Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


「どうした黒凪!おい!」

「黒凪ちゃん!?」

『…っ、う、』



 ビク、と烏森が怯えた様な気がした。
 その気配を察知した良守は怪訝に周りを見渡す。
 ゴゴゴ、と烏森全体が大きく揺れ始めた。



『返しなさい。今すぐに…!』

【荒ぶってるねェ…。】

「…黒凪、」



 微かな声に時音が振り返った。
 肩から血を流した限がふらふらと黒凪に近付いてきている。
 あの様子だとものすごい激痛で意識も朦朧としているはず。
 怒りに満ちた黒凪の目がそのまま限に向いた。
 それを見て火黒がニヤリと笑う。



【この妖混じりをもっと痛めつけたら…ちったぁ落ち着くか?】

「ぐっ…!?」



 限の肩の傷を抉った火黒。
 痛みに叫んだ限は爪を振り回したが、もちろんその動きにキレはない。
 そんな攻撃を避けられないはずがないだろう火黒は少し距離を取ると、限をもてあそぶように彼に背を向けて走り出した。
 限の額に微かに青筋が浮かび、火黒を追うように限も校舎の反対側の方へと走っていく。



「限君! 離れちゃ駄目!」

『(限も大分頭に血が登ってるなあ…) 全く…こんなことをしている場合じゃないのに。』

【灰泉!】



 そんな中で灰泉が霧を吐き出し周り一体が白く濁る。
 次に灰泉が吐き出したのは結界をも溶かす事が出来る酸の様な液体。
 時音が機転を利かせてまだ形を保っていた呪力封じの下に逃げ込んだ。
 良守もすぐさま黒凪を抱えて退避する。



「限君、大丈夫かな…」

「…大丈夫だ。アイツはそんなに柔じゃねー」

『…』

「おい黒凪!お前さっきから何やって…」



 黒凪は良守の呼びかけにも答えず只管地面を睨んでいる。
 烏森は怯えながらも力を出す事を拒んでいる様だった。
 ぎり、と歯を食いしばる黒凪。
 蓄えている力の差がある、やはり力づくは難しい。
 …ならば。



『さっさと寄越せ!!』

「いっ!?」

「っ!?」



 怒りに満ちた声が響いた。
 すると烏森から微かに力が溢れだす。
 恐ろしさに負けたと言った所か。
 黒凪に力が戻って来た。



『…時間が掛かってごめん。』

「お、おう…」

「…烏森から力を貰ったの?」

『ううん、奪われた分を取り返しただけ。』



 まだ微かに機嫌が悪そうだった。
 そんな黒凪を見ながらも良守は笑顔で言った。
 よし、形勢逆転だと。



「…攻撃の基盤は多分、あの灰泉って奴よね」

「ああ。あいつをまずは叩く!」

『なら私がありったけの強度の結界を護りにつける。』

「じゃあ持ち上げるのは俺な」



 よし、と頷き合って立ち上がる。
 丁度灰泉が放つ液体も止まった所だった。
 良守が3人の足場を作り真上に結界を伸ばしていく。
 黒凪は3人を護る様に最高強度の結界を5重ほど周囲に作り上げる。



「よし、時音!」

「結!」



 灰泉が液体を飛ばしたが黒凪の結界は今までの結界の様に簡単には溶けて行くことはない。
 時音が結界を灰泉に突き刺し灰泉は血を吐き出し、その隙に彼を良守が結界で滅する。
 黒凪も結界の強度を緩めると地面に目を落とし波緑を結界で捕まえ滅した。
 その勢いのまま良守が赤亜を滅するべく彼を結界で囲むが、茶南の鋭い翼で結界が破壊され、赤亜は救出されてしまった。



『…あの2匹は私がやるよ。』



 目を細めて力を溢れさせ始める黒凪。
 その様子に限を片付けて戻って来た火黒が唇を舐めた。
 底が見えない、とても強大な力。もっと見ていたい。



『(烏森ごと結界で囲ってやる。そうすれば中にいる妖すべて一網打尽に…)』

【おおっとこれは…】



 結界が徐々に烏森を囲うように下の方から形成されていく。
 それを見た火黒はさすがにまずい、と足に力を込めて飛び上がる準備をする。
 …しかし。



「それでは面白くない」「姉上」「つまらぬ」「わしは…もっと見ていたい」



 結界の形成が止まり、黒凪の膨れ上がっていた力が一気に消えた。
 そして眉を寄せて立っていた結界の上から落ちていく黒凪。
 文字通り烏森に力を"奪われた"のだ。



【赤亜。あの女を拾ってこい】

【え、マジで? あの女怖ぇよぉ】

【四の五の言わず行け!!】

【うわぁああ!】



 上空から放り投げられ赤亜はまだ残っていた霧に隠れる様に落ちて行った。
 まずい、と良守が下に飛び込もうとすると巨大な邪気に空の雲が流れていく。
 感じた事のある邪気に2人は顔を上げ、良守の顔に小さく笑みが浮かぶ。



