Long Stories

□世界は君を救えるか
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  墨村正守への一歩


『久しぶり、守美子さん。正守君が心配で来たのかな?』

「いいえ? お姫様がいらっしゃったから来ただけです。」



 そういってゆらりと微笑んだのは墨村守美子。
 体の調子はどうですか。
 無表情にそう問う守美子に黒凪は薄く微笑む。
 そしてついとその視線が守美子が乗る龍に向かった。



『高貴な妖をそのように扱うのは…少し賛同できないかな。』

「そうは言っても、私よりも力は下ですが…。」

『それでも人間には超えてはいけないラインがあるものだよ。』



 黒凪が空間を捻じり一瞬で守美子の背後に移動する。
 そしてぽんと彼女の肩に触れれば微かに目を見開いた守美子がガクリと膝を着いた。
 それと同時に龍が暴れ出し守美子が振り落される。
 それを追う様に動いた龍は守美子に向かって口を大きく開いた。
 その口を結界で固定した黒凪は守美子の腕を掴み結界で彼女のために足場を作る。



『手荒なことをしてすまない。…でも君は、力がありすぎる故に少しずれている。』

「…すみません。私、本当にそういうことには疎くて。」

【結界を解け結界師…! 貴様の同胞だろうと食う!!】

『貴方の怒りはよく分かります。しかし勘弁してくださいませんか。』



 そう穏やかな声で語りかける黒凪だったが
 龍は結界を噛み砕き血走った目を守美子に向けた。
 守美子は無表情に龍を見返し何も言わない。



【ならば貴様ごと食わせてもらう…!!】

『私は同じことは繰り返しません。』



 一気に殺気で圧力を龍に掛けた。
 すると龍は身の危険を察知したのか動きを止める。
 黒凪の冷たい目がチラリと向けられた。
 ぎり、と歯を食いしばった龍は風に紛れて姿を消す。
 守美子が申し訳無さ気に、しかし無表情に口を開いた。



「すみません。私、昔から他人の感情とやらが全く読めないもので。」

『…参考までに言っておくと、相当怒っていたよ。』

「そうですか。…無理強いしたのが良く無かったのですかね…。」



 無表情に言った守美子に黒凪がため息を吐く。
 近場の建物に守美子を降ろした黒凪は彼女に背を向けた。
 守美子が微かに笑顔を見せて口を開いた。
 眼だけはやはり笑わない。



「流石、頭が上がりませんわ。私はこれでしばらく動けませんから…」

『申し訳ない、思っていたよりも多く力を奪ってしまって。』

「いいえ。…もしよければ、その力を正守に渡しておいてください。」

『…!』

「あの子、良守に対しての劣等感がすごいんです。…少しでもあなた様のおかげでそれが楽になるなら、嬉しい。」



 守美子がそう言って無機質に微笑む。
 名前はそんな守美子に小さく笑って、再び結界で足場を作り夜行本部の方へ歩き出す。
 すると途中で戻って来ていたのか、蜈蚣が黒凪を見つけると手を大きく振った。
 ムカデの上には正守が目を覚ました状態で座っており「乗って行けよ」と微笑んで黒凪に声を掛ける。



「ちなみに本部の方は大丈夫そうだから、このまま俺たちで烏森に送るよ。」

『本当? ありがとう。限のことが心配だったんだ。』



 素直に応じた黒凪はムカデに乗って正守と共に烏森へ向かい始める。



「…さっきはありがとう」

『うん。怪我は大丈夫?』

「大丈夫。…俺さ、」



 ぽつりと呟く様に切り出した正守に黒凪は目を向ける。
 その横顔はやはり先程会った女性によく似ていて。
 黒凪は思わず笑みを浮かべ目を細めた。



「今まで無道さんの言う通り良守に劣等感を持ってたんだと思う。どうやったってあいつの様にはなれないって。」

『うん』

「でもちょっと考えが変わった。正当継承者として表で戦えないなら裏に居よう…。誰にも選ばれないなら、俺も誰も選ばない。そう思ってた。けど…」



 そんなふうにひねくれず、頼るときは頼るべきだろうね。
 誰か信頼できる、頼れる人にさ。
 例えば…君とか。
 正守が笑顔を黒凪に向ける。



「じゃないと俺、無道さんみたいに力だけを追い求めちゃいそうだし。」

『…うん。私も正守君に頼られたら凄く嬉しいし、それに全力で応えたい。あなたは私の数少ない共鳴者だから。』

「…誰かに選ばれたのなんて初めてだ。」



 やっぱり俺は選ばれなかった方だからさ。
 右手の手のひらを見て言った正守。
 そんな正守を見て黒凪は膝を抱えて空を見上げた。



『選ばれなくたっていいんだよ。私だって選ばれなかった側だし。』

「…そう言う訳にも、な」

『開き直れば良い。良守君の様になる必要なんて無いんだから。』



 そのままでいれば良い。
 暗い所で戦ったって良い。拒絶したっていい。
 だってその代りに貴方は強い力を手に入れた。仲間も手に入れた。
 それで良いよ。



『それでもし、無道さんの様に暗がりに足を踏み入れそうになっても…絶対に私が止める。君を独りにはしない。』

「…うん、ありがとう。」

「…あの、着きました」



 太陽が昇り始めていた。
 見えた烏森にムカデから身を乗り出すと屋上に立つ人影が見える。
 その人物が誰だかわかった黒凪は彼の足場となる様に結界を5個程作りあげた。
 すぐさまそれを足場にムカデに乗り込んだのは…



『ただいま限。待ってたの?』

「あぁ」

「健気だなぁ。」

「!…頭領…」



 ぽかーんとした様子で正守を見る限。
 黒凪はそんな限に手を伸ばし、限はその手を取ると黒凪を抱き上げる。
 日が昇って来ている、そろそろ帰らないとまずい。
 しかし黒凪は耳に届いた微かな声に烏森を見た。



『…限、帰る前に屋上に寄ってくれる?』

「…分かった」



 限がムカデから飛び降り、黒凪を抱えたまま屋上に着地する。
 すると烏森からズン、と力が溢れだした。
 その力に気付いた正守と蜈蚣はばっと烏森を覗き込む。
 限も怪訝な顔をしながら黒凪を屋上に降ろした。



『(…ただいま)』

「姉上」「帰って来た」「お帰り」「姉上」

『(悪いけど、少し力をくれるかな。大分外に出してしまったから。)』

「いいよ」「構わない」「どれぐらい」「沢山あげようか」



 黒凪は普通で良いよ、と呟く様に言うと目を閉じた。
 ムカデは人の目に付きやすい、そろそろ人が動き始める…
 このままここに留まっていては未確認生命体だなんだと騒がれてしまう。
 小さく頷いた正守は後ろ髪をひかれる思いで烏森を後にする。




 選ばれなかった方


 (何故自分が選ばれなかったのかと、苦悩した。)
 (自分より才能ある弟を憎んだこともあった。)
 (そうして家を出て、自分なりに色々と試した。)
 (だけどやっぱりあの劣等感は消えなくて。)
 (ああ俺は、きっとこれからもずっとこれを抱えて生きていく。)

 (そう、思っていた。)
 (俺を選んだ変わり者と出会うまでは。)


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