Long Stories

□世界は君を救えるか
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  黒芒楼への一歩


 やがて黒芒楼全域が修復された時、微かに聞こえた足音のようなものに閃が振り返る。
 そこには姫を背中に担いだ白がこちらに向かってきていた。



『…』

「あ、おい…」



 何も言わずそちらに向かった黒凪が白の背にいる姫に手を伸ばす。
 白も姫も、それを拒むことはない。



『もう貴方が、その寿命に全てを委ねるつもりであることは…よくわかっているつもり。』

【…】



 姫が笑顔のまま肩を竦める。
 次に黒凪が言わんとしていることを察してのことだろう。



『でもこのまま力のある土地とその主を失うわけにはいかない。』

【それが、あなたのお父上が言った “均衡を保つ” ということかしら。】

『…うん。』

【ふふ、】



 本当、自分で崩しておいて何を言うのかしらねえ。
 そう言って向けられた姫の目に、黒凪は困ったように眉を下げて応答した。



【…いいわ、貴方に力も分けてもらったことだし…もう少し踏ん張ってあげる。まがいなりにも貴方は私よりもずぅっと不自由だから…。】



 姫の言葉に無表情ながらも嬉しそうに目を細めた白。
 黒凪はそんな白に目を向けると、彼にも手を伸ばした。



『それじゃあ貴方の大事な白にも、それ相応の時間を与えようか?』

【そうねえ…】



 黒凪の手が白に触れる手前で止まり、姫の目が白に向く。
 白は数秒も迷うことなくその手を取った。
 彼には毛頭人間としての生への執着など無いに等しいらしい。
 そんな白にも力を分け与え、そして全ての修復が完了した。



【…さて。じゃあ私は城に戻ろうかしらねぇ。】

「!…お待ちください、姫。」



 もう甲斐甲斐しく世話を焼かなくても大丈夫よ。
 そんな事を言いながら歩いて行く姫とそれについていく白。 
 その背中を見た紫遠が何処からともなく現れ、小さく笑うと黒凪に一言「アリガトな」と言って歩いて行く。
 ほかの幹部の面々も各々元に戻った黒芒楼に満足しているようだった。



『さて、火黒…あんた異界の出口の場所は知ってるよね?』

【…】



 首を傾げて言った黒凪に面倒臭げに「分かったよ」と火黒が歩き出した。
 黒凪は小さく笑って火黒の背後で人皮の箱を開く。
 人皮は瞬く間に飛び出し火黒の身体に纏わり付いた。



『これで外にも出られる。』

「…用意が良いねェ」



 そして相変わらずの速度で走り出した火黒に焦ったように黒凪を閃が抱え、限と共に走り出す。
 しかし流石は火黒。人皮を被っているとは言えとても追いつけない程の速度に黒凪が閃と限に手を触れた。
 途端に力を流し込まれた両者の脚力が飛躍的に上がり、すぐに火黒に追いついてしまう。
 それを見た火黒がにやりと笑い、やがて3人同時に異界と現世をつなぐ異空間に入り込んだ。
 ぐるぐると歪む周囲に思わずと言った様に閃が顔を青くして「うぷ、」と口元を抑える。
 その様子を見た火黒は馬鹿にするように笑った。



「後ちょっとだから我慢しろよ?」

「お、おう…」

『…仕方ないなぁ』



 ひょいと念糸を前方に投げた黒凪は異空間の外にある岩に括り付けると思い切り引き寄せる。
 すると閃と黒凪が前のめりになり一気に異界を抜け出した。
 勢いのまま穴から抜け出した閃と黒凪に数秒ほど遅れて地面に着地した火黒と限が同タイミングで足を踏み込む。
 やはり先に2人に追いついたのは火黒で、彼が閃と黒凪を抱え着地した。



