Long Stories
□世界は君を救えるか
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黒芒楼への一歩
「良守達は先にムカデに乗っててくれ。…黒凪、ちょっと話がある。」
『?』
並んでムカデから遠ざかり田んぼの前で足を止める正守と黒凪。
その位置は丁度限達がどれだけ耳を澄ませてもこちらの声が聞こえないほどの距離だった。
黒凪が「どうしたの、」と正守を見上げる。
正守が徐に腕を組んで言った。
「扇一郎が死んだ。…それもバラバラになって。」
『へえ…』
「犯人は扇七郎。確かに身内としても放っておけない程、奴は色々なことに手を染めすぎていた。…でも正直引っかかってる。」
殺しを仕事として受けているような奴が死体もろくに処理せず、こうして表ざたになり、挙句犯人まで特定されている始末。
まるで後処理の仕方が ”仕事” なんだよ。個人的な事情が絡んだ事の様にはとても思えない。
そこまで言って沈黙が降り立った。
「――君が依頼したのか?」
率直な質問だった。
少し笑った黒凪は特に間を開ける事も無く頷き、それを見て「やっぱりなあ」とため息交じりに言って頭を掻く正守。
『扇一郎が黒芒楼と繋がってるのは分かってたんでしょ?』
「うん。」
『後にも先にも、烏森に手を出したんだから…私たちの誰かがやらなければならなかった。』
彼に依頼をしたのは、これでも扇一族に配慮をしたかったから。
私のような部外者が呆気なく彼を倒して扇一族の汚名が広がるか…それとも身内間で全てを終わらせるか。
『何が彼らにとって、そしてこちらにとって最適だったかはあんたも分かっているはずだよ。』
「…ま、そうだね。」
『…それに…個人的にあんたにはこの処理を任せたくなかったからさ。』
ボソッと言った言葉に正守が片眉を上げる。
すると志々尾家の門が開き、目元を赤く腫らした涼が周りを見渡した。
そして彼女はムカデの上にいる限ではなく、黒凪達の方へと走ってくる。
『…私かな?』
「そうじゃない? 俺なら夜行に連絡を入れればいつでも話せるわけだし。」
そう言って正守が徐に1人ムカデの方へ向かっていく。
案の乗涼の目的は黒凪だったようで、正守に軽く会釈をして、そのまま黒凪の目の前へ。
「よかった、まだ居てくれて…」
『どうしたんです? 何か忘れ物でもありましたか。』
「いえ、…貴方の名前だけ聞いておこうと思って」
『あぁ…間黒凪と言います。』
そう名乗り、軽く頭を下げた黒凪。
そんな黒凪を見つめたまま、涼が復唱するように言った。
「…はざま、さん」
『はい』
「……。限をよろしくお願いします。」
深々と頭を下げられ黒凪が微かに目を見開いた。
頭を上げてください、と声を掛けるとゆっくりと頭を上げる涼。
そして涼はチラリと限を見ると黒凪の目を真っ直ぐと見る。
「あの子は人を傷付ける事を酷く嫌がる様な優しい子でした。…カッとなって暴れちゃう事もあるけど根っこはとても優しい子なんです。」
『はい』
「…限は私の宝物なの。…どうか、無茶はさせないで…」
もう一度深く深く頭を下げられた。
微かに肩が震えている。
眉を下げた黒凪は涼の肩を掴み顔を上げさせた。
涼の頬を涙が伝う。
その顔はやっぱり限に似ていて。つい、少し笑顔を見せてしまった。
『限にとても似ているんですね。』
「!」
『…限はまだまだ不器用だけれど…。沢山友達出来たんですよ。』
今日来てくれた限と同い年の男の子は今限と一緒に仕事をしている子なんです。
限をとても大事にしてくれていて、よくお互い文句を言いあってますが…とても相性がいいと思います。
女の子も仕事仲間なんですよ。限はあの子を貴方と時折重ねていました。
貴方と同じで芯が強い女の子なんです。限を沢山サポートしてくれています。
他にも、限をずっと気に掛けてくれている同じ妖混じりの子もいます。
ぽろぽろと涼の両目からまた涙が溢れ出した。
『限は貴方が思っているより皆に受け入れられてますよ。』
「…はい…っ」
『泣かないで。最後ぐらい笑顔で送り出してあげて下さい。』