「…アイツだ…!」

「限君…?」

「ああ。…なんだよ、元気そうじゃねーか。」


【あーあ。妖混じりの小僧も本腰入れたか…。】



 火黒によって地面に沈んでいた限が起き上がる。
 その体は真っ黒な体毛に覆われ、完全に変化していた。
 痛みは全く感じない。感じるのは苛立ちだけ…。
 そんな彼の背中に複数の小刀が突き刺さり、限の怒りに満ちた目が背後に向いた。



「…邪魔するな…」

「…邪魔だ?ルールを破った奴の言い草じゃねェな。」



 翡葉も限に劣らずの鋭い眼光で彼を睨みつけるともう数本の毒が塗られた小刀を突き刺し、限が倒れ込む。
 徐々に完全変化が解けていき、完全に意識を無くした限の頭を軽く蹴った。



「また繰り返しやがって…愚図が。」



 脳裏に今でも忘れられない、忌々しいあの日を思い出す。
 あれはまだ限が黒凪と共に力のコントロールを学んでいた時だった。
 夜行本部に広がった禍々しい邪気と、泣きながらそちらの方向から逃げてきた
 子供たちを見て現場に急行した翡葉が見たのは完全変化を遂げて黒凪を睨みつける限。
 黒凪の背後には怯えた様子の閃が縮こまっていた。



《どうした!?》

《翡葉さん、限が、アイツが…!》



 あの限の表情から完全に彼の自我は無い。
 すぐに翡葉が限を落ち着かせるために短刀を投げるが、限のスピードにまったく命中しない。
 むしろ彼を落ち着かせるどころか、攻撃を加えてきた翡葉を狙って限が飛びかかってきた。



《っ、このっ…化け物が…!》

《京、妖混じりは化け物じゃない。》



 迫ってきた爪を結界で受け止めた黒凪がいたって冷静に言った。
 翡葉の目が彼女の背中に向く。



《(…でも、化け物じゃないって言ったって)》



 異能を持つ子供たちや、他の補佐役などの目がこちらに突き刺さっていた。
 それはまるで、妖混じりってあんなに危険なんだ…と顔を見合わせて話しているような。
 俺たちの存在が、危険なものとして判断されていくような。そんな。



《(黒凪、これじゃあどんなにお前が努力して俺たちを護っても…俺たちは化け物のままだ。こんな風に暴れてしまう奴が、いる限り。)》



 お前の行動が、すべて無駄になるだけじゃないか…。
 やがて結界で攻撃を防ぐだけでは埒が明かなくなったのだろう、
 黒凪は甘んじるように腹部に限の左手の爪を、左肩に右手の爪を受け入れ限の頭に手を触れた。
 途端に力を奪い取られたように倒れた限と、体の傷が影響して共に倒れた黒凪。



《ひ、翡葉さん、どうしよう、黒凪の心臓動いてない…!》

《…な、》



 …俺の記憶には深く深く根付いている。
 あの喪失感、絶望感…そして、大切な人の思いを、努力を…
 そしてその人のその命さえも無駄にするこの身勝手なガキに対する怒りを。



「…俺はお前が嫌いだ。限」



 誰に言うでもなく呟いた。
 完全に妖気が消えた志々尾に良守と時音が再び空を見上げる。
 嫌な予感に眉を寄せた2人だったが、霧の中から響いた笑い声に其方に目を向ける。
 霧が晴れると赤亜に捕まり茶南の鋭い翼が喉元に突きつけられている状態の黒凪。



【…最後の忠告だ。俺達の要件を呑め。そうすればこの女は返してやろう。】

「っ…!」

「黒凪ちゃん!どうしたの、力が出ないの!?」



 黒凪は目に見えて消耗しきっておりぐったりとしている。



『(まずい、此処まで力を抜かれた状態で死ねば…)』

「おい黒凪! お前そんな柔な奴じゃねーだろ!そんな奴等さっさとやっつけろよ…!!」



 黒凪がちらりと良守を見る。
 このままでは埒が明かない。
 さて。どうしようか。
 ぼーっとした様子のまま黒凪は考える。
 意識が朦朧として来た。



『…そうだ、』

【あ?】

『このまま私が死ねば』



 事が進むのは早いか…。
 納得した様に言った黒凪に赤亜と茶南が動きを止める。
 その声を聞き取った良守と時音はまさかの発言に表情を凍り付かせ、互いに顔を見合わせた。
 一方の火黒もその言葉は聞こえていた様で微かに眉を寄せてしゃがみ込み、黒凪の顔を凝視する。



