Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


「……るさい。…ま、…」

『?』



 壁一枚を挟んで着替えていた黒凪は限の声に其方を覗き込んだ。
 そこには卵を見下し何やら呟いている様子の限。
 眉を潜めた黒凪は「まだ処分してなかったの、」
 そう言いたい気持ちを抑えて彼の肩を叩く。
 すると限は大きく目を見開き一瞬で手を変化させ黒凪の喉元へ。
 予想外の彼の行動に動きを止めた黒凪は限を見るとゆっくりとその瞳を限の手に移動させる。



『…限』

「っ!」



 途端に変化を止め、その手をひっこめる限。
 そして卵を乱暴にポケットに突っ込み限は逃げる様に窓に足を掛けた。
 しかし一瞬はっとしたように黒凪を振り返り、黒凪の前に戻ってくる。



「悪い。…ごめん。」



 その怯えたような顔に黒凪が眉を下げ、ちらりと烏森の方向に目を向ける。
 そして徐に限に背中を向けた。
 


『限、先に烏森に行っててくれる?』

「え」

『後で行くから。ね。』

「…。」



 限は一瞬黒凪の背中に手を伸ばしかけたが、結局何も言わず背を向けて走って行った。
 そんな限を見送り、黒凪が再び烏森に目を向ける。
 そしてものすごい力ををふつふつと湧きあがらせんとする烏森の気配に眉を寄せ白杖を手に取った。
 何か起きる。直感でそう感じた。
 そして烏森が"それ"を酷く楽しみにしている事も。



『(参ったなあ…)』



 近付く度に感じる。
 私に近付くなと言っている、あの声が。
 烏森の門の前に来れば微かな声が聞こえた。
 中に入ればその声は頭を掻き乱す様に物凄い大きさで流れ込んでくる。



「姉上」「今日は要らない」「これでは面白くない」「何かが起こるのだ」

『(何かが起こることは分かっている。…でも限を放ってはおけないから。)』

「躊躇っただろう」「そして思ったはずだ」「あの小僧」「そう、妖が混じったあの小僧」

『(そう。その通り…思った。――…ああ、”また” だと。)』



 見透かされたという事実に少し苛立った黒凪。
 しかし烏森は怯えた様子も無くこれから起こらんとする "何か" に意識が向いているのだろう。
 黒凪の鋭くなった空気に気付いてはいない様だった。
 まるで玩具を与えられる前の子供の様。
 今の烏森に私は見えていない。



「あの小僧も面白い」「これからどうなるだろう」「姉上」「お主がいなければ…面白くなりそうなのだが」

『…。』

「…ほうら」「来たぞ。」


 空を見上げれば確かに巨大な妖気が迫ってきている。
 そちらに意識を向けた一瞬、その瞬間にガクンと力を抜かれて膝を着いた。
「しまった」と黒凪はすぐさま地面に手を当て力尽くで力を奪い返す。
 やがて数秒程そうしていた黒凪は眉を寄せて立ち上がった。



『(今回は気を一時たりとも抜けないなあ…)』



 万が一にでも気を抜けば、一瞬で力を持っていかれてしまう。
 そうなれば、それこそ皆の足を引っ張るだけになってしまうだろう。



「!…黒凪、お前志々尾と何かあったのかよ?」

『ああ、おはよう良守君、時音ちゃん。』

「…今日、限君が1人で来たから何かあったのかと思って…」

『うん…。でもまあ大丈夫、心配しないで。』

「はぁ!? お前な…アイツとお前が一緒に来てねえ時点でおかしーんだよ! さっさと仲直りしろ!」



 ずびし、とこちらに指を指して言う良守に黒凪は少し微笑んだ。
「本当、そうだよね。」そう言った黒凪は困った様に笑っている。
 そんな、珍しく少し落ち込んだ様子の彼女に良守は微かに目を見開いて動きを止めた。
 しかしそんな良守には目も向けず黒凪は限の元へ歩き始める。
 限は黒凪の気配を察すると逃げ出そうとするが「何をしてるんだ俺は」とその場に留まった。
 しかし卵はそんな限を嘲笑って言う。



【逃げろよ。お前殺されるかもしれねぇぜ?】

「…黙れ。」

【あんな命令ばっかりする奴のドコが良い? お前も感じてるんだろ? …あの女、何か隠してるぜ。】

「…それでも俺は、」



 限が閉じていた目を開いた。
 振り返った先の木の下には黒凪が立っている。
 また卵が言った。
 " やっぱり何考えてるか読めたもんじゃねぇ "
 あぁ、こいつは本当に俺の本音ばかりを口に出していく。



『限。』

【また妙な説教が始まるぜ。信用ならねぇ口先だけの言葉だ。】

「…俺は、」



 俺は。もう一度呟いた。
 黒凪がチラリと卵を睨む。
 しかし滅する事はしない。
 これはあの子自身が乗り越える事だから。
 そして彼女の目が限に向き、限はその目をじっと見て口を開いた。



「俺は、黒凪を信じてる。」

【――あ?】

「…信じ、たい」

【信じ "たい" だぁ?】



 アイツだけは完全変化をしても逃げなかった。
 アイツだけはずっと信じてくれた。
 アイツだけは。
 …ずっと側に居てくれたんだ。
 ピシ、と卵にヒビが入る。



【…誰も信用しない方が良い。独りになっちまえよ、そうすりゃ自由だぜ。】

「あぁ。…俺は黒凪以外は信用しない。お前の言うとおりかもしれないが…」

【……っ、】

「信用ならなくても、俺が信じたいんだ。」



 またヒビが入った。
 黒凪は何も言わず限の目を見つめている。
 空が暗くなっていく。
 限も黒凪も徐に空を見上げた。



「黒凪」

『うん?』

「…悪かった」

『良いよ。…それより厄介なのが来たね。』



 ぐっと踏み込み、黒凪の横に降り立った限。
 限は徐に卵を持ち上げ、その中身を空かすように光に充てる。
 それには無数にヒビが入っていて、卵はもう何も言ってこなかった。



『それどうするの?』

「…生まれた姿を見てみる。多分今なら見れる…」

『……いや、多分見れないよ。』



 限の目が黒凪に向いた。
 あんたはきっと、良守君と時音ちゃんとも解りあえないとそれを見られない。
 黒凪の言葉に限が微かに目を見開く。



『ま、まずは敵が最優先だけどね。』

「…あぁ」



 見上げた先には大量の虫型の妖が徐々に烏森に降りて来る。
 黒凪が徐に結界で虫達を囲んだ。
 大量の邪気に空を見上げていた良守、時音も虫達とその先にある黒い雲を見上げている。
 滅。と無機質な声が響いた。
 結界が潰れる音。その音に雲の上に居た巨大な妖気が微かに揺れた。



 
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