Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


【…ほい。到着ー】

『おお…立派になってるね。』

【?…あたしはこの景色しか知らねーけど。】

『昔はちっぽけなススキ野原だったんだよ。』



 薄く笑って言った黒凪に「気持ちの悪い奴。」と紫遠が目を逸らす。
 そして徐に良守と黒凪、限と閃に分けて連れて行こうとした。
 黒凪と離された限は体に力を籠めるが彼女の目を見て動きを止める。



『限。何もするんじゃないよ。後でそっち行くから待ってな。』

「黒凪!ちょ、待ってくれよ!」



 閃がどうにかこちらに来ようと暴れるが紫遠の糸で強く拘束され身動きが取れない。
 限はそんな閃を「落ち着け」と宥めて黒凪に背を向けた。
 そんな様子の2人を見て小さく微笑むとやっと口元の糸を取ってもらえた良守と共にに紫遠の後についていく。
 良守の目がチラリと黒凪に向いた。



「…くんなって言ったのによ…」

『へー。そんなこと言ってたんだ。』

「お前ぜってー分かってただろ!」

【ま、あたしは好都合だぜ。結界師は2人連れて来いって言われてたから。…強ち間違いでもねえしな。】



 ドン、と背を押され1つの部屋に押し込まれる。
 そして2人並んで座らされると目の前に紫遠が立った。
 徐に彼女から無数の蜘蛛が現れ、こちらに向かってくる。
 良守は体の周りに纏う程度の絶界でそれを撃退し黒凪も同様に行った。
 その様子に良守が微かに目を見開く。



「お前もそれ出来んのか!?」

『"それ" って言うけど…良守君がやってる “それ” はまだ未完成だよ?』

「え…」

『それは私と正守がよく使ってる "絶界" の未完成形。…ま、感覚で身に着けた所は凄いし、私なら全然及第点を上げるレベルだけどね。』



 それにしても力が出し辛いなあ。
 さっきの絶界も完成形の球体の少し小さいものをイメージしていたのに。
 恐らく部屋の床に貼られている魔方陣の所為だろうけど、と黒凪はため息を吐いた。
 すると途方に暮れていた紫遠の背後から碧闇が姿を見せる。



【上手く行きそうですか?】

【駄目だ。もうちょっとこいつらの力抑えられねーの?】

【んー…。…おや、白髪の彼女を連れて来たのですか?】

【おう。…やっぱまずいかな。】



 いえ、私としては上出来です。
 碧闇が予想以上に嬉しげに言った為、紫遠は微かに目を見開いた。
 そんな紫遠に説明するように「彼女こそこの城の維持に必要な技術と力を持ち合わせた結界師ですから。」と碧闇が続ける。
 ただ…彼女の場合は傀儡にするのは無理でしょうから、頼み込むしかないですが。



【ということで…どうです? この城を助けてはくれませんか。】

『…確かに此処は神佑地だから、結界師としてはおめおめと衰退させるわけにもいかない。だけど…』

【だけど?】

『やり方が気に入らない。それでは出せるやる気も出せないかな。』



 そう言うと紫遠も碧闇もピクリと動きを止めた。
 紫遠が困った様に肩を竦めると良守が「ナイス!」とこっちを見て笑う。



【…ま、操ればいいんだろ。そこんとこは白に任せよーぜ。】

【そうですねぇ。最悪、其処の小僧でも構いませんし。】



 そうこうしていると話題に上っていた白が扉を開いて現れた。
 彼は黒凪を見ると目を見開き紫遠を睨みつける。
 紫遠は肩を竦め目を逸らした。



【…でも凄くね? 無傷でとらえてきたの。】

「…。まあ良い。連れて来い。」



 白がちらりと背後を見ると巨大な妖に連れられて閃が姿を見せた。
 限の姿はない。彼は力が強い為牢にでも入れられているのだろう。
 良守が閃を見て驚いた様に目を見開いた。
 閃の首元に刃が近づけられる。



