Long Stories

□世界は君を救えるか
16ページ/61ページ



  黒芒楼への一歩


 そうして夜になり、黒凪と限は今日も烏森へと向かう。
 少し違うのは、限が携帯をしきりに気にしている所だけ。
 未だに頭領である正守から帰還の命令が下らないためだ。
 それでも仕事に穴を空けるわけにはいかず、限は渋々といった様子で任務へと向かっている様だった。



『限、連絡は来た?』

「いや、来てない」

『京が見逃してくれたんじゃない?』

「…それはない。俺は嫌われてるから…」



 そんな限に眉を下げた黒凪は
 彼の背中から降りると彼の頭を撫でて口を開く。



『限、京は時間が必要なの。許してあげてね。』

「許すも何も…俺が…」


「おい、志々尾ー!」

『あ、良守君』



 どうやら限の居場所を把握できず探し回っていたらしい良守は
 いざ本人の姿を見ると目に見えて動揺し始めた。
 良い夜だな、なんて普段言わないような事も言っている。
 そんな良守と、遅れて到着した時音を横目に限がぼそりと呟いた。



「別れの言葉でも言いに来たのか…それとも」

『もう、そんなネガティブにならなくても…』


「あ、ちょ、待て志々尾ー!」

「限君!?」



 一目散に逃げた限、それからそんな彼を追って走っていく良守と時音。
 黒凪はそんな3人を見送ると、小さくため息を吐いて結界を足場に烏森上空へと向かう。



『(良守君と時音ちゃんには迷惑をかけるけど…限は一筋縄ではいかない子だから。)』



 おそらく今日が限とあの2人との正念場になるだろう。
 黒凪は今回だけは何も口を出さないでおこう
 そう決めて足元の結界の上に腰掛ける。



「待て! なんで逃げんだよ! おい! 自分の過去を知られるのがそんなに怖いのかよ!?」



 良守の言葉が癇に障ったのか、目付きを鋭くさせて限が足を止める。
 時音も数秒遅れて追いついた。
 黒凪は上空から胡坐を掻いてその様子を見ている。
 限は面倒臭げに眉を寄せると周りを見渡した。



「黒凪ならいねーぞ。たまにはお前がしゃべれ!」

「………」

「兄貴にお前の姉さんの事、全部聞いた。」



 その一言で限の額に青筋が浮かび、その手を変化させると良守に向かっていく。
 うおぉ⁉そんな声を上げてその攻撃を避けた良守と限が睨み合う。
 黒凪は「あらら」と呆れた様に笑う。



「なんだコラ! やる気か!?」

「お前がその気ならな。」

「上等だ! かかって来い!」



 うおりゃあああ!と戦い始めた2人。
 それを横目に黒凪も呆れた様に見ている時音の隣に降り立った。
 斑尾も今回ばかりは良守から離れて傍観している。



『良いねぇ。実力はほぼ均衡してるし良い勝負じゃない?』

「…黒凪ちゃんはどうやって限君と…?」

『うーん、まあ…夜行では私しかいなかったから、多分あの子は必然的に私と仲良くなっただけだと思うよ。』



 私じゃなくて、良守君だったとしても…時音ちゃんだったとしても。
 あの子には誰か周りに人が必要だったから、多分今の私との関係みたいになっていたと思う。
 そう言って限を眺める黒凪に、時音は思わず「それは違うと思う」と言ってしまいたくなった。
 だけど何も根拠が出てこなくて、彼女はそのままその言葉を飲み込んだが。



『あの子は今も昔も臆病だから…良守君みたいにちょっと強引なぐらいがちょうどいいんだと思う。』

「…嬉しそうね。」

『うん? そう?』



 きょとんと時音を見た座に「勘違いかも、」と笑った。
 確かに今見れば特に嬉しそうでもなんでもない。
 …ただ先程一瞬見えた表情はどこか、待ちわびていた物を見つけたような。
 そんな感じがした。



「聞けって!」

「っ!」

『お、結界で関節抑えた。やるね、良守君。』

「…ていうか、学校の被害がいつもの比じゃないんだけど」



 微かに怒りを滲ませて言った時音に黒凪が困った様に笑う。
 一方の限は良守によって関節を全て結界で抑えられ、動きを封じられていた。
 そして良守はそんな限の前に結界から着地すると「兄貴に頼めばどうにかなるだろ!」と改めて声を掛ける。
 しかし限は眉を寄せるとその言葉に返答せず、結界を破壊しようともがき始めた。



