Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


「黒凪ー。もう行くよー?」

『はいはーい』



 よいしょとアパートの窓から飛び出せば下にはもっふもふの毛を持つ雷蔵が。
 黒凪がしっかりと雷蔵の背中に着地した事を確認した亜十羅は
「行くよ!」と雷蔵に軽やかに声を掛ける。
 返事を返した雷蔵はダダダダダと勢いよく走り始めた。



『限の事叱ってくれた?』

「もうバッチリ! こってり絞ってやったわ!」

『ありがとね〜。私叱るの苦手だからさ。』

「あはは、あんたは限にはとことん甘いからね!」



 あははは、と2人で笑いあう。
 そうこうしているとすぐに烏森に辿り着き校舎の前で集まっている良守達を見つけた。
 雷蔵は機転を利かせて其方に猛突進していく。
 3人ギリギリで雷蔵に止まる様に指示を飛ばした亜十羅が
 体操選手の様に軽やかに着地した。
 黒凪も遅れて雷蔵から降りると限が何気なくこちらにやった目が
 雷蔵とバッチリと合う。



「この子は雷蔵って言って、私の相棒…」

【げんー!】

「ちょ、おまっ」



 思い切り突っ込んで来た雷蔵をモロに受けとめた限はその勢いのまま雷蔵と共に転がって行く。
 そのまま雷蔵は容赦なく限を放り投げたり踏みつけたりと彼にじゃれ付き始めた。
 その様子をチラリと見て亜十羅がくすっと微笑む。
 黒凪も何処か嬉しそうに限の様子を見ていた。



「あの2人は夜行の中でもかなり仲が良くてね? 雷蔵はもう限が大好きなの!」

『亜十羅と限がタッグを組む時はいつもあんな感じになるの。』

「うんうん。…ただ…」



 ビシャーン!と雷が雷蔵の元に落ちた。
 勿論雷蔵とじゃれていた限はその雷の巻添えに。
 ぽかーんと口を開いて見ていた良守は亜十羅を見る。



「反射的に落雷起こしちゃうからねー。アハハ。」

「いやいや! 志々尾黒焦げになってますけどっ!?」

【あぁ〜げんげん、ゴメン…】



 黒焦げになった限を涙を浮かべて眺める雷蔵。
 しかしそんな中で平然と立ち上がった限は亜十羅と黒凪に向き直った。



「確認しておきたい事がある」

「何?」

「お前の出すテストとやらに合格すれば、お前夜行に帰るんだよな。」

「なーによその言い草。ったく…雷蔵!」



 黒凪も! と声を上げた亜十羅に従って黒凪も雷蔵に乗り学校の壁を登って行く。
 屋上のフェンスに到達した雷蔵はフェンスを少し歪ませながらその上に乗った。
 おい、と苛立ったように言う限を見下した亜十羅が不敵に微笑む。



「アンタの言う通り、合格すれば私は夜行に帰る。ただしさっき黒凪と相談したんだけど…」

『合格出来なかったら限は夜行に帰ること。』

「な、」

『あんたの後釜は閃にやらせるから。』



 テメェ、と黒凪を睨む限。
 黒凪はにっこりと微笑んだ。
 その笑顔を見た限はゾクッとした寒気に体を硬直させる。
 亜十羅さん! と抗議の声を上げた良守を見た亜十羅は烏森を見渡して口を開いた。



「あ、そうそう。ココには私の可愛い妖獣ちゃん達が沢山来てるからね。」

「え、妖獣…」

「私と雷蔵が着けてるこのバンダナをしてる子達は間違えて滅しちゃ駄目よ?」

『制限時間は30分。課題は亜十羅を無傷で捕まえる事。…だらしない攻撃や作戦を立てたらただじゃおかないからね。』



 んじゃあスタート! 亜十羅の言葉と共に雷蔵が口から雲を吐き出した。
 その雲に紛れる様にして亜十羅と黒凪が姿を消す。
 くそ、と眉を寄せた良守は始まった時間を時計で確認した。
 その隣で微かに額に青筋を浮かべた限は「ふざけやがって、」と1人走って行く。
 そんな限の気配を察知した黒凪は深いため息を吐いた。



『あの子もう良守君達から離れたよ。』

「あららら。すーぐ頭に血が上るんだから…」

『亜十羅、あんたここからどうするの?』

「好きに動くわ。黒凪はずっと私の護衛。よろしくね?」



 分かってるよ、と黒凪が小さく微笑む。
 しかし雷蔵から離れた2人の身体能力は天と地ほどの差がある。
 亜十羅が黒凪を抱えて木の枝を跳び回っていた。
 いやあごめんね。と黒凪が眉を下げると背後に限が現れる。
 それに気が付いた亜十羅は振り返り限を見た。



「限! 止まりなさい!」

「っ!?」

「そしてそのまま気を付け! 動くな!!」

『結。』



 ビシッと動きを止めた限に止めを刺す様に頭に結界をぶつける。
 ゴン、と鈍い音を立てて限が木から落下した。
 それを見つけた良守は「志々尾!?」と叫び狼狽える。
 ふん。と目を細めた亜十羅は黒凪を連れて再び走り出した。



