Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


『限。』

「…授業、終わったか?」

『うん。』



 屋上で寝ていた限が体を起こし、肩を何度が鳴らす。
 そりゃあ堅い地面の上で寝ていたら、体も固まるだろう。
 そんなことを考えながら限にカバンを渡すと、黒凪と限は共に帰路へとついた。
 …と。



「! (この臭い…!)」

『うわっ』



 隣に歩いていた黒凪を抱えて限が突然走り出す。
 黒凪の怪訝な目に限が走りながら口を開いた。



「奴の匂いがする。」

『奴?』

「…多分お前が警戒してた "火黒" ってヤツだ。」


 そうとだけ言うと、敵はそれほど離れた場所にいなかったのだろう。
 すぐに目的の場所にたどり着き限が勢いよく足を止める。
 こちらに背を向けていた男はそんな限に嬉しそうに振り返ったが、黒凪を見つけると残念そうに笑みを引っ込めた。
 なーんだ。その子も一緒か。
 そう言った声は間違いなく火黒のものだった。



『…火黒だね。』

「あぁ。…やっぱり人皮かぶってるとそこの妖混じり君しか気づいてくれないみたいだなァ。」

「テメェ一体何しに…」

「この間はどうもォ。君を斬った感触、あれは良かった。」



 ちなみに自分の姉貴を斬った感覚はどうだった?
 そんな火黒の言葉に眉を寄せ、手を変化させる限。
 しかしそんな限を静止するように出された黒凪の手を見て火黒が鬱陶し気に黒凪を睨む。



「…ま、良いか。俺はさ妖混じり君。」

「あ?」

「君はこっち側だと思うんだよねェ。俺と考え方が似てる気がする。」

「…何言ってやがる」



 ニヤリと火黒の口元が弧を描き、それを見た限が一歩動く。
 そんな限を見て今度が彼の腕を掴む黒凪。
 動きを止めた限にまた火黒が眉を寄せ、少し声を低くして言う。



「そんな奴に押さえつけられてるタマか? 君は俺と同じで力を奮う事に快感を覚えるタイプだろ?」

『限、まじめに聞くんじゃないよ。』

「……」

「あ。ちなみにそこの結界師は駄目だね。…そいつは確かに人の枠から外れてるが "こっち" 側じゃない。」



 だったら何だ。
 限が火黒の言わんとしていることを引き出す様に言った。
 ずっと彼も感じていたのだ。黒凪と自分とのズレを。
 今火黒の言葉を聞けばやっと分かる様な気がした。
 黒凪が何者で、自分が何者なのか。
 その限の考えを読んでか火黒がまたニヤリと笑う。



「"神" さ。そこの結界師は薄汚ェ俺たちのような妖じゃなく、その妖を無慈悲に踏んづける神サマって所だな。」

「!」

『限。』



 黒凪の言葉にふるふると頭を横に振る限。
 しかし彼は感じていた。
 ストンと何の違和感もなく自分の中に降って来たその言葉に。
 きっと俺は何処かでヤツの言葉に共感している。同じ考えだと。



「なぁ…"こっち" に来いよ。俺達は自由だぜ? こっちなら裏切られる事も無い。」



 そう言った火黒が一瞬で限に迫り、限を蹴り飛ばした。
 吹っ飛んでいった限にかすかに目を見開く黒凪。



『(驚いた、あれだけ邪気を一皮に封じ込められながらもこれだけ速く動けるとは…)』

「おおっと」



 火黒が黒凪の喉元に刀を這わせ、口元を吊り上げる。
 黒凪が静かに火黒を睨み上げる中、先程火黒に蹴り飛ばされた限が瓦礫を退けて立ち上がった。



「…黒凪、」

「おいおい、この女に依存するのは無しだぜ? こいつは神サマだ。俺達の孤独何て理解してくれやしない。」



 途端に黒凪が絶界を発動し
 それを避けるように飛び上がった火黒が電柱の上に立つ。



「おお怖い。…ま、一度考えてみな。神は薄汚い俺達を同等として見てくれるのか。」



 火黒がひゅんと何かを限に投げつけ、限はそれを反射的に掴み取る。
 そんな限に電柱の上の火黒がにやりと笑った。



「それは俺からの土産だ。孵化すればお前に見合った醜い姿で生まれてくる。」

「!」

「一度自分で見てみると良い。自分の醜さ、恐ろしさ…そして神サマとの身分の差ってヤツをさ。」



 そうとだけ残して火黒が姿を消した。
 それを見送り、限が徐に掌の上にある卵を覗き込む。
 途端に黒凪が徐に卵を結界で囲んだ。
 ハッと驚いた様に黒凪を見る限。
 その目を見た黒凪はため息を吐き結界を解く。



