Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


「おーい志々尾ー。黒凪ー。」

『良守君? どうしたの?』

「…」



 とある日、授業が終わり家へ帰ろうとしていた黒凪と限の元へ良守が現れた。
 一緒に帰ろうぜ、と珍しくそんなことを持ちかけてきた
 彼に一瞬怪訝な顔をした2人だったが、別段断る理由も無く彼らも荷物を持って立ち上がる。



「あのさ、今日ちょっとうちに来てくれねーか? ちょっと聞きたいことがあって…」

『ああ…いいよ、分かった。限もいいよね?』



 小さく頷いた限を見て良守を先頭に
 その隣に黒凪が並び、一方後ろで限が歩く。
 そのまま墨村宅に着くと、入った途端にかわいいエプロンを付けた良守君の父親である修史さんが。
 以前の様に笑顔で全員を迎え入れると…私たちをとある部屋の机の前に座らせ、大量の料理を持って現れる。



「沢山あるからどんどん食べてね。これとこれも美味しいよ!」

「ど、どうも」

『ありがとうございます…?』

「うんうん! 皆授業で疲れてるでしょ? 食べて食べて!」



 嬉しげにご飯をよそう修史を横目にチラリと限を見る。
 限は困った様に眉を下げながら食べていた。
 かなりの量がお茶碗に盛り付けられていて、それを見て思わず笑ってしまう。
 するとそのタイミングで出かけていた繁守が帰った様で、修史が玄関に向かって歩いていった。



「あ゙ー…食った食った。志々尾、もっといるなら言ってきてやるけど…」

「…いや、それより…」

「んあ?」



 食器を片して部屋を出て行こうとした良守を凄い眼光で見つめる限。
 そんな限に小首を傾げた良守に黒凪が口を開く。



『帰りたいみたい。この子こういうの慣れていないから。』



 小さく限が頷く。
 しかし良守は意に介した様でもなく
「父さんの気が済むまで居てやって」と笑顔で返した。
 限はまた困った様に眉を寄せると「墨村…!」と彼を呼ぶ。
 と、修史が帰って来た。



「あ、良かったらお風呂入って行ったら? 志々尾君も間さんも。」

「え゙」

「入ってけば? なんなら黒凪と一緒に入ればいーじゃん。リベンジリベンジ」

「ばっ、…俺は風呂が苦手なんだよ」



 限の言葉に次は良守が絶句する。
 それは汚ねーぞ…と言う良守に「煩い!」と返した限。
 黒凪は限は風呂が苦手だから亜十羅に無理やり入れられた事を良守に伝えた。
 それを訊いた良守は「成程なー」と納得した様に頷く。
 するとそんな黒凪達の前に繁守が姿を見せた。



「…間殿。少しお時間を頂けますかな?」

『?…ええ、勿論です。』

「あ、じゃあ志々尾はこっち来いよ。俺も丁度訊きたい事あるんだ。」

「俺に?」



 そんな会話をしながら2手に別れ
 黒凪は繁守の自室に案内され対面する様に座った。



「昨今…徐々に奴等の…黒芒楼の影が近付いてきております。こちらとしても探りを入れようと式神を放ちましたが、奴等は異界に居る為どれも失敗に終わっております。」

『あぁ…それは正守君からも伺っています。流石に式神だけでの異界への侵入は難しいでしょうね。』

「ええ…。そこで間殿。何か奴等についてご存じであればご教示いただきたいのですが。」



 黒凪が机に目を落とし、記憶を探るように目を細める。
 あれはそう、400年ほど前のこと…。



「"黒芒の化け狐"。異界に城を構えているそうですな。」

『ええ。過去に父と共に立ち寄ったことがあります。』



 不自然に開いた異界への穴。
 開いた原因を探すべく父である間時守と共にその奥に位置する異界へ向かった。
 既に烏森の封印を行った後で、父の力がかなり衰弱している時で
 その先陣を切っていたのは黒凪の方だった。