「止めろ! 影宮は関係ない!」

「ならば我々の要求に応えて貰おうか。」

『…だからやり方が気に入らないって…』



 言ってるんだ。
 小さく笑った黒凪から禍々しい力が溢れ出す。
 それに呼応するように良守からも同じ種類の力が溢れ始め、それを感じ取った碧闇は白に近付いた。



【白さん、】

「…一度やってみる。」

【おいおい、大丈夫なのか?】



 白の左目から紐状の虫が現れ黒凪と良守に近付いて行く。
 ぽたりと閃の血が床に落ちた。
 良いのか? 白が無表情に言う。
 目の前で仲間が死ぬぞ。
 カッと良守が目を見開き、黒凪は目を細めた。



「ん、の…! ふざけんな…!!」

【おいおい、やばいって白!】



 白の虫が弾かれ、部屋に広がる良守と名前の巨大な力。
 目を見開いた白が後退り咄嗟に紫遠が糸で2人を拘束する。
 するとそこで集中が途切れたのか良守の力が萎み、それを見た黒凪もやむ追えず力を抑え込む。



『(危ない、良守君も巻き込むところだった…)』

【あっぶね…】

【白さん、これ以上やると城自体が持ちません】

「…紫遠。じわじわやって2人の力の消耗に努めろ。この妖混じりはもう1匹同様に地下牢に入れておけ。」



 速足に去っていく白に紫遠も「はぁ?」と素っ頓狂な声を返した。
 しかし白の足は止まらず、すぐさま碧闇もその後を追う。
 はー…とため息を吐いて紫遠が2人を糸でさらにぐるぐる巻きに縛り、天井を見上げ用意してあった呪力封じを施した岩を2人の上にゆっくりと降ろしていく。
 そして手始めに黒凪だ、というように岩を落とした。



「黒凪…!」

『…。』



 ばちばちと呪力封じが音を立て、その様子に良守が焦って黒凪に目を向ける。
 しかし当の黒凪の表情は変わらず、やがて呪力封じが弾け飛んだ。



【…つか。今の見てる限りお前今ので力抜けるどころか蓄えてね?】



 そんな紫遠の指摘に良守の視線が再び黒凪に向く。
 そして良守も思う。
 あれ? 確かにさっきより元気出てね? と。
 黒凪はそんな良守に小さく微笑み、窓から外に目を向ける。



『久々に烏森を出て、やっと本調子が出てきたよ。』

【はあ? 何言ってんだよ、烏森はお前らのパワースポットみたいなもんじゃねーの?】

『はは、まさか。』



 そう小さく笑って黒凪が床に目を落とす。
 むしろ、烏森がいないおかげで力がどんどん私の魂蔵に蓄えられているというのに。



「…おい。火黒を出せよ。」

【お前はまたそれかよ。ったく…】



 紫遠が2人に近付きその目の前でしゃがみ込んだ。
 なぁ。と声を掛けて来た紫遠に良守も黒凪も目を向ける。



【あたしさ、この城結構気に入ってんだよ。…此処がなけりゃ、今でも退屈な毎日を送ってただろうしな。】

「……。」

【ま、つまりは此処が好きなんだよ。だから…】



 くいと紫遠が指を折り曲げた。
 天井に居た彼女の傀儡たちが残った呪力封じの上に乗り、次は良守の上へ落ちてくる。
 ぐあ、と良守が思わず声を漏らし、ばちばちと音を立てる呪力封じの下でもがいた。
 …仕方がない、そろそろここを本気で抜け出そうか。
 黒凪が力を籠めた時、天井が一気に砕け散り巨大な黒い影が部屋に入り込んだ。






























 天井が崩れてくる様子を見た黒凪はタイミングを見計らって糸を引きちぎると良守の上に乗った呪力封じに手を触れ、それを吹き飛ばす。
 紫遠は天井の瓦礫を避けながらその様子を見るとチッと舌を打った。
 お前、抜け出せたのかよ…!
 忌々しげに言った紫遠に無表情な黒凪の目がチラリと向く。



