Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


 体育の授業を終え、そろそろ屋上でサボろうかと限が立ち上がった時。
 珍しく良守と時音2人で黒凪達の教室にやって来た。
 限と黒凪2人して目を丸くしていると良守が自分の携帯をばっと此方に向けてくる。
 そこには烏森の前の主であるウロ様の居る神佑地、無色沼の映像。
 その映像を見た黒凪はばっと立ち上がった。



『干上がった…?』

「ああ。…今から早退して行こうと思う」

『解った。限、』

「あぁ」



 既に鞄を持っている良守達に続いて限と黒凪も鞄を持ち上げる。
 そのまま急いで無色沼に向かった。烏森から数10分程歩く着く程度の距離にある無色沼。
 辿り着けばその光景に時音と良守が愕然とする。普段は市民の憩いの場となっている巨大な無色沼の水がすべて干上がっていた。。



『…とりあえずウロ様の所に行こうか。』

「!…知ってんのか? ウロ様が居る場所…」

『ん? うん。昔にお会いしてそれきりだけど。』



 広場の様な場所には大量に警察やテレビの報道陣などが居て、とても近付ける雰囲気ではない。
 そのためそれらを掻い潜る為に森の中の獣道を進むことにした。
 途中で時音と黒凪の制服が木や草に引っ掻からないように限が手を変化させ木や草をなぎ倒していく。
 そうしてたどり着いた場所には…



「え、何これ…。ウロ様はこんな所に住んでるの? ただの穴じゃない。」

「こんな所じゃねーよ。なぁ?」

『うん。おかしいなあ…こんな穴はなかった筈なんだけど。』



 4人で不自然に地中深くまで掘られた穴に近付き
 良守が1人しゃがんで穴の中を中を覗き込む。



「おーい。ウロ様ー。ウーローさーまー。」



 そう良守が穴に向かって声を掛けた。
 そんな適当な呼び方に時音はハラハラしていた訳だが、良守の背後にニョキッと現れた豆蔵が良守の呼びかけに応える様に彼を穴に落とす。
 ギャーと落ちて行った良守に焦ったように穴の中を覗き込み、良守を念糸で救出する時音と限。
 そんな2人を横目に黒凪は豆蔵に目を向けた。



【ふん。いついかなる時も背後からの攻撃には注意せんか!】

「んなこた言ったってなぁ…!」

「良守、この方は…」

「そいつは豆蔵…。ウロ様の付き人的な奴。」



 ちょこんと座る豆蔵はうんうんと頷いた。
 穴から這い上がった良守は豆蔵の前に座り、限や黒凪も座る。
 ウロ様は無事なのか? と心配げに訊いた良守に「無論。」と豆蔵が即答した。



【あの程度の妖がウロ様の眠りを妨げようなど100年早いわ。】

「よかった…。でもこの穴大丈夫なのかよ。」

【この程度の穴を掘った所で神の領域には近づけん。】

『ああ、じゃあこれは妖が掘ったものですか…。直しておきますね。』



 そこで黒凪に気付いた豆蔵。
 ん?と微かに眉を寄せた豆蔵はザワ、と異様な力を感じ取ると「おい娘」と黒凪を睨む。
 黒凪は「はい?」と豆蔵を振り返った。



【お前、もう少し力を抑えんか。】

『あぁ…すみません。』

【…思えばあの頃からだな、お前の力が喧しいのは。】



 今は既に昔程の力は蓄えていないようだが。
 黒凪は微かに目を見開くと「ご名答」と目を細める。
 再びフンと目を逸らした豆蔵を見ると黒凪は眉を下げ口を閉ざした。
 次に時音が「どんな奴等だったか覚えていませんか」と問いかける。
 豆蔵は静かに首を横に振った。



【某もウロ様も昨晩は深い眠りに入っておった。全く見ておらん。】

「でも多分、こんな事したの黒芒楼だと思うんだよ。」

【こくぼうろう?…もしや黒芒の化け狐の事か?】

「…狐?」



 時音の脳裏に黒凪の言葉が過る。
 "へー…。狐も粋なのを作るね。"
 ばっと時音が黒凪に目を向けた。
 その様子を見た豆蔵はため息を吐くと黒凪を見上げ「しっかりと情報はやらんか」と一喝する。
 黒凪は「あはは、」と眉を下げると良守達の視線を受け口を開いた。



『遠い昔に一度だけ会ったことがあるんだ。黒芒と呼ばれる異界の神佑地の主の事だよ。』

「それが黒芒楼なの…?」

『うん。黒芒の主である狐は元々は妖でね。そろそろ寿命で体にガタが来ているはず。だから…』

「烏森の力を使って、治療というか…延命しようとしているって事?」

『か、新しい神佑地として烏森を狙っているかだね。だとすると見当違いも良いところだけど。』



 うむ。と豆蔵が頷いた。
 そんな黒凪と豆蔵に良守たちが小首を傾げ、ため息を吐いて豆蔵が口を開く。



「もともと土地というものは主に呼応しているもの。つまり、黒芒にガタが来ているのは主である化け狐の影響なのだ。」

「ということは、黒芒がダメだからって烏森に移っても…結局は主が弱っている所為でいずれは烏森もダメになるってこと…?」

「うむ。」



 まあ、世間話はここまでとして。
 豆蔵が続けて言って立ち上がると、さっさと帰れと4人の背を頭の蔦で押した。
 どうやらこれから無色沼の修復に入るらしく、4人がいると邪魔になるのだと言う。


