『中に入れば辺り一面がススキ野原でした。その中に衰弱した前の主と…一匹の狐が立っていた。』

「…生え抜きではないと」

『ええ。私が思うに、あれは只の妖ですね。…偶然前の主の死に目に黒芒の異界へ入り込んだだけの…』

「その化け狐が今や黒芒楼などと名乗りを上げて烏森を攻めて来ている、と…。」



 うーん。と黒凪は右上を見上げる。
 その化け狐が攻めて生きている、というのは少し違う気がします。
 その言葉に繁守が黒凪を見た。



『あの狐は所詮はただの妖…。そろそろ寿命も尽きる頃でしょう。その影響で土地自体も弱ってきているはず。そのため烏森を新しい黒芒楼にするつもりだということだとは思いますが…。』



 ただ私が疑問なのは、それを目論んでいるのは本当にその狐自身なのかということ。
 少なくとも過去に出会ったあの狐は…勿論その性質は妖だったけれど
 どこか神らしく、自分にも周りにも興味がなく…ただ、その好奇心のままに動く。
 そんな存在だった。



『それにあちらの動きがどこか "人間らしい" 部分も一つ、気になっています。』

「…確かに集団で行動している事も、おおよそ妖らしくはない様に思えますな。」



 しん、と沈黙が降り立った。
 繁守の表情を見れば、多少は納得した様子で今の話で大体彼の中で
 敵の目星がついたのだろう。



『それではそろそろ私はお暇します。少しでも役に立てていられれば光栄ですが…。』

「いえ、大変貴重なお話でした。」



 深く頭を下げた繁守に黒凪も小さく会釈をし、彼の部屋を出ていく。
 するとその直傍に黒凪を待つように良守が立っていた。



「お、やっと終わったか。」

『うん。話の内容は聞いてた?』

「…まあ、多少は…。」

『素直でよろしい。』



 小さく笑ってそう言った黒凪をちらりと見て、良守は傍の縁側に腰を下ろした。
 どうやら限は現在風呂場にいるようで、ここで一緒に彼を待つということなのだろう。



「最近繁じいの奴、兄貴とよく電話してんだ。昔はお互い毛嫌いしてた感じだったのに…。ま、多分黒芒楼についての話をしてるんだろうけどな。」

『うん』

「…俺、信用されてないのかなって、ちょっとムカついてんだ。そりゃあ今は兄貴の方が頭も切れるし、実力だって全然上だけどさ。烏森を護ってるのは俺なのに…」



 そうぼそぼそ話す良守に小さく笑みを浮かべ、黒凪が言う。
 確かに烏森を主体的に任されているのは正統継承者の2人だけど…
 この烏森は裏会にとっても、どの組織にとっても妖の手に渡ってしまうと
 困る、そう言った特殊な土地なんだ。



『だから正守君も目をかけてるんだと思うよ。』

「…。信頼していいのかな。兄貴のこと。」

『…うん。正守君はね、君も分かっていると思うけど…ちょっと捻くれてる。でもね。』



 良守の脳裏にかつてまだ正守と共に過ごしていた時の記憶が過る。
 自身の右手に現れた方印を睨みつけるようにしていた顔や、頑なに方印を見ないようにしていた様子。
 はたまた、方印を隠そうとした俺を睨みつける、あの暗い眼差し…。



『君たち家族のことや仲間のことは本当に大切に思ってるから。だから…信頼してあげて。』



 そして、修行に明け暮れて汗だくになった俺の顔にタオルを放り投げてくれた。
 そんな記憶も。



『あれはただ、長男として必死に取り繕っているだけ。本当は1人ぼっちで必死にもがいてるんだよ。』



 限が黒凪達の背後で足を止めた。
 そんな限に黒凪が笑みを浮かべて振り返る。



『限、お帰り。』

「…あぁ」

『今の話、聞いてた?』

「まあ…多少は。」



 そうとだけ返した限の手にはすでに彼自身のものと
 黒凪の分と2人分の荷物が担がれていた。



『それじゃあ一旦私たちはアパートに戻るね、良守君。』

「ん、ああ…」

『またあとで。』



 そうして限と共に帰路に就く黒凪。
 限は隣に歩く黒凪をチラリと見て地面に視線を落とした。




 1人ぼっちで、もがく。


 (黒凪から兄貴の話を聞いていた時…)
 (1人ぼっちでもがいているのは黒凪の方じゃないのかと)
 (どうして聞きたくなったんだろう。)


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