Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


【なァ、アレ見せてくれよ。】

『 ”あれ” ?』

【あのどす黒い力さ…全てを拒絶し、塵にする。】



 黒凪が火黒の言葉に目を細める。
 しかし何もしようとしない彼女に小さく笑い「まあいいか」と火黒が両手に刀を出して言う。



【自分で引っ張り出せば良い。】



 黒凪が徐に火黒の真上に結界を作り上げる。
 小さく笑った火黒はその結界を斬り黒凪の背後に移動した。
 それに目を向けず再び結界を配置し、それも無残に斬り割かれる。
 そして火黒の邪気が乗った刃が横一文字に黒凪の首に向かった時…ついにそれが姿を現した。



【やっぱり君のソレ、昔見たのにそっくりだ。】



 君の目つきも…その底の見えないどす黒さも。何もかも。
 さらに目に見えるほどの邪気が刃に込められ込められ、振り下ろされる。
 ぱっくりと紙の様に切れた絶界に目を見開いた黒凪は勢いを落とさず己の眉間に振り降ろされていく刃を見ると、即座に結界をぶつけ火黒を殴り飛ばした。
 そしてすぐさま距離を取った黒凪だったが、背後に目にもとまらぬ速度で火黒が現れ次は黒凪が蹴り飛ばされる。
 ごろごろと転がりながら着地した黒凪は火黒を睨んだ。



【良いねェ…。もっと本気出してこうか。】

『…っ、(骨が折れた)』

【はは、良い目だ。…ついでに聞くけどさァ。】



 君は "こっち" に興味ないの?
 すぐ目の前に顔を近づけて言った火黒に黒凪は「ないね」と即答した。
 その答えにまた笑った火黒は「おっかしいな」と更に顔を近づける。



【君も感じた事あるだろう? 自分とこの世界とのズレを。君みたいに人並み外れた力を持ってたら一度ぐらいはさァ…】

『…ズレ?』

【あぁそうだ…この世界が自分を受け入れてくれないような感覚、自分がまるでこの世界の異分子の様な感覚さ。】



 受け入れてくれない様な、感覚。
 異分子。…生まれて来なければよかったような存在?
 脳裏に父の顔が過った。そして宙心丸の無邪気な笑顔も。
 黒凪の表情に変化があった事に気付いた火黒はニヤリと笑った。



【君の大事な妖混じりクンだってそうさ…どうやら君も彼も "それ" について悩んでたらしい。】

『…そのズレ、あんたは解消出来たの?』

【さあねェ。ただ解消するやり方は知ってる。】



 黒凪の目がゆっくりと火黒に向いた。
 火黒が更に笑みを深める。



『…そのやり方を知ったのはあんたが人間だった頃?』

【あぁそうさ。ま、俺が人間だった頃は何の能力も無いちっぽけな存在だったんだけどなァ。】

『……』

【それでも日々感じてたよ。世界と自分とのズレを。】



 だから俺は斬り離したんだ。己と、この世界を。
 黒凪はそこまで黙って聞いていると、徐に立ち上がった。
 おっとっと、と火黒は黒凪から身を離し刀をトンと肩に当てる。



『それであんたは楽になったの?』

【あぁ。そりゃあ楽なもんさ】

『嘘だね。あんたはまだ迷ってる。…前に言ったよね。染まり切ってないって。』

【だったらなんで…】



 君は周りを拒絶し続けてるんだ?
 確信をついた言葉だった。黒凪が黙り、火黒を見上げる。



【こっちに来いよ。楽になれるぜ?】

『…確かにあんたのいう通り、私は周りを拒絶し続けているのかもしれない。けどね』



 あんたのやり方が意味がないってことだけは分かるんだよ。
 火黒の表情から一瞬、笑みが消える。



『…特に、あんたを見ているとね。』

【――そんなに言うならお前の底力、俺に見せてくれよ。俺も本気で行くからさ。】



 禍々しい邪気が火黒の刀に纏わり付く。
 黒凪の周りにも力が渦巻き始めた。
 ギロリと向いた黒凪の目が火黒を奮い立たせる。
 ニヤリとそれはそれは嬉しそうに火黒は笑った。



