Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


『…雑魚ばっかり。』

「………」



 ボソッと呟いて限を見れば彼は随分と静かに戦っていた。
 粗っぽさは無い。只々着実に妖を倒している。



『…限。見える?あの虫』

「あぁ」

『多分見られてるね。…鬱陶しいから狩ろうか。』

「分かった」



 白は烏森の様子を映す虫越しに黒凪と目が合い微かに目を見開いた。
 その様子を背後から黙って見ていた紫遠は「嫌なのがいるな」と白に目を向け声を掛ける。
 眉を潜めた白は途切れた映像に目を伏せ、姫が隠れる装置の中から現れた彼女の尾に目を向けた。



「姫?」

【やぁねぇ…懐かしいのが居るわ】

【 "懐かしいの" ? おいおい、姫さんの知り合いだったら今いくつだよ。】

「どれでしょうか。」



 白自ら装置に近付いて姫に声を掛けた。
 んー…。と少し探る様に尾を動かした姫は「見つけた。」と口元を吊り上げる。



【ホント、変わってないのねぇ…】

『ねえ。』



 耳に直接届いたような声に白と姫が同時に目を見開いた。
 恐らく姫にのみ向けられた声なのだろうが、それは白にも聞こえているらしい。
 得体の知れない気配が流れ込んできた。



『随分とゆっくり攻めてくるんだねえ。』

【…白。】

「はい」

『早くしないと…』



 烏森が巨大な結界に覆われた。
 ビリ、と怒った様に烏森が黒凪の力を奪いに掛かる。
 しかしそんなことなど気にせず、眉を寄せて黒凪がその結界を押し潰した。
 烏森に来ていた妖が一瞬で殲滅され、白は目を見開いてその映像を見ている。



【早くして頂戴。あの子本気よ。】

「その様ですね。…牙銀!」

【あいよぉ!!】



 牙銀がニヤリと口元を吊り上げその体が炎で覆われる。
 そのまま物凄い勢いで降りて行った牙銀は黒凪の目の前に巨大な衝撃と共に着地した。
 土煙が晴れるとそこには衝撃から逃れるためのものだろう、黒凪の結界と、その中に限。
 チラリと黒凪が背後を振り返れば同様にして良守と時音も立っていた。



『あーあ。校舎が火の海だね。』

「んのやろう…!」

「凄い邪気…、並の奴じゃないわね」



 燃え盛る炎の中で膝をついていた牙銀がゆっくりと立ち上がる。
 黒凪と良守、時音はほぼ同時に結界を解き、牙銀を睨んだ時、彼らに物凄い熱気が襲い掛かった。
 そんな中で限が静かに腰を落とし、黒凪に目を向ける。



【…お前等4人だけか?】

「あ?」

【お前等4人だけかって…聞いてんだー!!】



 どおおん、とまた巨大な爆発。
 うおおおお…と良守が4人を結界で護りつつ愕然とする。
 やがて炎が収まるとギロッと牙銀の目が4人に向いた。



【こちとらやる気で来てんだよ…舐めた真似しやがってー!!】

『喧しい。』

【うぉおっ!?】



 思い切り牙銀の眉間に結界をぶつけ、奴が数メートルほど吹き飛んで行く。
 少し離れた位置で立ち上がった牙銀には傷1つ付いておらず、むしろ先ほどの衝撃で
 多少冷静になれたのか、肩を鳴らしながらこちらに歩いてくる。



【しゃーねぇなぁ…。やるしかねぇわな、姫の時間も残り少ねぇし。】



 牙銀が4人に手を向け炎の玉を作り始める。
 黒凪が限をチラリと見ると彼は一気に走り出し木に紛れる。
 それを横目にしながらも牙銀が黒凪達3人に炎の玉を投げつけた。
 それをすぐさま結界で受け止める良守。
 それを見た牙銀は次に両手に炎の玉を作りあげ、正面からではなく3人の両サイドから攻撃を仕掛ける。



『一旦ここから出るね。』

「おう!」

「結!」



 黒凪は良守の背後から結界をすり抜けて脱出すると絶界を身に纏い、牙銀へ向かっていく。
 一方、迫ってくる炎の玉を防いでいた良守の結界が音を立てて破壊され
 それを見た時音が足元に結界を作り2人は上空へと離脱する。
 その間にも迫ってくる火の玉を良守の結界が跳ね飛ばし、タイミングを見計らって限が木を牙銀に投げつける。
 そして投げつけられた木を殴り飛ばした牙銀の背後に黒凪が迫った。



『消飛べ。』

【消飛ぶかよ!!】

『!…おお』



 炎を纏った拳が黒凪の絶界にぶつかり、その力が均衡しているように絶界もその拳も消滅しない。
 まさか黒凪の絶界に対抗できるほどの拳を奴が持っているとは。
 限がその光景に目を見開いて固まる中、黒凪は小さく笑みを浮かべる。
 そんな黒凪を見て牙銀が眉間に皺を寄せて吐き捨てるように言った。