「おや? …加賀美君、此処は天守閣だろう?」

【はい先生。間違いありません。】

「んー…。…おや? 君は良守君じゃないかね?」



 良守が突然の登場に驚いている中
 黒凪は至って冷静に加賀美と呼ばれる女性を見て目を細める。



『…悪魔は久々に見たなあ。』

【…】



 黒凪の言葉に加賀美の目が彼女にチラリと向けられる。
 共に降り立った老人、松戸は変わらず良守を見ていた。
 そんな中、紫遠は松戸に面識があるらしく舌を打って口を開く。



【テメェ生きてやがったな!? なんか変だと思ってたんだよ…!】

「おや、君は何時ぞやの…。もう一度殺してみるかい? 挑戦は拒まない主義だが…」

【ごめんだね。…行けお前等。】



 紫遠が指示を飛ばすと大量の傀儡達が松戸に向かって行く。
 松戸は小さく笑うと背後の加賀美を振り返った。
 はい。と返事を返した加賀美の背にあった巨大な翼が針の様に伸び部下達を一掃していく。
 その様子を見ていた黒凪はまだ地面に突っ伏している良守の糸を引きちぎり、彼の腕を引いた。
 するとそのタイミングで全ての傀儡達を倒し終わり加賀美と松戸の目が再び2人に向けられる。



「待ちたまえよ。」



 そしてかけられた松戸の声に良守が足を止め、そちらに目を向ける。



「誰だお前?」

「松戸平介。と言ってももう死んだ事になっとるがねぇ」

「松戸…。…繁じいと父さんの知り合いの松戸さんか!?」

「恐らくそれで合っているよ。…さて、何故君とそこのお嬢さんが此処に居るのかだが…」



 改めて黒凪を見た松戸は珍しく彼女を警戒しているらしい加賀美の様子に目を細める。
 しかし彼女は松戸を見る事は無く無表情に加賀美を見ていて
 加賀美もそんな黒凪の目を見返し、その黒い翼が黒凪に向いた。



「加賀美君、彼女をどう思う?」

【…力の強大さだけを見ると、土地神と言った所でしょうか。】



 ほう、神…。
 ニヤリと笑って言った松戸に黒凪は「そんなわけないでしょう」と薄く笑う。
 しかしそんな黒凪には構わず「ならばあまり無下なお願いも出来ないなぁ。」そう困った様に言って松戸が1人黒凪と良守に近付いて行く。



「即刻此処を立ち去って欲しいんだがねぇ。頼めるかな?」

「駄目だ。俺は倒さなきゃならない奴が居る。」

「ほう…それは誰だい?」

「…。火黒って奴だ。」



 その名前を聞くと松戸はにやりと笑みを浮かべ「なら良いだろう」と背を向ける。
 松戸は加賀美の元へ戻ると「白と言う奴を知っているかい」と再び問いかけて来た。
 黒凪が小さく頷き「ならば話が早い」と松戸が杖を床に突きつける。



「その白には手出しをしない事。それなら私も君達の邪魔は必ずしないと約束しよう。」

「…わかった」

「君は構わないかな?」

『別に構わないよ。…ただそこの悪魔が気になるね。』



 空間を捻じり加賀美の背後に移動した黒凪。
 加賀美がすぐさま翼を変形させ背後に無数のトゲを突き刺した。
 パキッと翼が折れる音が響き松戸も遅れて振り返る。
 黒凪の絶界で加賀美の翼が半分ほど消滅していた。



【…人間風情が。誰に喧嘩を売ってる。】

「加賀美君。…その言葉遣いは感心しないなぁ。」

『…まあ良いか。悪魔なんて早々召喚できるものじゃないから…少し観察したかっただけだよ。』



 ぽんと加賀美の翼に触れて背を向けた黒凪。
 その隣を走って追い越した良守はちらりと彼女の目を向け「火黒を探してくる!」層とだけ言って前を向いて言ってしまった。
 少し笑った黒凪は気持ち程度に「限と閃は任せな。」と声を掛けて彼女もまた別の方向に歩き出す。



 
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