Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


≪あー、あー。只今マイクのテスト中ー。≫

『?』



 突然校内放送で流れた声。
 その声に全校生徒が不思議気にスピーカーを見上げた。
 勿論この声は屋上にも響いており昼寝していた限と良守の耳にも入る。



≪俺達黒芒楼って言うんだけどさァ。ちょっくらこの学校にいる数名に用があるんだよねェ。≫

『…ふむ。少し…油断していたかな。』



 目を細めた黒凪が探査用結界を一気に広げ、ビリ、と巨大な力を感じた黒芒楼から来た妖5人が顔を上げる。
 時音、良守、限の中で最も放送室の近くの教室にいた黒凪が放送室へと一足先にたどり着き、扉を開く。



≪お。早いねー≫

『…そのマイクを切ってくれるかな。迷惑だから。』

≪ククク、あと何人?…3人ぐらいかな?≫

『…。』



 放送室に元々居た生徒だろう、女生徒が1人部屋の隅で顔を真っ青にしていた。
 此処で力を使う訳にも行かない。
 睨んでいるとマイクの側に居た妖が1人近づいてきた。
 その後に続く様に他の4人も近づいてくる。



【あのさ。俺等はただ話し合いたいだけなんだよ。】

『…何を?』

【それはまた今夜。じゃ、ヨロシク〜】



 ぽんと黒凪の肩に手を触れる男。
 眉を寄せ黒凪はその一瞬の内に力を吸い取り、それに一瞬だけ目を見開いた男。
 しかしすぐに彼はニヤリと笑い、特に消耗した様子もなく歩いて行く。



『(今のでふらつきもしない程の妖、ねえ…)』

「黒凪」

『…限』



 校舎を出て歩いて行く男達を下で睨む良守と時音。
 限はとりあえず私の所へ来たらしい。
 黒凪は限と共に放送室から出ると良守達の元へ向かった。



「黒凪ちゃん、大丈夫だった!?」

『大丈夫。ただ…』

「ただ?」

『あの一番背の小さい男…、かなり強い妖だと思う。気を付けてね。』



 相当妖力持ってるよ。
 そう言った黒凪に良守と時音が眉を寄せた。
 限もそれは何となく感じていたのか何も言わず拳を握りしめる。



『後は今夜此処でまた会おうって』

「はぁっ!?」

『話し合いがしたいんだってさ。…何処まで本当やら。』

「ぜってー嘘だ。なんか企んでやがる。」



 それはそうだろうけど…。
 今から対策何て練れる筈が無い。



「…とりあえず授業に戻りましょ。」

「そうだな」

「あのまま放っておくのか」

「そうよ。今問題は起こしちゃ駄目。」



 時音の言葉を聞いた限は「チッ」と舌を打った。
 黒凪はそんな限の腕を引き校舎に入って行く。
 一方時間潰しに側の公園に来ていた妖達は空に浮かぶ太陽を見上げていた。
 その中の1人、最も小柄な火黒はにやにやと終始笑っている。



「どうした火黒ォ。なんか楽しそうだな」

「あの白髪のガキか。」

「まーなァ。…すんげー面白そう。アイツ。」

「そうか? そこまでじゃなかったと思うけど」



 ホント脳が無ぇよなァ、お前等。
 そう言った火黒は左手を見下した。
 黒凪に触った左手。
 一瞬でかなりの妖気を持って行かれた。
 ククク、と抑えきれない高揚を見せた火黒はベンチに深く腰掛け足を組む。






























『…限。匂いはする?』

「俺は犬じゃないんだ。まだ烏森についてもいないのに分かるかよ。」

『あんた系統は犬でしょ。』

「お前は俺を犬だと思ってるのか?」



 そう言った限に黒凪は笑った。
 あんたがそれを望むならそう思ってあげるよ。
 その言葉に限はジト、と黒凪を睨むだけ。
 …徐に限が黒凪に手を差し伸べた。



『…今日は十分に集中して臨みなさいね。』

「分かってる」



 ぐっと限の手を握り彼に近づく黒凪。
 限の首に腕を回すと共に烏森に向かった。
 烏森にはほぼ同タイミングで4人が揃う。
 顔を見合わせた4人は一緒に昼間に来た男達を探した。
 やがて校舎の裏に彼等を見つけ足を止める。



【だからさ、なーんで机ばっか持ってくるかなァ】

【なぁなぁ!りじちょーしつとか言う所から良いモン見つけた!】

【お。豪華だねェ】

「おいコラ!勝手に学校の備品を持ち出すんじゃねー!」



 んあ?と5人が一斉に振り返る。
 その側には机が複数と椅子が2脚程置いてあった。
 がしゃ、と音がして其方を見れば校長室に在る筈の椅子がある。
 えー…。来るの早くない?
 そう軽い口調で言った男は昼間マイクで話していた小柄な男だった。



