Long Stories

□世界は君を救えるか
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  墨村正守への一歩


 カランカラン、と軽く心地良い鈴の音が耳に届く。
 そして落ち着いた雰囲気のファミリーレストランの中を見渡せばこの店に似合わぬ2人を見つけた。
 近づいて行けば正守が指先で摘まむ様に角砂糖を持っている。
 その角砂糖にぶら下がっている小さな鬼は彼の目の前に座る少女の鬼なのだろう。



『新人いびりは感心しないなぁ。正守。』

「お。来たな」

「!…誰」

「何言ってんの。君が所属する組織の大事なNo.4だよ。」



 え、いつの間にそんな地位に着いたの私。
 そう言って正守を奥に座らせ彼の隣に座る黒凪。
 そのついでに正守が持っていた角砂糖を奪い夜未の手の上に鬼を返せば彼女は目に見えて安心した様子を見せた。



『ぬらの所のお孫さんでしょ?』

「!…祖母を知ってるの」

『うん。古い付き合いだからね。』



 肘をついて薄く微笑む黒凪に寒気を感じたのか、大切そうに鬼を抱きしめる少女、夜未。
 彼女は最近夜行に入った鬼使いで、諜報活動が得意らしく度々情報を正守に提供していた。
 …まあ、私がその場に呼ばれたのは初めてだけれど。



『で? 正守、アンタの十二人会加入の情報を流したのは誰だった?』

「やっぱり細波さんだってさ」

『繋がってるのは誰?』

「…。幹部の1人だと思うわ」



 それは誰。
 そう言った黒凪にうぐ、と夜未が眉を寄せる。
 その質問をさっき俺がしてたんだよ。と助け船を出した正守は夜未を見て笑った。
 彼女はキッと正守を睨むと荷物をまとめてそそくさと店から出て行く。



『怖がられてんね』

「優しくしたのになぁ。なんでだろ?」

『しらなーい』



 夜未が置いて行った紅茶を引き寄せ飲む黒凪。
 すると正守が空を見上げて「はー…」と深い深いため息を吐いた。
 黒凪は正守をチラリと見るとくすっと笑う。



『憂鬱そうだね』

「まあね…。今から総本部に行かなきゃいけないし。」

『ついて行っていい?』

「…俺1人で来いって言われてるけど?」



 大丈夫。私総師と知り合いだから。
 そう言った黒凪に呆れた様に正守が目を向けた。
 ほんっと次元が違うよね。
 正守の困った様な顔に黒凪がにやりと笑顔を返す。



『大体私を呼んだのはその為でしょ?』

「…はて、何の事やら」

『正直に言ってみなさい。』

「……君を連れて行ったらいじめられないかなって思ってさ」



 優位に立てるからだろう?
 そう言った黒凪に「それもある。」と正守が笑った。
 そして懐から財布を取り出した正守は代金を机に置き黒凪と共に店を後にする。






























『相変わらず無駄に高い位置にあるんだからなぁ。此処は。』

「下に神佑地が埋まってるんだろ?」

『まあね。…土地神にも挨拶をしておきたい所だけど寝てるみたい。』

「へぇ。……にしてもさ。」



 真後ろに現れた妖を一瞬で結界で囲む正守。
 薄く笑った正守は「幹部って暇なの?」と黒凪に言う。
 チラリと背後の妖を見た黒凪は再び総本部を遠目に見上げると一気に探査用結界を広げた。
 総本部の中を見ようってんじゃない。総帥に挨拶代わりだ。
 総本部の奥に居た総帥は静かに顔を上げチラリと振り返った。
 十二人会の会合で集まっていた幹部達も黒凪の気配に顔を上げ眉を寄せる。



「――…この度この十二人会の末席に加わります。墨村正守と申します。若輩者ではございますが、何卒よろしくお願い致します。」

「力はあるらしい…」

「あの夜行の頭領なのだとか。」

「野蛮な連中よ」



 十二人会の幹部達がぼそぼそと会話を始めた。
 その様子を顔を上げ無表情に見る正守。
 すると幹部の1人が持っていた扇を閉じ、すっと正守に向けた。
 正守は表情を崩さずその男、扇一郎を見る。



「貴様の背後に居る者。姿を見せい。」

『…おや。気配は絶ったつもりだったのに。』

「新参者が…。幹部以外の人間を連れて来るとは何事だ。」



 そう言って微かに殺気をこちらに向けた扇一郎に黒凪が目を細めた。
 そして「1、」とカウントを始め、彼の扇子が微かに動揺で揺れる。



『 2、3、4、5、… 6。』

「…」



 無駄に無茶なことをする。
 そう挑発するように言った黒凪に扇一郎が立ち上がろうとした。
 …途端に、黒凪が彼から目を逸らしその奥に目を向けた。



『…ああ、お久しぶりです。夢路殿。』



 姿を見せた黒凪に奥に座っていた影が2人程微かに動揺を見せた様に思えた。
 その中でも最も驚いた様子だったのは部屋の最も奥に座っていた第一客である夢路。
 反応を示した3人以外の幹部達は怪訝に黒凪を見ている。



