Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


「…志々尾、黒凪ー…ってあれ?」

「2人なら夜行に帰ったわよ。」

「何ぃ!? …ってあれ? 時音なんで中等部に…」

「どーせアンタ、何にも知らずに2人に会いに行くと思って。」



 あ、ありがと…。
 と微かに頬を染めて言った良守の頭を時音が思い切り叩いた。
 前のめりになった良守は数秒程黙ると「もう帰ってこねぇのかな、」と悲しげに言う。
 それにため息を吐いた時音は「馬鹿ね。」と笑うと空を見上げた。



「きっと帰ってくるよ。もうコンビネーションも完璧なんだから。」

「そ、そうだよな! …きっと夜行から新しく仲間を連れてくるとか…そんなんだよな、」

「…うん」





























『ただいま〜』

「…」

「これでも皆心配してたんだぞ? 烏森が奇襲に遭ったっていう情報はすぐに入ってたしな。」


「――黒凪!」



 ほら。と駆け寄って来た閃に正守が笑みを浮かべる。
 黒凪はそんな閃を見ると大きく両腕を広げたのだが、閃はそこには飛び込む事はせず、代わりに彼女の両肩をガッと掴んだ。
 大丈夫なんだな!? と何処か青い顔で言った閃に黒凪が笑顔を返す。



『それよりも限の方が一大事。1回死にかけたもんね。』

「お前は1回死んだだろ。」

「死っ…!? やっぱお前全然大丈夫じゃねーじゃん!」

『いやいや、むしろ一回リセットされたおかげで体調は万全。』



 笑顔で言った黒凪を困った様に見て次にギロ、と閃は隣に立つ限を睨んだ。
 限は少し身構えたようにたじろぎ、閃の目を見返す。
 閃はずかずかと限の前に行くと何も言わず顔を伏せたままで彼の胸元に拳を軽くぶつけた。



「…お前も、死ななくてよかったな。」

「…あぁ。…ありがとな」

「な、別にお前を心配した訳じゃねぇし…!」

「いや、…お前はいつも俺を放っていかなかったから。」



 限の言葉に閃が大きく見開く。
 この夜行には、若いながらも大きな力を持ち、強い限を疎むものは少なくはない。
 時にはその協調性のない性格が災いして、仲間を傷つけてしまったこともあり…それは黒凪も例外ではない。
 でも閃だけは、何があっても限を心のそこから拒絶することはなかった。



《おい、お前大丈夫なのかよ!》

《…煩い。俺は大丈夫だ。黒凪の所に行けば傷も癒える。》

《待てよ!》



 雨の中、巨大な妖に1人で立ち向かい傷だらけになった限。
 そんな限の肩を掴んだ閃は限を背に負ぶって走り出した。
 限は怪訝に閃を見て、暫しの沈黙の後にぽつりと言った。



《…なんで》

《お前こそ "なんで" だよ! なんでそこまで…!》

《…これが俺の仕事だから》

《!…だったら動けなくなったお前運ぶのも俺の仕事だ! 探し出すのも俺で、…お前が居なくなった時、黒凪を護るのも!》



 閃、あんたは限を護ってやって。
 黒凪の言葉が脳裏に浮かぶ。
 戦闘班になりたくて、努力して、頑張って…それでも自分が思い描いていたようにはならなかった。
 何年たっても、仲間の支援をするだけ。戦えない俺の代わりに傷だらけになっていく仲間を、草の陰から見るだけ…。
 そんな役立たずだった俺を、黒凪は頼ってくれたんだ。
 だから俺は…危なっかしい限を、絶対に独りにはしない。



「…。とにかく! お前はあれだ、…あー。」

「?」

「…死ぬなよな。お前が死んだら誰が黒凪を護んだよ。」

「……あぁ。分かってる」



 ありがとな、ともう一度言った限に微かに頬を赤く染めてそっぽを向いた閃。
 限と黒凪は顔を見合わせて少し笑うとそのまま本部に入って行き、荷物をまとめ始める。
 今日の夜には烏森に戻って結界師の補佐を続けなければならない。
 必要最低限の追加荷物をまとめた黒凪と限が外に出ると、そこには蜈蚣と、そして正守が立っていた。



「忘れ物は無いか?」

『うん。』

「…俺も大丈夫です。」

「よし。じゃあ蜈蚣、頼む。」



 はい。と無機質な返事と共に巨大な蜈蚣が現れ全員が乗ると烏森へ向かった。
 そうして夕方頃に墨村家へ到着し、正守が墨村家へ足を踏み入れると嬉しそうに修史が正守を含め、限と黒凪を笑顔で向かい入れる。
 そんな修史に適当に挨拶をして、3人はすぐに学校からすでに帰ってきているであろう良守の部屋へ。