徐にムカデが浮かび上がり、黒凪が一瞬で上空に結界を5つ程作り上げた。
すると限がムカデから飛び降りて黒凪を瞬く間に抱え、彼女が先ほど作った結界を足場にムカデに飛び乗る。
それを見上げていた涼は突風で靡く髪を抑え「限ー!」と声を張り上げた。
「頑張って…! 姉ちゃんずっと応援してるから!!」
「…頑張る!」
「!」
限も姉に負けじと声を張り上げた。
その声をしっかりと聞き届けた涼は溢れ出した涙にすぐさま顔を両手で覆う。
その姿を見た限は眉を下げ背を向けた。
これで本当に最後だ。…帰ってくることは無い。
「…よう」
「……あぁ」
屋上に上り顔を覗かせた良守は既にその場所で寝ていた限を見て一言そう声をかけた。
限もチラリと良守を見て返事を返す。そんな当たり前の様で当たり前でない短い会話でさえ、良守はとても嬉しく感じられた。
良守は限の隣に寝転び空を見上げる。
「…お前さ、あの時死にたかったのか?」
「あの時?」
「火黒に斬られた時。…烏森がお前の死を受け入れてたから」
「!」
限が微かに振り返る。
良守はそんな限に顔を見られまいと寝返りを打ち背を向けた。
微かに良守の肩が震えている。
泣いているのか、と声には出さず限は目を見開いた。
「もうそんな風に思うなよ」
「…あぁ」
「お前が死んじまったら、…俺すげー悲しいから」
あぁ。とまた限が返事を返す。
ずずっと鼻を啜る音がした。
限は眉を下げ目を閉じる。
数秒程沈黙が続くと「だぁ!」と良守が起き上がった。
「志々尾!俺は!」
「……」
「…俺は、お前に生きたいって思わせられなかった。結局お前は黒凪の為に生きる事を選んだんだろ。」
「……あぁ。そうだ。」
俺はそれがすげー悔しいんだよ! 良い事だけど!
胡坐を掻いて顔を伏せた良守の前に限も起き上がり胡坐を掻いた。
ばっと良守が顔を上げる。目には涙が沢山溢れていた。
「俺、お前の友達なのに。」
「!」
「俺はお前に生きたいって思わせたかった」
「…俺は、…今日まで十分楽しかったからもう良いと思ったんだ。」
良守が言葉を止める。
限は空を見上げ微かに笑った。
脳裏に姉が思い浮かぶ。
子供の頃に苛められた記憶も浮かんだ。
「お前みたいにぬるい奴、初めてで。…楽しかったから、満足した。」
「…っ」
でも今は。
良守が目を見開く。
限は照れた様に笑っていた。
「生きてて良かったと、思う」
「…っ、じじお゙ぉ…」
だーっと涙を流した良守にどうすれば良いのか分からない様子の限。
そんな会話をこっそりと聞いていた時音と黒凪は顔を見合わせ眉を下げる。
すると授業の予鈴が校内に鳴り響いた。
『限、偶には体育の授業出ようよ。』
「黒凪…」
「ギャー! きゅ、急に出てくんなよぉ!」
「あーらみっともない。泣いちゃって。」
また「ギャー」と良守の悲鳴が響く。
さすがに好きな女の子に泣き顔を見られて恥ずかしいのだろう、良守がぐしぐしと服の袖で顔の涙を拭う。
「…いや、俺が体育に出ると…」
「良守もたまには授業に出たら? 黒凪ちゃん達と合同でやるみたいだし。」
「ずび、へ、へー…合同なんだな…。」
『いい機会だし、ちょっと体を動かす程度でさ。ね?』
しーんと沈黙が降り立ち、限と良守が顔を見わせる。
そして黒凪が限を、時音が良守を連れて屋上から出ると、2人をそれぞれの教室に放り込む。
どうやら男子は別の場所で服を着替えるらしく、限と良守はしぶしぶそれぞれの体操服を抱え更衣室に向かって行った。
ちなみに、良守と限の体にはわりと傷が多く、2人は他の生徒たちに見られないように隅っこの方で互いに体を隠しながら着替えたのだとか。
そしてそれを見た他生徒達が2人に関する変な噂を広めるのは、また別の話。
「はい、今日も前回に引き続きマット運動だ。今日は各自考えた技を披露する日だぞー。」
『え゙』
「…その "技" って側転とか?」
「その通り。ま、俺のデータベースではお前の運動神経は良い方だからどうにかなるだろう。」
良守のクラスメイトはノープランである良守に気付いているらしく半笑いでそう言った。
そんな会話を訊き限と黒凪で顔を見合わせる。