「とりあえず黒凪は屋上ね。そこからなら私が何処に居てもサポートできるでしょ?」

『うん。任せといて。』



 さてと。そう呟いて屋上に腰を下ろす。
 亜十羅はそんな黒凪を尻目にフェンスに乗り、烏森を見渡した。
 すると亜十羅が腰につけていたポーチがもぞもぞと動き中から小さな妖獣が顔を覗かせる。
 三つ目の黒い妖獣。その姿を見た黒凪は笑みを浮かべ顔を覗き込んだ。



『おはよう魔耳郎。』

【…あれ、黒凪はまた教官役?】

『そ。私が敵だったら怖いでしょ?』

【うん。怖いね。】



 魔耳郎はくしくしと脳天にある角をいじると「あ。雷蔵がやられた。」と亜十羅と黒凪に告げる。
 亜十羅は「そっか、」と少し困った様に言うと魔耳郎に笑顔を向けた。
 意図を読み取った魔耳郎は徐に亜十羅の背中にしがみ付く。
 ばさりと開いた翼。それを確認した亜十羅は立ち上がりふわりと飛び上がった。
 ギュンと空中を飛び始めた亜十羅にひらひらと手を振る黒凪。
 黒凪は目を閉じ探査用の結界を展開した。



「―――!」

「この感じ…黒凪ちゃんね」

「相変わらず兄貴に似て陰気な気配だな…」

「…あぁ、俺も思ってた」



 頭領に似てるよな。
 薄く微笑んで言った限に良守は思わず動きを止めた。
 するとそんな3人の上空に亜十羅が現れ瞬く間に風を切り進んでいく。
 空飛べんの!? と驚いた様子の良守に限が補足する様に説明した。
 亜十羅の背中にある翼は魔耳郎と言う妖獣のものであり近づく敵全ての動きを察知することが出来ると。



「…やっぱり此処は限君のスピードに頼るしか…」

「そうだな。俺等が志々尾をサポートして速度をどんどん上げてけば…」



 同時に限を見た時音と良守は彼の不安に満ちた表情に凍りついた。
 何、どうしたの? と訊いた時音から目を逸らす限。
 再び良守が「なんだよ、」と訊くと渋々口を開いた。



「…アイツと黒凪が俺の教育係だって言っただろ。」

「おう」

「……昔こってり躾けられた所為であいつ等2人…特に亜十羅には逆らえない。」



 逆らえないと言い切った限に「流石妖獣使い…」と時音と良守の考えがシンクロした。
 カミングアウトを終えた限は暫く黙り再び「あとは、」と付け足す様に口を開く。
 まだあるのか? と良守が身を乗り出した。
 限の目が徐に目を逸らす。



「…黒凪に何かあるとそっちに意識が向く。」

「あ、それは知ってる」

「!?」

「え…お前バレてないと思ってたの…」



 良守の一言で限はがっくりと肩を落とした。
 ちょっと。と時音の肘が良守を突く。
 すぐさま良守は「ごめんごめん」と限をフォローした。
 しかし限は微かに頬を赤く染め口元を手の甲で隠す。



「昔から一緒にいてくれた奴だからアイツだけは本当に…」

「…うーん。とりあえず亜十羅さんは耳栓で防ぐとして…」

「黒凪だな…」

「……気にしなければ良い。俺がどうにかする。」



 ぐっと拳を握って言った限。
 流石に目を閉じろとまでは言えない為良守と時音も頷いた。
 亜十羅は依然空を悠々と飛んでいる。



「うーん、なかなか仕掛けてこないなあ…。ちょっと高度下げよっか、魔耳郎」



 中々仕掛けて来ない良守達にしびれを切らせ、亜十羅が少し高度を下げて彼らを目視で探し始める。
 その様子を目で追っていた黒凪は亜十羅を捉えるように現れた巨大な結界に「お、」と呟いた。
 チラリと右側を見れば上空に作った結界を足場に立った良守が、どんどん亜十羅を捕まえるように結界を作っていく。
 しかしそれでは魔耳郎のセンサーを携えた亜十羅は捕まらない。
 すると今まで作られて行っていた良守の結界の上に音を立てずに限が降り立った。



『やっぱり限のスピードで魔耳郎に対抗する気だね。』

【ウシシシ】



 黒凪の横に座っているのは亜十羅の妖獣、潜助。
 潜助の頭を撫でた黒凪は立ち上がり目を細めて限の動きを見る。
 良守と時音のサポートがあり徐々に速度が上がって行った。
 それを見かねた亜十羅が動きを止め息を大きく吸う。



「限! スピードを落としなさい!!」

『…あれ』

「あれ?」



 スピードが落ちない。と亜十羅と黒凪が同時に呟いた。
 眉を寄せた黒凪が試してみようと再び探査用の結界を広げる。
 一気に己を飲み込んだ黒凪の気配にピクリと限も反応を示した。
 しかし黒凪を見ようとはしない。
 そんな限の行動に亜十羅も目を見開いた。