【あー…、まあ待たせるのは良くないしな。とりあえず座って?】

『…妖と椅子を並べて話すのもおかしな話だねえ。』

【いやいやちょっと待ってよ。ちゃーんと説明するから。茶南頼むわ。】

【我々の要求はただ1つ。この烏森を我々黒芒楼に譲って頂きたい。そうすれば君達人間には手出しは――】



 黒凪が目を細め殺気を放つ。
 途端に火黒以外の4人がビクッと反応を示した。
 ビリビリとした圧力の様な力に良守達も黒凪に目を向ける。



『そもそも烏森を譲ってほしい時点で交渉は決裂しているのでね。』

【はーん。君が一番大人しそうなのに一番野蛮だなァ。】

「!…離れろ黒凪」

『私は良いから、自分の心配をしなさい。限。』



 アイツはヤバい。
 そう小さな声で言った限は一瞬溢れた妖気に足と手を変化させて走り出した。
 限は一直線に火黒に向かっていく。
 黒凪は何も言わず限の背中を目で追った。
 火黒の手から刃が出現し腕を振り上げる。



「志々尾!!」

「限君!?」

『……。』



 ざっくりと肩を斬られた限はそのまま倒れた。
 火黒の手からは2枚の刀の刀身が出ている。
 その刀身を手の中に仕舞った火黒はニヤリと笑った。



【ま、俺の刀身の先を折るのは凄いと思うけどね】

「テメェ…!!」

【んじゃあ交渉決裂って事で。後は頼むぜ。】

【マジで見てるだけなのか?】



 仲間の言葉には何も返さず火黒は校長室の椅子を足で蹴りあげた。
 次の瞬間には屋上のフェンスの上に移動しそのまま椅子に座った。
 フェンスの上でぐらぐらと揺れる椅子に器用に乗った火黒はぷらぷらと手を振る。



【武力行使だな。】

【作戦の第二段階だ。そのガキも連れて行け。】

【はいよ。】

「待っ、志々尾を返せ!」



 走って行った火黒以外の4人を追って走って行く時音と良守。
 黒凪は彼等を追わずフェンスの上に居る火黒を見上げた。
 火黒はニヤリと笑うとくいくいと人差し指を自分に向けて折り曲げる。
 こっちに来いよ。そう言っている様な彼に目を細めると其方に向かった。



【良いのかァ?お前の大事な妖混じりも連れてかれたぜ?】

『あの子はあの程度では死なないんでね。』

【へぇ…】

『お前、もとは人間だろう。』



 黒凪の言葉に火黒が微かに目を見開いた。
 そしてまた彼は「へぇ」と笑う。
 何で解った?そう言った火黒に黒凪も笑った。



『人間の匂いがする。君、染まり切ってないよ。』

【染まる?】

『うん。…私よりよっぽど人間臭い気がする。』



 そうとだけ言った黒凪は火黒に背を向け良守達の元へ向かった。
 火黒は徐に限が折った刀の先を黒凪に向かって投げる。
 絶界を発動した黒凪はその刀を溶かす様に消し去った。
 その絶界を見た火黒は大きく目を見開くとそれはそれは嬉しげに笑顔を見せる。



『こんなのまだまだ序の口なんだから、喜んでる場合じゃないよ。』

【良いねェ…!】



 嬉々として言った火黒を背に黒凪は結界を作り上空に登って行く。
 そして地上を見れば呪力封じが掛けられていた。
 早く助けてあげようと黒凪が術を発動させようとした時。
 背後に現れた火黒が黒凪に向かって刀を振り降ろす。
 絶界を使って弾いた黒凪だったが、足元の結界を斬られた。
 火黒は再び両手に刀を出すと消される事を覚悟で黒凪の絶界に押し付ける。



『っ、』

【動かすのにも一苦労だなァ】



 火黒に押し切られ、呪力封じの範囲内へと放り投げられた形になった黒凪。
 呪力封じの中に入った途端に纏っていた絶界が消え、そのまま重力に従って落ちていく。



「!? 良守、黒凪ちゃんを受け止めて!」



 お、おう!と焦った良守が天穴を放り投げ黒凪を受け止める。
 かなりの上空からの落下にかなりの重圧がかかった筈だった。
 黒凪はすぐさま良守から降りると彼の顔を覗き込む。