『限、その黒いのさっさと狩って』

「あぁ」

「志々尾! なんかあの妖速くて掴まんねー!」

「私が足場作るからお願い!」



 良守と時音の声にも「分かった」と一言返して走り出し、瞬く間に影の様な妖を斬り伏せ着地した。
 流石だぜげんげん〜。などと言いながら白尾が限の周りをクルクルと回る。
 それを横目に限がゴキ、と首を鳴らすと斑尾と白尾が同時にピクリと反応を示した。



【…また何か変なのが来たねぇ。】

【ハニー、奇妙な気配だぜ。気を付けた方が良い。】



 2匹の言葉に頷き走り出す良守と時音。
 黒凪は限に抱えられ良守達より一足先にその妖の元へ辿り着いた。
 校舎の前にぽつりと立つ人型の妖。彼は何も言わず此方を見ると良守たちが到着したことを見届け、目を細めた。
 途端にその背後からまばゆい光が溢れだし、その光景に眉を潜めた良守が結界を妖囲うために結界を配置する。
 しかし妖は瞬く間に移動すると、再び何も言わず周りを見渡し始める。



「んのやろ、…!?」

「っ、体が動かない…!?」



 妖から視線を映し、少し前に立つ良守と時音の陰に目を向ける。
 まばゆい光によって出来たそれぞれの影に1本の釘の様な物が刺さっていた。



『…限、私の影にも釘は刺さってる?』

「ああ」

【それは "影縫い" と言う術です。あなた方は厄介なのでね、動きを止めさせて頂きました。】



 動けない。その事実に冷や汗を流す時音だったが
 そんな彼女の心境を察してか妖がいたって冷静に続ける。



【何もあなた方に攻撃しようとしている訳ではありません。…ただ、少し調べ物をしたくてね。】



 そう言って妖は地面に右手を向けた。
 その右手の指の先、それから手の平に目がぎょろりと開き、地面…いや、正確にはその奥へと視線を走らせる。
 すると黒凪の耳に烏森の声が届いた。



「此方を見ようとしているな」「気味の悪い奴」「邪魔だ」「…姉上」



 途端にぐん、と黒凪が背中を押されたように前のめりになり、反射的に己の影に目を向ける。
 自分の影を縫い付けていた筈の釘は、ひび割れた地面の所為でその場にぱたりと倒れていた。
 ちらりと自身の後ろに立っていた限を見た黒凪は、その表情を見てこの地面がひとりでに釘を倒したのだと理解した。
 そしてすぐに構え、それを見た妖が驚いたように飛び退いだ。



【…何故動けるのです?】

『結。』



 妖の質問には応えず、黒凪が結界を配置する。
 しかしそれを良守にしたように避けると、妖の手にある目が閉じられ
 ため息を吐いた妖が呟くように言う。



【…まあ、ある程度奥まで見ることは叶ったので良しとしましょう。】

『あらかた…無色沼を調査しても何も出てこなかったからこっちに来たといった所かな。』

【ええ。それにしてもこの地は何処までも興味深い…。】



 たいていの作りは他の神佑地と同じ、この地面の深い深い奥には異界が広がっている。
 …ただ、その異界を形成しているもの。正確には “術” 。それが…
 そこまで言った所で黒凪が巨大な結界を作り上げる。
 しかしまた数秒間に合わなかったようで、その上に妖が立ちこちらを見下ろした。



【…ふむ。今あなたの術…いや、正確にはその力の質。それを見てもう一つ疑問が。】



 人差し指を立ててそう言った妖に黒凪が細長い結界をいくつか放つ。
 しかしそれも交わすと、手の平を黒凪に向け再びその指にある目を開眼させた。



【貴方は烏森に酷似している。】



 その言葉に良守、時音、そして限が黒凪に目を向けた。
 途端に黒凪が絶界を発動させ、暫し彼女を見つめていた妖がその目を閉じる。



【止めておきましょう。その術は私の目さえも通さないようだ…。】



 また何処かで。
 そう言って妖は姿を消し、その気配も完全に途絶える。
 途端に良守たちにかかっていた影縫いも解け、自由になった良守が黒凪の肩を掴んだ。



「お前…烏森について何か知ってるのか?」

『今はまだ…言えない。』

「はあ⁉ なんで…」

『…許可が、降りていないから。』



 目を逸らしてそう言った黒凪が嘘をついているようには見えない。
 言いたいことはたくさんあるらしい良守だったが、黒凪の心情を察してそれらを飲み込んだ。
 そしてすぐに限が良守と黒凪の間に入るようにして黒凪を己の背に隠す。



「…悪い、墨村。」

「〜っ、分かったよ! お前にも色々と事情があることは俺も分かってる。ただ…」



 志々尾だけは、裏切るなよ。
 念を押すような良守の言葉に黒凪が小さく頷いた。
 そしてずかずかと去っていく良守の背中を見送る。




 それは、出生の秘密へと遡る。


 (生まれ落ちて最初に感じたのは、生命を脅かされる恐怖だった。)

 (だから私の魂蔵は私を急速に成長させ…)
 (己の身を護る術を与えたんだ。)


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