Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


『…地下牢発見。ただし…』



 探査用の結界を駆使して着々と地下牢に近付きつつあるものの、先に居る気配にため息を吐きたくなる。
 角を曲がればその人物が目に入った。そう、人物。白髪の長髪を持った人間。
 先程松戸が探していると言っていた "白" だった。
 彼は窓から崩れ行く城をただ無表情に眺めている。



『君が狐を心配する気持ちも分かる。ここまで露骨に異界に影響が出るとね…。』



 白の隣を通り過ぎながら此方に向かってくる虫を絶界で弾いた。
 黒凪は少し振り返って白を見ると微かに微笑む。
 君じゃ私は操れないよ。そう言った黒凪に白は何も言わず目を逸らした。
 黒凪自身が白をどうこうしようとしていない事が彼にも分かっているのだろう。
 白はそれ以上何もせず、言わず…黒凪をただ進ませた。



『…うん?』



 探査用の結界がやがて黒芒楼の異界全域に達した時
 それに引っかかった時音の気配に思わず足を止めて彼女がいる辺りに視線を走らせる。



『(ついてきていたんだ、時音ちゃん。…まあ、強い妖に当たらない限りは放っておいても大丈夫かな。)』



 今の所、黒芒楼の城の中心に松戸と加賀美と呼ばれた悪魔、上層部に良守君が走っている事が分かっている。
 南の建物の上に人皮を被った妖の気配があるから、それは恐らく火黒。
 私と同じ階に少し力の強い妖が1匹、…恐らく碧闇と呼ばれている妖だろう。
 それからまだ出会ったことのない妖の気配がさらに下の階層にあるのが分かっている。
 黒凪は徐に足を止めると、地下へ結界を通して穴を開きそちらに飛び込んでいった。



『(あとは…)』

「んー! んー!!」

『あ。閃。』

「…やっと来たか」



 体を拘束していた糸を既に斬っていた限が立ち上がり徐に閃と自分の部屋を区切っている壁を見上げ、力任せにそれを破壊し閃の元へ行き閃に巻き付いた糸を引きちぎる。
 その様子を見ながら牢の扉を結界で破壊した黒凪は2人が出てくる様子を横目に先ほどと引き続いて周りの気配を探っていた。



『…時音ちゃんも来てるみたいでね。今ちょうどこのお城に忍び込んだみたい。』

「!…雪村も此処に?」

『うん。でもま、とりあえず良守君を探そうか。』



 多分火黒を探し回っているだろうから。
 そう言って歩き出した黒凪の腕を限が掴み取り、彼女の目がちらりと限に向く。
 限は眉を寄せながら黒凪の腕を掴む手に力を籠めた。



「前々から気になってた。…お前、火黒と会ってどうする気だ?」

『…何の事?』

「とぼけるな。お前の目的は火黒を殺す事じゃないだろ。」

「お、おい…」



 黒凪を睨む限を止める様に閃が間に入り、止む無く腕を離した限だったが、その目つきは以前として黒凪を貫いている。
 黒凪はじっと彼の顔を見ると小さく微笑んだ。



『そこまで分かってるならあと一歩だねえ。』

「おい!」

『その内分かるよ。…ほら、行こう。』



 それ以上は何も言わず歩いて行く黒凪に限が舌を打った。
 閃がまず黒凪の後に続き、徐に心配するように限を振り返る。
 それを見た限は小さく頷き、不服そうな表情のままで2人の隣に並んで歩き出した。



『…。あれ?』



 しばらく歩いたとき、突然黒凪が足を止めて顔を上げた。
 そんな黒凪を限と閃が怪訝に見ていると、黒凪が小首を傾げて言う。



『良守君、いつの間にか此処の主の部屋にいる…』

「は?」

「え、それって火黒ってやつを見つける前にラスボスに会ってるようなもんじゃ…」



 黒凪が地下にある壁を結界で破壊し、顔を出して周りを満たす。
 そしてその視線がいくつもある城の中で最も高いもので止まると、良守がそこにいるのだと理解した限が黒凪を抱え走り出した。
 それに驚いた閃だったが、流石に慣れて来たのかすぐに彼も後を追うように走り出す。



「…閃、もっと急ぐぞ。」

「っ、ああ! こっちは気にすんな!」


 閃をチラリと見て一気に速度を上げる限。
 そんな限に一瞬げんなりとした閃だったが彼も足に力を籠め思い切り跳び上がる。
 そして閃は予想以上に跳び上がった自分自身に微かに目を見開き、思わず黒凪を見た。
 数日前。…本部を烏森に移す、前。
 ずっと本部に帰っていなかった夜行のNo.3であり、自身の師匠である細波が帰って来ていた。



《細波さん!》

《おう閃。久々だな》

《はい! …でも、確かまだ帰らないってこの間電話で言ってたんじゃ…》

《あー…。俺のクライアントが死んじゃってさ。仕方なく、な。》



 困った様に言って笑った細波はその日、閃を本部から連れ出した。
 閃の能力である、他人の考えを読み取る力…それは細波の指南によって身に着けたものだった。
 この閃の能力は細波と黒凪、正守…そして限にしか教えてはいない。
 あの日も修行の成果を見てもらおうと細波の前で力を発動した時だった。



《…閃、お前…》

《え?》

《かなり範囲も力も上がってるな…。筋も悪くない。何かあったか?》

《いえ、特に何も…》



 自分のそんな返答を聞いて「ふーん。」と細波は顎に手を持って行って考え込んでしまう。
 それを不思議に思いながらも標的から意識を外し気配を全て自分に戻した閃。
 その様子を見ていて細波が微かに笑う。



