Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


「邪気が流れ込んできてる。…相当数を引き連れてるな。」

「頭領。全員準備できたみたいです。」



 正守が腕を組んで墨村家の入り口で烏森の方向へと流れていく雲を見上げて言った。
 そんな彼に報告にやってきた閃は彼の少し後ろに立ち、正守同様に空を見上げている黒凪に目を向ける。
 しかし正守がそんな閃に礼を言うと、彼は後ろ髪を惹かれる中再び烏森へと戻っていった。



「間殿。」



 ガラリと2人の背後にあった扉が開き繁守が顔を見せる。
 正守は繁守にちらりと視線を送り、名前を呼ばれた黒凪は体ごと繁守に向けた。



「…烏森をよろしく頼みます。」

『ええ。勿論。』

「…それから正守。」

「はい。」



 積もる話もあるだろう、黒凪は背を向け少し距離を取ろうと歩き出そうとした。
 しかしそんな黒凪の手首を掴んで引きとめたのは正守の片手で。
 ちらりと彼に目を向ければ、正守は依然繁守に目を向けていた。



「儂はお前を認めた訳ではない。…じゃが今回ばかりはお前を信じ、頼る事にした。」

「!」

「…烏森を頼んだぞ。」

「……はい。必ず護ります。」



 一つ頷いて繁守が家の中に戻っていき、それを見送り2人で烏森へ。
 正守が黒凪を背中に乗せ、結界を伝って住宅街の上空を進んでいく。



「良守と時音ちゃんは昼間どうだった?」

『怖がってたね。…でももう大丈夫だと思う。』



 そっか、と無表情に正守は言った。
 やがて夜行の面々が集まる烏森の校舎上空へと辿り着き、そこから下を見下ろし限と閃を見つけた黒凪が正守の背中から降りる。
 うわあっ、と焦る閃を横目にすぐさま限が跳び上がり、黒凪を受け止めて着地すると、正守が小さく笑みを浮かべてそのまま屋上の方へ向かっていった。



「お、おま、焦るだろ…!」

『閃と限は今回私の補佐だから、よろしくね。』

「ああ。」

「え、俺も…?」



 自分を指差して言った閃に「当たり前でしょ」と黒凪が微笑むと
 緊張してガチガチだった閃が少し落ち着いたように胸を撫でおろす。
 彼自身、こんな大舞台…何か明確にやることが決まっている方がありがたいのだろう。



『…じゃあこのまま屋上まで連れて行ってくれる?』

「分かった。」

「え゙、ちょ…」



 物凄い勢いで校舎の壁を使って屋上へと登って行く限に閃が顔を青ざめる。
 黒凪は笑うと「ついておいで!」と閃に声をかけ、彼は「くっそー…」と眉を寄せながら限の様に屋上へと向かっていく。
 そうして屋上から更に上空へと向かうため、複数の結界をの足場を作り、限と黒凪、そして閃が烏森を一望できるほどの上空に辿り着いた。



「黒凪! 一体何す―――…」



 結界の上に立ち、烏森を見下ろした黒凪。
 そんな彼女に話しかけようとした閃に視線を送り、言葉を飲み込んだ閃を見ると限の視線が黒凪の背中に向かう。



「っ!?」



 黒凪から禍々しい力が溢れ出し、烏森を覆い…やがて町にまで広がっていく。
 町を包み、山を包み。遥か上空の空まで包み込む。
 その強大な力に夜行の面々も顔を上げ、良守達も黒凪を見上げた。
 目を閉じていた黒凪は目を開きちらりと右側に目を向けると、その位置に正守が着地して彼も同様に黒凪に目を向ける。



『正守。後5分程で来るよ。』

「了解。」

「す、げぇ…」



 閃が愕然としている中、正守が屋上に降り立ち各々配置についている
 夜行、そして良守と時音を含めた全員に向かって声を張り上げる。
 上空に居る限と閃も意識を下に下げ、黒凪もちらりと正守に視線だけを送った。



「黒芒楼は後5分程で烏森に到着する! 各々好きなように暴れろ!! …但し。」



 正守が一旦言葉を止め再び息を吸う。
 犠牲者だけは出すな。
 静かに、しかし重く。そんな声で放たれた一言は重く響き渡る。
 烏森に居る全員が正守の言葉に頷き返事を返した。
 そんな夜行の雄叫びを聞きながら雲がやってくる方向を睨み続ける黒凪の隣に音もなく再び正守が降り立つ。
 それを見て閃と限が気を利かせたように一歩下がった。



