Long Stories
□世界は君を救えるか
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黒芒楼への一歩
正守の隣に結界を配置し、その上に降り立つ黒凪。
そしてこちらにちらりと向けられた正守の視線を見て黒凪が口を開く。
『正守も気づいているだろうけど。』
「ああ。…とてもこれが黒芒楼の総攻撃だとは思えない。弱すぎる。」
『これは何か別の目的があるね。』
「うん。」
少し、探る。
そう言って動き出した正守を一瞥し、黒凪が下で雑魚妖達を一掃している限に目を向けた。
黒凪の視線に気づいた限がすぐに大きく跳びあがり、黒凪の元へ。
『限、私を閃の所に連れて行って。』
「わかった。」
限に抱えられ、上手く戦闘から身を隠しつつ状況を伺っている閃の元へ。
彼の傍に限と黒凪がたどり着くと、その変化された目が彼らに向く。
『良守君と時音ちゃん、今どうしてるか分かる?』
「…さっきから見てたけど…妙な動きをしてるのは墨村だ。なんか探してるみたいで、雑魚には興味ないって感じ。」
そこまで言ったところで閃の毛が危険を知らせるように逆立った。
限も雲から溢れ出す大きな邪気に空を見上げる。
途端に雲の中央から烏森の中央へと向かって大きな竜巻が巻き起こり、空を浮遊していた妖達の多くがそれに巻き込まれていく。
『…牙銀と同等、いや、それ以上のが出てきたね。』
「上に凄いのがいるとは思ってたけど…ついに出てきやがった…!」
やがて竜巻が消え、中から妖が一人烏森に降り立つ。
そして己を睨む夜行の面々を見ると、その表情に余裕の笑みを浮かべ口を開いた。
【夜行の皆様。初めまして、私左金と申します。】
すぐに夜行の面々が左近へ向かって攻撃を放つ。
しかしそれを簡単に相殺され、彼らの表情が微かに歪む。
対する左近は居たって余裕の表情のまま。
【まさかこれが夜行の実力とは言いますまい。出し惜しみは感心しませんね…。】
『…今は? 良守君、あいつが来てなんか変わった?』
「な、お前な…! あんな奴前にしてなんでそんな墨村の事…!」
『良いから。』
チッと舌を打って周りを見渡した閃は見当たらない良守に眉を寄せた。
すると黒凪が「探って。」と閃を見ずに言い放つ。
黒凪を見た閃は目を一旦瞑り、そして大きく見開いた。
目の変化に加えて頬にも模様が浮かび始め、一気に閃の気配が烏森を包み込む。
「…。烏森の中には、居ないな。」
『もっと範囲広げて。』
「っ、…ったく…!」
ぐん、と更に範囲を広げる閃。
その気配を感じた正守はチラリと黒凪と閃に目を向けた。
すると左近が起こした突風が吹き荒れ黒凪がすぐに戦闘員たちを結界で護る。
【ふむ…。牙銀様を殺した小僧と小娘は何処ですかな? それ以外には興味がありませんねえ。】
「それは心外だね!」
【おっと。】
亜十羅が連れて来ていた妖獣2匹と共に左金に攻撃を加えた。
しかし左金は難なくその攻撃を避けチラリと亜十羅に目を向ける。
亜十羅が連れている妖獣は夜一と月之丞。
月之丞に乗っている亜十羅はキッと左金を睨みつける。
途端に黒凪の隣に立っていた限が立ち上がり、亜十羅の前に出た。
「俺は此処だ。」
【やはり貴方でしたか。夜行の中では骨がありそうでしたからね。】
限が物凄い勢いで左近に攻撃を加えていく。
それを見て黒凪が微かにその眉間に皺を寄せる。
恐らく亜十羅が出た事で我慢出来なくなったのだろうが…。
良守を探している閃を隣に黒凪は立ち居上がり「限!」と声を張り上げた。
すると限と共に左金の目も黒凪に向く。
【…なるほど、牙銀様を殺した小娘は貴方ですね?】
『!』
「黒凪!」
限を放って黒凪に向かって行く左金。
すると閃が目を見開き「見つけた」と呟いた。
それと同時に目の前まで迫った左金を正守の結界が止めた。