「良守」

「ん? うおぉ! 兄貴…」

「限の実家に行くんだけど、お前も来る?」

「!」



 ばっと顔を上げた良守が正守の後ろに立つ限に目を向ける。
「いいのか?」そう言った良守に小さく頷いた限。
 そして簡単に準備を済ませた良守を連れて雪村のインターホンを鳴らすと、時音が顔を出す。



「やあ、時音ちゃん。今から限の実家に行くんだけど…来るかい?」

「え、あ…は、はい! ちょっと待っててください!」

「急がなくていいからね。」



 どたどたと中に引っ込んでいった時音を見送った良守が
 じと、と正守に目を向ける。



「事前に言っとけっての。」

「いやあ、アポが急に取れたもんだからさ。」

「…お待たせしました…」

「お婆さんは大丈夫だった?」

「あ、はい…。今は黒芒の方に出かけていて。」



 へぇ、と興味深げに正守が言った。
 やがて皆でムカデに乗り込み、限の実家へと向かう。



「ところで、実は限のご家族に今回の事がもう知られてるみたいでね。」

「今回の事、って…」

「戦いで限がかなり危ない状況に置かれたこととか。」

「…それって兄貴めちゃめちゃに怒鳴られるやつじゃ…」



 良守の言葉に「まあな。」と眉を下げて言う正守。
 しかし限は間髪入れずに「いや」と良守の言葉に返す。



「怒らない。あの人たちは…。」

「限君…」

「志々尾…」



 目を伏せて言った彼に黒凪が限の頭に手を乗せた。



『じゃあ私や良守君、時音ちゃん…そして正守君は、あんたが傷けられたら怒ると思う?』

「それは…」

「そりゃあもうめちゃめちゃに怒るぜ、俺は!」

「私だって!」



 限が顔を上げ、最後に正守に目を向ける。
 正守も笑って「そんなことがあったら、何があっても俺が敵を討つよ。」そう言った。
 そんな彼らの言葉に少し照れたように顔を伏せる限。



『だから大丈夫。何があっても私たちがいるからね。』



 黒凪の言葉に小さく頷き、限が徐に視線を落とした。
 徐々に彼にとって見覚えのある場所へと近づいて行っているようだった。
 そしてやがて少し開けた場所にある集落にひときわ大きな一軒家が立っているのが視界に入る。
 その家を見た限は微かに緊張したように表情を固めると、黒凪の影に隠れる様にした。
 玄関前に降りれば表札には "志々尾" と記されている。



「…ホントに志々尾の家なんだな…」



 早速正守がインターホンを鳴らし、暫くその返答を待つ。
 限はまだ黒凪の後ろに隠れるようにして俯いて立っていた。
「はい」そんな低い返答にびくっと肩を跳ねさせる限。



「こんにちは。連絡させて頂いた墨村正守です。」

「…良守。ピシッとしなさい。」



 暫くして開いた戸に良守がピンと背を伸ばす。
 限は顔を覗かせた男性を見るとすぐにその目を逸らした。
 男性の顔は何処と無く限の面影を持っていて良守たち全員が直感で限の父親であることを悟る。



「…どうも。話しは聞いています。どうぞ中へ…」

「限!」



 ビク、と体を硬直させた限。
 扉を開いた父親を押しのけ、少ししか開いていなかった扉を力任せに開き切ったのは
 長い髪を一つに縛った女性だった。
 限とよく似たその風貌に彼女があの、限の姉だと直感する良守達。



「限、大丈夫…」

「…っ」



 伸ばされた手から逃げる様に一歩下がった限に、彼女が眉を下げその手を引っ込める。
 男性が女性を「涼」と呼び、彼女はその声に振り替えると再び限を見て、そして悲し気に目を伏せてしまう。
 すると黒凪がバシッと限の背中を、叩きその音に涼が顔を上げた。



『ほら、ちゃんとしなさい。あんたが来たいって言ったんだから。』

「…限が…?」

「…あの、姉ちゃん」

「まずは中に入れば良い。…な? 限。」



 男性の言葉に限が徐に頷いた。
 中に通され客間に移される一行。
 限を真ん中に左側に黒凪、右側に良守。
 限の背後に正守、その右隣に時音が座った。
 限達の正面には涼と父親である鉄斎が座っている。
 …最初に口を開いたのは正守だった。



