Long Stories

□世界は君を救えるか
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  烏森への一歩


「だー! お前また!?」

「…お前等が遅いんだろ」



 怒りを全身で表現している様な良守と、無表情の限。
 2人の様子を遠目に見ている黒凪と時音は呆れ顔だ。
 もうお前に用は無い、そう言う様に去って行った限を見送った黒凪は、彼が戦闘の際に破壊した建物やらを直すための式神を取り出した。



『あの子もあの子なりに頑張っていると思うんだけれどねえ。』

「ケッ、どこが。」

『ごめんね。』

【…】



 笑って良守のそばで浮遊している斑尾にもそう声をかける黒凪。
 斑尾は少し複雑そうな顔をしたまま、なんと答えればいいのかわからない様子で目を逸らす。
 その表情に気が付いた黒凪は少し眉を下げ、倒れた木を結界で固定し修復していく。
 その様子を見ていた時音が徐に口を開いた。



「あの、黒凪ちゃん」

『うん?』

「貴方は何者なの?…結界師の術者は雪村と墨村以外では初めて会うから…」

『ああ…私は"間"。つまり君たちの開祖の直系だよ。』

「へー、開祖の一族も続いてたんだな。」

『続いてる…、うーん。』

【ハァ…はっきり言いなよ黒凪。アンタは開祖の実子だって。】



 そっか、と一瞬納得した時音。
 しかし次の瞬間には良守と共に顔を上げて黒凪を凝視していた。
 その数秒後に響いた「ええええ!?」と言う声に遠くに居た限も振り返り、黒凪はその反応に困ったように眉を下げる。



「か、開祖の実子ってつまり…子供!?」

「ちょっと待って、開祖って400年も前の…!」

【実のところ、お嬢は開祖にそれはもうそっくりなんだぜ?】



 それはそうとして…いや、なんで? どうやって400年も?
 そんな反応の良守と時音に黒凪はぽっと現れた妖を片手間に滅しながら口を開く。



『まず400年間生きていられたのは、私の父…間時守が私にまじないをかけたから。それは私の成長速度を100倍遅らせるものでね。』

「100倍ってことは…」

「100年に1歳年を取る計算ね…」

『うん。それを私が10歳の頃にかけられているから、それから400年経って14歳。そのまじないを色々あって…良守君、君のお母さんが解いてくれたんだ。だから今は普通の人間の様に年を取るよ。』



 母さんが…。
 そう呟く良守の顔はあまり晴れやかではない。
 彼女の場合、私を長らく探し続けていたと言っていたしロクに家にも戻っていないのだろう。



『(それに実際、守美子さんと良守君ほど実力に差があると、良守君にとって彼女は得体のしれない存在だろうからね…)』



 たとえそれが、母親であっても。
 対して時音は納得したように数回頷いた。



「(そっか…どおりで年齢のわりに達観していると思った。それに実力だって…)」

【…ま、アンタを見てればこの400年で何があったか大体の予想はつくよ。】

【あぁ…、ま、そーだな。ご苦労様。】

『はは、まだ早いよ。その言葉は。』



 笑ってそう白尾に返した黒凪。
 斑尾も肩を竦めるようにしてから良守のそばへ戻っていった。



「(…ま、黒凪ちゃんは良いとして、限君ともそろそろ話さないとなぁ…)」

『時音ちゃん。』

「え、あ、何?(てか400年も前から生きてる人にため口でいいんだろうか、私…)」

『限はいい子だよ。』



 その言葉に少し目を見開いた時音は「うん、分かってる」と笑うと再び空を見上げた。



























 次の日。
 この日も適当に学校での生活を終わらせ、夜が近づきお互いに背を向けて服を着替えていた時。
 丁度2人が着替え終わったと同時に限がピクリと反応し、扉の側に静かに寄った。
 それを見た黒凪は外の気配を探り、限に声をかける。



『限、それは京だよ。』

「!」

「…お前、寝惚けるのも大概にしろ」



 限に声をかけてから翡葉のためにと扉を開いた黒凪の後ろについていく形で中に入った翡葉は不機嫌そうに頭1つ分以上も違う長身を使って黒凪の背後から限を睨んだ。
 一方の限も「そんなに俺が信用出来ませんか」と少し不機嫌に問いかける。



「俺は頭領とは違って心配性なんでな」



 そんな限に少し嫌味が混ざった様な言い方でそう答えた翡葉を限は一瞥し、黒凪に背を向ける。
 「ありがとう」と言いつつ限の背中に担がれた黒凪は翡葉に手を振りアパートを後にした。



『京と仲良くするのは難しい?』

「…俺は別に嫌ってない」

『まあ、一理あるけどね。それも。』



 限の足にかかれば烏森に到着するのに数分もかからない。
 入り口付近で限の背から降りた黒凪はゆっくりと歩いて校舎の方へ。
 限は手前の木に登ると妖を待つように幹に凭れ掛かった。
 するとそんな限を見かねた時音が「話がある」と彼に切り出したのだが、限はすぐさま逃亡。
 時音が苛立った様な表情を見せた。