『お見事。』

「どーも。」

『とりあえず正守と合流だね。…閃。』

「わ、分かった」



 火黒に降ろされた閃はしゃがみ込み一気に自分の意識を広げて始め
 中々捕まらない正守の気配に徐々にその範囲が徐々に大きくなっていった。



「…見つけた。あっちだ。」



 大雑把な事で。そう言って火黒が閃を再びひょいと持ち上げた。
 そんな火黒に思わず目をひん剥いた閃だったが集中が切れない様ぐっと平常心を保つ。
 閃を見て笑った黒凪は徐に己を持ち上げた限に笑顔を向けた。





























 そして一行が正守を含める、異界に先ほどまでいた面々が集まる場所へと辿り着いたとき。
 パン、と乾いた音が耳に入り込んだ。
 顔を上げると振り下ろされた後の時音の右手と、赤くはれた良守の左頬。
 それを見て4人全員が何が起こったのかを理解した。



「勝手な事ばっかりやって!!」

「うお、」



 火黒がその時音の怒りに満ちた声に手前で足を止め、限も同じようにして足を止める。
 そして改めて時音と良守の様子を見ると、そこには怒鳴る時音と左頬を抑えてぼんやりと時音の話を聞く良守が。
 しばしそれを眺めていると、時音の様子を見ていた限がぽつりと言う。



「…行きたくないな」



 行くの。そう言って黒凪が限の頭を軽くはたき、ついに一行が正守達の元へ。
 ちらりと時音に目を向ければ以前彼女は左頬を赤く腫らせた良守に怒号を浴びせている。
 次第に涙声になっていく時音に良守の顔が歪んで行った。
 良守もやっとそこで自分が何をしたのか理解したのだろう。



「あ、アンタも居なくなったら私…っ」

「ご、ごめん! ごめんって、時音、」

「…泣かせるねぇ」



 火黒の声に時音と良守がばっと顔を上げた。
 その反応に目を見開いた繁守や正守も火黒を見る。
 そんな周りの反応にニヤリと笑った火黒は「なぁ?」と隣の黒凪を見下した。



「火黒!? お前なんで此処に…!」



 良守の声に顔を上げた黒凪を睨み、良守は涙を流す時音を背に火黒を顎で示した。
 火黒を見上げた黒凪は「ああ、」と小さく笑うと彼の首に腕を回しぐっと引き寄せる。
 身長差がかなりある事でぐきっと変な音が鳴り火黒が「いて、」と小さく呟いた。



『哀れな妖ちゃんは私が面倒見るっていうあれだよ。』

「あんだと?」

「 "あれ" ってお前、大雑把な…」

『とにかく! 火黒は今日から私の "お気に入り" です。手出し厳禁。』



 お気に入りー!?
 夜行の面々が一斉に叫んだ。
 彼等の中では有名な話である。
 黒凪の "お気に入り" に手を出せば黒凪がそれはもう誰も止められないほど怒り狂うだとか、その “お気に入り” は精神的に成長するとか前向きになるとか優しくなるとか諸々…。



「すっげー…また黒凪チームに1人増えたよ」

「妖混じりかな、なんか人間っぽいけど。」

『黒凪チームって何よ。』

「あいつ等が勝手にそう呼んでるんだよ。…ちなみに最近俺も加入したって専らの噂。」



 あ、そうそうアンタもお気に入りなのよ!
 そう言った黒凪に困った様に笑った正守。
 するとやはり夜行の面々は「やっぱそうだったんだ…!」とヒソヒソ話始める。
 そんな夜行に「だー! もう! だから…!」と火黒に突っ掛る良守。
 しかしそんな良守の肩をがしっと掴んだのは涙をぽろぽろと零す時音。
 ギクッと良守の動きが止まった。



「分かったの?」

「え、あ、えと…」

「私が言ってたことはちゃんと分かったの!?」

「はいっ!」



 ビシッと背中を伸ばして言った良守。
 時音は涙を指で拭いキッと良守を見た。
 やはり彼女の涙はまだ止まらず良守は変わらずあたふたとしている。
 なんと声を掛けようか迷っていた様子の良守はぐっと拳を固めた。