「黒凪にも反応しない…」

『へぇ…』



 とりあえず良守君達の結界を全部破壊しようか、と考え構えたが…止めた。
 そこまで本気になっては意味が無い。
 折角あの子達だけでクリア出来そうなテストを出したのに。
 …ただ、少し邪魔するのは良いよね。
 黒凪はいつの間にか姿を消している潜助に笑みを見せた。



「…きゃあ!?」

「時音!?」

「お、ナイス潜助!」

『私の指示でーす。』



 ありがと☆そう言ってバチッとウインクをした亜十羅に黒凪も笑みを向ける。
 潜助に飛びつかれた時音はとてもじゃないが結界を作れそうにはない。
 残り時間を見た。後30秒。
 此処までかな、と呟いて脳裏に閃を思い浮かべる。
 あの子がこっちに来たらきっとビビりっぱなし…。
 そこまで考えた時。



【亜十羅まずい。回避しないと…】

「へ?」

「行けぇええ!」

「うおぉおおっ!?」



 限の珍しい叫び声、と良守君の訊き慣れた叫び声。
 何事かと顔を上げれば不自然に亜十羅の側まで迫っている良守。
 あの体勢から予測するに限に投げ飛ばされたのだろう。
 苦渋の選択だが良守はどうにか限に応えようと結界を作った。



『…良守君! そのまま結界を狭めて手を伸ばして!』

「結界を狭める!?」

『結界の角を自分に引き寄せるイメージ!』

「む、無理だー!」



 んな、と黒凪が眉を寄せる。
 しかし限が投げた時の勢いは消えずそのまま良守が手を伸ばした。
 魔耳郎の機転も働き回避し始める亜十羅。
 限は良守が彼女を捕まえる事を願う他ない。
 時音も潜助を引っぺがし良守を見上げた。



「捕まえ……」

「魔耳郎、もっと速く!」

【っ…!】



 んなぁ!?と良守の声が響いた。
 良守が掴んだのは亜十羅のスカーフだけ。
 当の本人である亜十羅は良守から離れた結界の中でタイマーウォッチを見下した。
 途端にタイムオーバーの音が鳴り響く。
 黒凪は「あはは」と笑いながら座り込み、限に目を向ける。



「…さーて。判定は…」

『これは合格をあげないとね。亜十羅。!』

「そ! ごーかく♪」



 亜十羅と黒凪の言葉に3人がばっと顔を上げた。
 マジで…と良守が亜十羅に声を掛けた途端に2人が入っていた結界が解ける。
 落ちていく良守の視界に先ほどまで彼の結界があった場所に手を伸ばしている黒凪が映った。
 きっと彼女が術を解いたのだろう「ギャー」と良守が落ちて行った。
 そんな良守の首根っこを掴んだ限が一緒に地面に降りてやる。
 その様子を見た亜十羅はまた嬉しそうに笑った。



「本当に良いんですか…? 第一、私達亜十羅さんを捕まえられてないし…、」

「なーに言ってんの。限が貴方達を頼ってた時点で合格を決めてたわよ? あたしは。」

『え、私閃の事思い浮かべてた…』

【げーん!!】



 ドドドド、とまた雷蔵が走って現れ限を連れ去っていく。
 あー! と楽しげに限にじゃれる雷蔵。
 その様子をまた黒凪は笑顔で見守った。



【げんげん帰ろ! やぎょーに帰ろ!】

「!…悪いけど、まだ帰らない」

【えー…げんげん……えー…】

「…もっと他に戦闘向きの奴居ただろ。夜一や月之丞でもよかったんじゃねーのか。」



 限らしい質問に笑顔を見せた亜十羅は
 良守から受け取ったスカーフを首に巻きながら口を開いた。
 あたしはアンタ達を傷付けに来たんじゃないのよ。
 その言葉を聞いて限が微かに微笑む。
 限の表情を見た亜十羅も微笑み彼の肩に手を置いた。



「友達は大事にしなさい。一生ものよ?」

「!」

「よし。帰ろっか雷蔵!」

『バイバイ亜十羅。また。』



 またね! そう言って黒凪とハイタッチを交わした亜十羅。
 ふわふわと雷蔵と共に空に飛び上がった亜十羅は大きく手を振った。
 その様子を4人で見送る…中、亜十羅の表情がいたずら心からにんまりとした笑顔になった。



「じゃあねー! 限、また一緒にお風呂入ろーねー!」

「な、何バカなこと…!!」

「今度は黒凪も一緒よー!」

「アイツぶっ殺す…!」



 なんだって? とドスの効いた亜十羅の声が響き渡る。
 限はビシッと固まって目を逸らした。
 黒凪は「あはは、」と笑いながら手を振る。




 嵐の様に。


 (嵐の様な人だったな亜十羅さん…)
 (げんげん一緒に風呂に入れるとか羨ましい限りだぜー)


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