《イメージは "影" か。》

《はい。太陽が雲に覆われて行く時、どんどん地上が暗くなっていくじゃないですか。そんなイメージです。》

《うん、悪くない。大分上達したよお前。》



 ありがとうございます!
 そう言って頭を下げる閃。…結局その日、自分の能力が劇的に上昇した理由は明かされる事はなかった。
 そしてそれからずっと疑問に思っていた。
 なぜ急に自分の能力が飛躍したのか、…何故足の速度が上がったり、…今の様に跳躍力が上がっていたりしているのか。
 そんなことを考えているといつの間にか目的地へ辿り着いていたようで、良守とこの城の主…黒芒の化け狐の声が耳に飛び込んでくる。



「…あの、俺に何かしました?」

【うふふ。別に? 貴方の事、ちょっと探ってみただけ。】



 そしてあちらも黒凪に気づいたらしく、狐の瞳が黒凪に向けられる。
 狐は黒凪の姿をその目に映すと目を細めて微笑んだ。



【あら。貴方も来たの?】

「…黒凪…? 志々尾に影宮も、」



 ぼーっとした様子の良守に眉を寄せる限と閃だったが、その様子をしばらく見ていた黒凪は何も言わず限から降りて狐に近付いた。
 黒凪を見た姫は小さく笑うと良守の背中を叩き「早く行きなさい」と声を掛ける。
 はっと目を見開いた良守は困惑した様子ながらも走り出し、限と閃はこちらに目も向けず走り去った良守に眉を寄せた。



『急に力を与えるものだから、あの子の頭がついていけてないじゃないか。』

【そうねえ。あの子なら大丈夫だと思ったんだけど…見誤ったかしら。】

『…わざわざ敵に情報を与えるような真似をするなんて変わらないね。あなたも。』



 可笑しそうに笑う姫の足に触れ少し力を流し込んだ。
 しかし姫がやんわりとその手を離し「要らない。」と微笑み、良守が走って行った方向を見て口を開く。



【あの子、まだまだ未熟なのね。貴方を見ていると余計そう見えるわ。】

『…そりゃあ、生きた時間も経験も違うから…。』



 尾を使って辛うじて立ち上がった姫が手を伸ばし黒凪の頬に手を触れる。
 ため息を吐いた黒凪はその片手を支えながら再びしゃがみ込んだ。
 姫の指先が黒凪の額に触れ微かな光がそこに浮かび上がると、黒凪が目を細める。



【この城の構造を頭に流し込んでおいたわ。あの子にしたように…。】

『…本当にこの城はもう要らないの?』

【ええ、私も寿命だしね…。…貴方なら分かるでしょう? 私の気持ち。】



 貴方も私と同じ、半端に力を持って生まれ…様々な生き方を経験し
 この世界を一歩離れた位置から見る事にした者。
 そして、



【神に近付いてしまった紛い者。】

『…』

【正直、がっかりしたわ。】



 神様って思っていたよりも自由じゃないのね。
 困った様に笑って姫は言った。
 眉を下げた黒凪の頭に再び流れ込む、この黒芒楼の情報。
 次に流れ込んで来たのは黒芒楼の幹部達だった。
 城を管理している中級の妖である江朱、碧闇、紫遠、そして人皮を製造する装置の側に居る妖。名は藍緋。
 火黒に牙銀、…最後に白。



【手が空いたら助けてあげて。白が私の為にいたずらに縛りつけた子達が此処には沢山居るの。】

『…。白は?』

【そうねぇ…。白は多分何を言っても此処を離れないだろうから放っておいていいわ。】



 また困った様に笑う。
 そんな風にコロコロと表情を変えながら妖らしからぬ思考で仲間を案じる彼女に限と閃が顔を見合わせる。
 この妖は何処か神らしく、しかし神ではなく…ただただ、不思議な存在の様に思えた。



「…あれがこの黒芒楼の主か…。なんか思ってたのと違うっつーか…」

『まあ、特殊な存在ではあるからね。』



 姫の部屋を後にし黒凪が指示をした場所に向かいながら彼女を抱える閃と隣を走る限が黒凪の言葉に彼女にちらりと視線を向ける。
 特殊な存在といえば、間違いなくこの少女も ”そう” なのだろう。そんな事を思って。



「あの狐は、まるで白って奴がやった延命措置も何もかもどうでも良いように言ってたけど」

『うん?』

「…本当に何も感じねーのかな。神にでもなっちまうような力を持ってるとそうなっちまうのかな。」



 閃が少し目を伏せて言い、限も同意したように何も言わず黒凪に目を向ける。
 まるで「それはお前もなのか?」 そう黒凪に問いかけるように。



『…うーん、狐の心の内は正直分からないけれど…あの機械を破壊しないだけ白の気持ちを受け入れていたように思うよ。』



 ほんの少しでも嬉しかったんだろうね、…自分を生かそうと必死になってくれる存在がいることが。
 でもそんな気持ちを持ちつつも自分を長らく生かす意味だとか、そういうものを感じられないのも事実だと思う。



『だから彼女はきっとただ…流れに身を任せているだけ。』



 この黒芒楼に潜入した私たちが此処を滅ぼそうとも、滅ぼせずとも。
 彼女にとってはどちらに転んでもいい。
 …だからきっと、白は必死になって走り回るんだ。本人があんなだから。
 そこまで言った黒凪を抱えていた閃が突然立ち止まる。
 そして全身の毛を逆立たせ、黒凪をそれはもう強く抱きしめた。



「け、結界…」

『え?』

「結界!」



 カサカサ。
 そんな音が徐々にこちらに近付いてくる。
 黒凪は閃のいう通りに3人を包む結界を作ると、ついに奥の暗がりから音の正体が姿を現した。


 
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