限は即興でもどうにかなる。…と言うより、むしろ中学生ではあり得ない技を連発して高得点を叩き出してしまうかもしれない。
それに比べて私はどうだ、何も出来ないんだが。
黒凪は他の生徒達が技を披露する中胡坐を掻きうんうん唸っていた。
すると良守が隣にドカッと座り込む。
「よう。」
『どうしよう良守君。私運動全然出来ないんだけど…』
「え、マジで? あ、だからいつも志々尾に担がれてんの?」
『うん。どうしようかなぁ、私足も壊滅的に遅くて。』
これはもう年とか関係なくそうなんだよねえ。
困った様に言う黒凪に良守は乾いた笑みを溢す。
すると良守の名が呼ばれ彼は気だるげに立ち上がった。
えっと、とマットを数秒程眺めた良守は走り出し軽い身のこなしで側転とバク転を披露する。
まさかバク転が出るとは思っていなかったのか教師も唖然とし生徒達は凄い凄いと互いに話しながら拍手を送った。
『凄いねえ。』
「伊達に毎晩走ってないからな。あんな奴等相手だったら無茶な避け方とかもしてるし。」
『あ、それ昔からでしょ。結構生傷多いもんね。』
「うん。…時音を抱えて走ったりもしたしなぁ。」
懐かしむ様に言う良守に「ふぅん。」と返して黒凪は天井を見上げた。
確かに昔は走り回ってた時もあったなぁなんて思う。
それに父が弟につきっきりだったあの頃、寄ってくる妖の退治は私が主に引き受けていたし。
…あの頃は傷も沢山あった筈なのに。
『…いつからだろう、ほとんど無傷で戦えるようになったのは。』
「え?」
『いつの間にかそこらの妖なんて、一瞬で倒せる様になっちゃったんだよねえ。』
「…すげーよな、」
凄くないよ、と即座に返した黒凪に良守の目が向く。
彼女は困った様な顔をしていた。
黒凪は教師に呼ばれて前に出る限を目の隅に捕えながら再び口を開く。
良守の目も限に向いていた。
『まだ完成してないの。…1番必要な術がまだ出来ないんだ。』
「1番必要な術?」
『うん。…この世の全てをひっくり返せるような、そんな想像を超えた術。それが出来ないと…』
ダン、と踏み込んだ音がした。
限に意識を映せば彼は多少なりとも良守に対抗したのだろうか、側宙、バク転、バク宙と物凄い勢いで、且つ美しく披露する。
黒凪の式神の事だ。毎回適当にこの体育の授業も切り抜けていたのだろう。
予想外の出来栄えに教師も生徒も呆然としていた。
『あーあ。どんどんハードルが上がっていく…。』
「おい志々尾、何マジになってんだよ。」
「…別に。」
そんな風に会話をする限と良守を横目に黒凪は徐に目を閉じる。
…そう、まだ完成していない。だから父様も私の元に姿を見せない。
完成させないと。私がこの世界から消えてしまう前に。必ず。
「おーい。間、お前の番だぞー」
『え、嘘! ちょっと待って私何も出来ない…』
「昔の記憶を呼び覚ませばどうにかなるんじゃねーの?」
『…仕方ない。ちょっとアレだけど。』
黒凪の周りに力が溢れた。
その力に気付いたのは良守と限のみ。
離れた位置で授業を受けている時音も気付いたが力の根源が黒凪だと悟ると怪訝に思いながらも授業に集中する。
以前にもやったように、魂蔵にある力で無理やり体を "少し作り変える" 。
息を吐き黒凪が足を踏み込んだ。
『う、わっ』
「おお…すげー跳んだ」
「…(やり過ぎだろ、あれは)」
思い切り踏み込むとかなりの距離を跳び上がり、限と良守が呆れたようにそんな黒凪を見守る。
当の本人、黒凪は微かに目を見開きながらも体を捻りそのまま側宙。
トンと足を着きその勢いのまま2回ほど側転をして回った。
更にその側転で勢いに拍車がかかり、黒凪は前のめりになりながら動きを止める。
ご、合格…。と先生が笑顔を引きつらせながら成績表に書き込んだ。
やり過ぎ。
(墨村の運動神経はデータ以上、志々尾の運動神経はオリンピック選手並み…)
(間の白髪は地毛、何処かどんくさいが運動神経は抜群の模様、と。)
(ふふん、この1時間でこんなにも情報が集まるとは。)
(嬉しそうだな田端…)
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