「…まず、この度は」

「貴方からの言葉は聞きたくない!」



 途端に立ち上がって怒鳴り声を正守に浴びせる涼。
 限が傷つき、危ない状態にあったことを聞いたときからきっとこうして正守を怒鳴りつけたかったのだろう。
 それを分かっていたように正守が口を閉ざした。



「14歳の子供に重傷を負わせたですって!? ふざけないで! そんな所だと知ってたら私…!」

「姉ちゃん。」



 静かな限の声が響き涼が言葉を止める。
 正守はそれ以上何も言う事は無かった。
 全員が黙っていると意を決した様に限が口を開く。



「…姉ちゃんごめん。傷付けて。」

「!…ううん、全然大丈夫。私もごめん、…ごめんなさい」

「…それだけ、言いたくて。…もう俺は、これで…」

「待って!」



 立ち上がろうとした限の手をすぐさま涼が掴んだ。
 そこで初めて涼の顔をしっかりとその目に映す限。
 久々に見た限の顔に感極まったのだろう、涼が掴んでいる手の力を少し強めたのがわかった。


「限、…アンタ大丈夫なの? …辛くないの?」

「…うん」

「もしも辛い思いをしているんだったら家に…」

「辛くない。…俺は今、楽しくやってる。」



 する、と抜け出した限の手に涼が眉を下げた。
 限は扉を開くと逃げる様に屋根の上に登り、その後をすぐさま涼が追おうとする。



『涼さん。』

「!」



 立ち上がりかけた涼がぴたりと動きを止め、声の主に目を向ける。
 涼はそこで初めてここに来ていた正守以外の人物である良守、時音、そして黒凪を見た。



「…貴方達、は」

「お、俺は志々尾の友達です!」

「私も、」

『…』

「…貴方は?」



 黒凪を見てそう言った涼。
 涼は黒凪のその瞳をじっと見つめると、途端に背中が冷えるような感覚に襲われる。
 そして言った。



「…貴方、限をあの日、連れて行った…」



 きっと彼女自身、あの日のことは脳裏に焼き付いていたのだろう。
 弟に傷つけられ意識が朦朧としていた中…きっと、意識を失った限を連れてやってきた黒凪を見ていたのだろう。



「貴方、あの日みたいに限を傷つけてないでしょうね⁉」

『!』



 すぐに涼が怒りを顔に浮かべながら黒凪の胸倉を掴んだ。
 そんな涼を静止するような父、鉄斎の声も今の彼女には届いていないらしい。



「あの子を今もあんな風に扱っていたら…、あの子を化け物だなんて呼んだら、私が許さないから!」

『彼を化け物として扱ったことなんて一度たりともありません。』



 まっすぐに涼の目を見て言った黒凪に涼の勢いにブレーキがかかる。
 そして、と言葉に詰まった様子の涼に黒凪が続けた。



『彼も、私を人として扱ってくれた。…とても優しい子です。』



 そんな黒凪の言葉に目を見開いた涼。
 そんな彼女の手を屋根から降りてきた限が黒凪の胸元からやんわりと離した。
 途端に涼の脳裏にあの日の記憶が過る。



「(そういえばこの子…)」

『…』

「(どうしてあの日から…全く姿が変わっていないの…?)」



 姉ちゃん。
 そんな限の声が涼を現実に引き戻した。
 涼がはっと限に目を向け、笑顔を見せる。



「俺はもう此処には戻らない。」

「! …え…」

「多分ずっとこの人の傍に居ると思う。…ずっと護り続けるって、決めたんだ。」



 俺が死ぬまで。
 そう言った限にショックを受けた様に顔を青ざめさせた涼はその場に座り込んだ。
 それを見た限は徐にしゃがみ込むとぎこちない様子で涼を抱きしめる。
 限に抱きしめられた瞬間、涼の両目から大粒の涙が零れ落ちた。



「傷つけてごめん。…俺の事、護ろうとしてくれてありがとう。」

「限…っ」

「…俺は黒凪の為に生きるよ」



 涼から離れ、限が黒凪達の元へ向かって行く。
 立ち上がることができない様子の涼の側に寄り沿い、その肩を抱いた鉄斎は徐に笑顔を限に向けた。



「…強くなったな。」



 何年かぶりにかけられた、父からの一言だった。
 それは限の父親らしく、短く率直で。
 限はよほど嬉しかったのか、微かに微笑み眉を下げた。




 ああ、やっと。


 (頭領、姉ちゃんから預かっている手紙…あれ何処にありますか)
 (お、やっと読む気になったか?)
 (はい。…今なら、読める気がします。)


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