『ごめん! 大丈夫!?』

「ま、なんとか…」



 ほっと息を吐いた黒凪達は立ち上がり周りを見渡した。
 足元には四角形に土地を区切る黒い線。
 その角にはそれぞれ人皮をかぶった妖達が4人。
 その足元にある大きな岩が呪力封じの道具なのだろう。



「…どうする。黒凪も入っちまったぞ。」

『ごめんね、本当は外から2人を助けるつもりだったんだけれど。』

「…私が攻撃を引きつけるって言うのは?」

「駄目だ」



 すぐさま反論する良守。
 時音は「でも、」と食い下がった。
 その様子を面白そうに見る妖達。
 一方の黒凪は静かに周りを見渡していた。



『…ねえ良守君。さっき結界使った時どんな感じだった?』

「え?あー…。敵の足元までは結界を作れたけど熔けた、みたいな」

『一瞬でも作れたのね?』

「お、おう」



 ふぅん、と黒凪は小さく笑った。
 その様子を見た火黒はニヤリと笑顔を見せる。
 一方「話し合いを再会しようじゃないか」と切り出した茶南は黒凪の顔を見ると眉を潜めた。
 茶南はすぐさま他の仲間に目を向け、頷き合う。



『ね、5秒で良いから私の事護れる?』

「…5秒だな?」

『うん。』

「任せて良いの?」



 時音が念を押す様に言った。
 黒凪は彼女に笑顔を見せるとその場にしゃがみ込み地面に片手を当てる。
 ズン、と力が溢れ出した。
 烏森から力を奪っているのか、と火黒が身を乗り出すがすぐに「いや、違うな」と独り呟く。



「1、」

【赤亜、波緑】

【あいよ!】

「2、…3」



 時音と良守がカウントをしながら天穴や鞄を使って迫る石や岩などを黒凪から退ける。
 そんな様子を見た波緑がしまいには巨大な木を地面から引っこ抜き、それを良守たちに投げつけた。
 あれは流石に生身では止められないだろう、焦ったように良守が黒凪を振り返る。



「黒凪!」

『2人共私の傍に。…大丈夫、あの子に気に入られた君たちなら。』



 黒凪の頬を冷や汗が伝った。
 良守と時音を引き寄せ首に腕を回す。
 眉を寄せた黒凪はぎゅっと目を閉じた。



『いくよ』



 ドォン、と木が落下した。
 茶南は良守達がいる場所を覗き込む様に目を細める。
 土煙が晴れるとどす黒い色をした球体の結界があった。
 中には黒凪と、彼女にしがみ付く時音と良守が居る。



【な…!?】

【!…茶南、呪力封じにヒビが】

【何!?】



 はっと足元の石を見る茶南。
 ビキ、とまたヒビが大きくなった。
 呪力封じが抑えられる力の許容量を超えている。
 まずい。破裂する。
 そう呟いた茶南が仲間の名を呼んだ。



【離れろ!】

【はぁ!?】

【良いから命令に従え!】



 なんでだよ!?と叫ぶ赤亜を波緑が掴んで離れた。
 すると次の瞬間呪力封じが2つ程粉々に弾け飛ぶ。
 その様子を見ていた良守と時音は唖然と黒凪を見上げた。



「この結界は…」

『これは絶界。…困ったな、やっぱり君等じゃ駄目みたい』

「うお!? なんだこの変なの!」

「え、…何これ、」



 時音と良守の身体には鎧になる様に力がうごめいていた。
 絶界を解いた黒凪は何処に言うでもなく「ありがとう」と口に出す。
 すると2人の身体の周りの力が消えた。
 やはり共鳴者である正守は拒絶せずにいられたが、そうでない2人は無理だったらしい。
 烏森の力が無ければ2人は今頃跡形も無く消えてしまっていたことだろう。



《(あの子たちを、私の絶界で消滅しないように守って。)》

《そんな事をして何になる?》《どうするつもりなのだ?》《なあ姉上》《面白いものが見られるのか?》



 面白いかどうかは解らないと言って黙らせたが、今頃どう思っている事やら。
 とりあえず助かった。
 2人が無意識に張った結界のおかげで私の絶界に当てられる事が無くなったのだから。
 その無意識を引き出したのは紛れもなく宙心丸であるが。



「中々面白い」「見ごたえがあった」「ただ」「姉上」

『…何、』

「姉上の力」「そう、力」「その力を奪ったら」「もっと面白いか?

『!!』



 目を見開いた黒凪が倒れた。
 良守と時音はそんな黒凪を見ると目を見開いて駆け寄る。
 火黒も突然倒れた黒凪を不思議気に見下した。


 
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