【それじゃあこの刀に特別強い思いを乗せる事にしよう。全てを絶ち、斬り裂いて…何も残らなければ良いと…!】

『…私も思った事があるよ。』

【あ?】

『この世界など無くなってしまえばいいのに。…なんて。』



 黒凪から巨大な力が溢れ出し火黒が足を踏み出した。
 ぐわ、と振り降ろされる刀。
 それを黒凪が絶界で受け止めた瞬間、物凄い衝撃と爆発が起きる。
 そして煙が履けた先に立つ火黒は蹲る黒凪を見てため息を吐いた。



【…あーあ。惜しいなァ…、君こそ何迷ってんの?】

『……。』

【あ! さっき肋骨折ったの効いてる? …でもそんな柔じゃねぇよなァ…?】

『…火黒。』



 立ち上がった黒凪の右腕からは血が流れていた。
 着物が腕に張り付きその部分は赤黒く染まっている。
 火黒は此方を真っ直ぐと見て口を開いた黒凪を見返し、小首を傾げた。



『世界なんて結局壊せやしないんだよ。…自分なんて、結局消せやしないんだ。』

【……】

『…受け入れるしかないんだよ、火黒。私達は。』

【…何を言い出すかと思えば…。なら決着を着けようじゃないか。受け入れるお前と、断ち切る俺。】



 どっちが強いか…!
 黒凪の言葉でスイッチが入ったのか、先程までとは比べ物にならない速度と威力で攻撃を仕掛け始める火黒。
 その攻撃を結界で防ぎながら黒凪は逃げる様に走り始めた。
 しかし時折傷が痛むのか、黒凪は走るのをやめ絶界を張りその攻撃を正面から受け止める。
 その度に火黒は刃に力を籠め絶界を相殺した。火黒もその繰り返しで体に無数の傷が入っていく。



「くそ、なんであいつさっさと火黒を滅さねえんだ!」

「…あいつ、多分」



 良守が限の声に振り替える。
 限はただただ耐えるような顔をして黒凪と火黒を睨んでいた。



「火黒を連れ帰るつもりだ」

「…は? 連れ帰る?」


「昔からよくするんだよ、ああいう行動。」



 限を補足するように閃が続けて言った。
 どういう意図があるのかは正直分からない。
 強すぎる力を持ちすぎたが故に他人に興味がないのかと思えば、そうではない…特定の人間に進んで関わりに行く。



「いわば俺や翡葉さん…そんで限も、その類の人間になる。夜行にはもっと他にもいるはずなのに、俺たちだけ特別扱いして。」



 かと言って、執着してる風ではないし。
 そんなふうに呟く閃の言葉を聞いて、良守の脳裏に限が烏森で死にかけたあの夜を思い出した。
 と、黒凪が火黒に吹き飛ばされ屋根の上を再び転がっていく。
 その様子を見て限と閃が顔を見合わせ、小さく頷いた。



「墨村、結界解いてくれ。」

「え…」

「ああなっちまうとあいつ、絶対諦めねえからさ。」

「でも、危ないわよ!」



 時音の静止の声に限が振り替えり、小さく笑みを見せる。
 ”あれ” に救われた側からなら分かる。
 あんな風に振舞っている火黒もきっと孤独に苛まれていて、そして…この世界に、その人生を狂わされた1人なのだろう。



「ちょ…」



 限が良守の結界を斬り割き、それを見た閃が限と共に黒凪の方へと向かっていく。
 そんな中で閃がちらりと限に目を向けた。



「…いーのかよ、お前火黒を倒したがってただろ。」

「…いや。正直あいつが黒凪を傷つけたことがずっと心につっかえてたけど」



 いいんだ。黒凪がそれでいいなら。
 そんな限を見て閃が嬉しそうに笑った。
 よかった、こいつもう…寂しさや怒りに囚われてない。



『…あんたはずっと限に "こっちに来い" って言い続けてた。』



 それが何だってんだよ。
 一層強い一撃が黒凪に振り降ろされた。
 それを絶界で受け止めぐっと黒凪が持ち堪える。
 しかし彼女の絶界は震え、その存在をかろうじて保てているのが分かった。



