Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


 ピンポーンと、アパートのチャイムの音が部屋に響く。
 ここのチャイムの音を聞いたのはこれが初めてではないだろうか。
 今まで誰もこのアパートに訪ねてきた人などいなかったことだし。
 黒凪は布団の中で少し唸ったが、すぐに布団を頭からかぶってまた静かになる。
 その様子を見て限は浮かしかけた背中を壁に付ける。黒凪の為にも無視しよう、その考えに至ったらしい。
 しかし。



「志々尾ー。おーい。」



 また部屋のチャイムが鳴った。
 限の眉間に少し皺が寄る。
 誰かと思えば、墨村か…。
 そんなことを考えながら扉の前に移動した。



「居るなら返事しろよー。なぁー」

「…何の用だ?」

「うお、…お前扉の前だろ。開けろよ。」

「……何の用だ。」



 開ける気のない限にため息を吐いた良守は
 1人手に持っていた弁当を持ち上げて言った。



「父さんがお前と黒凪に弁当作ったんだ、食え。」

「…。そこに置いていけ。」

「俺の分もあるんだよ。」

「…。」



 やっとこさ開いたアパートの扉。
 その隙間から中に立つ限の顔を見て、片手をあげる良守。



「よ。」

「入れ。…黒凪が寝てるから静かにな。」

「まだ寝てんのか?…もう昼だぞ…」

「最近疲れてるらしい。」



 布団にくるまって眠っている黒凪を横目に限と向かい合って座る良守。
 黒凪の分の弁当はそれとなくおいておき、2人で大半を平らげる。
 お互いに食べ終わり、暫しの沈黙が降りると良守が徐に話始める。
 その声は黒凪に配慮してか、普段より小さい。



「学校休んで何してたんだ? 黒凪が調子悪かったのか?」

「それもある。…俺の場合は精神統一だ。黒凪は行けって言ってんだがな。」

「精神統一…。気合い入れ直してたって事か。」

「うん」



 小さく頷いた限の目が良守の隣に置かれている箱に向かった。
 それは? と訊いた限に良守がぱあっと笑顔を見せる。
 良いトコに気づくじゃねーか、と若干わくわくした様子で箱を開いた良守。
 中には綺麗なホール型のチョコレートケーキが入っていた。
 「俺様特製の…」まで大きな声で言いすぐさまボリュームを下げる。
 が、時すでに遅し。黒凪が微かに目を開いた。



「…お前が作ったのか」

「おうよ。…んだよその顔。馬鹿にして――」

「食うよ。皿は?」

「お?…ある、けど」



 良守が皿を取り出し限に手渡す。
 受け取った限は背後で眠っている黒凪に体を向けると
 その背中をげしっと蹴った。
 おい、と良守が焦った様に立ちあがると黒凪がまたのそりと動く。
 …何? そう言った黒凪の声は普段よりも幾分か低く掠れていた。



「墨村がケーキ作ったらしい。」

『…え、そうなの…?』

「お、おう。…でもそんな無理して食わなくても、」

『いや、食べるよ。』



 ゆっくりと起き上がった黒凪は足を引き摺る様にして限の隣に座った。
 ぼーっとしている黒凪は時折コテッと限に凭れ掛かる。
 そんな黒凪を肘で退かせ彼女の手にケーキの乗った皿を握らせる限。
 その兄妹の様な2人の状況に良守は微かに目を瞬かせた。



「…」

『…あ。美味しい。何これー…』

「チョコケーキだけど…。…つか志々尾は何か言えよ…」

「……」



 無言を貫き通す志々尾に黒凪が眉を下げて笑った時
 本日二度目の来客をインターホンが知らせた。
 うん?と同タイミングで扉を見る良守と黒凪。
 扉の向こうから「限ー、黒凪ー。」と親しげに2人を呼ぶ声がする。
 黒凪は聞き覚えのある声に立ちあがった。
 しかし限がすぐさま黒凪の服を引っぱり彼女が玄関に行く事を阻止する。
 またインターホンが鳴った。



