Long Stories
□世界は君を救えるか
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黒芒楼への一歩
「ちょ、待て…待て待て待て!」
「…虫?」
「ギャー!! 無理無理無理!! なんでこんな居るんだよー!?」
ゾゾゾゾ、と大量の虫の妖がまるで何処からか逃げる様にこちらに向かってくる。
奴らは結界を通り越したり、乗り越えたりとただただ一心不乱に黒凪達が北方向へと走っていった。
黒凪は結界で3人を護りながらもその虫が来る方向を見て、そしてギャーギャー叫んでいる閃の肩を叩く。
『閃、この虫が来る方向に何が居るのか調べてくれる?』
「え、えええ!? い、嫌だよ!」
ほら早く。
そう言った黒凪を睨みながらも閃はぎゅっと目を閉じ気配を虫達が来た方向へと伸ばしていく。
そして徐に目を開いて行った。
「人間が、倒れてる。…いや、人間と混ざってる奴?」
『…白かな。』
「…ああ。多分あいつだ。体を改造してるあいつ。」
閃の言葉に「そうか」そうとだけ返し、黒凪が白がいる方向へを目向ける。
すでに虫は全て逃げた様で、これ以上虫がこちらに向かってくることはなかった。
さて、姫はどう思うかな。
そんな風に考えながら黒凪は結界を解き「進もう」そう言って歩き出した。
やがて1つの部屋にたどり着き、扉の無い入り口から中の様子を覗き込めばそこには時音と一匹の妖が立っている。
時音の前に立つ妖を見た限が手を変化させ、そちらに走っていった。
【…!】
突然現れた限に目を見開き時音の前に立っていた妖、藍緋が限の攻撃を避けていく。
「え…限君!?」
「雪村、こっちに!」
「え⁉」
次に閃が時音の元へ走り、彼女を抱えて逃げようとする。
しかし予想に反して時音はその場に留まり、限の名前を呼んで彼の攻撃を止めさせようとした。
「限君待って! その人、私を助けてくれたの!」
「⁉」
限の動きがびたりと止まり、飛び退いで黒凪の隣へ。
藍緋はそんな限を睨みつつ彼が降り立った隣に立つ黒凪へ目を向ける。
【(…なんだ、この人間は)】
いや…人間なのか?
そんな藍緋の視線を受けつつ時音に目を向けると、時音もそこでやっと黒凪に気づいたらしい。
そこで彼女もやっと状況を理解したようだった。
「烏森にいないと思ったら…黒凪ちゃんたちもここに来てたんだ…」
『うん、良守君が黒芒楼についていこうとしていたから、やむなくね。』
「そう…。ほんっとあのバカ…」
怒りをその表情に浮かべた時音を見て眉を下げ、黒凪が改めて藍緋に目を向ける。
すると彼女は少し警戒したように黒凪の目を見返した。
『白が倒れたことで君の頭の中にあった虫も死んだんじゃないかな?』
【!】
図星だったのあろう、更に彼女の表情が怪訝に歪む。
そんな藍緋に近付き黒凪が一つの式神を差し出した。
【…これは?】
『結界師が扱う式神というものでね。君程の妖なら簡単に破壊してしまう程度のものだけど…。』
お守りだよ。
そう言って笑った黒凪に藍緋の懐疑的な視線が再び突き刺さる。
『君たちが言う姫様がね、私に君を助けてほしいというものだから。』
【姫が…?】
信用しきれない様子ではあるがとりあえず式神を受け取り白衣の内側に仕舞った藍緋は
黒凪の視線を追って部屋の中央にある大きな水槽に目を向ける。
『ここであの人皮を作っていたんだね。』
【ああ。】
『良ければ1つ完成品を頂けないかな?』
黒凪の言葉にまた怪訝な顔をした藍緋だったが、彼女にとってももう用は無い代物。
藍緋はため息を吐きその人皮を手に取り黒凪に投げ渡す。
限はその様子を見て閃と視線を交わらせる。この人皮をどう使うのか、想像ができたためだろう。
『ありがとう。』
【…それは数回使用可能だが、最終的にはガタが来るだろう。】
『その心配はいらないよ。私が力を籠めればきっと…』
黒凪から人皮に注ぎ込まれていく彼女の力に微かに目を見開く藍緋。
