Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


「…なぁ、黒凪」

『うん?』

「火黒って誰の事だ?」

『…なんでその名前を?』



 学校から帰って来たばかりの黒凪は墨村家の前に立ち
 学校から帰ってくる黒凪を待っていたような様子の閃の側に歩いて行く。
 そうして何か話たそうな彼を見かねて一緒に散歩をすることにした。



「さっき俺と秀と大で墨村の正当継承者に喧嘩売りに行ったんだけど…」

『ああ、そうだったの。どうだった、負けた?』

「…うん」

『昨日からずっと睨んでたもんね。夜には烏森にも出向いて私たちのこと、見ていたでしょ。』



 また「うん」と頷いた閃。
 黒凪は笑うと彼の頭を無造作に撫でる。
 閃は暫く、されるがままになっていると徐にその手を掴み取り顔を上げた。



「限が重傷を負う程の相手にやる気も出ねぇって、挑発で言ったんだ。…そしたら…」

《火黒は俺が倒す。…黒芒楼も、絶対にぶっ潰すから…》

「…泣きそうな声で言ってた。でもそれ以前に途中で豹変したアイツが怖くて。」

『豹変した?』



 小さく頷き体に薄い膜が出来てた、と閃は言った。
 その色はどす黒い紫色で、まるで絶界と同じ様な気配だったという。
 微かに目を見開いた黒凪は「へえ…」と空を見上げる。



「…俺、やっぱり結界師は怖ぇよ。得体が知れない。」

『あんたは半端に心が読める分、私たちの様に能力が通じない相手は怖いんだね。』



 図星なのだろう、閃が目を伏せる。
 …私たちはどうしてこんな境遇で生まれてきたんだと思う?
 突拍子もない黒凪の問いに閃が視線を上げた。



『どうして私たち結界師は結界を操れるんだろう。どうしてあんたは心を覗き込む力を持って…どうして限はあんなに鋭い爪を持っているんだろう。』

「それは…」

『…閃。力に吞まれてはいけないよ。』



 考えるように下がっていた閃の視線が再び持ち上がり、微笑んでいる黒凪をその目に移す。
 拒絶する術を身に着ければ、常に全てを拒絶するようになる。
 破壊する術を身に着ければ…沢山のものを破壊してしまうようになる。



『勿論、心を読む術を身に着ければ。すべての人間の心を覗き込みたくなる。』

「…」

『力に依存し、固執して…迷子になってはいけないよ。…そしてそんな力を、運命をあんたに与えたこの世界を憎んではいけない。』



 あんたは強いから、きっと分かる時が来る。
 そう言って再び閃の頭に手を置き、黒凪が雪村家に向かって歩いて行く。
 閃もため息を吐くとポケットに手を入れ背を丸めて墨村家に戻って行った。






























「時音、黒凪!」

『おはよう良守君、限』

「何かあったの? 朝から声掛けて来るなんて。」

「…黒芒楼が動き出したらしい。兄貴がそう言ってた。」



 襲撃は…今晩。
 良守の言葉に時音が徐に視線を地面に下げる。



「…そっか。」

『まだ時子さんは帰ってないけど…墨村と雪村の家の方はどうする予定?』

「そこは繁じいがどうにかするって。」



 そっか、とまた言って時音は口を閉ざした。
 目に見えて不安がる時音を見て、良守はなんと声をかけて良いか考えているらしい。
 沈黙が降り立ち、ぽつりと時音が言う。



「…護り切れるのかな。」



 そんな時音を少し驚いたように見た良守が彼女の前に出て
 まっすぐに彼女の目を見据えて言った。



「大丈夫だ。絶対明日、俺が火黒を仕留める。」

「…いや、奴は俺が殺る。」

「…俺だ。」



 お前に殺れるのかよ。と限が良守に目を向ける。
 「倒すったら倒すんだよ!」そう言った良守に「どうだか」と限が肩を竦めた。
 その様子を横目に黒凪は徐に時音の背中を軽く叩く。



『大丈夫。冷静に対処すれば最悪の事態にはならないよ。』

「…うん」

『今回は夜行もいるし、どんと構えて…』

「うん…」



 それでも拭えないらしい不安に目を伏せる時音。
 既に4人は烏森学園の目と鼻の先にまで来ていた。
 中等部と高等部は別々の校舎にある為、とりあえず時音とは一旦別れることに。
 黒凪と限はそのまま他クラスの良守とも別れ、いつも通り机にたどり着くとすぐさま突っ伏した。
 この2人のあまりの授業態度の悪さに、隣の教室では限と黒凪は "第2、第3の墨村" と呼ばれているらしい。



『…限。アンタ傷はもう大丈夫なの?』

「…あぁ。」



 くぐもった声で返した限が少し顔を上げ黒凪に目を向ける。
 彼女も限を見ていた。
 黒凪の顔を数秒程見ていた限は少し微笑み徐に彼女の頭を撫でる。



『…今回は無茶はしないこと。いい?』

「でも…お前がまた倒れたら…」

『その時は正守を頼りなさい。…今回は私たちだけじゃないんだからね。』

「…ああ。」



 黒凪の手から自分の手を引き抜き、徐に限は教室を見渡した。
 ここにいるなんの異能もない、ただの学生たちは今晩起ころうとしていることなど何も知らないのだろう。
 くだらないことで笑いあえて…いつも通りの日常が来ることを確信出来ていることが、どれだけ幸せなことかさえも知らないのだろう。



『…よし、屋上行こ。良守君もきっと居るだろうし。』

「……別に俺はあいつに会いに行ってる訳じゃ…」

『ほら行くの。ね?』

「…」



 黒凪に手を引かれ共に屋上に向かう。
 すると同様に屋上に向かっていた時音と鉢合わせ、その彼女の珍しい行動に顔を見合わせる限と黒凪。
 時音も黒凪達に気付くと小さく笑顔を見せ、3人で共に屋上に出る。
 思っていた通りそこには既に良守が居て、彼も時音を見ると驚いた様に固まった。



「時音? …いよいよおかしーぞ。どうしたんだよ。」

「…不安になっちゃって。もしも今日黒芒楼に烏森を奪われちゃったら、どうしようって。」

「……正当継承者が不安になってどうする。」



 限が時音を見て言った。
 その言葉に限に目を向けた時音は「そうそう。」と口を挟んだ黒凪に目を向ける。
 黒凪は良守の手を掴み包帯が巻かれたその手の平を見下した。



『君たちの実力があれば十分烏森を護り切ることができる。…若さゆえの経験不足は、正守や夜行の面々に任せればいい。』

「…俺は正当継承者だからって理由で戦うんじゃない。…俺は烏森を護りたいから戦うんだ。」

「!…良守…」



 お前は違うのかよ。
 そう言って良守が時音を見上げる。
 はっとした様な表情を浮かべ、やがて時音が微笑み「そうだね、…そうだよね。」と空を見上げた。



「…私、頑張る。」

「おう! …絶対に護り切ってみせる。」



 烏森を見下ろして良守が言った。
 微かに烏森が呼応する様に力が溢れ出す。
 恐らく宙心丸も勘付いているのだろう、奴等がまたやって来るのだと。



 
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