「お、俺、どうしても火黒をぶん殴ってやりたくて…!」

「…アレ俺の所為?」

『どう考えてもそうでしょ…。』

「ずっとつっかえてたんだ! 志々尾も黒凪もあんなに傷つくし、黒芒楼にもムカツク事いっぱいあって…!」



 あいつら、あんな意味分かんねーレベルの妖連れて来るし、烏森だって荒らすし…!
 時音だって、怪我しただろ?
 涙がぽたぽたと時音の頬を伝って落ちて行く。



「だから俺、何が何でも黒芒楼は潰さなきゃって…! 時音や俺の周りの人が傷つく前にって、」

「…アンタにはまだ私の言いたい事、全部届いてない。」

「え、」



 時音が良守を抱きしめた。
 突然の出来事に目を見開いて固まる良守。
 ぎゅう、と時音の腕の力が強まった。



「アンタが私や限君の事に対してそう思う様に、皆アンタが傷つくの見てられないんだよ。」

「!」

「私だって、周りの人が傷つけられたら1人でこんなトコ潰してやりたいわよ! …でも絶対しない。…だって、それをしたらあんたが怒って、悲しむことを分かってるから。」


 あんたはもっと自分を大事にしなきゃ。
 時音が諭す様に言った。
 目を見開いた良守が徐に眉を下げ、「ごめん」と良守が小さな声で言った。
 やっと時音の言葉が彼に届いたらしい。
 そんな良守に周りの面々が頷いていると…。



「きゃあっ⁉」



 良守が次の瞬間、突然意識を失い倒れた。
 時音は大きく目を見開くとすぐさま良守の顔を覗き込み、遅れて正守も良守に近付いた。



「どれどれ…」

「よ、良守大丈夫ですか…?」

「…うん。大丈夫。寝てるだけだよ。」



 よっこいせと良守を肩に担いだ正守が時音に笑顔を向け、「とりあえず帰ろうか。」そう言った彼に夜行の面々が返事を返す。
 蜈蚣がぐっと体を伸ばし巨大なムカデを出現させ、全員でそれに乗り込み日が落ちる様子を横目に墨村家と雪村家への帰路に就く。
 そんな中で時音は隣で座っている黒凪と火黒を困った様に見て口を開いた。



「…あの、黒凪ちゃん?」

『ん?』

「本当にその、火黒を…?」

『うん。もう無害だから大丈夫。』



 ちょんと火黒の横腹を突いて「ね。」と笑う黒凪に火黒は表情を変えず「ははは」と笑った。
 その奇妙な光景に顔を引き攣らせて時音は改めて前を向く。
 太陽も完全に沈み辺りは暗くなっていた。





























「んじゃあ帰ります。限と黒凪も、晴れて任務完了ということで夜行に帰還するから。」

「…おう。」



 正守の言葉に仏頂面ながらも頷く良守。
 そんな彼の後ろから大きな弁当箱を抱えた修史が笑顔で顔を覗かせる。



「また帰ってくるんだよ? いつでも大歓迎だから。」

「うん。ありがと父さん。」



 修史から弁当を受け取り正守が少し笑った。
 すると夜行の人混みから「ほらほら」と声が聞こえ良守が其方に目を向ける。
 正守のすぐ後ろに姿を見せたのは黒凪と限だった。
 2人は少し困った様に良守を見るとどちらから共無く口を開く。



『またね良守君。多分すぐ会えるだろうけど。』

「…また。」

「あぁ。…じゃあな。」



 片手を上げた良守に限も徐に上げる。
 その様子を微笑ましげに見ていた正守は「それじゃあ行くよ。」と声を掛けて背を向けた。
 最後に手を振った黒凪に良守は再び手を振り、正守の言葉に持ち上げていた手を下ろした。



「それでは全員、解散!」



 暫く今まで夜行の面々が屯していた位置を見ていた良守は何も言わず背中を丸めて家に戻っていく。
 時音も外に出ていたらしく、同じように暫く夜行の面々が居た場所を見ると中に入って行った。




 救済しまくりEND


 (…時守様。さっきお姫様から連絡が。)
 (うん? …おお! 遂に黒凪がやったか!)
 (準備も整ったのでそろそろ…)
 (ああ。よろしく頼むよ、墨村守美子さん。)
 (はい。)


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