「ちょっとー?返事しなさいよー!」

「…おい、志々尾良いのか?」

「絶対お前開けるなよ…。」

『ちょっと限ー…』



 玄関に向かおうとする黒凪をギリギリと押さえつける限。
 その様子と限の必死の表情を見た良守は思わず「何だその顔!?」と声を上げる。
 限は側の押入れを見るとひょいと黒凪を放り込んだ。
 ちょっと! と黒凪が扉を叩くも限はそれを押さえつける。



「おい墨村、この扉結界で塞げ」

「はぁ!? お前さっきから何して…」

「あの女と黒凪を会わせる訳には…」

「は…?」



 わなわなと震える限の一睨みで渋々扉を結界で固定した。
 その瞬間に玄関の扉が鈍い音を立て破壊される。
 見事に室内に吹き飛んできた扉を見た良守は突然の出来事に跳び上がると
 恐る恐る玄関を覗き込んだ。
 入り口には仁王立ちをして腕を組んだ女性が立っている。



「来ちゃった☆」

「…誰だアレ…?」

「どーも良守君! ウチの限がお世話になってまーす! あと黒凪も!」

「……お前の母さんか?」



 違う!ばっと振り返って力いっぱい反論した限に良守は少し後ずさった。
 ずかずかとそんな2人等お構いなしに入り込む女性。
 その後を申し訳無さ気に時音も続いた。
 時音の姿を見つけた良守は「時音!?」と目を大きく見開く。



「私が連れて来たの。限、久しぶり〜」

「………」

「あ、あの…?」

「ああ、私は花島亜十羅。夜行所属の妖獣使いよ。限がこっちに配属されるまでは黒凪と一緒に限の面倒を見てたの。」



 よろしく! そう言ってにっこり笑った亜十羅に「どうも…」と取り敢えず頭を下げる良守。
 そんな良守にもう一度笑顔を向けた亜十羅は机の上にあるケーキを見ると微かに目を見開いてしゃがみ込んだ。
 じーっとケーキを見る亜十羅に良守と時音も顔を見合わせる。
 亜十羅はチラリと限を見た。



「限、アンタ甘いの苦手じゃなかったっけ?…あ、黒凪が食べた?」

「志々尾も一応食ってましたけど…」

「そうなの!?」

「え、そんな苦手なんですか!? …なんだよ言えよ志々尾ー…黒凪を態々起こすし2人共好きなもんだと…。」



 眉を下げる良守から目を逸らし「悪いし、」と歯切れ悪く言った限。
 その顔を見た亜十羅はぱあっと目を輝かせた。
 仲良くなったの!?そう言ってドタタッと限に詰め寄った亜十羅を限が一瞬睨む。
 しかしそれを意に介さない亜十羅は「よかったー!」と限を抱きしめた。それはもう、思いっきり。



「や、やめっ…」

「なーに照れてんのよ! 昔あたしと一緒にお風呂も入ってたじゃなーい!」

「煩い! 余計な事言ってんじゃねぇ!」

「あははは! アンタ結局黒凪とは照れて一緒にお風呂入れなかったよねー!」



 煩い! と顔を真っ赤にして言う限を良守達は唖然と見ていた。
 すると亜十羅が部屋を見渡し不自然に押し入れに掛けられている結界を発見する。
 あれ? 黒凪はそこ? と首を傾げた亜十羅から離れた限は押入れの前に移動した。
 扉を開けさせまいとする限に時音が良守を見る。



「なんか黒凪を会わせたくないらしくて…。」

「亜十羅さんと?」

「多分…」

「黒凪ー? 何処ー?」



 部屋のどこにいても聞こえる様に言った亜十羅の言葉にすぐさま「此処。」と黒凪が返事を返した。
 ギクッとした限の頭にぽんと手を置いた黒凪は押入れの隣にある壁を擦り抜け亜十羅の前へ。
 久しぶりー!と手を取り合う2人を前に限は1人項垂れた。



「これだから結界師は…」

「えええ!? アイツ壁、壁を…!?」

「結界師ってそんな事も出来るの!?」

『結界師はこーんな事も出来るの。』



 黒凪が得意げに笑った。
 新しい結界師の可能性に呆然と立ち尽くした2人。
 しかしどうにか気を取り直した時音が場を収め
 アパートの小さな机に良守と時音が隣、亜十羅と黒凪が隣と言った具合に座る。
 限は少し離れた所で小さくなっていた。



