Long Stories
□世界は君を救えるか
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始まりの一歩
ピンポーン、と滅多に鳴らない、一応のためにと取り付けておいたインターホンが鳴る。
普段の様に書類などを確認していた裏会実行部隊、夜行の頭領である墨村正守は小首を傾げた。
「(夜行の人間なら勿論インターホンなんて鳴らさないし、宅配なんて頼まないだろうし…)」
「頭領、本日誰かいらっしゃる予定でしたか。」
早速夜行の副長である刃鳥が正守の部屋にやってくる。
彼女がそう己に問いかけてくるのだ、絶対に誰かの訪問の予定なんてない。
…ということは。
「ほら、数日前に言ったろ? 俺の母親が預けて行ったあの件だと思うよ。」
「…ああ。なるほど。」
そうして2人で玄関に向かい、扉を開くとそこには真っ白な髪を携えた少女が立っていた。
わずかにインターホンよりも小さな身長で、こちらを見上げる少女は2人が現れると笑顔を見せる。
『こんにちは。突然の訪問になってしまって申し訳ないんだけれど…』
その容姿に似合わないしっかりとした口調に正守も笑顔を見せ
目線を合わせるようにしゃがみ込む。
「話は聞いています。ようこそ、夜行へ。」
『ああよかった。東京の街並みもたくさん変わっていてここまでたどり着くのに大分苦労したんだよ。』
「僕が迎えに行くことができればよかったんですがね…。母曰く、あなたを見つけるのにはかなり苦労したとのことで。」
今更あなたを見つけるよりも、来ていただいた方が時間がかからないと思いまして。
そう飄々と答えた正守に「なるほど彼が守美子さんの長男か」と納得がいった。
彼自信もまだまだ母親に及ばずともかなりの術者だし、何より隙が無い。
表面では人のよさそうな顔をしているくせに、その心の内ではこちらをまったく信用していない…。
『(出来の良い子たちが多く出てきているようだなあ…。よかった。)』
「どうぞ中へ。」
『ありがとう。』
通されたのは応接間だろうか、真ん中に机と向かい合うように座る用のものだろう、2つの座布団が置いてあるだけ。
玄関には彼と共に来ていた水色の髪をした女性は私が中に入ったのを見送るとそそくさとどこかへ行ってしまった。
「直にお茶が来ますから。」
『いえいえ、お構いなく。』
「改めまして、裏会実行部隊、夜行の頭領をしています。墨村正守です。」
『どうぞ気軽に話して。 私なんてただ君より年を取っているだけで、何も偉いことなんてないのだから。』
そう言った私に眉を下げた正守君。
少し難しく感じるかもしれないけれど、出会ったばかりだからまだまだ融通は利くだろう。
『改めてになるけれど…、私は間黒凪。君たちが開祖と呼ぶ間時守の一人娘に当たる。どうぞよろしくね。』
「…どうぞよろしく。」
笑みを張り付けて握手を交わした正守は早々にその手を目の前の少女の手から半ば逃げるように離した。
彼にとって、これほどのまでの術者に会うことは初めてであり、どう接していいのか全く分からなかったのだ。
「(母さんもものすごい人を俺に任せたものだ…。)」
これほど上位の術者、俺が面倒を見れるはずがないのに。
特に…正統継承者でもない、この俺が。
と、そんな俺の不安を感じ取ったのか目の前の少女がこちらに笑顔を向けたまま沈黙した。
まるで俺を気遣い、こちらの出方を伺ってくれているように。
「…ごほん。失礼。では…」
いけないいけない。
前もって決めていた段取りを忘れていた。
正守は徐に手を挙げた。
それと同時に正守の背後にある襖が開き、どっと人がなだれ込んでくる。
「キャー! 新人の子、まだ小さいじゃない! かわいい! あたしずっと女の子に来てほしかったのよー!」
「女の子だ…」
「でも力、半端ないね」
そこにはざっと見ても若い人間ばかり。
そんな私の考えは予想がついていたのだろう、正守君が口を開く。
「実はまだまだ作ったばかりの集団でね。」
『そう…。いいね。』
「ん?」
『皆明るい。異能者たちは、そうそうこんな風には成れない。』
少し微笑んでそう言った私に正守君の驚いたような目が向いたのがわかった。
『君の手腕の高さが伺える。すごいね、君は。』
「…」
「ねえねえ、あたしは花島亜十羅って言うの。よろしくねー!」
咄嗟に言葉が出なかったのだろう、言葉を詰まらせた正守君をどーんと押しのけて私の目の前に迫ってきた女性。
頭領という役職についていながらもこれだけフレンドリーに皆が接することができているところを見ても、それは彼の優しい性格ゆえだろうと容易に想像がついた。
『初めまして。これからよろしくね。』
「うんうん! それから、うちの子たちを紹介させて! 年の近い女の子が周りにいなくて心配しててね〜」
そう言いながら亜十羅が嬉しそうに2人の男の子を私の前に引っ張ってくる。
「こっちのちょっと目つきが悪いのが、翡葉京一! 黒凪ちゃんよりは少し年上になるかな! まーひねくれちゃってるんだけどいい子だから! ほら、挨拶!」
「翡葉京一です。よろしく。」
そう無表情に言った少年。
そんな彼の左腕の方にはにょろにょろと動く蔦がかすかに見える。
本人が感情を表に出さない分、まだまだ蔦のコントロールが未熟なのか蔦が代わりに私の呪力の大きさに驚いているようにざわざわと動いている。
その様子をじっと見ているとそれを嫌がるように翡葉の右手が蔦を抑え込んだ。
「で、こっちのちびっこい美少年が影宮閃。はい、挨拶!」
「影宮閃。よろしく…」
対して彼は感知能力が人一倍高いのか、遠目から見ても分かるぐらいにその腕に鳥肌が立っている。
少しでも私が呪力を底上げすれば、猫の様に髪を逆立てて飛び上がって逃げることだろう。
とにかく亜十羅が紹介してくれた2人に共通して言えることは幼いが故、そして妖混じりであるが故の勘の良さが私へのこの大きな警戒心につながっていること。
つまり…怖がられている。
『私は間黒凪。…どうぞよろしく!』
にっこりと笑って差し出された手をおずおずと握る2人の幼い妖混じり。
この先彼らが目の前の得体のしれない少女を誰よりもかけがえのない存在として大切にすることを、まだ知らない。
これで貴方はもう
(京、また怪我を? こちらにおいで。)
(…名前を省略しないでください。)
(あれ、嫌だったかな? かわいいのに。)
(…。)
(はは、すごい眉間の皺だね。)
(閃、そんなところで隠れて何をしているんだい。)
(あ…亜十羅にこれ持って行けって…)
(ああ…。ありがとう。)
(っっ、)
(…君、私が近づくたびにそんなに怖がっていたら身が持たないよ…。)
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