「もう、なんであの子あんなに私を避けるのかなぁ。」

「俺なら逃げてたねー、ハニー怖かったし」

『限は人見知りが激しいからね…。』

「黒凪ちゃん…」



 白尾が振り返り口元を吊り上げた。
 それに笑顔を返した黒凪だったが、突然現れた邪気に時音と同時に振り返る。
 「校舎の中だ」そう言った白尾に時音と黒凪が校舎の方へと走り出す。



「志々尾!あんまり校舎を壊すんじゃねー!」

「!(車輪!?)」

『……』



 時音と黒凪の視線の先には赤い車輪の様な妖、そして限。
 クルクルと回転する妖を腕力で無理くり捕まえ、その動きを空中で封じた限。
 それで勝負はついた様に思えたが、良守が不意に妖がつけたであろう校舎の傷跡を見て目を見開き声を張り上げた。



「駄目だ志々尾! そいつの車輪多分―――」

【結界師以外にあたしは興味が無いからねェ…】

「っ!?」



 妖が笑ったと同時にトゲのようなものが車輪の側面から飛び出し限の肩を斬り割いた。
 肩を引き裂かれた限は重力に従って落下、妖は笑いながら再び回り出す。
 時音が結界で限を受け止め黒凪は倒れた限には目を向けず、妖の動きを追いかける。



「限君! 大丈夫!?」

『…限。』

「…。」



 良守と妖が戦っている様子を見ながら限の名前を呼んだ黒凪。
 その声を聴いた限は至って普通に起き上り、時音の結界から降りた。
 そして黒凪の隣に立った限は徐にしゃがみ込むと両足も両手と同じ様に変化させる。
 そのまま一気に跳び上がった限を見て白尾が何やら時音と話しておりその側に黒凪も寄った。



【なあ、アイツって妖混じりだろ? お嬢】

『うん。よく分かったね。』

「そりゃあ300年近く妖の匂いを嗅ぎ分けてるもんで。」

『ようやっと斑尾と良い勝負ができるかな?』



 「おいおい、とっくに超えてるぜお嬢ー…」少し困った様に言った白尾を止めた時音は「で、何?」と白尾を軽く睨む。
 その目に悪い悪いと笑った白尾は良守の結界を蹴り上げて妖に飛び付いた限を見上げた。
 かなり邪気が強めの妖混じりだな。
 そう言った白尾が言わんとしている事を理解したのだろう、時音も少し眉を寄せて黒凪を見る。



「…此処に居て大丈夫なの?」

『無理に力を使わなければ大丈夫だよ。あの子はコントロールも上手いしね。』

「…なぁお嬢、俺めっちゃ今の顔見た事あるんだけど」

『うん? 私の顔?』



 きょとんと振り返った彼女に白尾が顔を引き攣らせる。
 …何か企んでる顔だ。
 微かに怯えた様子で言った白尾に黒凪が微かに目を見開いた。
 ぷっと笑った黒凪は「正解」と白尾の頭を撫でる。



『でも何を企んでいるかは秘密でね。…それにしても、良守君。いいね、彼。』

「どういう意味?」

『限とよく似ていて…やっぱり好かれるだけのことはある感じ。』

「??」



 首をかしげる時音と、肩をすくめる白尾。
 一方戦いの渦中にいる限も黒凪と同じく良守を見ていた。



「(…アイツ…、俺と同じく戦いの中で進化するタイプか)」

『限。』

「!」



 真下から放たれた黒凪の声が耳に届き、限はすぐに彼女に目を向けた。
 目が合うと黒凪がかすかに笑顔を見せる。



『今回は支援に回ろうか。限。』

「…。」

『それから、良守君をしっかり見ておくこと。』

「…わかった。」



 小さく頷いた限は足元の結界を踏み台に再び大きく飛び上がる。
 そして限はガシッと上空に作られた結界を掴んだ。
 その上には妖を睨む様に観察していた良守が。
 良守は突然の揺れに振り返り「何してやがる!」と限に目を落とす。



「…お前の技術じゃアイツの動きは止められない。」

「ぐっ…、だからなんだってんだよ!また横取りする気か!?」

「……。いや、」



 一度言葉を止めた限は「手伝う」と目を逸らして言った。
 その言葉に目を見開いた良守は思わず「はっ?」と素っ頓狂な声を上げる。



「い、いやでもお前怪我…」

『良守君!』

「え!?」

『限は大丈夫! それに今回は支援に回るように言っておいたから、上手く敵を倒してみて!』



 お、おう…?と微妙な返事を返す良守。
 そんな彼の様子にふっと笑みを零す。
 声を掛けた時に驚いた様に周りを見渡すしぐさだとか、とりあえず返事は必ず返す律義なところだとか。
 そう言う所は兄弟なんだと、ふと。思う。
 一方の限は良守によって次々に作り出される結界を足場に只管妖に攻撃を仕掛けていた。