【…よぉ、お前それで集中してるつもりかぁ? 痒いったらありゃしねぇぜ!!】



 再び牙銀が拳を振り上げ、力任せに黒凪を絶界ごと殴り飛ばした。
 ゴロゴロと己に直撃する木や岩などを消滅させながら転がっていった黒凪に
 すぐさま限が駆け寄り、絶界を解いて頭を押さえて立ち上がった黒凪は困った様に限に笑顔を向けた。
 すると見計らった様に烏森が力を奪いに来る。
 目を見開いた黒凪は再び地面に膝をつき、ぐっと眉を寄せた。



「黒凪、」

『っ、…大丈夫。ありがとう。』



 差し出された限の手を握って立ち上がる。
 限自身も烏森の挙動がおかしいことには勘づいているのだろう、黒凪を心配げに見つめつつ牙銀に目を向ける。
 一方の牙銀は火傷をした様に爛れた己の拳を見下してニヤリと笑い、上空で己を睨んでいる良守と時音を見上げた。



【単純なパワーと技術は白髪のガキ…。で、コンビネーションはお前等2人の結界師。スピードはそこの妖混じりって所だが、今のお前の攻撃は駄目だ。】



 牙銀が限を見て言った。
 眉を寄せた限は黒凪の横で構える。



【見くびってて悪かったなァ。思ってたより楽しめそうだぜ。】


 
 そう言って再び笑った牙銀の周りに炎が渦巻き、その一瞬で牙銀の姿が変化した。
 人型だった牙銀の姿は6本の腕を持ち炎を纏った半人半馬の様な姿になる。
 背中には巨大な炎の翼が揺らめいていた。



【やっぱこっちの姿に限るぜ…】

『限、あんた行けそう? 奴の周りの熱が邪魔だけど…。』

「…どうにか俺のスピードで突っ切る。援護を頼む。」

『分かった。…とは言ってもどうしようかねえ。』



 そうこうしていると同時に良守達と黒凪達に向かって牙銀から放たれた炎の玉が迫る。
 結界で弾く良守と黒凪、すると限と黒凪の背後に牙銀が現れた。
 予想以上の速度に目を見開いた限は足を踏み出すが黒凪が限の腕を掴み、防御するように結界を作る。
 結界は牙銀の拳にぶつかると粉々に砕け散った。



『(結界の強度が足りない、でもこれ以上力を振り絞ると…!)』

「っ、」

【うぉっと。】



 限がすぐさま牙銀に向かって足を振り降ろすが、牙銀がそれを片手で掴み取りその手の平から物凄い熱が溢れ出した。
 焼け爛れるような痛みに思わず顔を歪んだ限を見かねた黒凪が牙銀の横っ面を結界で殴り、牙銀が吹き飛んでいく。
 そして黒凪を抱えてすぐさま牙銀から距離を取った限は右足に目を向けた。



『大丈夫?』

「少し焦げただけだ、問題ない。」

「…結!」

【!】



 黒凪の攻撃で吹き飛んでいった牙銀の隙をついて、奴を結界で囲んだ良守。
 そんな良守の結界の中から何もせずに良守を見上げる牙銀。



「滅!」



 渾身の力を籠めて結界を押し潰した良守だったが、中にいたはずの牙銀には傷1つ無かった。
 その光景に少し眉を寄せる黒凪と、時音もその体の強度を見て貫くのは無理だと判断し、同様に眉を寄せる。



『(烏森が奴に力を与えている…。)』

【…さーて。面白そうな奴といっちょやるかねぇ】

『(奴が私たちのような結界師よりも、限のようなタイプと戦うことを好んでいる所為か…)』



 烏森はただ限と妖との戦いを楽しみたいだけ…。
 牙銀の目が限に向き、その視線に構えた限の前に黒凪が手を伸ばした。



『限。動かないで。』



 牙銀の目が黒凪に向き、黒凪も牙銀から目を離さない。
 その意図を悟った限は「駄目だ、」と黒凪に声を掛けると走り出した。
 そんな限に笑顔を見せて牙銀もついて行く。



『(やっぱり直接触れて牙銀から力を抜き取るのは、限が許してくれないか…)』



 限が暴れていた時の様に捨て身で終わらせようと思ったのだが。
 途端に頭に流れ込んでくる声に目頭を押さえる。



「面白い」「久々に強いのが来たな」「面白い」「見ていて飽きぬ」



 そうこうしている間にも牙銀が限に炎を放ち、限を護るように良守達がそれを結界で止めようとするも難なく破壊され、突破されてしまう。
 限は逃げてばかりでは埒が明かないと考えたのか、炎を真っ向から受け空に逸らそうとした。
 しかしそんな芸当が簡単に行く事もなく、勢いに負けて吹き飛んだ限は吹き出す汗に眉を寄せながら牙銀を睨む。



「志々尾!」

「限君!」

「こっちに来るな! 巻添えになるぞ!」

「っ!…でもお前、腕が…!」



 良守の声に黒凪が顔を上げた。
 限の両腕が無い。恐らくさっきの炎で吹き飛んだのだろう。
 眉を寄せた限はぐっと腕に力を籠め、黒凪に集中していた烏森の力が微かに限の元へ集まる。
 限の腕は瞬く間に再生し、その様子に良守と時音が目を見開いた。