『(別にいいか…ずっと昔に一度諦めたことだし…)』

【(チッ、つまんねェな。ありゃ本気だ。)】



 火黒が足に力を籠め、赤亜と茶南に向かってものすごい勢いで飛び上がる。
 そして一瞬で彼らをバラバラにし、己を驚愕の表情で見つめる2人に嫌味な笑みを向けた。
 赤亜と茶南がバラバラに斬られたことで囚われていた黒凪が力なく落ちていく。
 一瞬驚いて動きを止めた良守だったが、すぐに結界を配置し黒凪を受け止める。
 そして一目散に黒凪に向かって走り出した時音と良守だったが
 その前に火黒が一瞬で移動し、2人が足を止めて彼を睨む。



【面白そうだから助けたんだけどさ。あの子まだまだ底力に期待ありだよねぇ。(…ま、此処だと本気は出せねェみたいだし、仕切り直しだなァ…)】

「…そこを退いて。」



 冷たく言った時音に「怖い怖い」と肩を竦める火黒。
 すると2人が瞬きをした瞬間に姿を消し、火黒はその背後に移動して片手をあげた。



【今日は退散とするよ。時間もアレなんでね。俺は火黒。ま、覚えといてくれ。】

「テメェ…!」

「良守。」



 今は片付けが優先よ。
 良守が時音の顔を見上げると、彼女も良守に劣らずの悔しげな表情を浮かべていた。
 悔しいが、今はあの妖をそのまま返すのが得策だということだろう。
 一方の黒凪は辛うじて1人で起き上るとぼんやりとした目で駆け寄って来た良守と時音を見た。



「大丈夫、か?」

「黒凪ちゃん…」



 2人が反応の薄い黒凪におろおろと右往左往していると
 時音が背後に気配を感じ勢いよく振り返る。
 見たことのない人物が限を抱えている状況にすぐさま構える時音。
 しかしその人物は特に焦った様子もなく言った。



「あ、待って。俺夜行の人間。」



 言葉と同時に見せられた夜行の紋を見た良守たちはとりあえず警戒を解き、
 その様子に翡葉は限を無造作に降ろして続けた。



「俺は夜行所属の翡葉京一。よろしく」

「…限君は?」

「あー大丈夫。こういう類の化け物は治りが早いからさ。」

「化け物なんて呼ぶな!」



 良守がすぐさま反論した。
 その言葉に微かに目を見開く翡葉。
 しかし彼の目が倒れている黒凪に向くと態度が一変した。



「黒凪!? 大丈夫か、おい!」

『…京、』

「すぐ医療班に…!」

『違う。…此処の所為』



 掠れた声で言った黒凪に「は…?」と眉を下げる翡葉。
 そんな彼の後ろで起き上がった限はぐったりとした黒凪を見ると微かに目を見開いた。
 しかしそんな彼の行動を抑止するように限を睨みつけた翡葉に、彼の動きが止まる。



「…翡葉さん…黒凪を頼みます」

「あぁ。…荷物まとめとけ。」

「志々尾!」



 良守が限を呼ぶと静かに足を止める限。
 しかし振り返る事はせずただ一言「帰る」とだけ言って歩き出した。
 そんな限に見向きもせず黒凪の頬をぺちぺちと叩く翡葉。
 薄く目を開いた黒凪は地面を見る。



『…もういいだろう、面白いものも見られた筈だよ。』

「微妙な所だ」「あの妖が全て持っていった」「姉上が此処まで衰弱するなんて」「…すまぬ」



 ズン、と烏森から力が溢れだす。
 黒凪は目を閉じると呟く様に言った。
 別に良いよ。楽しめたのならそれでいい。



「黒凪…」

『ごめんね、心配かけたね。京。』



 翡葉の両頬を包んで黒凪が笑う。
 すると翡葉も微かに微笑み目を細めた。
 そして徐に彼から離れると良守と時音の肩をぽんと叩いて彼等の横をすり抜ける。



「黒凪…!」

『限のことは大丈夫。とりあえず私に任せておいて。』



 夜行や限の事情は分からない2人にとって信じられるのはその黒凪の言葉だけ。
 時音は小さく頷き、黒凪に背を向ける。
 しかし良守は納得が行かないのだろう、黒凪と共に去ろうとした翡葉を呼び止めた。



「…訂正しろ。志々尾は化け物じゃないって。」

「それは難しい話だな。アイツは紛れもなく化け物だよ。」

「なんだと…!?」



 京。たったの一言。
 その一言で翡葉はピタリと言葉を止めた。



『まだあの日のこと、怒ってくれてるのね。』

「…」

『でも怒りに任せて言葉を放つのは良くない。』




 許せない。


 (後にも先にも)
 (こんなにもひねくれた俺を見捨てないのは)
 (きっと、こいつだけ。)


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