『染まり切ってない。』

【?】

『…結局あんたも独りは嫌だったんだ。仲間が欲しかったんだよ。』

【…あ?】

『あんたも結局、根っこは人間なんだ。』



 ギリ、と歯を食いしばりまた火黒から邪気が溢れ出す。
 一旦黒凪から離れ、そして一層強く踏み込み彼女に迫って行った。
 邪気に塗れた鋭い刃が黒凪に降り掛かる。
 その目の前に飛び込んだのは限と閃だった。



『っ!?』

【…だったら思い知れ…!】



 火黒が刀を両手に出しその腕を交差させた。
 3人まとめて斬る気だと良守が直感で感じ取る。



「(2人で受け止めれば、最悪真っ二つにはならないだろ…!)」



 閃が拾っておいた火黒の折れた刀を持ち上げ、限が両手を変化させる。
 そして一瞬だけ黒凪に目を向けた限が微かに目を見開いた。
 彼女の目が、閃と限を驚いたように捉えていたから。



【結局受け身になってる奴は独りになるんだよ!】



 火黒が言った。だから俺は自分から絶ち斬ったのだと。
 黒凪の目が火黒に向く。その目には何か決意のようなものが浮かんでいた。
 それを瞬時に見た火黒が笑う。



「まずい、あのままじゃ…良守!?」



 良守が黒凪達の方へと走っていく。
 ずっと思っていた。限が火黒に殺されかけたときの恐怖を、火黒に会えばまた思い出すのではないかと。
 今まで何度も時音と死線をくぐってきた。
 だけどあれほどまでに死を意識したのは、初めてで。



「(志々尾も黒凪も、影宮も殺されちまう…!)」

「良守! 戻ってきな!」

「3人共目の前で失うなんて嫌だ…!」



 ずっと思っていたんだ。
 火黒が相手だったら、また誰かが傷つくんじゃないかって。
 だから自分1人で行こうと思った、なのに。
 火黒の刃が閃の持つ刃を半分ほど斬り割き、限も押されていく。



「(間に合わない――)」



 その一言が良守の脳裏に過った。
 同時に良守から力が溢れ出し、一気に広がり始める。
 良守の力を背中で感じ取った黒凪はその瞬間――久方ぶりに、恐怖を感じた。



『っ…!』



 そして瞬く間に自分の身を護るように絶界が形成され、良守から溢れる巨大な力が広がり黒凪を絶界ごと押し出していく。
 黒凪の目の前にいた限と閃は黒凪の絶界を通り抜け、そのまま白い光に呑まれて行った。



『(まずい、)』

【!】



 黒凪が絶界を身に纏ったまま火黒に近付いて行く。
 このままでは火黒を滅してしまう。



『(絶界が解けない…っ)』



 ああ、私――怖いんだ。
 良守君から溢れ出すこの力の質が、私とは全くの別物だから。
 火黒も咄嗟の事で動けていない。
 黒凪は思わず目を強く閉じた。









 その時、火黒は目の前の少女の背後で膨張した巨大な力…ただただ純粋で穢れのない力の塊を見て鳥肌が立つ己の肌の感覚と。
 そして目の前に迫るそれとは相反した孤独を煮詰めたような力を前に感じる、心臓を冷たく撫でるその感覚。
 その2つを前に自身の死を確信していた。



【(分かる。…俺はこの瞬間、負ける。)】



 しかし "負ける" という事実に、後悔も悲しみも…悔しさもない。
 感じるのはただ、この肌がひり付くような緊張感。
 そして心臓を掴まれたような、むず痒さ、恐怖…いや、高揚感。



【(そうだ、この感覚はまだ…俺が "生きていた" あの頃の。)】



 そこで気づく。
 俺はずっと死んでいたんだ。今まで。
 そして今、この瞬間…俺は息を吹き返したのかもしれない。



【…そうだ、この感覚だ。】



 俺に "死" を意識させることで――。



 
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