Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


「時ばあが帰って来た!?」

「うん。黒芒への道を作る最適な位置を探し当てたんだって。」

「じゃあまた出かけるのか?」

「明後日には出て行くって言ってた。…敵に気付かれない様にする事はとても難しいみたいで…。」



 大丈夫かなあ、と時音が不安気に言う。
 その横顔を見た良守は「大丈夫だろ」と元気付ける様に言った。
 するとそんな2人の会話を黙って聞いていた限が腕を組んだまま「アイツなら、」と口を挟む。
 その声に限を見た良守は黒凪の姿を探した。



「そう言えば黒凪は?」

「…今は夜行に居る。頭領に呼ばれたらしい。」

「はぁ!? またかよ!」

「明日には帰ってくる。…それより、黒凪なら異界への道を何度も作ってたが。」



 ええ!? と時音が声を上げそれに良守がビクッと肩を跳ねさせ驚く。
 そんなに驚く事だと思っていなかったのか限も微かに目を見開いた。
 時音はそんな2人に異界への道を作る事にどれだけ繊細で高等な技術が必要かを力説する。
 するとやっと事の重大さに気付いたのか、良守も限もぽかーんとしていた。



「…ちなみにどんな感じだったんだよ。黒凪が道を作ると。」

「……。何もない場所に触れて、…あいつの場合はネジを回す様に片手で空間を捻じってた。」

「空間を、捻じる…」

「あぁ。空間を捻じるとその場所が水の波紋みたいに歪んで手が入り込む。」



 その瞬間に人が1人入れるぐらいの穴が出来上がってた。
 先に道を開いた本人が入って進むごとに道の調節を行っていき、そうして他の人間も中に入れるようになる。
 …長くても掛かる時間は5分ぐらいだ。



「す、すごい…。流石は黒凪ちゃん…。」

【時守様は10秒ぐらいでやってたよ。】

【そういやお嬢は力が有り余り過ぎてよく中の住民を怒らせてたなぁ。】



 そんな斑尾と白尾の会話を訊いた良守は考える様に空を見上げる。
 俺さ、と良守が呟く様に言った。



「俺、絶対に黒芒楼を倒したいんだ。志々尾も傷付けられたし、…多分繁じいの知り合いも誰か殺されてるし。かたき討ちってことじゃねーけど。」
「…黒芒楼に侵入する時にさ、俺時ばあについていけねーかな」



 それは無理。無理だろヨッシー。無謀だね。…止めておいた方が良いんじゃないのか。
 4人に一斉に止められ良守が「んな、」と絶句する。
 すると時音がガッと良守の胸ぐらを掴み、彼を睨みつける。



「馬鹿! アンタみたいな未熟者が行っても絶対意味ないわよ!」

【そうだぜヨッシー。黒芒に辿り着く前にバニーに撒かれるのがオチだって。】

【そうそう。アンタみたいな力技だけの馬鹿に時子みたいな繊細な術が出来るもんか。】

「だから時ばあが作った道を俺が進んで黒芒楼に乗り込む…」



 無理。限以外の全員の声が重なる。
 なんでだー!と良守が頭を抱えた。
 その様子を憐みを籠めて眺める限。
 良守はやれやれと去っていく時音達を横目に再び頭を抱えた。





























 一方の黒凪は正守の部屋で出されたお茶を飲んでいた。
 そして今しがた彼から伝えられた事項に湯飲みを机に置いて黒凪が少し驚いたようにそれを復唱する。



『夜行の本部を烏森に置く?』

「うん。駄目?」

『いや、別に良いと思うけど…。急だね。』

「急じゃないよ。この間だって増援が間に合ってれば君も限も軽傷で済んだ筈だからね。」



 ふーん、と移動の準備を進める夜行の人間を横目に黒凪が目を細める。
 正守も夜行の仲間達を見ると「凄い楽だよ」と呟く様に言った。
 黒凪の目が正守に向くと彼も黒凪を見てニッと微笑む。