「お前なあ、上司だからって何も言わねえのは違うぞ! 兄貴にも文句があるなら言ってやればいいんだよ!」

「黙れ。下手な同情か?」

「なっ…違げーよ! いい加減分かれよ! 俺も時音もお前に居て欲しいんだ!」

「…ぬるい事言ってんな。」



 呆れた様に目を伏せて関節の結界を破壊する限。
 んな、と眉を寄せた良守。
 限は良守に背を向け微かに振り返って口を開いた。



「もうそんなくだらない事言うな。俺に同情すればするだけ時間の無駄だ。」

「っ!…んの、そういうんじゃなくて、俺たちは純粋にお前が必要だっつってんだろ!」

「…それ以上言うなら殺すぞ。…殺すつもりがなくとも、いつどうなるか分からない癖に…」

「俺はお前を信じる!…お前は俺を間違っても殺さねー。絶対。」



 甘い事言ってんじゃねえ。
 ボソッと言った限はすぐさま方向転換をして良守に向かっていく。
 時音が目を見開き良守を護るために結界を作ろうとしたが
 その手を黒凪が即座に掴む。



「ちょっと黒凪ちゃん! 邪魔しない…で…」



 時音の言葉が詰まる。
 なぜならその隣には自分よりも鋭い目つきをした黒凪が
 限の様子を注視しながら構えていたから。



「黒凪ちゃ…」

『心配しないで。あの子が良守君を殺そうものなら…一瞬で滅する。』



 黒凪のあまりにも冷たい声に時音が固まった。
 同じく傍でその発言を聞いていた斑尾と白尾も表情をこう着させ
 黒凪から目を逸らす。



【(マジで瓜二つだぜ…特に双子が生まれる前の…)】

【(おぉ、怖い怖い。)】



 そうしてやがて限の凄まじい足音が途切れ、砂埃が舞う。
 その砂埃が消え、その先に見えた良守の首元へと伸びていた限の爪は
 わずか数センチという短い距離を残して止まっていた。



「な?」



 良守が不敵にそう言って、首元にある限の手を掴んだ。
 すぐに限はその手を振り払い、良守に背を向けるともごもごと尚も口を開く。



「…っ、馬鹿か。お前がどんなに頭領に掛け合っても、決定していたら…」

「んなもん俺が、決定を覆すまで兄貴に言ってやる!」

『そうそう。なんたって頭領様の弟だしねえ。』



 私よりは効くんじゃないかな、説得。
 限の元に近付いて言った黒凪を困った様に見る限。
 すると「ちょっといいか?」と手を振りながら翡葉が現れる。
 黒凪は笑顔で翡葉に手を振り返した。



「…翡葉さん」

「ちょっと待ってくれ、兄貴は俺が説得…」

「その頭領から伝達。お前残留決定だとよ。」

「だから待っ……残留?」



 残れるって事!?と時音が笑って言った。
 すると良守もやっと言葉の意味が分かったのか、ぱあっと笑顔を見せる。
 そして唖然と翡葉を見つめている限の首に腕を回した。



「やったー!」

「ちょ、おいっ…」



 黒凪は微かに微笑むと空を見上げ手を振る。
 上空からその様子を見ていた正守は「見えないだろうけど」
 そう呟きながら手を振り返した。



『ありがとう。態々伝えに来てくれて。』

「どうせ頭領は上から見てるんだろ。」

『うん。ほらあそこ。』

「別に探す気はねーよ。…それより身体は?」



 問題無し。そう言って笑った黒凪に翡葉は安心した様に微笑んだ。
 その様子を横目で見ていた良守は限の背中をバシッと叩く。
 少し前のめりになった限は頬を掻きながら翡葉を見上げ彼に声を掛けた。



「…ありがとうございました」

「別に。頭領の命に従ったまでだ。」

『素直じゃないねえ。』

「コイツに対しての精一杯の "素直" な返答だが?」



 そうとだけ返し翡葉はすたすたと歩いて行った。
 そんな翡葉に手を振る黒凪を見た良守はまた限の背中をバシッと叩く。
 次は限が良守を軽く睨み「なんだよ」と苛立ったように言った。
 ニヤニヤと笑った良守は「頑張れよ!」と再び限の背中を叩く。



「あのな…」

「はい。じゃあ2人で後は片付けてねー。」

「片付けるって何…を……」



 ボロボロになった校舎、不自然にへこんだ地面。
 それらを見た良守はさーっと顔を青くさせた。
 その様子を見た限は気配を消して去ろうとする。
 しかし時音がその手をパシッと掴んだ。



「ほら、限君も手伝う。」

「え、」

「そうだぞ志々尾! お前は瓦礫と倒れた木を運べ!」

「…俺は壊すの専門…」



 んな専門あるか!
 そう言った良守に引き摺られていく限。
 黒凪は微笑ましげに笑うとひらひらと手を振った。




 信頼されるということ。


 (また壊してしまうかもしれない。)
 (でもそんな俺をまっすぐに信じてくれたこいつに)
 (応えてみたいと、思った。)


.
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