「…予想通りに奴らが向かってきているのは良しとして、だ。向こうの大本は来てるのか?」

『…それが、来てないような気がする。』

「ような気がする、ってのは?」

『数匹…例の人皮をかぶっているのがいてね。そいつらの中身を見分けられずにいる。なんせあの皮、邪気を綺麗に隠すから。』



 となると、結局これだけでは終わらないかもしれないな。
 そう呟いて目を伏せる正守にちらりと黒凪の目が向く。
 そう。奴らをここで迎え撃つとして…問題は追撃戦になった時。
 奴らが万が一にも異界に逃げ込んでしまうとこちらからは何も出来なくなる…。



「…ま、最悪は時子さんが作った入り口を使うしかないか。出来てればの話だけど。」

『そっちが出来てなければ私が作るから、まあそこの所はあまり考えなくて良いよ。』



 でも時子さんほど繊細な方じゃないから、道はデコボコだろうけど。
 そう付け足して黒凪が徐に閃に目を向ける。



『……来た。閃、』

「皆ー! 来たって! 多分あの雲!!」



 閃の声を受けて全員が東の方向を見上げた。
 そちらからは禍々しい邪気を纏った分厚い雲が此方に向かっている。
 黒凪は限に目を向けると、徐に近づて生きた彼の頭を撫で、軽く抱きしめる。
 限は表情を変えずそれを受け入れた。



『限。行っといで。』

「分かった。」

『閃も。』

「うわっ!?」



 閃も軽く抱きしめるとやはり限とは全く違った反応が返ってくる。
 体を離せば彼の顔は面白いぐらいに赤く染まっていた。
 黒凪は眉を下げて笑うと彼の肩に手を置きポンポンと叩く。



『あんたなら絶対に大丈夫だから。』

「…おう」



 そうとだけ言って、黒凪は結界を足場に降りて行く。
 閃も小さく笑うと結界から飛び降り屋上に着地し、その傍に正守も続けて着地する。
 空を見上げれば巨大な雲がもう烏森の真上にまで迫っている。



「ど真ん中ー!!」



 早速響いた ドゴォ! という凄い音と同時か否か、上空の雲の中で巨大な爆発が起きた。
 その一撃で数匹の妖が炎に焼かれ落下してくる。
 この攻撃が火種のように大量の妖達が烏森へと降りてきて、それを夜行の面々が中心になって対処していった。
 良守はそんな戦況の中を潜り抜けながら火黒を探していて、時音は夜行と同じように手当たり次第に妖達を滅して行っている。
 以前烏森の上空には現場を指揮するように正守が立ち、その傍には彼の補佐役として閃と限が立っていた。



「――…姉上」



 やはり来た。
 黒凪が烏森に目を向けた途端に再び頭にあの声が直接響き始める。
 


「姉上」「沢山来た」「愉快だ」「これは良い」

「黒凪!」



 立ったまま動かない黒凪に正守が声を掛けた。
 黒凪が静かに正守を見上げる。
「どうした?」と彼が訊けば黒凪は困った様に笑った。



「どうした? 顔色が悪いが…」

『うん、まあ…ね。』



 正守が黒凪の傍にやってきて、そこで気づく。
 烏森から溢れだす力が黒凪に纏わりついているのが分かったのだ。
 それはまるで、黒凪をこの屋上から引きずり下ろすかの様に…。



「…これが、君が墨村と雪村に此処の護衛を任せた理由?」



 つい、と黒凪の目が正守に向く。
 その目を見て彼女の図星をついたことを確信した正守が戦況を観察しながらも再び口を開いた。



「君と初めて会った時からずっと疑問だったんだ。400年ものの間、君が今まで全く烏森に関わってこなかった理由。」

『…』

「どう考えたって、分家の墨村と雪村に代々此処を護らせるより…実力も経験もあって、尚且つ万が一にも死なない君を此処に置いた方が何倍も安全なのに。」



 そしてついに正守が確信をつく。



「君…此処に長くいると、烏森に吞み込まれるんじゃないか? …君と烏森は、」



 元は1つだったんじゃないか?
 その言葉に黒凪が小さく笑い、正守に目を向ける。
 彼は決して確信を持って今の言葉を放ったわけではない。
 それは、彼の目を見れば分かる。



『…』

「…ま、いいか。誰しも詮索されたくないことがあるのは分かってる。」



 ただ…君が抱える何かを俺も幾分か一緒に抱えることが出来たらって思っただけだ。
 …君が俺にそうしてくれたように。
 黙りこくった黒凪にそうとだけ伝えて、彼女の頭を撫でて歩いていく正守。



『(…何も聞かないでいてくれてありがとう、正守。)』



 黒凪も立ち上がり、改めて烏森を覆うどす黒い雲に目を向ける。
 そして呟いた。
 これは、長期戦になるな。…と。



 
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