「扇一郎が文句を言わないからさ。死んだ人の事どうこう言うのもどうかと思うけど。」

『…そういえば私、七郎君に今回の依頼のお礼をまだ伝えていないなあ。』

「じゃあ言いに行けば? 黒凪なら早々に追い返される事も無いだろ?」

『そうだね…。いい機会だし、今から行ってこようかな。』



 正守に背を向け空を見上げる。
 そして上空で荷物を運んでいた秀を見つけた黒凪は彼に声を掛け、荷物を置いた秀がすぐに空から降りてくる。
 そうして彼に事情を話し、秀が黒凪を抱えて空に飛びあがる。



『ちなみに本部を移す件、裏会に了承は取ってある?』

「特に取ってないけど…この件は任されてるしさ。」

『じゃあ一応夢路殿に挨拶がてら声を掛けてくるよ。』

「そう? じゃあよろしく。」



 正守が笑って裏会総本部へ向かう秀と黒凪を手を振って見送る。
 やく数分ほど飛行して裏会総本部にたどり着いた黒凪は外を偶然歩いていた夢路を見ると秀に指示を出し、彼の前に降りていく。
 途中で夢路本人も降りてくる2人に気づいたのだろう、笑顔で手を振っている。



「珍しいですね。どうされました?」

『いや、夜行の本部を烏森に移すそうで…一応報告に。』

「なんだそんな事ですか。構いませんよ、全て墨村君に任せていますからね。」



 それは良かったと黒凪が笑みを見せ、秀に手を伸ばす。
 しかしそんな彼女を見た夢路は「そうだ」と思い出したように彼女の肩を掴んだ。



「扇さんが亡くなったお話は耳に入っていますか?」

『ああ…。あれ、私なんですよ。』

「ああやはり貴方でしたか。烏森にも手を出していると言う噂は耳に入っていたのでね…。もしやと思いまして。」

『 ”よくある話” でしょうから、特にお伝えしなかったんです。』



 黒凪の言葉に否定も肯定もせずに微笑む夢路。
 そして彼は「それにしても…」と続ける。



「あの扇さんがあれほど簡単に亡くなられてしまうとは…驚きました。」

『…と言いますと?』

「あれほど執念深く…力を持つことにどん欲な方がねえ。」



 彼の言葉に黒凪が目を細め、扇一族の屋敷の方向に目を走らせる。
 しかしそんな黒凪に「ただそう思っただけです。深くは考えず。」そう付け足した。
 そんな彼に手を振り、今度こそ裏会総本部を秀と共に後にする黒凪。

 そうして再び暫く空を浮遊し、次の目的地…扇一族の本家へ。
 すると丁度扇一族本家近くの裏山にある嵐座木神社に入った頃に気づかれたのだろう、1つの竜巻がこちらへ向かってくる。



「…誰かと思えば…貴方でしたか。」

『こんにちは。』

「 "こんにちは" じゃないですよ。…そこにいらっしゃると繭香様が嫌がりますから…。」

『…確かに、歓迎はされていないね。』



 黒凪が微かに笑い真下にある嵐座木神社を見下した。
 木の上に現れていた繭香は微かに眉を寄せると黒凪の視線を受け着物の裾で口元を隠し、目を細める。
 そして小さく手を振った黒凪を忌々しげに睨むと彼女は姿を消した。



『おや、逃げられた。』

「…はあ…。彼女に嫌われてしまうと色々と面倒なんですが…。」

『ふふ、私が君に会いに来たと言えば、君を少し嫌うかもしれないね。』

「勘弁してください…。」



 七郎の言葉に黒凪が徐に「君にお礼を言おうと思ってね。」と微笑んだ。
 そんな黒凪に「あぁ、」とやっと理解した様に呟く七郎。
 そしてすぐに彼は目をつい、と逸らした。