『…限。その卵は自分で処分しなさい。』

「…あぁ」

『あとね…』

【動揺してない。やっぱり次元が違うんじゃないのか?】

「!」



 自分の脳内に直接響くような声。
 周りを見渡しても黒凪以外に誰もいない。
 そこで気づいた。この声が卵のものだと。



【コイツが信用ならない神様だと思うと、その言動の全てが信用ならない…】

『限。』

「っ!」

『…あんたも私も、人間なんだよ。それは分かってるね?』



 少し困った様に笑って限が頷いた。
 すると限の携帯が鳴り、その相手が正守だと確認するとすぐに通話を繋げ
 黒凪にも聞こえる様に音声をスピーカーに切り替える。



≪もしもし限? どう、そっちは≫

「あ、えっと…1つ気になる事が」

≪何?≫

「俺の情報があっちに洩れてます。俺の姉貴の事も知ってて。」



 すると正守が嫌に納得した様に「やっぱりそうか」と呟いた。
 やっぱり? と限が訊き返すとどうやら「それがさあ」と正守が困ったように言う。



≪夜行の中に裏切りものがいるみたいで、こっちの情報が黒芒楼に漏れてるみたいなんだ。俺の方でも対処するから、そこは安心して。≫

「…はい。」

≪あと、黒凪は近くにいる?≫

「はい」

≪ちょっと変わってくれるか?≫



 限はそんな正守に返答を返すとスピーカーモードを解除して携帯を黒凪に放り投げ、そのまま背中を丸めてアパートへ歩き出す。
 その背中を困った様に見た黒凪は携帯を耳に押し当てた。
 もしもし、と声を掛けると「黒凪、」とやけに安心した様に正守が言う。
 黒凪は微かに首を傾げて「どうしたの?」と声を掛けた。



≪前に言ってた烏森への増員の話なんだけど、少し遅れると思う。急な任務が入ってさ。≫

『急な任務?』

≪あぁ。それも扇一郎から…あっちの魂胆は分かってるけど、今はまだ従うしかないしさ。こっちとしても。≫

『そっか、分かった。気を付けて。』



 頼む。じゃあ。
 そう言って正守は通話を切った。
 すでに黒芒楼へ情報を流している人間のことは全て分かっている。
 黒芒楼に情報を流しているのは扇一郎で間違いなく、その扇一郎に夜行の情報を流しているのは夜行のNo.3である細波。
 細波の方は正守がどうにかするとして…そう呟いて黒凪が自分の携帯を取り出し、扇七郎に電話を掛け始めた。



≪…はい。扇七郎です。≫

『こんにちは、七郎君。任務の件はどうなっているかな?』

≪あ…はい。すみません。色々と立て込んでいまして、少し保留していました。≫

『…もしよければキャンセルさせてくれるかな。』



 え? と少し驚いた様子の七郎の声が耳に入る。
 そんな彼に「いやなに…」と続ける。



『私が直接手を下そうかと思っただけだよ。こちらとしても堪忍袋の緒が切れそうでね。』

≪それは…≫

代れ

≪あ、≫



 おう。と七郎とは違う声が耳に入る。
 黒凪はその声の持ち主…二蔵に目を細めた。



≪偉く焦っとるな。≫

『そりゃあね…、私は君の面子を護ってそちらに依頼したんだよ。でもこれ以上手をこまねいている様なら致し方ないからさ。』

≪分かっとるよ。今夜にでも行かせる。≫

『…じゃあ、よろしく。』



 ブツッと通話が切れ、二蔵が携帯を七郎に投げ返す。
 じっと携帯を見つめる七郎に二蔵が「言っておくが」と口を開いた。



「口調はどうであれ、あれはかなり苛立っておる。必ず今夜一郎を殺してこい。」

「…分かってます。」




 手を出した相手


 (それにしてもどうして兄さんもあの人達に手を出すかなあ。)
 (おっかなくって、溜まったものじゃない。)


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