『で? 急にどうしたの亜十羅。あんたのアドリブ行為は今に始まった事じゃないけど…。』

「失礼ねー。今日はちゃーんと目的があって来てます。」



 いつもあんな唐突に現れてるのか…、と良守が小さく呟いた。
 そんな良守を横目に時音が「目的?」と問い返す。
 すると亜十羅はニコッと笑って限を見た。



「今回私は貴方達をテストしに来たの。ほら、この前限がクビになりかけてたじゃない?」

「あー…、まあそれは…」

「黒凪もそうだと思うけど、教育係のあたしとしては見逃せない訳。ねぇ?」

『うんうん。』



 意気投合する2人に限が不貞腐れた様子で目を逸らした。
 その様子を見た亜十羅は「アンタもこっち来たら?」と限に声を掛ける。
 限は反応を示さない。
 限に対する接し方や口調は黒凪と亜十羅は似ている所がある。
 しかし限の態度は黒凪と亜十羅でかなり違っていた。



「…来な。早く。」



 亜十羅の言葉に何も言わず限が亜十羅の隣に移動した。
 その様子に「うおお、」と良守が目を見開く。
 どうやら言う事は訊くらしい。



「後であたしの泊まってるアパートに来るんだよ限。黒凪の代わりに絞ってやるから。」

「………」

「んで、テストの内容だけどテーマは"チームワーク"。良守君達と限と黒凪。それぞれでのチームワークは大丈夫だろうけど問題は4人でのパターン。」



 うんうんと黒凪と時音が頷いた。
 翡葉の話では良守君達は協力しようとしてるけど限が黒凪に
 それはもう金魚のフンの様にずーっとくっついてるんでしょ?
 そう言った亜十羅に「変な言い方すんな」と反論した限だったが
「実際そうだぞ」と良守と時音が目で訴えた。
 限は何も言わず目を逸らす。
 その様子を見ていた亜十羅は「と言う訳で。」と黒凪の肩を抱く。



「今回テストを受けるのは限と良守君、時音ちゃん。黒凪はあたしと一緒にテストを仕掛ける側よ。」

「な、」

「だって黒凪が居ればアンタすぐに頼るじゃない。それにこんなチートが私の敵だったら私負けちゃうだろうし。」

『あはは。』



 "敵" って? 
 亜十羅の言葉に引っかかった時音が徐に訊き返す。
 すると亜十羅は唇に人差し指を当て片目を閉じた。
 その仕草に何も聞かない事にしたのか時音が口を閉ざし、徐に限と良守に目を移した。



「どう?あたしのテスト受けてくれる?」

「…解りました。そう言う事なら。」

「ありがとう。じゃあ早速今夜決行ね。烏森学園で会いましょ!」

『亜十羅、アンタ何処に泊まってるの? 京のアパートと近い?』



 近いけど? と言った亜十羅に「じゃあ私も」と
 黒凪も共にアパートから出て行った。
 随分と仲が良さげな2人を見送った良守は限に目を移す。
 限は床を見つめ、また深い深いため息を吐く。



「…あの2人、お前の教育係だったのか」

「あぁ。」

「ふつーに仲良いじゃん。俺てっきり仲悪いんだと…」

「仲が良すぎるんだよ。」



 吐き捨てる様に言った限に時音が首を傾げた。
 限は部屋の隅に移動させた広げたままの弁当をチラリと見て続ける。



「あいつ等は2人揃うと夜行の修行で無双する。…いつも俺や他の妖混じりの奴等は完膚なきまでに負かされてた。」

「お、おお…」

「…しかもかなりエグい手口で。」

「えぇー…」



 フフフフフとあくどい笑顔で見下して来る亜十羅と黒凪が時音と良守の脳裏に浮かんだ。
 確かにあの2人なら何となくありえない話でもない様に思える。
 しかも当の経験者である限が此処まで怯えているのだ、並大抵のものではないのだろう。
 嫌な予感に時音と良守は思わず顔を見合わせた。



 
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