動きを止めた左金は次に正守に目を向ける。
閃は左金に気付くと目を大きく見開き一瞬後ずさった。
『閃、良守君の居場所は?』
「え、あ…」
「っの野郎…!」
「限! 手を出すな!」
正守の声に限が動きを止め、左近から一歩下がる。
他の戦闘員達も正守を見上げ、彼の指示を待つように動きを止めた。
正守は結界で左金を殴り飛ばし再び先程の位置…烏森の中央に戻させる。
そしてその前に降り立ち、左近を睨んだ。
「こいつは俺がやる。」
『限。こっちにおいで。…閃、居場所。』
「…あの民家の上だ。人間に似た気配の奴と一緒にいる。」
「何?」
閃の言葉に限が振り返り、閃が驚いたようにそんな限に目を向ける。
限ならもう気づいただろう、閃の言う "人間に似た気配の奴" が何者なのか。
『2人共私について来て。烏森は正守に任せるよ。』
「はぁ!? 此処を離れるのかよ!?」
『正守がいるから此処は落ちない。…問題は良守君。』
「…ああ。…あいつ、火黒と決着をつける気だ。」
火黒、その名前にやっと事が理解できたらしい、閃。
つまり良守は限をも殺しかけたような妖と1人で対峙しているということ。
すぐに黒凪を背中に乗せ、限が走り出し、そのあとを閃が追いかけていく。
少し良守がいるであろう場所に近付くと、上空に大きな妖が1匹浮遊しているのが見えた。
「間違いない、あの妖の上だ。でもあの動き、逃げるつもりだぞ!」
『…あれに私たちも乗ろうか』
「どうやって!」
結、と呟く様に言った黒凪。
自分達には見えないが、どうやら空を飛んでいる妖の背に結界を配置したらしい。
それに気づいた紫遠は怪訝に眉を寄せると、瞬く間にその結界の中に黒凪、限、閃が姿を現し、目を見開く。
【…マジか。結界師ってんな事も出来んの?】
『空間支配術だからね。』
【つか結構ピンピンしてんじゃん…。碧闇がお前の事を話した時は冗談だと思ったのによぉ。】
『…良守君を返してくれるかな。』
ちらりと見ると、蜘蛛の糸に縛られている良守。
口元が塞がれていて、何かを話せる様子ではない…が、こちらを見ている彼の目からして「来るな」ということらしい。
【返すってったって、連れてけって言ったのはコイツだぜ?】
『…(そんなことだろうと思った…。)』
じと、と呆れた様な3人の目が良守に向けられる。
良守はその視線を受けて何やら言っているらしいが、口元を塞がれているため意味はない。
「お前…火黒ってやつを見つけたいからって、無謀すぎるぞ…。」
「んー! んんー!」
『うーん、意志は固そうだなあ…。』
【(つーかこいつ等普通に話してっけど、どうにかして落とせねーかなー。でも隙、無えなあ…。)】
困ったように黒凪達を見ているだけの紫遠。
そんな彼女を見て黒凪が諦めた様に言った。
『じゃあ私達もついて行くよ。仕方ない。』
【は? ついてくってお前…。やだよ。お前は怖いし白も止めとけって。】
『とはいえ、私たちを振り落とすこともできない。』
【…まあ、そうだけどよ。】
黒凪の真意が読めない様子の閃達に紫遠もお手上げだと言う様に眉を寄せる。
しかし結局黒凪をどうこうする自信は無いのか「どーぞ…」と黒凪の同行を許した。
【…せめて糸で拘束させてくんね? 怖いし】
『どうぞ。』
【どーも。(ま、いっか。結界師2人連れて来いって話だったし。…それでもこいつは危険過ぎるからやめとけって言われてたけど。)】
黒凪達3人が無抵抗に紫遠の糸を受け入れ、やがて口を開いた異界への入り口に目を向ける。
閃はだらだらと冷や汗を垂らし、限は何も言わずともその警戒を高めているのがわかる。
良守はそんな2人を心配げに見て、それから黒凪に目を向けた。
彼女だけはこの先にどんな光景が広がっているのか分かっているかのように、どこまでも冷静で…。
そんな態度が、彼女の異常性に信ぴょう性を持たせていた。