜る黒凪。
 それ以上は何も言うつもりでない彼女の様子に限も諦めた様に湯飲みに手を伸ばす。
 と、「ただいまー」と言う良守の声に限は口元に湯飲みを運んでいた手を止め、そのまま口をつけることなく湯飲みを机に戻した。



「腹減ったー…、てか父さんどこ行ったんだよ…」

『先ほどぶりだね、良守君。』

「あ、昼間はどうも…ってああー!?」



 大きな声に目を見開いた黒凪はなんだなんだと良守を見上げた。
 一方良守はわなわなと震える指先を限と黒凪に向ける。
 そんな中「待たせてごめんね」と帰ってきた修史に良守が振り返った。



「父さん!?なんで此処にあの2人が…」

「何じゃ、騒がしい」

「あ、お父さん…。何処行ってたんですか?お客さん来てますよ」

「はあ!? 繁じいの客ぅ!?」



 あーもう黙ってなさい、そう修史に咎められ、修史に連れられて退室した良守。
 そして繁守は黒凪を見ると一瞬動きを止め、限と黒凪の前に腰を下ろす。



「…娘の守美子、そして孫の正守から一報は受けております。まさか私めの代であなた様と再びお会いすることになるとは…」

『よしてください。私などただいたずらに年老いているだけですから。』

「いや…私も一端の術者。あなた様の力に感服するばかり…」

『いやいやそんな…』

「…こちらとしても現在こちらが力不足であることはよーく分かっております。どうぞ、これからよろしくお願いいたします。」

『…こちらとしましても、元々これは両家を信頼して任せた仕事です。あまり私は出しゃばらず、あくまで補佐として動きますので。』



 …そうして墨村家も後にした限と黒凪はそのままの足で正守が2人のためにと借りたアパートへ戻った。
 すでに外は夕暮れに差し掛かっている。
 限はアパートにつくや否やすぐに戦闘用の服に着替え、せわしなく今しがたかかってきた電話に対応する。
 おそらく正守であろう、相手の話を黙って聞いている様子の限に黒凪が目を向けると、彼女が着替えるつもりであることを察した限が携帯を肩で挟み部屋を後にした。



「―な!?」

『うん?』



 着替え終わった黒凪は外から聞こえた、珍しく焦ったような限の声に外に顔を出す。
 そして限が耳に押し当てている携帯に口を近づけた。



『正守君、また限をからかっているのかな?』

≪あ、黒凪? いやー、他の女の子ともしゃべれるようになれよって言ってたんだよ。大事なことだろ?≫

「…でも頭領、俺、そこの所はもう…」

≪えー、学校生活頑張れよー≫



 それでもめげない正守の言葉に一瞬だけ言葉に詰まった限だったがすぐに眉を下げて口を開く。



「だってあいつ等煩いし餓鬼だし、何より俺は1人が好きで…」

≪で?≫

「…いつか俺、黒凪の居ない所であいつ等壊します。」



 そう言って目を黒凪に向けた限。
 今も昔も、限が恐れていることは同じ。
 それを分かっている黒凪は眉を下げると、再び携帯に口元を近づけ正守にこう声をかける。



『正守君、良ければ限にどうして君が限を烏森に派遣したのか教えてあげてくれる?』

≪…ああ、それはね。限。≫

「はい…」

≪俺は良守とお前が合うと思ったから派遣したんだ≫

「…俺とアイツが?」

≪うん。黒凪はまあ…お前も分かっている通りある意味烏森に関することでは省くわけにもいかないってのもあるけど。≫



 ま、どれもお前の為だよ。
 そこまで聞いても、やっぱりまだ100%納得は出来ていない様子の限。
 そんな限に笑った黒凪は正守に「ありがとう」と声をかけると限に代わって通話を切る。



『それじゃあそろそろ行こう。もう夜になるから。』

「…ああ」



 徐に黒凪に背を向ける限。
 実のところ、黒凪の術者としての実力は頭一つどころかかなり飛びぬけているが彼女の唯一の欠点はその運動神経にある。
 謙遜するつもりはない。彼女のそれは全く役に立たないレベルで酷いのである。
 そのため任務や移動にまで運動神経の良い存在は必要不可欠となる。
 もちろん今回の任務で黒凪を運ぶ役は限となるのだ。

 限がいつものように黒凪を背中に乗せたまま走り、烏森へと向かう。
 そして烏森にたどり着いてから数分後。
 現れた巨大な妖を見つけた限がそちらに向かい、担がれたままの黒凪が結界で動き続けている妖を正確に結界で囲い、滅する。
 その間にも限は目についた小さな妖を片手間に斬り割き飛び上がって、それからずどん、と地面に着地した。



「っ!?」



 と、ちょうどそこには烏森にやってきたばかりの良守と時音が立っていた。
 ものすごい勢いで着地した限に多少なりとも驚いている様子の2人。
 そんな2人をにこやかに迎え入れようとした黒凪だったが…



「…遅ぇよ」



 そんな限の一言で早速2人の、特に良守の顔がむっと歪む。



「…俺達の補佐で来たんだろ。勝手な行動はするなよ。」

「お前が遅すぎるからだ。」

「なっ…」

『まあまあ。せっかく人手が増えたんだから、手分けしてやっていこうね。』



 笑って限と良守の間を取り持つようにいたって冷静に言った黒凪。
 そんな黒凪に同調した時音を見てぐうの音も出なくなった良守は舌を打って不機嫌そうに妖を探しに向かった。




 むかつく。


 (だー!気にいらねー!)
 (でも不思議よね、あの2人)
 (はあ!?)
 (黒凪ちゃん、だっけ。特にあの子…)
 (婆臭いよな。)

 (…ふふ。)
 (…)


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