そしてぼん、と煙が立ち、駆け寄った藍緋がその煙を払えばそこには先程と何ら変わりない見た目の人皮が入っている。
しかしその人皮は確かにまったく違う代物へと変化していた。
【…力を注ぎこまれて此処まで強力なものになるとは】
人皮から手を話し、藍緋がちらりと黒凪に目を向ける。
この人間がもし私の実験に手を貸していれば、今まで以上の代物ができただろうに。
「あの、黒凪ちゃん」
『うん?』
「良守の居場所は知ってる?」
そんな時音に閃に目を向けた黒凪。
閃は後頭部を掻くと部屋から出て屋根の上にしゃがみ込んだ。
邪気を溢れさせる閃に時音が屋根の方に目を向け、限は時音の腕を引いて部屋から出て閃の方へと向かう。
黒凪もそちらに向かおうとして、そして再び藍緋に目を向ける。
『その式神、君がもう安全な場所に出られたと思ったら捨ててくれて構わないから。』
【…】
『此処を出たら…まずはどこに行く?』
【…異界の外に人見知りがいるんでな。】
その言葉に小さく笑って部屋を出ていく黒凪が屋根の上に到着すると同時に
閃の気配が彼の元へと戻ってきた。
「…墨村の居場所分かったぞ。」
「本当!?」
『じゃあ皆でそっちに行こうか。』
閃に乗った黒凪を見た限は徐に時音を持ち上げた。
驚いた様に声を出した時音だったがすぐさま走り出した限に口を閉じる。
物凄い勢いで良守の元へ向かった4人を見た藍緋はもう一度水槽を見上げ、入口へを歩いて行った。すると入り口をダン、と鋭い音を立てて包帯塗れの足が塞ぐ。
顔を上げれば薄く笑った火黒が立っていた。
【よォ藍緋。】
【…。】
【何処に行くつもりだァ?】
藍緋が何も言わずに火黒を睨む。
火黒は暫く彼女の顔を見ると、一瞬だけ笑みを引っ込め…そして彼女に斬りかかった。
「良守ー!」
「ぅえ!? 時音!?」
「こんの…馬鹿ー!」
「あ、おい…」
限の背中から飛び降りて良守を殴りに行った時音。
思わず時音に手を伸ばした限だったが、むしろ時音に殴られて宙を舞う良守にその手が向く。
その隣に閃と黒凪も着地し怒鳴り合っている良守と時音を困った様に見て顔を見合わせた。
「アンタね! 勝手に黒芒楼に行くってどういうつもり!?」
「お前こそなんで此処に居るんだよ!」
「私はアンタを追いかけて来たのよ! アンタを1人で行かせるわけないでしょこの馬鹿!!」
「ばっ…、俺だってちゃんと目的があって…!」
火黒でしょ!? 分かってるわよそんな事!
力一杯言った時音にうぐ、と言葉を止める良守。
それを見計らって黒凪が2人の間に入った。
「あ、てめーか黒凪! この怒り狂った鬼を連れてきたのはー!」
「誰が鬼よ!」
『はいはい、そこまで。』
黒凪を見て、お互いとりあえず落ち着こうと目を逸らした良守と時音。
その時だった。5人の耳にあの不気味な声が届いたのは。
【――やっぱあの烏森っつー土地にいないと君…色々と桁違いだなァ】
物凄い衝撃が5人を襲い建物が倒壊した。
咄嗟に張られた良守の結界の中で難を逃れた5人は顔を上げ結界の上に立っている火黒を見上げる。
火黒はしゃがみ込んで5人を覗き込むとニヤリと笑った。
【くく、いいねェ。久々だなァ、この肌がビリビリ来る感じ…】
その視線はまっすぐに黒凪を射抜いている。
しかしその視線を遮るように良守と限が黒凪の前に出た。
「火黒は俺が…! ってお前、志々尾もやる気かよ!」
「…早い者勝ちだ。」
そんな事を言っている間にも黒凪が良守の結界から脱出し、火黒に攻撃を仕掛けていく。
それを見て飛び出そうとした良守と限を引き留めたのは閃だった。
「ちょ、冷静になれってお前ら!」
「ぐぬぬ…」
「おい閃…」
「お前も! 黒凪押しのけてまでなんて、ガラじゃねーだろ!」
閃の言葉にはっとする限。
そして彼は少し俯くとぽつりと言った。
「気味が悪いんだ。火黒は最初からずっと…黒凪だけを狙ってたから。」
その限の言葉にはっと黒凪に目を向ける閃。
黒凪は結界を足場に火黒と向き合っていて、2人の物凄い力がぶつかり合うと彼の頬を汗が伝った。