『総帥は何処におられますか?』

「…お久しぶりですね。間さん。生憎ですが総帥は欠席です。」

『そうか…。なら外で待っていることにしようかな。』



 他の意図を含んだ様子の黒凪に夢路は眉を下げた。
 ああそれから、そう言って足を止めた黒凪に目を向ける幹部達。
 正守は静かに立ち上がり己の座布団に腰掛けた。



『その子をあまりいじめないでくださいね。私の大切な子ですから。』

「ふはっ、アンタを前に誰がその子を苛められると思う?」

「同感ですね。御心配なく。」

『ありがとう。』



 黒凪にひらひらと手を振ったのは第三客、竜姫。
 その隣に座っていた第二客の鬼童院ぬらは何も言わず黒凪に目を向けていた。
 黒凪は部屋から出ると体を薄い結界で包み気配を完全に絶つと総本部の奥に向かう。
 異界への入り口を見つけ総本部の最深部である城に辿り着いた黒凪は壁を抜け、総帥の目の前に現れた。



『お久しぶりです、日永殿。』

「…あぁ、お前か。久方ぶりだな。」

『…おや。』



 日永の顔を見た黒凪は一瞬だけ動きを止めると、彼の目の前に座り改めて彼の顔を覗き込んだ。
 そして黒凪はすぐに「何があったのです」と彼に問う。
 その問いに日永の視線が黒凪の視線とかち合った。



「なんだ、何が見える。」

『…貴方の目の奥に憎悪が見えます。』

「ほう。憎悪か…。」



 薄く笑った日永に再び黒凪が問いかける。
 何があったのです。と。
 すると背後の扉が開き女性が顔を覗かせた。
 そして彼女は日永の前に座る黒凪に「きゃ、」と目を見開き後ずさり、振り返ったその顔を見て「あ…」とほかの意味で目を見開いた。




「あなたは…」

『…ああ、月久殿の奥方様。…確か、水月様でしたか。』



 お久しぶりです。
 そう言って頭を下げた黒凪を複雑な表情で見下ろす水月。



『裏会創設時以来ですね。』

「…ええ。」

「黒凪。お前、何があったのかと聞いたな。」




 日永の言葉に黒凪が改めて水月から目を離し、彼に目を向ける。
 途端に彼のしわがれた手が黒凪の目を覆った。



「見せてやろう。」

『…』

「…その防御を解け。何、俺がお前の体を乗っ取ることはないさ。」



 そう言った日永に素直に従った黒凪は瞬く間に頭に流れ込んだ情報に目を見開いた。



「何故憎悪が見えるか分かったか?」

『…。』



 何も言えない様子の黒凪に自嘲した日永は、水月を睨む。
 その視線を受けた水月がそそくさと部屋を出ていき、扉を閉じる乾いた音が部屋に響いた。



『…月久殿を、殺すつもりですか。』



 その言葉に日永が動きを止める。
 …いや、それだけではない。と黒凪が続ける。
 想像は出来る。彼が何をしようとしているのか。
 日永の光のない目が黒凪に向いた。



「…月久の生きた記録も全て破壊する。」

『それはつまり裏会を…』

「あぁ。…止めるか?」

『…。』



 黒凪がまた口を閉ざす。
 彼女自身、その心はとても揺れ動いていた。



「…お前はどちらかといえば俺に似ているからな。」



 ズン、と城が揺れた。
 はっと地面を見下ろす黒凪。
 日永は意識を地面に逸らした黒凪を見ると城の周りにある土を操り黒凪を囲う。
 そのままぐぐぐ、と上空に黒凪諸共持ち上げると吐き出す様に異界の外へ放り投げた。



『待っ――、』

【―――…また俺を起こすのか?】



 微かに聞こえた声に大きく目を見開いた。
 そして気づけは異界の外に放り出されている。
 振り返って異界の入り口を見上げたが日永の意志なのか、完全に閉ざされていた。
 チッと舌を打った黒凪は正守の元へ向かう。
 がらりと障子を開ければ「そろそろお開きにしましょう」と夢路が締めくくっている所だった。



「おや、また貴方ですか。入室は禁じられていますよ。」

『それはすみません。しばらくは来ませんよ、こんな所にはね…』

「あははは! 十二人会を"こんな所"だなんてアンタも大きくなったねぇ!」

『…正守、帰ろう』



 あれぇ、無視ィ?
 そう言って黒凪の肩を抱く竜姫。
 その隣では鬼童院ぬらが足を止めた。
 ちらりと2人を見た黒凪は「烏森のことで少し立て込んでいるんだよ。」と手を振り竜姫から離れる。



「つれないね。2人揃ってさ。」

『忙しいだけだよ。時間ができればまた会いに来るから。』

「じゃあね〜」



 正守と共に屋敷を出て階段を下りる。
 正守は徐に黒凪を見下した。
 「よかったのか?」そう言った彼に黒凪は笑みを向けた。



『別に。あんたと一緒に帰る方がよっぽど心地良い。』

「…そうか。悪かったな、呼び出して」

『構わないよ。すぐに烏森にとんぼ返りだけどね。』

「……総帥とはどうだった?」



 んー。と空を見上げた黒凪は少し困った様に言った。
 嵐が起きるかもね。と。
 すると正守も脳裏に会合の席で隣に座っていた扇一郎を思い浮かべ眉を下げた。



「こっちも近い内に色々ありそうだよ。」




 裏会総本部


 (…最近アイツ、こっちの事テキトー過ぎねーか?)
 (色々忙しいんでしょ。なんてったって開祖の娘だし)
 (そりゃあ一理あるかもなぁ。あいつの父親もかなーり顔が広かったし)
 (小さいガキンチョだからってチヤホヤされてたしねェ)


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