「(上手に、か)」

『…うん、表情が変わった。』



 やっぱり正守君の弟だね。と黒凪が更に笑みを深める。
 ガンッ!と鈍い音が響き妖が校舎の側まで限の一撃で吹き飛んだ。
 だが校舎には突っ込まずすんでの場所で停止する。
 それを見た良守は微かに口元を吊り上げ妖を校舎に押し込んだ。
 その様子に限は大きく目を見開き、良守を見る。



「…さて。これでお前はもう動けない」

『(限、あんたは今まで良守君を手伝っていたつもりだったかもしれないけれど)』

「…まさか」

『(本当は良いように利用されていたことに気づいたかな?)』



 妖がもう車輪を回せない様に結界で固定し、妖を冷たい目で見下す良守。
 妖はそんな良守を見ると表情を凍りつかせ、どうにか殺されまいと取引をしようなどと虚言を吐きはじめる。
 が、良守は容赦なく妖を滅し、息を吐く。
 その冷酷な様子を見た限は、今までとは違う良守の様子に少し呆然としている。



「(こいつ俺を利用しやがったのか…?)」

「良守! どう? 妖は…」

「もう滅した。それよりさ、ちょっと気になる事があるんだけど…。黒凪も聞いてくれ。」

『うん? 何かな? あ、あんたもこっちにおいで。』



 ひょっこり姿を現した黒凪は限を呼び寄せ良守に目を移した。
 良守は戦闘の最中に訊いた妖の言葉を復唱する。
 「アタシ等の間じゃあ、結界師は賞金首みたいなモンさ」
 この言葉、どういう意味だと思う?と良守が時音を見上げる。



「…そいつ、結界師じゃないと駄目だと言ってたし…」


「組織的に妖達が動いてるっていう話だし…人間がするように、適当な妖に報酬を出しているとか?」

「俺らを倒せば懸賞金が出るみたいな?」

「そう。」

「…そういえばあいつ、"奴等"って。」



 良守の言葉に全員の目が向いた。
 奴等って言ってた。と良守が顔を上げた。
 と言う事はその"奴等"が結界師を倒した妖に何かを与えていると見て間違いないらしい。
 全員が口を閉ざし沈黙した。



「…とりあえず、校舎を片付けましょうか」

「………」



 その時音の言葉を聞いた限は背中を丸めて歩いていこうとする。
 しかしそれを時音は許さない。



「ちょっと待ちなさい。」

「…」



 無言で去ろうとしていた限の腕をパシッと掴んだ時音。
 振り返った限は時音の目を見ると体を硬直させた。
 修復術は使えなくても瓦礫を運べるでしょう。と強い口調で言う時音。
 そんな時音を見た限は微かに目を見開き、ぐらりとその瞳が揺らいだ。
 それを見た時音は予想外の反応に眉を寄せ、思わず手を放す。



「…無理だ」

「ちょっと限く…」

「俺は、…壊すだけだ」

「あ、ちょっと!」



 今度は時音に捕まらまいと大きく飛び跳ねてどこかへ姿を消した限。
 眉を下げた時音は困ったように黒凪に目を向ける。
 黒凪は徐に懐から式神を取り出している。



『今回が私があの子の分も手伝うよ。』

「…黒凪ちゃんって、限君に甘いよね。」

『そりゃあまあ、大切だから。』

「…もう。」



 ため息を吐いた時音は既に出していた良守の式神にプラスする様に式神を放つ。
 それを見ていた黒凪もぐっと腕を伸ばし、修復に取り掛かる。
 ―――ドクン、と。
 特に何も考えずに修復に専念していた黒凪は突然の動悸に目を見開いた。



「…姉上」「あの妖混じり」「面白い」「姉上」

「…黒凪? なんかお前脂汗凄くね?」

「え、…本当ね。大丈夫…?」

『ああ、うん。大丈夫。』



 にっこりと笑って言った黒凪に気のせいか、と改めて修復に向かう良守たち。
 対して斑尾と白尾は黒凪の元から離れようとしない。



【ここに戻ってくるのをあんなに嫌がっていたのに、わざわざ戻ってくるなんてどういう風の吹きまわしなんだい?】

【俺にはとてもまっさんの頼みだけで来たようには思えねーぜ、お嬢。】

『…父様が、戻るようにと。』

「姉上」「また遊ぼう」「昔の様に」「ねえ、姉上」



 先ほどの戦いに興奮しているらしい、いつも以上に頭の中で話し続けている。
 その声のやかましさに黒凪の眉間の皺はどんどん深くなっていく。




 声。


 (アンタも対外、苦労するねえ。)
 (はは。うん…そうだね。)

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