『君たち一族のことを思ってすべてそちらに丸投げしていたけど…特に問題はなかった?』

「…まあ、問題がないと言えば嘘になりますが。」

『うん?』

「…怒らないでくださいね。」



 その前置きに黒凪は理解したように肩を竦めた。
 なるほど、夢路の言った通りか。



「実はいつからこの依頼の情報が伝わっていたのか…僕が向かった時にはすでに "分裂済み" で。」



 2人分しか。
 傍でそれとなく話を聞いている秀が頭に?を浮かべているのがわかる。
 確かに、何も事情を知らなければ分からない話だろう。



「すでにほかの4人はどこかに雲隠れ…。ただ、一応威嚇にはなったようで今はなりを潜めています。」



 ですよね?
 そう言いたげな視線が黒凪に向けられる。
 確かに正守も以前の様に扇一郎からの圧力はなくなったと言っていたし、七郎の話は本当だろう。



『…まあ、いいよ。もしこれ以上何もしてこないのであれば二蔵の顔に免じて放っておいてもいいしね。』



 ただ。そういうと七郎の目がつい、と黒凪に向いた。
 彼…、嫉妬深い面がありそうだからなあ。
 これ以上うちの子たちにちょっかいを出さなければいいけど。
 その言葉に七郎の目が微かに伏せられる。
 彼自身、自身の兄とは言えその部分での約束は出来ないのだろう。



『…ま、何かあればまた連絡するよ。』

「…はい。」



 七郎が黒凪の言葉に頷き、扇家の屋敷をチラリと見て「良ければ父に会っていきますか?」と問いかける。
 その言葉を聞いて黒凪も屋敷に目を移すと、ぐん、と徐に探査用の結界を向かわせた。
 一瞬で黒凪の力が屋敷に充満し扇一族の異能者達がわらわらと何事だと一斉に外に飛び出し、二蔵も窓を開けこちらに目を向ける。



「これがあなた流の挨拶ですか?」



 また七郎が困ったように言って、己を睨む父、二蔵に肩を竦めて見せる。
 黒凪はイタズラに笑いながら二蔵に手を振った。
 二蔵も呆れたようにため息を吐き、黒凪に軽く手を振り返す。



『それじゃあ私はそろそろお暇するね。』

「…はい。」



 黒凪は七郎に「じゃあね」と声を掛け、それを見た秀が黒凪を連れて夜行へ戻り始める。
 そんな黒凪の背中を見た七郎はボソッと「はた迷惑な人だ…」と呟き此方を見上げている部下達に声を掛け始める。





























「…あ、お帰り。」

『ただいま。…あ、今から移動?』

「うん。」



 ばいばーい、と秀と手を振り合って別れ黒凪はすぐに正守の元へ。
 そして庭を見れば空間移動術を専門とする異能者が一点に集まり、魔法陣を使って夜行から荷物を移動させている真っ最中だった。
 ぐぬぬぬと大量の人数を一気に転送しようと、ぎゅうぎゅうになりながら小さな穴のような場所を移動する夜行の面々。
 それを見た黒凪は正守の隣から離れ、穴に手を伸ばす。



『どれ、手伝ってあげよう。』

「あ、黒凪―――」

「うわっ!」

「ギャー」



 黒凪が振れた途端に空間移動のまじないの規模が広がり、穴が大幅に広がった。
 途端に穴にぎゅうぎゅうに詰まっていた人が穴になだれ込んでいく。
 正守が黒凪の肩に手を置き「ありがとう」と小さな声で礼を言うと、#NAME1##は振り返りにっこりと笑った。



『…そう言えば何処に泊まるの? この大人数。』

「男はうちの実家、女は雪村さんの所。黒凪も今日からそっちだよ?」

『え、時音ちゃんの所? でも荷物なんてまとめていないし…』

「多分限が持って行ってくれてるんじゃないかな。今日中に限も移動する予定だし。」



 そんな会話をしていると全員の転送を完了し、黒凪と正守も穴に入り込んだ。
 空間移動のまじないを使うことで一瞬で墨村家と雪村家の前に着いた夜行の面々はそれぞれ男女で別れ、それぞれの泊まり先へと向かっていく。



 
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