「…これぐらい、俺ならすぐに治るんだよ。」

「ち、ちげーよ! 治れば良いってもんじゃ…!」

【まとめて吹き飛べ!!】

『っ!』



 黒凪がすぐさま自分と良守達の前に結界を張り牙銀の攻撃を受け止める。
 烏森からの力は弱まらない。物凄い頭痛に黒凪の頬を汗が伝った。
 良守達は黒凪の結界に護られながら彼女の姿を探す。



「おい! 黒凪いねーぞ!」

「でもこの結界黒凪ちゃんでしょ!? だったら無事な筈…!」

「……。」



 良守と時音が焦ったように辺りを見渡す中、限も何も言わずに周りを見渡した。
 するとしゃがみ込み肩で息をしている黒凪を見つけ目を見開く。
 遠目に見てもかなり消耗していた。
 ギリ、と歯を食いしばった限は牙銀を見て目を閉じる。



「おい、そこ退け。」

「はぁ!?」

「俺が完全変化して戦う。」



 限の言葉に目を見開く時音と良守。
 2人の脳裏に翡葉が過った。
 完全変化をすれば夜行に居られなくなるんじゃないのか。
 危険な事なんじゃないのか。



「駄目だ! 俺等でなんとかするから…!」

「うるせぇな! わかんねェのか!? あんな化け物相手にお前等が何処まで通用する!」

「っ!」

「…化け物相手には化け物じゃねぇと駄目なんだよ。」



 途端に黒凪が倒れ込んだ。
 その音に良守、時音、限が振り返る。
 そして眉を下げた限の周りに邪気が溢れ出した。
 眉を寄せた良守が限の肩を掴み、「まだわかんねェのか…!」と限が振り返ると良守は限を睨み返し口を開く。



「お前は化け物じゃねぇ!」

「あぁ!?」

「お前が戦うのはいっつも俺達や黒凪の為だっただろうが! 化け物はそんなことしねえ、お前の根っこは絶対化け物なんかじゃねーんだよ!」



 限は良守の言葉に目を見開いて動きを止める。
 そんな様子を見ていた黒凪は息をゆっくりと吐くと、足に力を超めて立ち上がろうとした。
 途端に烏森が圧力をかけるように黒凪を地面に押し付ける。



「姉上」「面白い所だ」「姉上」「立ち上がるな」

『邪魔をするな…!!』



 烏森の力が怯える様に逃げていき、すぐに黒凪が牙銀を結界で殴り飛ばした。
 その影響で牙銀から攻撃が止んだ事を確認した黒凪は徐に限の元へ歩き出す。
 振り返っていた限はふらふらと此方に向かってくる黒凪を見ると急いでそちらへ走っていく。
 途端に再び倒れかかった黒凪を限が寸での所で受け止め、その顔を覗き込んだ。



『限、よかったね。』

「!」

『良守君が居てくれてよかった…』



 ずるずると倒れていく黒凪。
 そんな黒凪を支えた時音を見ると限が牙銀に向かって歩き出す。
 志々尾! と良守が彼の名を呼ぶと限が微かに振り返り笑みを見せた。
 その笑顔を見た良守は目を見開いて言葉を止める。



「大丈夫だ。…俺は暴走しない。」

『…時音ちゃん。限の所に連れて行って。』

「…わかったわ」



 限は時音と共に近づいてくる黒凪を振り返り、伸ばされる黒凪の手に己の手を伸ばした。
 ぐっと手を握った黒凪は一気に限に力を流し込み、同時に限も力を解放する。
 ミシミシと音を立て始める限の身体に時音と良守が眉を寄せ、心配げに彼を見つめた。



『限。あんたに懸けるよ。』

「…あぁ」【…ありがとな】

「「!」」



 限が完全に変化し黒凪に目を向け、そして少し遅れて良守と時音を見る。
 良守は正面から限を見つめると「カッコいいじゃん」と笑顔を見せた。
 時音も小さく頷くと黒凪を座らせ牙銀を見上げる。
 牙銀は元の位置に戻ると巨大な炎の玉を作り始めた。
 邪気が周りに蔓延り、その炎の色はどす黒い紫に変わっている。



「あの一撃は俺に任せろ。」

「限君へのサポートは私。…限君は何も気にせず本体に集中して。」

【…任せられんのかよ】

「「勿論。」」



 小さく笑った2人を見た限は「フン」と背を向けると歩いて行く。
 するとパキ、と音を立てて卵から羽化したように虫が現れた。
 それを見た限はその醜い姿に目を細め握りつぶす。
 すでに大分と弱っていたらしく、無視は至極簡単に死に至った。



【(心が驚く程静かだ。…黒凪の言う通り、俺はあいつ等に認められないと此処まで来れなかったのか?)】

【良いねェ…!! まとめて殺してやる!!】



 限が牙銀を睨んだまましゃがみ込み、途端に牙銀が炎の玉を放った。
 黒凪は疲れ切った様子で炎の玉を見、そして時音と良守の背中を見る。
 その瞬間、限が動いた。



 
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